謡曲 花月

2018.5.10

登場人物

シテ=花月

ワキ=旅僧

次第

ワキ 「風に任する浮雲の。風に任する浮雲の。とまりは いづくなるらん。
風の吹くに任せている浮雲のような我が身、今日の泊りはどこになるでしょう。

ワキ 「是は筑紫彦山の麓に住居する僧にて候。われ俗にて候ひし時。
私は、筑紫の英彦山の麓に住んでいる僧でございます。私は在俗時に

    子を一人持ちて候ふを、七歳と申しし春の頃。何処ともなく失ひて候ふ程に。
子を一人持っていましたが、7歳と申しました春の頃、何処ともなく、失踪してしまいましたので、

    これを出離の縁と思ひ。かやうの姿となりて諸国を修行仕り候。
これを出家の縁と思い、このような姿となって諸国を巡って修業してございます。

道行

ワキ 「生れぬ先の身を知れば。生れぬ先の身を知れば。憐れむべき親もなし。
生れる前の我が身をたずねると、生れる前の我が身をたずねると、憐れむべき親はおりません。

    親のなければ我が為に。心を留むる子もなし。千里(ちさと)を行くも遠からず。
親もなければ、私の為に心を留める子供もいません、修業のために千里を行くのは、決して遠くありません。

    野に臥し山に泊まる身のこれぞ真の住家なる。これぞ真の住家なる。
野に寝て山に泊まる我が身の、これこそが真の住処です、これこそが真の住処です。

    「急ぎ候ふ程に。是ははや花の都に着きて候。まづ承り及びたる清水に参り。
急ぎましたので、もう花の都に着きましてございます。まず、噂に聞いていた清水寺に参拝し、

    花をも眺めばやと思ひ候。   花を眺めたいと思います。

狂言 「定めて今日は清水へ御参なきことはあるまじく候。御供申し彼の人に見せ申し候。
間違いなく、今日は、清水寺へ参拝しないことはあってはならぬことです、お供して、あの方にお見せ申しあげます。

説明 この文はかなり省略されています。詳しくは、この文の話者は、清水寺の門前の者で、ワキが、門前の者に

   見物場所を聞いたとき、お供して、曲舞を舞う花月という人をお見せしましょうと答えます。

シテ 「そもそもこれは花月と申す者なり。或人我が名を尋ねしに答へて曰く。
そもそも、私は、花月と申す者です。或る人が私の名前を尋ねたときに、答えて言いました。

    月は常住にしていふに及ばず。さてくわの字はと問へば。春は花夏は瓜。
月は常にあるので、言うまでもありません。さて、「か」の字はと問えば、春は花、夏は瓜、

    秋は菓(このみ)冬は火。因果の果をば末後まで。一句のために残すといへば。人これを聞いて。
秋は菓、冬は火。因果の果の字は、最後の一句(最終的な悟り)のために残っていますと答えましたら、或る人がこれを聞いて、

地  「さては末世の高祖なりとて。天下に隠れもなき。花月とわれを申すなり。
それでは、お前はこの末世の高祖であると言いました。私は、天下に隠れもない花月という者です。

狂言 「なにとて今日は遅く御出で候ふぞ。  なんで今日は遅くお出でになられたのか?

シテ 「さん候今まで雲居寺に候ひしが。花に心を引く弓の。春の遊びの友達と。中たがはじとて参りたり。
そうです。今迄、雲居寺にいましたが、清水寺の花に心を惹かれ、弾く弓を張る音楽の友達と、仲たがいすまいと思ってやってきました。

狂言 「さらばいつもの如く小歌を謡ひて御遊び候へ。 ではいつものように小歌を歌ってお遊びください。

小謡

シテ 「こしかたより。  昔から

地  「今の世までも絶えせぬものは。恋といへるくせもの。げに恋はくせもの。
今の世までも、絶えることのないものは、恋という曲者、本当に、恋は曲者。

   くせものかな。身はさらさらさら。さらさらさらに。恋こそ寝られね。
曲者だなあ。我が身は、恋のために、さらさら、さらさら寝られないのです。

狂言 「あれ御覧候へ鴬が花を散らし候ふよ。  あれをご覧なさい、鶯が花を散らしていますよ。

シテ 「げにげに鴬が花を散らし候ふよ。某(それがし)射ておとし候はん。
ほんにほんに、鶯が花を散らしています。私が射落としてやりましょう。

狂言 「急いで遊ばし候へ。  急いでおやりください[射てください]。

シテ 「鴬の花踏み散らす細脛(はぎ)を。大長刀(なぎなた)もあらばこそ。花月が身に敵のなければ。太刀刀は持たず。
花を踏み散らす鶯の細脛を、大長刀があればこそ。花月の身には、敵がいないので、太刀も刀も持っていません。

   弓は的射んがため。又かかる落花狼藉の小鳥をも。射て落さんがためぞかし。
この弓は、的を射るため。また、このような花を落とす狼藉の小鳥をも、射て落とすためであります。

   異国の養由(よういう)は。百歩に柳の葉をたれ。百に百矢を射るに外さず。
異国の養由は、百歩離れた所に柳の葉をたらし、百発百中、矢を射って外しません。

説明 養由(よういう) は、中国春秋時代の弓の名手

   われまたは花の梢の鴬を。射て落さんと思ふ心は。その養由にも劣るまじ。あらおもしろや。
私はまた、花の梢の鶯を、射て落とそうと思う心は、その養由にも劣りません。ああ、面白い。

地  「それは柳これは桜。それは雁がね、これは鴬。それは養由これは花月。
そちらは柳、こちらは桜。そちらは雁がね、こちらは鴬。そちらは養由、こちらは花月。

   名こそ変るとも。弓に隔はよもあらじ、いでもの見せん鴬。いでもの見せん鴬とて。
名前こそ異なるが、よもや弓の腕に隔たりはないはず。鶯に、私の腕を見せてやろう、鶯に私の腕を見せてやろう。

   履いたる足駄(あしだ)を踏んぬいで大口のそばを高く取り狩衣(かりぎぬ)の袖をうつ肩ぬいで。
履いていた高げたを踏み脱いで、大口の裾を高くからげ、狩衣の袖をうつ肩脱いで

   花の木蔭に狙ひ寄って。よつぴきひやうと。射ばやと思へども
花の木陰に狙い寄って、弓を十分引きしぼり、ひょうと射ようと思ったけれども

説明 よつびき は、よく引く の連用形で、弓を十分に引きしぼる の意

   仏の戒め給ふ殺生戒をば破るまじ。 仏が戒めておられる殺生戒を破ることはいますまい。

狂言 「言語道断面白き事を仰せられ候。また人の御所望にて候。
言語道断、面白い事を仰せでございますね。また、この御方の御所望が、ございます。

   当寺のいはれを曲舞につくりて御謡ひ候ふ由を聞しめして候。
当寺の由緒を曲舞に作って、お謡いになっていらっしゃるのをお聞きになられてございます。

   一節御謡ひ候へとの御所望にて候。  一節お謡いくださいとご所望でございます。

シテ 「易きこと謡うて聞かせ申さうずるにて候。 お易い事。謡って御聞かせ申しあげましょう。

説明 申さうず のうず は、助動詞で、動詞の未然形について、推量、意志、当然 を表します。

サシ

シテ 「さればにや大慈大悲の春の花。  さてところで、観音菩薩の大慈大悲の春の花が、

地  「十悪の里に香しく。三十三身の秋の月。五濁(じょく)の水に影清し。
この十悪の里に芳しく香り、三十三の姿をもつ観音菩薩を象徴する秋の月が、五濁の池の水に影を映して清々しい。

クセ

地 「そもそもこの寺は。坂の上の田村丸。大同二年の春の頃。草創ありしこの方。
そもそも、この寺は、坂の上田村麻呂が、大同二年(807年)の春の頃に創建されてこの方

   今も音羽山。嶺の下枝の滴(しただ)りに。濁るともなき清水の。流を誰か汲まざらん。
(観音菩薩の慈悲は) 今も音羽山の峰の下枝から滴って、濁ることのない清水の流れを、誰が汲まない事などありましょう。

    或時この瀧の水。五色に見えて落ちければ。  或る時、この滝の水が、五色に見えて落ちたので

   それを怪しめ山に入り。その水上を尋ねるに。こんじゆせんの岩の洞の。
それを怪しみ山に入り、その水上を尋ねると、こんじゅ山の岩の洞の中の

   水の流に埋もれて名は青柳の朽木あり。その木より光さし。異香四方に薫ずれば。
水の流れに埋まって、青柳とは名ばかりの朽木があり、その木から光がさして、妙なる香りが四方に香っていたので

シテ 「さては疑ふ所なく。  さては、疑う所もなく

地  「楊柳観音の。おん所変にてましますかと。  楊柳観音のご化現であられますかと

   皆人手を合はせ。なほもその奇特を知らせて給べと申せば。朽ち木の柳は緑をなし。
人は皆、手を合わせて、さらにその奇特をお示しくださいと言うと、朽木の柳は、緑色になって、

   桜にあらぬ老木まで。皆白妙に花咲きけり。  桜ではない老木まで、皆、真っ白に花が咲きました。

   さてこそ千手の誓には。枯れたる木にも。花咲くと今の世までも申すなり。
それでこそ、千手観音のご誓約によって、枯れた木にも花が咲くと、今の世までも申すのです。

ワキ 「あら不思議や。これなる花月をよくよく見候へば。 あら不思議だ。ここにいる花月をよくよく見ますれば

   某が俗にて失ひし子にて候ふはいかに。名のつて逢はばやと思ひ候。
私が在俗のおり失った子ではないか。名乗って、会いたいと思います。

   いかに花月に申すべきことの候。  もし、花月に申したいことがございます。

シテ 「何事にて候ふぞ。」  何事でございますか。

ワキ 「御身はいづくの人にてわたり候ふぞ。」  あなたはどこの人でございましょうか。

シテ 「これは筑紫の者にて候。   私は筑紫の者でございます。

ワキ 「さて何故かやうに諸国を御廻り候ふぞ。」  さてどうして、このように諸国を廻っているのですか?

シテ 「われ七つの年彦山に登り候ひしが。天狗に捕られてかやうに諸国を廻り候。
私は七つの年、彦山に登りましたが、天狗に捕らわれて、このように諸国を廻っているのです。

ワキ 「さては疑ふ所もなし。これこそ父の左衛門よ見忘れてあるか。
それでは疑う所もない。私こそ父の左衛門よ。見忘れたりか。

狂言 「なうなう御僧は何事を仰せられ候ふぞ。 もしもし、お僧は、何事をおっしゃっているのですか。

ワキ 「さん候、この花月は某が俗にて失ひし子にて候ふ程に。さてかやうに申し候。
そうですね、この花月は私が在俗のとき失った子供でありますので、それでこのように申したのです。

狂言 「げにと御申し候へば。瓜を二つに割つたるやうにて候。
まことに、おっしゃってみれば、瓜を二に割ったようでございます。

この上はいつものやうに八撥(やつばち)を御打ち候ひて。うちつれだつて故郷へ御帰り候へ。
このうえは、いつものように、八撥をお打ちになって、一緒に故郷に御帰りなさい。

説明 八撥は、羯鼓 (かっこ)のこと。

物着

シテ 「さてもわれ筑紫彦山に登り。七つの年天狗に。
そもそも私は、筑紫の彦山に昇り、七つの年に、天狗に

地  「とられて行きし山々を。思ひやるこそ悲しけれ。
捕らわれて、行った諸国の山々のことを思いやると、悲しくてなりません。

羯鼓

地 「とられて行きし山々を思ひやるこそ悲しけれ。
捕らわれて、行った諸国の山々でのことを思いやると、悲しくてなりません。

   まづ筑柴には彦の山。深き思ひを四王寺。讃岐には松山、降り積む雪の白峯。さて伯耆には大山。さて伯耆には大山。
まず筑柴では彦山。深い思いを四王寺で。讃岐では松山、降り積もる雪の白峰。そして伯耆では大山。さて伯耆には大山。

   丹後丹波の境なる鬼が城と。聞きしは天狗よりもおそろしや。
丹後と丹波の境にある鬼が城と聞いたその名は、天狗よりもおそろしい。

   さて京近き山々、さて京近き山々。愛宕の山の太郎坊。比良の峰の次郎坊。
さて京に近い山々、さて京に近い山々。天狗の太郎坊の愛宕の山。次郎坊の比良の峰。

   名高き比叡の大獄に。少しこころのすみしこそ。月の横川の流れなれ。
名高い比叡の大獄にも行きました。少しこころが澄んだのは、月夜の横川の流れでした。

   日頃はよそにのみ。見てや止みなんと眺めしに。葛城や。高間の山。
日頃は、遠くにあるものと見るだけかと眺めていましたが、葛城の高間山

   山上大峰釈迦の嶽。富士の高嶺にあがりつつ。雲に起き臥す時もあり。
山上大峰の釈迦の嶽、富士の高嶺に昇りながら、雲の中で、起き臥す時もありました。

   かやうに狂ひめぐりて心乱るるこの簓(ささら)。  このように狂い廻って、心が乱れるこの簓を

説明 簓 は、竹や細い木などを束ねて作製される道具の一つで、洗浄器具として用いられるほか、伴奏楽器としても使われる、

   さらさら さらさらとすつては謡ひ舞うては数へ。  さらさら さらさらと、擦っては謡い、舞っては数え

   山々嶺々里々をめぐりめぐりてあの僧に。逢ひ奉る嬉しさよ。
山々嶺々里々をめぐりめぐって、あの僧に、逢い奉る嬉しさよ。

   今よりこのささら。さつと捨ててさ候はば。  今から、この簓を、さっと捨てて、そうであれば

説明 さ候はば の訳し方は、よくわかりません。

   天野訳では、「いまはこの簓を、さっぱりと捨てることにしよう。」

   あれなる御僧に、連れまゐらせて仏道の。つれ参らせて仏道の。
あのお僧と、同行申し上げて仏道の、同行申し上げて仏道の、

   修行に出づるぞ嬉しかりける。出づるぞ嬉しかりける。
修業に出るこそ嬉しかったのだ、出るこそ嬉しかったのだ。

 

 

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