謡曲 鶴亀 |
2018.5.31
登場人物
アイ=進行役 官人
シテ=玄宗皇帝
ワキ=大臣
<名ノリ>
●アイ 官人
かやうに候者は。玄宗皇帝に仕へ申す官人にて候。
ここにおります者は、玄宗皇帝にお仕えいたす官人でござる。
誠にこの君賢王にてましませば。吹く風枝を鳴らさず民戸ざしをせず。誠にめでたき御代にて候。
誠に、この君は賢君あられ、吹く風は枝を鳴らさず、民は戸に鍵を掛けず、誠に目出度い御代でござる。
然れば今日は月宮殿へ行幸なり。鶴亀を舞はさせられ。御遊あるべきとの御事なり。
そこで、今日は、帝は月宮殿におなりです。鶴と亀に舞を舞わせて、ご覧になろうということです。
卿相(けいしょう)雲客に至るまで。皆々この殿へ参内申され候へ。その分心得候へ心得候へ
公卿や殿上人に至るまで、皆々さまこの月宮殿に御参内下さい。そのことお願いします、お願いします。
●シテ 皇帝
それ青陽の春になれば。四季の節会の事始め
さて青天の春になったので、四季折々の節会の事始めをいたそう
●地 地謡
不老門にて日月の。光を天子の叡覽にて
不老門にて太陽と月の光を、天子さまが御覧になられます
シテ 帝
百官卿相に至るまで。袖を連ね踵(くびす)を接いで
宮廷の官人や公卿に至るまでのすべての者が、袖を連ねて、くびすを繋いで、
●地
地謡
その数一億百余人 その数は、一億と百人余り
●シテ
帝
拝をすすむる萬戸の声 礼拝をすすめる万民の声
●地
地謡
一同に拝するその音は 一斉に拝礼するその声は
●シテ 帝
天に響き 天に響き
●地 地謡
おびただし おびただしく響いている
●地
地謡
庭の砂(いさご)は金銀の。庭の砂は金銀の。珠(たま)を連ねて敷妙の。
庭の砂は、金銀の、庭の砂は、金銀の珠玉を連ねて敷かれている
説明 敷妙の は、衣、枕、床、たもと、そで 等に掛かる枕詞
五百重(いおえ)の錦や瑠璃の樞(とぼそ)。シャコの行桁(ゆきげた)瑪瑙(めのう)の階(はし)。
床には何重もの錦織物、扉には瑠璃、橋げたにはシャコ貝、橋にはメノウ
説明 樞 は、扉、行桁 は、橋げた
説明 仏典に列挙される七つの宝を七宝といい、その七つは必ずしも一定しないが、
金、銀、瑠璃、玻璃 (はり) ,しゃこ (貝) ,珊瑚,瑪瑙 (めのう)で、玻璃は、水晶、もしくは、ガラス
池の汀の鶴亀は。蓬莱山も外(よそ)ならず。君の恵ぞありがたき君の恵ぞありがたき
池の汀には鶴と亀、蓬莱山と少しも変わらない、君の恵みこそありがたや、君の恵みこそありがたや
●ワキ
大臣
いかに奏聞申すべき事の候。 さて、申し上げるべきことがござる
毎年の嘉例の如く。鶴亀を舞はせられ。その後月宮殿にて舞楽を奏せられうずるにて候
毎年の嘉例のように鶴と亀に舞を舞わせ、その後月宮殿にて舞楽催されるのがよろしゅうござる
説明 奏せられうずる の うず は、当然、適当を表して、〜するのがいい の意
●シテ 帝
ともかくも計らひ候へ。 どのようにでも取り計らいなさい
●地 地謡
亀は萬年の齢を経。鶴も千代をや。重ぬらん
亀は萬年の年齢を重ね。鶴も千年の年齢を重ねるでしょう
<中ノ舞(相舞)
●地
地謡
千代のためしの数々に。千代のためしの数々に。何を引かまし姫小松の。
千年の長寿の例は数々あるが、千年の長寿の例は数々あるが、どの例を引きましょうか姫小松
説明 壬生忠岑 「子の日する野辺に小松のなかりせば千代のためしに何を引かまし」 拾遺集
年明けの最初の日に、野原に出て小松を取って来る慣習があり、小松がなかったら、何を取ってきましょうかという意味です。姫小松 は、小さな松 のこと。
緑の亀も。舞ひ遊べば。 姫小松のような緑の亀も、舞い遊ぶと
丹頂の鶴も。一千年の。齢を君に。授け奉り。庭上(ていしょう)に参向(さんこう)申しければ。
丹頂鶴も、一千年の年齢を君にお授け申し上げ、庭先に参上申しましたので
君も御感の餘りにや舞楽を奏して舞ひ給ふ
君も御感銘の余りでしょうか、舞楽の演奏に自らお舞になられます
●地
地謡
月宮殿の。白衣(はくえ)の袂(たもと)。月宮殿の。白衣の袂の色々妙なる。花の袖。
月宮殿の白衣の天人の袂、月宮殿の白衣の天人の袂、春は、色々と妙なる花のような袖
秋は時雨の紅葉の葉袖。冬は冴え行く。雪の袂を。飜す衣も
秋は時雨に濡れた紅葉の葉のような袖、冬は、冴えゆく雪乃ような袂を、翻して舞う衣も、
薄紫の雲の上人の舞楽の聲々に霓裳羽衣の曲をなせば。
薄紫の紫雲の上の雲上人の舞楽の声々に合わせて、殿上人が、霓裳羽衣の曲を舞うと
説明 霓裳羽衣の曲 は、玄宗が月宮殿で見た舞をもとに作ったという舞。羽衣 参照。
山河草木國土豊かに千代萬代と。舞ひ給へば。
帝も、山河も草木も国土が豊かに千代萬代と繁栄するようにとお舞いになったので、
官人駕輿丁(かよちょう)御輿(みこし)を早め。 官人も輿かつぎも、帝の乗った御輿を急がせて
君の齢も長生殿に。君の齢も長生殿に。還御(かんぎょ)なるこそ。めでたけれ
君の齢も長生であれとの長生殿に、ご帰還なさることこそ、目出度いことでした
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