謡曲 船弁慶

2018.7.6

登場人物

前シテ 静

後シテ 知盛の怨霊

子方  判官源義経

ワキ  武蔵坊弁慶

ワキツレ 判官の従者

  

ワキ ワキツレ 弁慶 従者 <次第>
今日(きょお)思ひ立つ旅衣。今日思ひ立つ旅衣 帰洛を何時と定めん
今日、思い立って旅に出よう。京への思いを断って旅に出よう。都に帰るのはいつになるかはわからないが

●ワキ 弁慶 <名ノリ>
かやうに候者は。西塔の傍(かたわら)に住居(すまい)する武蔵坊弁慶にて候。
ここに控える者は、延暦寺西塔のそばに住む、武蔵坊弁慶でございます。

さても我が君判官(ほうがん)殿は。頼朝の御代官として平家を亡ぼし給ひ。
さて、我が主君である判官殿は、頼朝殿の御代官として、平家をお滅ぼしなされ。

説明 判官は、律令制の官名の一つ。義経が幕府の許可なくこの職に任じられたことが、不仲の原因の一つ。

   義経に限って、はんがん ではなく、ほうがん と読む。

御兄弟の御仲日月(じつげつ)の如く御座候べきを。言いかひなき者の讒言により。
ご兄弟の仲は太陽と月のようでございますべきところ、取るに足りない者の告げ口のために、

説明 言ふ甲斐なし は、言う甲斐のない、つまり、どうしようもない、取るに足りないの意。

御仲違はれ候事。返す返すも口惜しき次第にて候。
仲違いなさいましたこと、返す返すも残念なことでございます。

然れども我が君親兄(しんきょう)の禮を重んじ給ひ。一まづ都を御開きあって。西国の方へ御下向あり。
しかし、我が君(義経)は肉親の兄への礼儀を重んじになられ、ひとまず都を離れ、西国へ御下向され、

御身に過りなき通りを御歎きあるべき為に。今日夜をこめ淀より御舟に召され。津の国尼が崎大物の浦へと急ぎ候
御身に過誤のないその通りを嘆願なさる為に、今夜、まだ暗いうちに淀川から船に乗られ、摂津国は尼崎、大物浦へお急ぎなさいます。

説明 夜を籠めて は、夜があけないうちに、まだ暗いうちに の意で使われます。

●ワキ ワキツレ 弁慶 従者
頃は文治の初めつ方。頼朝義経不會の由。既に落居し力なく
時は文治年間の初めの方、頼朝と義経が不和であること、既に落着し、力なく

説明 不会 は、仲が悪い事、不和。落居 とは、事が決まって、落着すること、

●子方 義経
判官都を遠近(をちこち)の。道狭くならぬその前に。西国の方へと志し
判官(私)は都を落ち、あちこちの道が、狭くならないその前に、西国の方へ向かおうと思い

説明 道が狭くなる とは、追手によって道が閉ざされてしまう こと。

●ワキ ワキツレ 弁慶 従者
まだ夜深くも雲居の月。出づるも惜しき都の名残。
まだ夜も深くも、雲は月に隠れ、出るのを惜しんでいるように、私達も都の名残りを惜しみます

一年(ひととせ)平家追討の。都出でには引きかへて。ただ十余人。すごすごと。さも疎(うと)からぬ友舟の
一年前の平家追討のときの都からの出立に引きかえて、ただの十余人で、すごすごと、疎くはない者同士の友船で

説明 一の谷への出陣が1184年正月、屋島への出陣が1184年2月、この都落ちは、同年11月です。

   友船 は、同じ船に一緒に乗ること

上り下るや雲水(くもみず)の身は定めなき習ひかな
上ったり下ったりするのは、行く雲や流れる水のように定めのないこの世の習いです。

世の中の。人は何とも石清水。人は何とも石清水。澄み濁るをば。神ぞ知るらんと。
世の中の人が何といおうと、石清水、澄んでいるか濁っているかは、石清水の神こそご存知でしょう

説明 石清水八幡宮は、源氏の氏神です

高き御影(かげ)を伏し拝み。行けば程なく旅心。潮も波も共に引く大物(だいもつ)の浦に。着きにけり大物乃浦に着きにけり
山上の御影を伏し拝んで、行くと程なく憂い旅は、潮も波も共に引く、大物(だいもつ)の浦に着きました、着きました。

●ワキ 弁慶
御急ぎ候程に。これははや大物の浦に御着きにて候。
お急ぎになりましたので、早くも大物の浦に着きましてございます。

某存知の者の候間。御宿の事を申しつけうずるにて候。
それがしが存じている者がおりますので、お宿の手配を申し付けようと存じます。

  

●ワキ 弁慶
いかに申し上げ候。恐れ多き申し事にて候へども、正しく静は御供と見え申して候。
さて申し上げます。恐れ多いことではございますが、正しく、静が御供しているとお見受けします。

今の折節何とやらん似合はぬ様に御座候へば。あっぱれこれより御返しあれかしと存じ候
この折節に、どことなく似合わないようでございますので、あっぱれ、ここからお返しなされよと存じ上げます。

説明 終助詞「かし」は、念を押す気持ちを表します。

●子方 義経
ともかくも弁慶計らひ候へ
どのようにでも、弁慶よ、取り計らいなさい

●ワキ 弁慶
畏って候。さらば静の御宿へ参りて申し候べし
畏まってございます。さらば、静のお宿に参って申しましょう

いかにこの家(や)の内に静の渡り候か。君よりの御使に武蔵が参じて候
もし、この家の中に静はおられるか。主君からのお使いに武蔵が参ってございます。

●シテ 
武蔵殿とはあら思ひ寄らずや。何の為の御使いにて候ぞ
弁慶殿とは、あら、思いがけないこと。何の為のお使いにございましょうか

●ワキ 弁慶
さん候只今参る事、餘の儀にあらず。
そうでございます、只今参りましたのは、他でもありません。

我が君の御諚には。これまでの御参り返す返すも神妙(しんびょお)に思し召し候さりながら。
我が君のお言葉には、これまでのおいでは返す返すも殊勝だとお思いでございます。そうではありますが、

説明 神妙なり は、(1)神秘的な、(2)殊勝な、健気な、(3)おとなしい、すなおな の意

只今は何とやらん似合わぬ様に御座候へば。これより都へ御歸りあれとの御事にて候
只今は、どことなく似合わないようで御座いますので、これより、都へお帰りなさいとの、事でございます。

●シテ 
これは思ひも寄らぬ仰せかな。何処(いづく)までも御供とこそ思ひしに。
これは思いも寄らない仰せです。どこまでも御供しようと思っていましたのに。

頼みても頼みなきは人の心なり。あら何ともなや候
頼みに思っても頼みにならないのが人の心なのですね。あら何ともいたしかたのないことでございます。

●ワキ 弁慶
さて御返事(おんぺんじ)をば何と申し候べき
さて、お返事は何と申しましょうか

●シテ 
みづから御供申し。君の御大事になり候はば留まり候べし
私みずからが御供いたして、義経様の一大事になるのでございましたら、ここに留まりいたしましょう

●ワキ 弁慶
あら事々しや候。ただ御留りあるが肝要にて候
何と大げさなことでございます。ただただ、お留まりなさるのが、肝心でございます。

●シテ 
よくよく物を案ずるに。これは武蔵殿の御計らひと思ひ候程に。わらは参り直に御返事を申し候べし
よくよく考えてみますと、これは弁慶殿のお取り計らいと思いますので、私が参りまして、直接お返事いたしましょう

●ワキ 弁慶
それはともかくもにて候。さらば御参り候へ
それは如何ようにもでございます。それでは、いらっしゃいませ。

いかに申し上げ候。静の御参りにて候
申し上げます。静が参られてございます

●子方 義経
いかに静。この度思はずも落人となり落ち下る処に。これまではるばる来りたる志。返す返すも神妙(しんびょえ)なり
おお、静。この度は思わずも落人となり、落ち下る所、これまではるばるやって来た志は、返す返すも殊勝である。

さりながら。はるばるの波濤を凌ぎ下らん事然るべからず。まづこの度は都に上り時節を待ち候へ
しかし、(この先)はるばると波濤を凌いで下ることは適当ではない。この度は、都に上って時節をお待ちなさい。

●シテ 
さては實に我が君の御諚にて候ぞや。 さては実に我が君のお言葉でございましたのね。

由なき武蔵殿を怨み申しつる事の恥かしさよ。 いわれもなく武蔵殿をお恨み申して、恥ずかしいことよ。

返す返すも面目なうこそ候へ   返す返すも面目ないことでございます。

●ワキ 弁慶
いやいやこれは苦しからず候。ただ人口(じんこう)を思し召すなり。
いやいや、これは全く差し支えございません。(我が君は)人の口をお考えになったのです。

御心変るとな思し召しそと。涙を流し申しけり
我が君の御心が変わるとは、決してお思いにならないようにと、涙を流して申したのです。

●シテ 
いやとにかくに数ならぬ。身には怨みもなけれども。これは船路の門出なるに
いえ取るに足りない我が身には、お恨みすることもありませんが、今は、船路の門出なのに

●地謡
波風も。静を留め給ふかと。静を留め給ふかと。
波風を静める名をもつ、静を置いてゆかれるのか、静を置いて行かれるのかと

涙を流し木綿四手(いうしで)の。神かけて変らじと。契りし事も定めなや。
涙を流して言い、神にかけて変わるまいと契ったことも、はかないことよ

説明 木綿四手 は、神 の枕詞。涙を流して言ふ と いふしで を掛けています。

   定めなし は、確かではない、はかない、無常だ の意。

げにや別れより。勝りて惜しき命かな。君に二度逢はんとぞ思ふ行末
真に、別れよりも、ずっと惜しい命です、この将来に、我が君に再び会おうと思っています

説明 「別れよりまさりて惜しき命かな 君にふたたび逢はんと思へば」は、千載集の藤原公任の歌。

●子方 義経
いかに弁慶。静に酒を勧め候へ    なあ弁慶よ、静に酒を勧めなさい

●ワキ 弁慶
畏まって候。げにげにこれは御門出の。行末千代ぞと菊の盃。静にこそは勧めけれ
畏まりました。誠に誠にこれは門出の、行末千代との菊の盃です、静にこそ、勧めたのですねえ。

●シテ 
わらはは君の御別れ。遣る方なさにかき昏(く)れて。涙に咽ぶばかりなり
私は、義経様との別れに、やるせない気持ちに、かきくれて、涙にむせぶばかりです

●ワキ 弁慶
いやいやこれは苦しからぬ。旅の船路の門出の和歌。ただ一さしと勧むれば
いやいやそのお歎きは、かまかません。旅の船路の門出の和歌を謡い、舞いを一さしと勧めると

●シテ 
その時静は立ち上り。時の調子を取りあへず。
その時、静は立ち上がり、とりあえず、時の調子をさだめて

説明 取りあえず は、取るべきものも取らずに ということで、何はさておき、さしあたり の意

渡口(とこう)の郵船は。風静まって出づ
渡し場の定期渡し船は、風が静まって出航する

地謡
波頭の謫所(たくしょ)は。日晴れて見ゆ
波がしらの向こうに、流罪の地が、日が晴れていて、見える

●ワキ 弁慶
これに烏帽子の候。召され候へ  ここに烏帽子がございます。お召しください

(静は、烏帽子をかぶり、白拍子の舞を舞う)

●シテ 
立ち舞ふべくもあらぬ身の    悲しみで立って舞うことなどできないはずの身が

●地謡
袖うち振るも。恥かしや    袖をうち振って舞うのも、恥ずかしいことです

 

●シテ 
傅へ聞く陶朱公は勾践を伴ひ  伝え聞くところ、陶朱公は越王勾践を伴って

●ワキ 弁慶
會稽山に籠り居て。種々の智略を廻らし。終に呉王を亡ぼして。勾践の本意を。達すとかや
会稽山に立て籠もり、種々の計略を巡らし、ついに呉王を亡ぼして、勾践の願いを達したとか

然るに勾践は。二度世を取り會稽の恥を雪(すす)ぎしも。陶朱功をなすとかや。
こうして勾践は、再び天下を取り、會稽の恥をそそいだのも、陶朱公の功績であったとか

されば越の臣下にて。政事を身に任せ。功名富み貴く。心の如くなるべきを。
されば陶朱功は、越王勾践の臣下として、思うままに政治を行い、功名は富み貴く、心のままであったはずを

功成り名遂げて身退くは天の道と心得て。小船に掉さして五湖の。煙濤(えんとお)を楽しむ
功が成り名を遂げて身を退くのは天の道と心得て、小舟を漕いで、五胡の水煙の立ち込めた水面を楽しむ

 

●シテ     かかる例(ためし)も有明の   このような例えもありますので

説明 有明の は、月の枕詞。例も有り と、有明の を掛けています。

●地謡
月の都をふり捨てて。西海の波濤に赴き御身の科のなき由を。嘆き給はば頼朝も。
月の都を捨てて、西海の波濤におもむき、御身のとがのないことを、嘆願されれば、頼朝も、

終には靡(なび)く青柳の。枝を連ぬる御契り。などかは朽ちし果つべき
終には、青柳の枝がなびくように、なびいて、枝を連ねた兄弟の契りが、どうして朽ち果ててしまうことがありましょう。

ただ頼め  ただ頼め

説明 沙石集にある「清水の御詠」で、清水観音の歌う尊いお歌です。

 

●シテ 
ただ頼め。標茅(しめじ)が原のさしも草   『ただ頼め 標茅が原の さしも草』

●地謡
われ世の中に。あらん限りは        『我世の中に あらん限りは』

●シテ 靜    かく尊詠の。偽りなくは       この尊詠に,偽りがないならば

●地謡
かく尊詠の偽りなくは。やがて御代に出船の。舟子ども。
この尊詠に偽りがないならば、(我が君は)すぐにも世に出るでしょう、出船の舟子どもが

はや纜(ともづな)をとくとくと。はや纜をとくとくと。勧め申せば判官も。旅の宿りを出で給へば
急いで艫綱を解いて、早く早くと(乗船を)お勧め申すので、判官も、旅の宿をお発ちになると

 

●シテ      静は泣く泣く     静は泣く泣く

●地謡
烏帽子直垂(ひたたれ)脱ぎ捨てて。涙に咽ぶ御別れ。見る目も哀れなりけり見る目も哀れなりけり
烏帽子と直垂を脱ぎ捨てて、涙にむせぶお別れの様子。はた目にも哀れでした、はた目にも哀れでした

 

●ワキ 弁慶
静の心中察し申して候。やがてお船を出さうずるにて候。
静の心中察し申してございます。すぐにお船を出そうといたしてございます。

●ワキツレ 判官の従者   いかに申し候 さて、申し上げます。

●ワキ 弁慶        何事にて候ぞ  何事でござるか。

●ワキツレ 判官の従者 
君よりの御諚には。今日は波風荒く候程に。御逗留と仰せ出だされて候
我が君のお言葉には、今日は波風が荒れてございますので、逗留とおっしゃり出されてございます

●ワキ 弁慶
何と御逗留と候や  なんと、ご逗留でありますか

●ワキツレ 判官の従者   さん候   その通りであります

●ワキ 弁慶
これは推量申すに。静に名残を御惜しみあって。御逗留と存じ候。
これは、推量いたすに、静に名残を惜しまれて、ご逗留されるのだと存じます。

まづ御思案あって御覧候へ。今この御身にてかようの事は。御運も盡きたると存じ候。
まず考えてもご覧なさい。今このような身でこんな事では、御運も尽きてしまうと存じます。

その上一年渡辺福島を出し時は。以っての外の大風なりしに。君御船を出し。
その上一年前、渡辺福島を出た時は、もっての外の大風だったのに、我が君は船を出し、

説明 渡辺福島 どちらも大阪市内の地名で、屋島へ出陣したときの港

平家を亡ぼし給ひし事。今以って同じ事ぞかし。急ぎお船を出すべし
平家を亡ぼしになられた事、今も同じ事だぞ、急いでお船をだすべきだ。

 

●ワキツレ 判官の従者
げにげにこれは理なり。何処も敵と夕波の
誠に、ごもっともです。どこにも敵がいると言う、夕波の

●ワキ 弁慶
立ち騒ぎつつ舟子ども  立ち騒ぐなかを、船乗りたちは

●地謡
えいやえいやと夕汐に。つれて船をぞ。出しける
えいや、えいや、のかけ声で、満潮の夕汐につれて、船を漕ぎ出しました。

●ワキ 弁慶
あら笑止や風が変わって候。あの武庫山颪(おろし)弓弦羽が獄(ゆずりはがたけ)より吹き下す嵐に。この御船の陸地に着くべき様もなし。皆々心中に御祈念候へ
おや、おかしい、風が変わってござる、あの武庫山颪や弓弦羽が獄から吹き下ろす嵐に、このおん船が陸地に、着けそうな様子もない。皆さん、心の中で、御記念してください。

●ワキツレ 従者
いかに武蔵殿。この御船には妖怪が憑いて候
おい武蔵殿。このみ船には、妖怪が憑いてございます。

●ワキ 弁慶
ああ暫く。さやうの事をば船中にては申さぬ事にて候
しばらくお待ちください。そのような事は、船の中では言うものではない

●ワキ 弁慶
あら不思議や海上を見れば。西国にて亡びし平家の一門。各々浮かみ出でたるぞや。
あら不思議だ。海上を見れば、西国で滅びた平家の一門の各々が、浮かび出ているぞ。

かかる時節を窺ひて。恨みをなすも理なり
この時機を窺って、恨みを晴らそうとするのももっともな事だ。

●子方 義経    いかに弁慶    おい、弁慶よ

●ワキ 弁慶    御前に候     御前におります

●子方 義経
今更驚くべからず。たとい悪霊恨みをなすとも。そも何事のあるべきぞ。
今更驚くことはない。たとえ悪霊が恨みを晴らそうとしても、それが何事だというのだ。

悪逆無道のその積り。神明佛陀の冥感に背き。天命に沈みし平家の一類
悪逆無道を積み重ね、神明佛陀の冥感に背き、天命に沈んだ平家の一族ではないか

●地謡
主上を始め奉り一門の月卿雲霞の如く。波に浮かみて見えたるぞや
安徳天皇を第一として奉り、平家一門の公卿たちが雲や霞のように、波に浮かんで見えるのです

●後シテ 知盛
そもそもこれは。桓武天皇九代の後胤平の知盛。幽霊なり。
そもそも私は、桓武天皇九代の後胤 平知盛の幽霊である。

説明 九代の後胤は、九代後の子孫 の意。桓武天皇の第五皇子から九代の後胤にあたるのは、平正盛で

   知盛は、正盛の孫忠盛の嫡男なので、正確には十三代の後胤。

あら珍しやいかに義経。思いも寄らぬ浦波の
おや珍しい、おい義経よ、思いも寄らないな。浦浪の

説明 寄る と 波 が縁語

●地謡
聲をしるべに出船の。聲をしるべに出船の
浦波の間から聞こえてくる出船の音を道案内に、出てきたのです

説明 しるべ(知る辺) は、(1)手引き、道案内、(2)知り合い、ゆかりのある人

●後シテ 知盛
知盛が沈みしその有様に  知盛が壇ノ浦に沈んだのと同じ有様に

●地謡
また義経をも海に沈めんと。夕波に浮かめる長刀取り直し。巴波(ともえなみ)の紋辺(あたり)を拂ひ。
義経をもまた海に沈めようと、夕波に浮かべてあった長刀を取り直し、巴波の紋のあたりを払い

潮を蹴立て悪風を吹きかけ。眼も眩み。心も乱れて。前後を忘ずるばかりなり
潮を蹴立てて悪風を吹きかけると、眼も眩み心も乱れて前後の感覚も忘れるばかりです

●子方 義経
その時義経少しも騒がず  そのとき、義経、少しも騒がず

●地謡
その時義経少しも騒がず。打物抜き持ち現(うつつ)の人に。向ふが如く。言葉を交はし。戦ひ給へば。
そのとき、義経、少しも騒がず、刀を抜いて持ち、現実の人に向かうように、言葉をかわし、戦いなさると

弁慶押し隔て打物業にて叶ふまじと。數珠さらさらと押し揉んで。
弁慶は、(義経と亡霊を)押し隔て、刀で戦っても叶うまいと、数珠をさらさらと押し揉んで

東方降三世。南方軍茶利夜叉。西方大威徳。北方金剛叉明王。中央大聖。不動明王の索にかけて。
東方守護の降三世明王、南方守護の軍茶利夜叉明王、西方守護の大威徳明王、北方守護の金剛叉明王、中央大聖の不動明王よ、不動明王の索の縄にて、

祈り祈られ悪霊次第に遠ざかれば。弁慶舟子に力を合はせ。お船を漕ぎ退け汀に寄すれば
(悪霊を縛り給えと)祈り祈られ、悪霊が次第に遠ざかるので、弁慶は船頭に力を合わせ、お船を漕いで岸に寄せると

なほ怨霊は。慕ひ来るを。追っ拂い祈り退けまた引く汐に。ゆられ流れ。また引く汐に。ゆられ流れて。
なお怨霊は、追いすがって来るのを、追っ払い、祈り退けると、(悪霊は)また引く波に、ゆられ流れて

跡白波とぞ。なりにける   跡は白波になってしまいました。

 

 

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