謡曲 海士 (あま) |
2019.8.13
登場人物
前シテ 海士
子方 房前大臣
ワキ 大臣の従者
ワキツレ 同
後シテ 龍女
●ワキ、ワキツレ 二人次第
出づるぞ名残(なごり)三日月の。/\。都の西にいそがん。
都をでましょうぞ。名残おしく三日月がでている、都の西にいそぎましょう。
●ワキサシ
天地のひらけし恵(めぐ)みひさかたの。天の児屋根の御ゆづり。
天地開闢以来、恵が久しい、天の児屋根の命の子孫である 房前に続く
説明 天の児屋根命は、藤原氏の祖先神
●子方
房前(ふさざき)の大臣とは我が事なり。
藤原の房前の大臣とは、私の事です。
説明 藤原の房前は、藤原不比等(淡海公)の子。
さてもみづからが御母は。讃州志度の浦。房前(ふさざき)と申す所にて。
さて、私自身の母君が、讃岐の志度の浦の房前という所で
むなしくなり給ひぬと。承りて候へば。
お亡くなりになったとお聞きしましたので、
急ぎ彼の所に下り。追善(ついぜん)をもなさばやと思ひ候。
急いでその地に下り、追善の供養をしようと思っております。
●ワキ、ワキツレ二人下歌
習はぬ旅に奈良坂や返へり三笠の山かくす春の霞ぞ恨めしき。
馴れない旅にも慣れて、奈良坂から振り返って見ると、三笠の山を隠す春の霞が恨めしいこと。
上歌
三笠山。今ぞ栄えんこの岸の。/\南の海に急がんと。ゆけば程なく津の国の。
(春も盛りの)三笠山の南の岸の南海道を急いで行くと、程なく、摂津の国の
説明 『補陀落の南の岸に堂建てて今ぞ栄えん北の藤波」(新古今集)を引く
こや日の本の始なる。淡路のわたり末ちかく。
昆陽、そして、日本の始まりである淡路島の端の近くの
説明 昆陽(こや)は、伊丹市内の古い地名
鳴門の沖に音するはとまり定めぬ。海士小舟。とまり定めぬ海士小舟。
鳴門の沖で梶音がするのは、どこに泊まるともなく漁をしている海士小舟です。
●ワキ詞
御急ぎ候ふ程に。これははや讃州志度の浦に御着にて御座候。
お急ぎになられましたので、はやくも、讃岐の志度の浦にお着きになりました。
又あれを見れば男女の差別(しゃべつ)は知らず人一人来り候。
また、あちらを見ると男女の区別はつきませんが人が一人やってきます。
彼の者を御待ちあつて。此処の謂はれを委(くわ)しく御尋あらうずるにて候。
あの者をお待ちになって、この地のいわれを詳しくお尋ねになるのがよろしゅございましょう。
●シテ 一セイ
海士の刈る。藻に住む虫にあらねども。われから濡らす。袂かな。
海士の刈る藻に住む虫ではありませんが、私の袖は、我から流す涙で濡れています
説明 「海士の刈る藻に住む虫のわれからと音をこそ泣かめ 世をば恨みじ」古今集 藤原直子を引く。
サシ
これは讃州志度の浦。寺近けれども心なき。あまのの里の海人(かいじん)にて候。
私は、讃岐の志度の浦で、お寺には近いけれど信心のない、天野の里の海士でございます。
げにや名に負ふ伊勢をの海士は夕波の。内外(うちと)の山の月を待ち。浜荻の風に秋を知る。
本当に、有名な伊勢の海士は、夕波のうち寄せる夕暮れに、内宮外宮の山に出る月を待ち、浜荻に吹く風で秋を知ります
また須磨のあま人は塩木にも。若木の桜を折りもちて。春を忘れぬたよりもあるに。
また、須磨の海士は、塩を焼く木に、桜の若木を折って持ち、春を楽しむという風情があるのに、
此浦にては慰も。名のみあまのゝ原にして。花の咲く草もなし。何を海松藻(みるめ)刈らうよ。
この浦では、慰めもなく、名前だけは天野の原ですが、花が咲く草もなく、何も見る物もない、さあ、海藻を刈りましょう。
下歌
刈らでも運ぶ浜川の。/\。塩海(しおうみ)かけて流れ蘆(あし)の。世を渡る業なれば。
流れ蘆は、刈らなくても、浜川が海にかけて運びます、海士も、流れ蘆のように世をわたる生業なので、
心なしともいひがたきあまのゝ里に帰らん。あまのゝ里に帰らん。
心無いとも言い難い天野の里に帰りましょう。天野の里に帰りましょう。
●ワキ詞
いかに是なる女。おことは此浦の海士にてあるか。
なあ、そこの女。そなたは、この浦の海士であるか。
●シテ詞
さん候此浦の潜(かづ)きの海士にて候。
そうです。この浦の潜水海士でございます。
●ワキ
潜(かづ)きの海士ならば。あの水底の海松藻(みるめ)を刈りて参らせ候へ。
潜水の海士ならば、あの水底の海藻を刈って来ていただけないか。
●シテ
痛はしや旅づかれ。飢にのぞませ給ふかや。 いたわしいこと。旅につかれ、飢えに臨んでいらっしゃるのですね。
わが住む里と申すに。かほどいやしき田舎(でんじや)のはてに。
私が住む里とは申すものの、こんなに辺鄙な田舎の果てに、
不思議や雲の上人を。海松藻(みるめ)召され候へ。
高貴なお方にお目にかかるとは不思議なことです、この海藻をお召し上がりください。
詞
刈るまでもなしこの海松藻(みるめ)を召され候へ。
刈るまでもありません、この海藻をお召しあがりください。
●ワキ
いやいやさやうの為にてはなし。 いやいや、そのような為にではない。
あの水底の月を御覧ずるに。みるめ繁りて障となれば。刈りのけよとの御諚なり。
(房前公が)あの水底に映る月を御覧になるのに、海藻が繁っていて障害なので、刈って取り除けとの仰せなのです。
●シテ
さては月のため刈りのけよとの御諚かや。昔もさるためしあり。
さては、月見のために刈って取り除けとの仰せなのですね。むかしにもそのようなことがありました。
明珠(めいしゆ)をこの沖にて龍宮へ取られしを。潜(かづ)きあげしもこの浦の。
明珠を、この沖で、龍宮に取られたのを、潜って取り戻したのもこの浦の海士です。
地次第
天満(み)つ月も満潮の。/\。海松藻(みるめ)をいざや刈らうよ。
天に満月が出て、満潮です。さあ、海藻を刈りましょう。
●ワキ詞
しばらく。何と明珠をかづきあげしもこの浦の海士にてあると申すか。
ちょっと待て。なんと、明珠を潜って取り戻したのもこの浦の海士であったというのか。
●シテ詞
さん候この浦の海士にて候。またあれなる里をばあまのゝ里と申して。
そうです。この浦の海士でございます。また、あそこの里を天野の里といいまして
かのあま人の住み給ひし在所にて候。 その海士の人の住んでいらした所でございます。
又これなる島は。彼の珠を取り上げ始めて見初(そ)めしによつて。
また、この島は、あの珠を取り上げて、初めて見た場所ですので、
新しき珠島(たましま)と書いて。新珠島(しんじゆじま)と申し候。
新しい珠島と書いて、新珠島と申します。
●ワキ
さてその玉の名を何と申しけるぞ。 さて、その玉の名は、何といったのか。
●シテ
玉中に。釈迦の像まします。いづかたより拝み奉れども同じ面なるによつて。
玉の中に、釈迦の像がございまして、どちらの方向から拝みましても、同じ正面になりますので、
面を向ふに背かずと書いて。面向不背(めんかうふはい)の珠と申し候。
面が向かって背かずと書いて、面向不背の球と申します。
●ワキ
かほどの宝を何とてか。漢朝よりも渡しけるぞ。 これほどの宝を、何故、漢朝から贈られたのか。
●シテ詞
今の大臣淡海公の御妹は。唐土高宗皇帝の后に立たせ給ふ。
今の大臣の淡海公(藤原不比等)の御妹は、唐土の高宗皇帝のお后になられました。
さればその御氏寺(おんぬじでら)なればとて。興福寺へ三つの宝を渡さるゝ。
それで、その氏寺だからとして、興福寺に三つの宝を贈られたのが、
華原磐(くわげんけい)泗浜石(しひんせき)。面向不背(めんこうふはい)の珠。
華原磐と、泗浜石と、面向不背の珠 です。
二つの宝は京着(きやうちやく)し。明珠はこの沖にて龍宮へ取られしを。
二つの宝は、京(奈良の都)に到着し、明珠は、この沖で、龍宮に取られましたので、
大臣御身をやつし此浦に下り給ひ。 大臣は、身分を隠して、この浦に下ってこられ、
いやしき海士乙女と契をこめ。一人の御子を設く。いまの房前の大臣これなり。
賤しい海士の乙女と契りを結び、一人の御子を儲けられました。今の房前の大臣です。
●子方 房前大臣
やあこれこそ房前の大臣よ。あらなつかしのあま人や。なほ/\語り候へ。
いや、私こそが、房前の大臣ですよ。ああ、なつかしい海士よ。もっともっと語ってください。
●シテ
あら何ともなや。今まではよその事とこそ思ひつるに。さては御身の上にて候ひけるぞや
あら、なんということ、今迄は、他人事と思っていましたが、さてさて、あなた様の身の上でございましたか、
説明 何ともなや は、何ともしようがない、どうしようもない、の意ですが、驚きを表します。
あら便(びん)なや候(ぞうろう)。 あら、とんでもないことでございますことよ。
説明 便なし は、不便、不当の意。語幹 便な に や がつく語幹用法。例は、めでたし が めでたや。
●子方 房前大臣
みづから大臣の御子と生れ。恵開けし藤の門(かど)。
自分は、大臣(藤原の不比等)の子として生れ、恵の開かれた藤原の一門です。
されども心にかゝる事は。此身残りて母知らず。
しかし、気がかりなのは、我が身だけが生き残っていて、母を知らない事です。
ある時傍臣語りて曰く。 ある時、側近がいいました。
忝(かたじけな)くも御母は。讃州志度の浦。房前のあまり申せば恐ありとて言葉を残(のこ)す。
「恐れ多くも、御母は、讃岐の志度の浦、房前の海士...余り申し上げると恐れおおい」と、言葉を言い残す。
さては卑しき海士の子。賎(しず)の女(め)の腹に宿りけるぞや。
さては、卑しい海士の子なのか、卑賎の女の腹に宿ったのか。
地歌
よしそれとても帚木(はわきぎ)に。/\。しばし宿るも月の光 雨露(うろ)の恩にあらずやと。思へば尋ね来りたり。
例えそうではあっても、帚木に、月がしばし宿った住処の雨露の恩とあるように、しばし宿った母の恩と思い、訪ね来たのです。
説明 源氏物語の第2帖 帚木に、「池の水かげ見え、月だに宿る住処を過ぎむもさすがにて」
(池の水に月影が映って見え、月さえ宿る住処を通り過ぎてしまうのも心残りなので) とあるのを引いています。
あらなつかしの海士人やと御涙を流し給へば。
ああ、おなつかしい海士のお方よと、涙をお流しになるので
●シテ 海士
げに心なき海士衣。 本当に、心ない海士であるわたくしが、海で濡らしている衣を
地
さらでもぬらす我が袖を。重ねてしほれとやかたじけなの御事や。
そうではなくても、重ねて涙で濡らせとのことなのですね。畏れ多いことです。
かゝる貴人の賎しき海士の胎内に。やどり給ふも一世ならず。
このような高貴なお方が、賤しい海士の胎内に宿られたのも、この世だけの縁ではありません。
たとへば日月の。庭潦(にはたづみ)に映(うつ)りて光陰を増す如くなり。
例えば、太陽と月の光が、庭の水たまりに映り、輝きを増すようなものです。
われらも其海士の。子孫と答へ申さんは。事もおろかや我が君の。
私達も、その海士の子孫であると申すことは、愚かな事です。我が君の
ゆかりに似たり紫の。藤咲く門の口を閉ぢて。いはじや水鳥の御主(おしう)の名をば朽(くた)すまじ。
ゆかりの物であり、紫のゆかりの藤の咲く藤原一門のゆかりとは、口を閉じて、言いません見ません。水鳥のオシドリのように。ご主人の名前を汚しますまい。
●ワキ詞
とてもの事に彼の珠を。潜(かづ)きあげし所を。御前にてそと学(まな)うで御目にかけ候へ。
いっそのことに、かの珠を、潜って取り戻したときの事を、大臣の御前で、ちょっと真似してお目にかけて下さい。
●シテ詞
さらばそと学うで御目にかけ候ふべし。 それなら、ちょっと真似してお目におかけいたしましょう。
その時あま人申すやう。もし此珠を取り得たらば。
その時(淡海公が珠を取り返してくれと頼んだとき)、海士の言うには、もし、この珠を取ることができたなら、
この御子を世継の御位になし給へと申ししかば。子細あらじと領状(りょおじょお)し給ふ。
この御子を世継ぎの位につけて下さいと申したところ、問題はないと、了承なさいました。
さては我が子ゆゑに捨てん命。露ほども惜しからじと。
それならば、我が子のために捨てる命、露ほども惜しくあるまいと
千尋の縄を腰につけ。もしこの珠を取り得たらば。この縄を動かすべし。
長い縄を腰につけ、もし珠を取ることができたなら、この縄を動かしましょう
その時人々力を添へ。引きあげ給へと約束し。一つの利剣を抜きもつて。
その時、人々力を合わせて、引き上げて下さいと約束し、一つの鋭い剣を抜き持って
地
かの海底に飛び入れば。空は一つに雲の波。煙の波を凌ぎつつ。
かの海底に飛び込むと、空と海が一つになり、雲の波が煙の波のようになっているのを凌ぎながら
海漫々(かいまんまん)と分け入りて。直下と見れども底もなく。辺(ほとり)も知らぬ海底に。
広々とした海を分け入って、真下と見たけど、底はなく、周辺もわからない海底に
そも神変はいさ知らず。取り得ん事は不定なり。
そもそも神力ならばともかくも、取ることができるかわからない。
かくて龍宮にいたりて宮中を見ればその高さ。三十丈の玉塔に。
こうして、龍宮に到着して、宮中をみると、高さが三十丈の玉塔に
かの珠を籠めおき香花(こうげ)を供へ守護神は。八龍並み居たりその外悪魚鰐(さめ)の口。
かの珠を籠めおいて、香花をお供えして、守護神として、八大竜王が居並んで、その他に、悪魚や鰐の口
逃れ難しや我が命。さすが恩愛の故郷の方ぞ恋しき。
逃げるのは難しいなあ、私の命、さすがに、恩愛のある故郷が恋しい、
あの波の彼方にぞ。我が子はあるらん父大臣もおはすらん。
あの波の彼方に、我が子はいるでしょう、父の大臣もいらっしゃるでしょう
さるにてもこのままに。
別れはてなん悲しさよと涙ぐみて立ちしが又思ひ切りて手を合わせ。
それにしても、このまま別れて果てる悲しさよと、涙ぐんで立ち尽くしたが、思い切って手を合わせ
南無や志度寺の観音薩埵(かんのんさった)の力を合はせて賜(た)び給へとて。
南無や志度寺の観音薩埵よ、どうか力を合わせ賜い給えといって
大悲の利剣を額に当て龍宮の中に飛び入れば。左右へばつとぞ退いたりけるその隙に。
観音の慈悲の鋭い剣を額に当てて、龍宮の中に飛び込むと、左右にばっと退いたその隙に
宝珠を盗みとつて。逃げんとすれば。守護神追(お)つかくかねてたくみし事なれば。
宝珠を盗み取って逃げようとすると、守護神が追っかける、かねてより企んでいた事なので
持ちたる剣を取り直し。乳(ち)の下をかき切り珠を押し籠め剣を捨てゝぞ伏したりける
持っていた剣を持ち直して、乳の下をかき切って、珠を押し籠めて、剣を捨てて倒れ伏した
龍宮の習に死人を忌めば。
あたりに近づく悪龍なし。約束の縄を動かせば。
龍宮の習わしでは、死人を忌み嫌うので、まわりに近づく悪龍はいない。約束の縄を動かすと
人々よろこび引きあげたりけり珠は知らずあま人は海上に浮かみ出でたり。
人々は喜んで引き上げました。珠はわからぬまま、海士は海上に浮かび出ました。
●シテ
かくて浮びは出でたれども。悪龍の業と見えて。五体もつづかず朱になりたり。
こうして浮かび出ましたけれど、悪龍の仕業と見えて、五体はずたずたで、血で真っ赤でした。
珠も徒(いたづ)らになり。主も空しくなりけるよと。大臣なげき給ふ。
珠も(見つからず)役立たずとなり、海士も空しくなってしまったよと、大臣はお嘆きになる。
説明 いたづらなり は、本来は、役に立たず残念 の意ですが、何もなくて空しい、暇だ の意でも使われます。
その時息の下より申すやう。我が乳のあたりを御覧ぜとあり。
その時、息の下から申すには、私の乳のあたりを御覧になってくださいと。
げにも剣のあたりたる痕あり。 真に、剣があたった跡があります。
その中より光明赫奕(かくやく)たる珠を取りいだす。 その中から、光輝く珠を取り出す。
さてこそ御身も約束のごとく。この浦の名に寄せて。房前の大臣とは申せ。
そういうわけで、あなた様は、約束通り、この浦の名前にちなんで房前の大臣というのです。
今は何をかつゝむべき。これこそ御身の母あま人の幽霊よ。
今は、何をかくしましょう、私こそ、あなたの母の海士の幽霊なのです。
地
この筆の跡を御覧じて。不審をなさで弔へや。 この筆跡を御覧になって、疑わずに、弔ってください。
今は帰らんあだ波の。夜こそ契れ夢人の。明けて悔しき浦島が。
今は、帰りましょう。徒に寄る波の下に。夜こそ契りましょう。夢の中で。あけて悔しい浦島の
説明 明けて悔しき浦島が は、夜が明けて悔しい と (玉手箱を)開けて悔しい を掛けています。
親子のちぎり朝潮の波の底にしづみけり立つ波の下に入りにけり。
親子の契りは浅くして、朝の潮が波立つ海の底に沈んでいきました。
●ワキ詞
いかに申し上げ候。 もうしあげます。
あまりに不思議なる御事にて候ふほどに。御手跡を披(ひら)いて御覧ぜられうずるにて候。
あまりに不思議な事でございますので、御文を開いて、御覧になるのがよろしいかと存じます。
子方
さては亡母の手跡かと。ひらきて見れば魂(たましい)黄壌(くわうしやう)に去つて一十三年。
さては、亡き母の御文かと開いて見ると、私の魂が黄泉の国に去って十三年
骸(かばね)を白沙(はくさ)に埋(うづ)んで日月(じつげつ)の算(さん)を経(ふ)。
屍が白砂に埋められて、長い年月を経ました。
冥路(めいろ)昏々(こんこん)たり。我を弔(とむら)ふ人なし。君孝行(おこ)たらばわが冥闇をたすけよ。
冥途は真っ暗で、私を弔う人はいない。あなた様が孝行するならば、私の冥途の暗闇を御救いください。
げにそれよりは十三年。 本当に、あれから十三年です。
地
さては疑ふ所なし。いざ弔はん さては疑う所はない。いざ弔いましょう
この寺の。志ある手向草。花の蓮(はちす)の妙経色々の善をなし給ふ色々の善をなし給ふ。
この志度寺の志をこめた手向け、妙法蓮華教など、色々の法要で、善をなし給う。
地
寂冥無人声(じやくまくむじんじやう)。 仏世界は静寂そのもので人の声も無い
説明 法華経法師功徳品の句
●後シテ
あらありがたの御弔やな。 ああ、ありがたいお弔いであることよ。
この御経にひかれて。五逆の達多(だつた)は天王記別(てんわうきべつ)を蒙り。
このお経の功徳で、五逆の罪を犯した提婆達多は、天王如来になると予言を受け
八歳の龍女は南方無垢世界に生を受くる。
八歳の龍女は、南方の無垢世界に成仏することができました。
なほなほ転読し給ふべし。 なおもなおも、読経を続けてください。
地
深達罪福相(じんだつざいふくさう)。 深く罪福の相を達して
説明 仏は深く罪と幸運の兆候を達観し
偏照於十方(へんせうおじつほう)。 偏く十方を照らしたまう
説明 普く十方をお照らしになる
シテ
微妙浄法身(みめうじやうほつしん)。 微妙の浄き法身は
説明 微妙な清浄の法体となった御身は
具相(ぐそう)三十二。 相を具せること三十二
説明 外面に現れた兆しを具えること三十二
地
以八十種好(いはちじつしゆかう) 八十種好を以って
説明 仏の身体に備わる八十種の特徴によって
●シテ
用荘厳法身(ゆうしやうごんほつしん)。 用って法身を荘厳せり
説明 真理そのものとしての本体を飾る
地
天人所載仰(てんにんしよたいがう)。 天・人の載仰する所
説明 天人や人間の仰ぎいただく処であって
龍神咸恭敬(りうじんげんくきやう) 龍神も咸(ことごと)く恭敬す
説明 龍や鬼神もすべて恭しく敬う
説明 以上は、法華経提婆達多品の文句です。
あらありがたの御(おん)経やな。 ああ有難いお経ですこと。
龍女の早舞。
●シテ
今この経の徳用にて。 今このお経の功徳により
地
今この経の徳用にて。 今このお経の功徳により
天龍八部(んりうはちぶ)。 天人、龍王、八部衆
人与非人(にんよひにん)。 人と人にあらざる者
皆遥見彼(かいえうけんぴ)。龍女成仏(りうによじやうぶつ) 皆、遥に見る、かの龍女が成仏するを
さてこそ讃州 志度寺(しどじ)と号し。 かくして、この寺を讃岐 志度寺と号し
毎年八講(はっかう)。朝暮(ちょおぼ)の勤行(ごんぎょう)。
毎年、法華八講を営み、朝夕の勤行を絶やさない
仏法(ぶっぽう)繁昌(はんじょう)の霊地となるも。この孝養(きょおよお)と。うけたまはる。
仏法繁盛の霊地となったのも、この(房前の大臣の)孝養の行いに発すると聞いています。
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