山竹伸二 心理療法という謎 (2016) |
2018.8.3
図書館で山竹さんのこの本も借りてきました。
最初の「はしがき」で、25歳の頃、職場の同僚が自殺したという経験が語られています。
彼女は、母親がうつ病で自殺し、姉もうつ病という家系で、仕事が捗らず悩んでいるのをみて、山竹さんは
ごく普通に励ましたのですが、数日後、ビルの屋上から飛び降りてしまったのです。
知らせを聞いた山竹さんは、愕然とし、それからしばらくの間、眠れない夜が続きました。
こういう体験に愕然とすると、やはり、心の病について、真剣に考えるようになるのですね。
山竹さんは、この本で、心理療法に、次の三つの段階が必要と唱えています。
第一段階 信頼関係の構築
第二段階 相互幻想的自己了解
第三段階 一般的他者の視点による内省
セラピスト(治療者) とクライエント(患者)の間に、信頼関係を構築するのが第一段階ですが、
その次に、二者間の受容、共感、承認を通して、知らなかった自己、本当の自分、に気づくという自己了解の段階に進みます。
この時の自己像は、第三者の視点で客観的に熟考されたもので、幻想性が強いことから、幻想的自己了解 という言葉が
使われていますが、この言葉に対して、山竹さんは、本当の自分の現象学 という本の116-123頁を参照されています。
それは、第三章「相互幻想的自己理解」の前半の 実感としての「本当の自分」 に該当します。
少し引用します。
当時、私はある出版社で働いていたが、会社の仕事や日々の生活に嫌気がさしていた。
私はもともと本が好きで、学生の頃は本を書く仕事をしたいと思っていたのだが、言うまでもなく、それはなかなか容易なことではない。
そこで、せめて本に関わる仕事をしようと思い、出版社に入ることにした。
最初はたいへんだったが、次第にさまざまな著者と出会い、一緒に本を生み出すよろこびも感じるようになった。
しかし、入社から十年近くが過ぎたころから、次第に仕事に対する意欲が薄れ、いまの自分が「本当の自分」ではないような自己不全感を抱くようになった。
私はそんな自分の感情をできるだけ心の奥にしまいこみ、鬱々と日々を過ごすようになったのである。
(中略)
そんなある日、こうした私の悩みに、親身になって意見を言ってくれる女性が現れた。
彼女もまた自分の生き方に悩んでいたため、私の話に真剣に聞き入り、私の考えや思いに共感してくれた。
彼女に自分のことを語りながら、私は自分がこんなことを感じていたのか、こんなことを考えていたのか、と語った後でいつも気づかされるようになった。
それは自己発見の連続であり、自分一人で自己了解していたときに比べると、比較にならないほどの確信と納得感をともなっていた。
私は彼女との会話の中で自己了解が促されたことで、自分が本当に望んでいることに強い確信を抱き、
またそれに向かって努力することに深い意義を見出せるようになったのである。
(中略)
このように、家族や恋人、友人など、親密な関係にある人、信頼できる関係にある人との間において生じる自己了解のことを、私は「相互幻想的自己了解」と呼んでいる。
そもそも「真の自己像」があるわけではないので、自己了解によって得られる自己像はある意味ですべて「幻想」だと言える。
しかし、相互幻想的自己了解によって生じる自己像 (相互幻想的自己像) は、お互いの一致さえあれば正しいとされ、
相互の思い込み(主観性)が強く反映した自己像になりやすい。
そのため、私はこれを特別に「相互幻想的」と呼んで区別しておきたいのだ。
しかし、愛する人や信頼する人から承認されるような自分でありたい、という承認願望が人間にある限り、
相互幻想的自己像はむしろ「本当の自分」(真の自己像)として受け入れられる可能性か゜高いことも確かである。
この女性が、冒頭に出て来た自殺した女性と同一人物かどうかは、わかりません。
どちらにせよ、山竹さんの若き日の実体験です。
私は、カウンセリングの現場を知りませんが、第一段階の信頼関係の構築は、不可欠にしても、
第二段階の二者関係は、どこまで深く進むのでしょうか。
第三段階に移り損ねたら、二人の世界に留まったまま、ついには、心中ということにはならないのでしょうか。
100分de名著の河合隼雄さんの最終回で、「千の風」の話がでてきました。
2008年に「千の風になって」という歌がはやって、一躍有名になった詩ですが、
河合さんは、1995年か96年の講演で、この詩を引用しています。
風は、当たっているときは、そこにいて、私達を癒してくれますが、過ぎ去ったあとは、どこにいるかわかりません。
カウンセリングも、そのようなものであるべきと言っています。
講演では、次のように語ったあと、千の風を朗読して、公演を終えます。
For the consideration of
transference/countertransfcrence, it is sometimes helpful to take as models the
relationships between parents and children, between lovers, siblings, or
friends.
転移/逆転移を考察する上で、親と子の間の関係、恋人たち、兄弟姉妹たち、友達たちの間の関係をモデルにとると、時に、役に立つこともあります。
But if you think only in that way, you tend to
understand transference/countertransference as too much on a personal level and
forget about soul.
しかし、そのようにだけ考えてしまうと、転移/逆転移を余りにパーソナルなレベルで考えてしまい、魂について忘れてしまいます。
If you think of it taking as models the situation of
individuals with stones, trees, rivers, winds, and other aspects of nature, the
level of psychotherapy may become much deeper.
もしあなたが、個々人の状態を石や木や川や風等の自然の姿でモデル化しながら、転移/逆転移について考えると、心理療法のレベルは、ずっと深まるでしょう。
説明 転移とは、クライエントが、治療者に対して、親など過去に出会った人に対して抱いた感情と同様の感情を示すことで、
陽性転移の場合は、信頼、感謝、尊敬、情愛などで、陰性転移の場合は、敵意、不信、恨み、攻撃性などになります。
説明 逆転移とは、治療者がクライエントに対して、これらの特殊な感情を持つことです。
A Thousand Winds
Do not stand at my grave and weep, 私のお墓の前に立って泣かないでください
I am not there, I do not sleep. 私はそこにはいません、私は眠っていません
I am a thousand winds that blow; 私は千の風となって吹いています
I am the diamond glints on snow. 私は雪の上に光るダイヤモンドの輝きです
I am the sunlight on ripened grain: 私は豊かに実った穀物にふりそぞく太陽の光です
I am the gentle autumn's rain. 私は穏やかに降る秋の雨です
When you awake in the morning hush, あなたが朝の静けさの中で目覚めるとき
I am the swift uplifting rush 私はすばやい上昇気流となって
of quiet birds in circled flight. 弧を描いて飛ぶ静かな鳥たちとともにいます
I am the soft star that shines at night 私は夜空に輝く優しい星です
Do not stand at my grave and cry. 私のお墓の前に立って泣かないでください
I am not there; I did not die. 私はそこにはいません、私は死にませんでした
この詩の意味は、私は死んだ後も自然となってあなたの周りで生きていますという意味だと思います。
河合隼雄さんは、カウンセリングの後、治療者はクライエントの周りの自然の事物のようにあるのだと言われているのでしょうが、
その奥深い意味は、私には、まだ、わかりません。
ところで、山竹さんは、出版社での仕事に、生き甲斐が感じられなくなって、鬱々としていたと語っていました。
世の中には、例えば、郵便配達のように毎日同じ仕事の繰り返しで、仕事自体に生き甲斐を感じられない職業があります。
作家になるとか、敏腕編集者になれる人は、本当にわずかで、大抵の人は、社会の歯車の一員として生きていかねばなりません。
大抵の人は、仕事自体に生き甲斐を感じるよりは、職場や、家族の人達と一緒に生活を送ることに生き甲斐を感じて生きています。
よく、オリンピックで金メダルをとった人にインタビューして、誰でも頑張れば、金メダルがとれるというような雰囲気の報道がなされますが、
あれは、全くのうそです。
その人が金メダルをとれば、他の人は、金メダルはとれません。
高校野球でも、優勝するのは、たったの一校で、予選まで含めると、非常に大勢の球児が、敗戦して涙を流しています。
誰でも頑張れば、生き甲斐のある生活が送れるというのは全くのうそで、殆どの人は、普通の人として生活しなければなりません。
職場に生き甲斐が感じられなくて鬱になった人を治す体制を整えるというよりは、
職場を変える流動性を増やすというような社会づくりも大切ではないかと感じた次第です。
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