石戸諭 ルポ百田尚樹現象 (2020)

2024.04.09

 ニューズウィーク日本版は、2019年5月28日に発売した6月4日号に、「百田尚樹現象」を特集したところ、

大きな反響で迎えられました。

通常、左派マスコミは、右派の世界で起きていることを報道しないことになっているので、

天下のNewsweekが特集するテーマですか?」「これ持ち上げてるの?disってるの?」というような反響もあるのですが、

とりあげたことを評価する声もたくさん届いたようです。

 この反響に答えるために、特集を担当した編集部の小暮聡子さんが、以下の記事を書きました。

ニューズウィーク日本版はなぜ、「百田尚樹現象」を特集したのか
2019年05月31日(金)16時30分
https://www.newsweekjapan.jp/newsroom/2019/05/post-285.php

 この記事については、私のサイトで、よみやすくまとめてみました。
https://think0298.stars.ne.jp/kogure_satoko_newsweek_2019_05_31.html

 要約しますと、普段、左派の論調ばかり耳にしている小暮さんには、

百田尚樹現象」とかいって、『日本国紀』が売れているというけど、

自分の周りには読んだという人は殆どいないので、本当に売れているのか半信半疑だったのですが、

これは、「トランプ現象」と同じかもしれないと、ハタと思ったそうです。

 アメリカのリベラルメディアは、トランプの批判ばかり報道しているので、小暮さんは、

アメリカ国民は、トランプを大統領に選ぶはずはないと信じていたのですが、見事に裏切られました。

 そこで、ネット空間には、百田尚樹を支持する人たちが実在するのかもしれないと考えて、

ノンフィクションライターの石戸諭さんに、ちゃんと調査して、可視化して欲しいと依頼したのです。

 そして、特集の最後で、石戸さんは、こう結びました。

 百田尚樹とは「ごく普通の感覚を忘れない人」であり、百田現象とは「ごく普通の人」の心情を熟知したベストセラー作家と、90年代から積み上がってきた「反権威主義」的な右派言説が結び付き、「ごく普通の人」の間で人気を獲得したものだというのが、このレポートの結論である。
「ごく普通の人」は大きな声を上げることがないから、目立つことはない。だが確実にこの社会に存在している。

 特集の好評を得て、石戸さんは、2020年に本を出版しました。それが、この本です。

 まず、序章の一部を紹介します。14頁

 本書に登場する人物たちは一般的に「右派」と言われるような人がほとんどで、多くは「歴史修正主義者」とカテゴライズされ、多くの批判を浴びている。だからこそ、私が「ニューズウィーク日本版」に書いた特集「百田尚樹現象」はリベラル派から強く批判もされてきた。端的に言えば、彼らをなぜ取り上げるのか、彼らの声を広げる手助けになるだけなのだから、無視しておけばいいではないかというものだ。

 しかし、である。そこには誰も否定することができない厳然たる事実がある。彼らはそれぞれにベストセラーを通して社会現象を巻き起こし、一つの時代を築いた当事者でもあるということだ。言い換えれば、彼らは大衆から人気を獲得し、大衆の思いを汲み取ることで地位を確立してきた。彼らを完全に無視していいとするならば、それは大衆の存在を無視することと同義であるように私には思える。

 本書の取材中、私は彼らから何度も「あなたはどんな立場から取材をしているのか」と問われた。その度に私は批判のための批判をするのではなく、現象そのものを理解し、彼らを知るために「研究が必要である」というのが、私の立場だ、と説明してきた。

 リベラルの人たちの世界は、本当に不自由だと思います。自分たちの仲間以外の人たちが考えていることを、読んだり、書いたりしてはいけないのです。

 石戸さんも、リベラルから批判され、今は、研究のために研究しているのですと、逃げ口上を言わざるをえないようです。

 さて、ニューズウィークの小暮さんも、この本を読みましたが、その127頁に、こう書かれていて、びっくりします。

「だが、一連の取材を終えてそのアプローチは間違っていたことに気づかされた。
 百田現象は『新しい現象』である。」

 「え−、特集の結論間違ってたの?」と驚いで、小暮さんは、石戸さんにインタビューして、以下の記事が発表されました。

百田尚樹と「つくる会」、モンスターを生み出したメディアの責任 石戸諭氏に聞く
2020年6月17日(水)12時00分
小暮聡子(本誌記者)
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/06/post-93695.php

 この記事については、私のサイトで、よみやすくまとめてみました。
https://think0298.stars.ne.jp/kogure_satoko_newsweek_2020_06_17.html

 要約すると、小暮さんは、石戸さんに、まず、こう語りかけます。

第一部は特集記事を元にしているとは聞いていたが、新たに取材して書き下ろした第二部が圧倒的に面白い
第二部が加わったことにより、第一部と合わせてまったく別の作品に生まれ変わっている。

本書のタイトルは『ルポ 百田尚樹現象』だが、この本は百田現象そのものについてというより、
百田現象以前の「新しい歴史教科書をつくる会」の系譜を第二部で掘り下げることで、
90年代後半から今に連なる日本の右派ポピュリズムを綿密な取材に基づき描いたノンフィクションだと思う。
むしろ本書の副題にある「愛国ポピュリズムの現在地」のほうがメインテーマだろう。

 そして、さらに、語りかけます。

本誌で特集した際、石戸さんは記事をこう結んでいた。

百田尚樹とは『ごく普通の感覚を忘れない人』であり、百田現象とは『ごく普通の人』の心情を熟知したベストセラー作家と、90年代から積み上がってきた『反権威主義』的な右派言説が結び付き、『ごく普通の人』の間で人気を獲得したものだというのが、このレポートの結論である」と。

面白いのはその先で、「新しい歴史教科書をつくる会」についての第二部が加わった本書では、
第一部の終わりで石戸さん自らがこの「結論」を覆してしまった
私もまた百田現象とつくる会現象の類似点に着目した......だが、一連の取材を終えてそのアプローチは間違っていたことに気づかされた。百田現象は『新しい現象』であると。

これには驚いた。えー、特集の結論、間違ってたの!?と(笑)。

続きはまるでミステリーを読んでいるようで、「きれいに連続しているはず」だった、つくる会と百田現象が実は「断絶」していた、という第二部に突入する。

第二部で90年代後半の「新しい歴史教科書をつくる会」を支えた中心的人物、藤岡信勝氏、小林よしのり氏、西尾幹二氏に取材をしに行って、何が分かったのか

 これに対して、石戸さんが、こう答えます。

結論から言うと、百田現象がつくる会から連綿とつながっていた、という見方は間違っていたということを書いている。
表面的な主張が似通っているつくる会と百田現象を、歴史的に連続した流れの中に位置付けるのが社会学者などの見方で、僕もそういうことだろうと特集時点では思っていた。

だが実はつくる会と百田現象の間には明確な断絶があることが、第二部の取材をする中ではっきりした。
つくる会と百田現象につながりを見出すのではなく、断絶のほうこそに本質があるのでは、と考えた。

 この断絶とは何か、については、是非、本書をご熟読ください。

 先ほど、小暮さんが驚いた箇所を、もう少し長く引用します。127頁

 彼らが抱えている「断絶」にこそ、百田尚樹が「現象」となる時代を読み解く鍵があるとわかったのは、さらに取材を進めてからだった。「90年代の衝撃」を生み出した「つくる会現象」の主役たちは何に突き動かされていたのか、90年代と2010年代の違いはどこにあるのかを記す必要がある。現代を象徴する百田現象は、現代だけを抜き出して考察していても、理解できないことをばやしたちの言葉は指し示している。

 百田尚樹現象はいっときの現象ではない。90年代に作られた土壌から出てきたものだが、「現象」の中身は大きく変質している。時代の転換点を作り出した「新しい歴史教科書をつくる会」のディープストーリーを知ることは、2020年代に差し掛かった日本社会が「なぜ、こうなってしまったのか」を解き明かすことにつながる。

 私もまた百田現象とつくる会現象の類似点に着目した。表面的な言葉や使う論理の一致点に着目した。だが、一連の取材を終えてそのアプローチは間違っていたみとに気づかされた。

 百田現象は「新しい現象」である。

 そして、第二部でり長い探求のあと、石戸さんは、316頁でこう語ります。

 つくる会現象になく、新しい百田現象にあるもの、その代表的なメディアがインターネットである。とりわけSNSやコメント欄を通じて「普通の人々」が気軽に意見表明できるようになったことは大きな違いだ。意図せずしてメディアの変化の波に乗ったのが百田だ。『探偵ナイトスクープ』の懐疑で語っていたような内容とほぼ同じようなことを、ツイッターでつぶやき、それを右派系言論の大物編集者である花田紀凱が拾い上げ、ベストセラー作家兼「右派系言論人」としてデビューすることになった。ツイッターと出版というメディアが結びつき、百田尚樹現象は完成する。

 私は、百田は発言の影響力について「無自覚」だと書いた。彼は自分が言いたいことを言い、書きたいことを書いているだけで影響力に対する自覚はまるでない。一方で、つくる会現象の担い手たちは少なくとも発言の影響に対しては自覚的であり、真摯だった。小林は極端なまでに読者たちに肩入れし、藤岡にはかつての自分に対する贖罪意識があり、西尾はアカデミトャンとして歴史の中に生きる自分と言葉を自覚していた。

 百田の自覚のなさはSNS的な気軽さとリンクしており、決定的に「新しい」スタイルを生み出した。敵/味方に分かれ、閉じていき、仲間内でしか通用しない言葉ばかりが流通していくインターネットに議論は存在しない。・・・・・・・・

 つくる会の人たちが背負っているものと、百田尚樹が背負っているものは、違います。

 また、インターネットによって、多くの人が参加できるようになって、「新しい現象」が、始まるのかもしれません。

 百田尚樹現象が、日本保守党という政治運動に進化していく中で、「新しい現象」が、どう活躍するのか、注視したいと思います。

 

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