謡曲 

2018.5.3

登場人物

前シテ = 芦屋何某の北方

後シテ = 芦屋何某の北方の亡霊

ツレ  = 夕霧

ワキ  = 芦屋何某

 

●ワキ 芦屋の何某
これは九州芦屋の何某にて候。われ自訴(じそ)の事あるにより在京仕りて候。
私は九州芦屋のとある者で御座います。私は、自らの訴訟事があるによって、都に滞在しております。

説明 芦屋は、九州 筑前の国 遠賀郡。現在、遠賀郡は、芦屋町、水巻町、岡垣町、遠賀町からなる。

    自訴 は、代理ではなく、自分で訴訟すること。

仮初(かりそめ)の在京と存じ候へども。当年三年(みとせ)になりて候。
ほんの一時の滞在と思っていましたが、今年で三年となりましてございます。

余りに故郷(ふるさと)の事心もとなく候程に。召し使ひ候夕霧と申す女を下さばやと思ひ候。
あまりに故郷の事が気がかりで御座いますので、召し使っております夕霧という女を下らせようと思っております。

いかに夕霧。余りに故郷心もとなく候程に。おことを下し候べし。
おい夕霧。あまりに故郷が気がかりなので、そなたを下らせましょう。

この年の暮には必ず下るべき由心得て申し候へ。
今年の暮れには必ず下ることをちゃんと伝えてください。

●ツレ 夕霧
さらばやがて下り候べし。必ずこの年の暮には御下りあらうずるにて候。
それではすぐに下向いたしましょう。必ず今年の暮れにはおんくだりなさいますように。

説明 うず は、動詞の未然形について、推量、意向、当然の意。

この程の 旅の衣の日も添ひて。旅の衣の日も添ひて。
この所の旅で 旅の衣の紐で 日も重ねて、旅の衣の紐で日も重ねて、

幾夕暮の宿ならん。夢も数そふ仮枕。
何度夕暮れになって宿をとったでしょう、夢も数が重なる仮寝の枕

明し暮して程もなく。芦屋の里に着きにけり。芦屋の里に着きにけり。
夜を明かし昼を暮らして、やがて、芦屋の里に着きました、芦屋の里に着きました。

急ぎ候程に。芦屋の里に着きて候。
急ぎましたので、芦屋の里に着きましてございます。

やがて案内を申さうずるにて候。 早速、案内を乞おうと思います。

いかに誰か御入り候。都より夕霧が参りたるよし御申し候へ。
もしもし、誰かいらっしゃいますか。都から夕霧が来たことお伝えください。

●シテ  芦屋何某の北方
それ鴛鴦(えんのお)の衾(ふすま)の下には。立ち去る思ひを悲しみ。
それオシドリのように仲のい夫婦は、共寝の夜具の下でも、いつか立ち去ることを思って悲しみ

比目(ひぼく)の枕の上には波を隔つる愁あり。
ヒラメのように仲のいい夫婦が共に並べた枕の上にも、いつか波が隔てるかという心配がある。

ましてや深き妹脊(いもせ)の仲。同じ世をだに忍ぶ草。
まして深い愛で結ばれている人間の夫婦の仲も、この世においてすら、耐え忍んでいる。

説明 夫婦は、現世来世の二世の契りといわれているが、来世どころか、現世においても、耐え忍んでいる。

われは忘れぬ音(ね)を泣きて。袖に余れる涙の雨の。晴間稀なる心かな。
私は、(あの人を)忘れず声をあげて泣き、流れる涙は袖にあふれ、心が晴れる時はありません。

●ツレ 夕霧
夕霧が参りたる由それそれ御申し候へ。 夕霧が参りました事、どうぞお伝えください。

●シテ  芦屋何某の北方
なに夕霧と申すか。人までもあるまじ此方(こなた)へ来り候へ。
なに夕霧とおっしゃいますか。取次ぎを煩わすまでもない、どうぞこちらにいらっしゃいませ。

いかに夕霧珍しながら怨めしや。人こそかわり果て給ふとも。
何と夕霧。久々ではあるが、怨めしいこと。あの方こそ、心が変わり果ててしまっても

風の行方の便(たより)にも。などや音信(おとづれ)なかりけるぞ。
(あなたは、)風の便りにつけても、どうして音信がなかったのですか。

●ツレ 夕霧
さん候とくにも参りたくは候ひつれども。御宮づかへの暇もなくて。
さようでございます。早速にも参りたくはございましたが、奉公勤めで暇が無くて

心より外(ほか)に三年(みとせ)まで。都にこそは候ひしか。
心ならずも三年も、都で過ごしてしまいましたか。

●シテ  芦屋何某の北方
なに都住居(ずまひ)を心の外(ほか)とや。思ひやれ、げには都の花盛り。
なに都住まいを心ならずもですって。(私のことを)思いやりなさい、本当に都は花盛り

慰(なぐさ)み多き折々(をりをり)にだに。憂きは心の習ひぞかし。
そんな慰み(楽しみ)の多い折々ですら、つらい思いがあるのは、人の心の常ですよ。

鄙(ひな)の住居(すまひ)に秋の暮。人目も草も枯れがれの。
この田舎の住まいに飽きて、秋も暮れとなり、訪れる人もなく、草木も枯れて

契も絶え果てぬ何を頼まん身の行方(ゆくえ)。
(夫婦の契りも)絶え果ててしまいました。何を頼みにしましょうか、私の身の行方は。

三年(みとせ)の秋の夢ならば。三年(みとせ)の秋の夢ならば。憂きはそのまま覚めもせで。
(これが)三年目の秋の夢であるならば、三年目の秋の夢であるならば、つらさはそのままでいいから、覚めないで。

思ひでは身に残り昔は変り跡もなし。
(しかし、夢ではないので) 昔の思い出だけが身に残り、昔は変わってしまい跡形もない。

げにや偽りの。なき世なりせばいかばかり。人の言の葉嬉しからん。
本当に、偽りのない世であれば、どんなに、人の約束が嬉しいでしょうに。

説明 古今集 偽りのなき世なりせば如何ばかり 人の言の葉うれしからまし

愚の心やな愚なりける頼みかな。
愚かな心でした。(夫の約束を)信頼していたのは、愚かでした。

●シテ  芦屋何某の北方
あら不思議や。何やらんあなたに当って物音の聞え候。
あら不思議なこと。何やら、あちらの方角で、物音が聞こえてございます。

説明 当たる は、方角、日時などが、当たる、該当する、ある の意。例 未申の方に当たりて

あれは何にて候ぞ。 あれは何でございましょう。

●ツレ 夕霧
あれは里人の砧打つ音にて候。 あれは里人が砧を打つ音でございます。

●シテ  芦屋何某の北方
げにや我が身の憂(う)きままに。故事(ふること)の思ひ出でられ候ぞや。
本当に、我が身がつらいままに、昔の故事が思い出されてございますぞや。

唐土(もろこし)に蘇武(そぶ)といひし人。胡国(ここく)とやらんに捨て置かれしに。
唐土の蘇武という人が、胡国とやらに、抑留され捨てて置かれた時に

故郷(ふるさと)に留(とど)め置きし妻や子。夜寒の寝覚(ねざめ)を思ひ遣り。
故郷に留め置いた妻や子が、(蘇武が)寒い夜に寝覚めしないかと思いやって

高楼(こおろお)に上(のぼ)って砧をうつ。志(こころざし)の末(すえ)通りけるか。
高楼に上って砧を打ち、その志の端が通じたのか

万里(ばんり)の外(ほか)なる蘇武が旅寝に。故郷(きょお)の砧聞えしとなり。
万里も離れた蘇武の旅寝の夢に、故郷の砧の音が聞こえたのでした。

わらはも思ひや慰むと。とても淋しき呉服(くれはとり)。
私も思いが慰むかと、とても淋しい暮れの、呉服の

綾(あや)の衣を砧にうちて。心を慰(なぐさ)まばやと思ひ候。
綾の衣を砧に打って、心を慰めたいと思います。

●ツレ 夕霧
いや砧などは。賎しき者の業にてこそ候へ。
いや、砧などというものは、賤しい者のする仕事でございます。

さりながら御心慰めんためにて候はば。砧を拵(こしら)へて参らせ候べし。
そうはいっても、御心を慰めるためでございましたら、砧を用意してさしあげることにいたしましょう。

●シテ  芦屋何某の北方
いざいざ砧うたんとて。馴れて臥猪(ふすゐ)の床の上。
いざ砧を打とうとして、(かつて夫と)馴れ親しんで横になった床の上に

●ツレ 夕霧
涙片敷(かたし)く小筵(さむしろ)に。 涙に濡れた片袖を敷いたむしろを延べて

シテ  芦屋何某の北方
思ひを延(の)ぶる便(たより)ぞと。 思いを述べる便りですよと

●ツレ 夕霧
夕霧立ち寄(よ)り諸共(もろとも)に。  夕霧も立ち寄って、一緒に

●シテ  芦屋何某の北方
怨みの砧うつとかや。        怨みの砧を打つのでした。

衣に落つる松の声。衣に落ちて松の声夜寒を風や知らすらん。
(砧にかけた)衣に松風が吹き落ち、衣に落ちて立つ松風の音が、夜の寒さを知らせるでしょう。

●シテ  芦屋何某の北方
音信(おとづれ)の。稀なる中の秋風に。 (夫からの)音信が希な中での秋風に

憂きを知らする。夕(いう)べかな。    私のつらさを知らせる夕暮れです。

●シテ  芦屋何某の北方
遠里人(とおざとびと)も眺むらん。   遠い里にいる人(夫のこと)も、(この月を)眺めているでしょう

誰が世と月は。よも問はじ。      誰の世(夜)であろうと月は、よもや区別しないでしょう。

●シテ  芦屋何某の北方
面白のをりからや。頃しも秋の夕つ方。  趣深い時刻ですね。おりしも秋の夕暮れ時、

牡鹿(をじか)の声も心凄(すご)く。見ぬ山風を送り来て。
牡鹿(が妻を恋うて鳴く悲し気な)声が、心に深くしみて、目には見えぬ山からの風を送って来て、

梢はいづれ一葉(ひとは)散る。  どの梢からかひとひらの葉が散り落ちます。

空(そら)すさましき月影の軒の忍(しのぶ)にうつろひて。
空には、すさましい(荒涼とした)月影が、軒の忍草を照らして

露の玉簾(たまだれ)かかる身の。  露の玉が玉すだれのようにかかった我が身は

思ひを延(の)ぶる。夜(よ)すがらかな。 心の思いを晴らす一晩中です。

説明 すがら は、接尾辞。 夜もすがら=夜中、身すがら=その身のままで、道すがら=道のついでに

宮漏(きうろお)高く立ちて。風北にめぐり。 宮中の漏刻の矢が高く立ち、風が北に変わり、

説明 宮中の漏刻の矢が高く立つとは、夜が更けたことを示します。

隣砧(りんてん)緩(ゆる)く急(きう)にして。月西に流る。
隣の砧の音が、時に緩く、時に急に鳴り、月が西に傾く。

蘇武が旅寝は北の国。       蘇武の旅寝は北の国のこと、

これは東の空なれば。       ここは東の空なので

西より来る秋の風の。吹き送れと間遠(まどお)の。衣打(う)たうよ。
西から来る秋の風が、(この砧の音を夫のもとに)吹き送ってくれと、この織目の荒い衣を打ちましょう。

古里の 軒端(のきば)の松も心せよ。おのが枝々に。嵐の音を残すなよ。
(あの人の)故郷の軒端の松も、気を付けておくれ。自分の枝に音を残すなよ。

今の砧の声添へて君がそなたに。吹けや風。
今打つ砧の音を添えて、あの人のいる方に吹いておくれ、風よ。

余りに吹きて松風よ。我が心。通ひて人に見ゆならば。
しかし、松風よ、あまりに吹いて、私の心が、通じてあの人の夢に見えるなら、

その夢を破るな破れて後(のち)は この衣(ころも)たれか来ても訪ふべき。
その夢を破るなよ。夢が破れた後には、誰がこの衣を着て、訪ねてくるでしょうか。

来て訪ふならばいつまでも。衣は裁ちも更(か)へなん。
(あの人が)着て、訪ねてくるのなら、いつまでも、衣は裁ち変えましょう。

夏衣。薄き契りは忌(いま)はしや。 夏衣のように薄い契りは、忌まわしい。

君が命は長き夜の。月にはとても寝られぬにいざいざ。衣打(つ)たうよ。
夫君の命は末長い。この長い夜の月明かりのもとでは寝られないので、さあさあ、砧で衣をうちましょうよ。

かの七夕の契りには。一夜(ひとよ)ばかりの狩衣。天の川波立ち隔て。
かの七夕の契りでは、一夜だけの仮初の逢瀬、天の川が波立ち隔てて

逢瀬かひなき浮舟の。梶の葉もろき露涙。二つの袖や萎(しを)るらん。
逢瀬はかいなく、櫂のない浮舟の舵、梶の葉からもろくも落ちる露の涙で、二人の袖がしおれるでしょう。

水蔭草(みづかげぐさ)ならば。波うち寄せよ泡沫(うたかた)。
(もし二人が)水陰草なら、泡沫よ、波打ち寄せて(二人を合わせて)くれ。

●シテ  芦屋何某の北方
文月(ふづき)七日(なぬか)の暁や。  七月七日の夜明け前

説明 暁は、夜明け前のまだ暗い時。七夕は、七月七日の夜。

八月(はちげつ)九月(きうげつ)。げに正に長き夜。 8月、9月となり、今は実に長い夜です。

千声万声(せんせいばんせい)の憂きを人に知らせばや。  千回万回の砧の音で、つらい思いをあの人に知らせたい。

月の色。風の気色。影に置く霜までも。心凄き折節(をりふし)に。
月の色や、風の気配、月光に照らされた霜までも、荒涼としている時刻に、

砧の音。夜嵐悲しみの声虫の音。 砧の音や、夜嵐のの音、悲しみの声、虫の声が、

交りて落つる露涙。ほろほろはらはらはらと。
交じって聞こえ、落ちる露や涙は、ほろほろはらはらはらと、

いづれ砧の音やらん。 どれが砧の音でしょうか。

●ツレ 夕霧
いかに申し候。都より人の参りて候が。  申し上げます。都から人が参ってございますが、

この年の暮にも御下りあるまじきにて候。   (殿は)この年の暮れにもお下りあるまいとのことです。

●シテ  芦屋何某の北方
怨めしやせめては年の暮をこそ。偽ながらも待ちつるに。
怨めしいこと。せめて、この年の暮こそはと、心を偽りながらも待っていたのに、

さてははや真(まこと)に変り果て給ふぞや。 さては、もはや、真に、変わり果ててしまわれたのか。

思はじと思ふ心も弱るかな。     (そうとは)思うまいと思う心も弱りました。

●上歌
声も枯野の虫の音の。乱るる草の花心。
声は枯れ、枯野の虫の声のように乱れ、心も乱れる草の花のように乱れ

風狂じたる心地して。病(やもお)の床(ゆか)に伏し沈み。 風に荒れ狂った心地がして、病の床に伏して沈み

終(つい)に空しくなりにけり。終に空しくなりにけり。
ついにお亡くなりになりました、ついにお亡くなりになりました。

中入

●ワキ 芦屋何某
無慙やな 三年(みとせ)過ぎぬる事を怨み。  無残だなあ。三年過ぎたことを怨み

引きわかれにし妻琴の。終(つい)の別れとなりけるぞや。
琴を弾き別れた妻が、ついの別れとなってしまったぞや。

待謡
先立たぬ悔の八千度(やちたび)百夜草(ももよぐさ)。悔の八千度百夜草の。
後悔は八千度でも、先立ちません

説明 先立たぬ悔いの八千度悲しきは流るる水のかへり来ぬなり 閑院 古今集 をふまえています。

   百夜草 は、菊や露草の異称。

蔭よりも二度(ふたたび)帰りくる道と聞くからに。梓の弓の末弭(うらはず)に。
(亡者は)草の蔭からこの世に帰って来ると聞いているので、梓弓の末弭に (霊を招き寄せ)

言葉(ことば)をかはす哀(あわ)れさよ。言葉(ことば)をかはす哀(あわ)れさよ。
言葉を交わすことにしよう。哀れなことだ。

●後シテ 芦屋何某の北方の亡霊
三瀬川(みつせがわ)沈み。果てにし。 三途の川に沈んで、果ててしまいました。

泡沫(うたかた)の。あはれはかなき身の行くへかな。
泡沫のように、哀れではかない我が身の行く末でした。

標梅花(ひょおばいはな)の光を並べては。娑婆の春をあらはし。
墓じるしの梅の花が美しく並び咲いて、この世の春をあらわし、

跡のしるべの燈火(ともしび)は真如(しんにょ)の秋の。月を見する。
死後の道しるべの灯火は、悟りの象徴である秋の月を見せる。

さりながら我は邪婬の業深き。思ひの煙の立居(たちゐ)だに。
しかしながら私は邪淫の業が深く、胸の思いの煙が立ち、立ち居振る舞いさえ

やすからざりし報の罪の。乱るる心のいとせめて。
安らかでなかった罪の報いにより、乱れる心がひどく責めつけ

獄卒(ごくそつ)阿防羅刹(あぼおらせつ)の。笞(しもと)の数の隙(ひま)もなく。
獄卒の阿防羅刹の鞭の数が、暇もなく

打てや打てやと。報いの砧。怨めしかりける。
打てや打てやと、報いの砧が、怨めしいことでした。

因果の妄執。  因果の妄執です。

因果の妄執の思ひの涙。砧にかかれば。涙はかへって。火焔となつて。
因果の妄執の思いの涙が砧にかかれば、涙は、かえって火炎となって

胸の煙の焔にむせべば。叫べど声が出(い)でばこそ。
胸が煙の炎にむせぶと、叫んでも、声が出るはずもない。

砧も音なく。松風も聞えず。呵責(かしゃく)の声のみ。恐ろしや。
砧も音が無く、松風も聞こえず、呵責の声のみが聞こえる。ああ恐ろしや。

羊の歩(あゆ)み隙(ひま)の駒。羊の歩(あゆ)み隙(ひま)の駒。
屠殺所に引かれる羊の歩みは遅く、隙間を通り過ぎる馬はすばやい

うつりゆくなる六つの道。  人が移り行くという六つの道で

因果の小車(をぐるま)の火宅の門(かど)を出でざれば。
因果の小車が、火宅の門を出ないのであれば

廻り廻れども生死(いきしに)の海は離るまじやあぢきなの浮世や。
廻り廻っても生死流転の海を離れることはあるまいぞ。ままならぬ浮世であること。

●シテ 芦屋何某の北方の亡霊
怨(うら)みは葛の葉の。  怨は葛の葉の

説明 葛の葉が風に吹かれてそり返り、裏を見せる様から、葛の葉の裏見 は 怨み を表し、返りは、帰りをうけます。

●地謡 シテ 芦屋何某の北方の亡霊
怨は葛の葉の。帰(かへ)りかねて。執心の面影の。
冥途に帰りかねて、この世に執着心を残す我が面影の

はづかしや思ひ夫(つま)の。二世(ふたよ)と契りてもなほ。
はずかしいこと。私の思い人が、夫婦は二世と契り、その上さらに

末の松山千代までと。かけし頼みはあだ波の。
末の松山は千代までと頼みに思わせたのは不実なこと。

説明 君をおきて あだし心をわが持たば 末の松山 波も越えなむ 古今集

あら由(よし)なや虚言(そらごと)やそもかかる人の心か。
ああつまらぬこと、偽り言よ。そもそも(これが)あの人の心なのか。

烏(からす)てふ。おほをそ鳥(どり)も心して。うつし人とは誰かいふ。
烏という大嘘つきの鳥でも心して、(このようなあなたのことを)正気な人とは、誰がいうでしょう

草木も時を知り。鳥獣(とりけだもの)も心あるや。
草木も時節を知り、鳥獣も心があるではないか

げにまことたとへつる。蘇武は旅雁(りょがん)に文をつけ。
本当に誠に、以前例えに引いた蘇武は、旅行く雁に文を付けて

万里の南国に至りしも。契の深き志。浅からざりしゆゑぞかし。
文が万里の南国に届いたのも、契りの深い志が浅くなかったがためでしょう。

君いかなれば旅枕夜寒の衣うつつとも。夢ともせめてなど思ひ知らずや怨めしや。
あなたはどうして旅枕で、私が夜寒の砧を打つのを、現でも夢でもせめて、どうして思い知ってくれなかったの、うらめしや。

●地謡 シテ  芦屋何某の北方の亡霊
法華読誦の力にて。法華読誦の力にて。  (しかし夫が)法華経を読誦した功力によって

幽霊まさに成仏の。道明かになりにけり。  「幽霊まさに成仏す」という道が明らかになりました。

これも思へば仮初(かりそめ)に。うちし砧の声のうち。
これも思えば、かりそめに打った砧の音のうちに

開くる法の花心。菩提の種となりにけり。菩提の種となりにけり。
開いた仏法の花の心が、菩提の種となったのでした。菩提の種となったのでした。

説明 菩提 は、煩悩の迷いを断ち切って悟りの境地に到達し、極楽往生すること。

 

 

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