梅原猛 親鸞と世阿弥 思うままに (2011)

2017.12.30

 この本は、梅原さんが、東京新聞・中日新聞に「思うままに」と題して週1回連載しているエッセーの

2007年4月から2010年8月までのものをまとめたものです。

 連載毎に、タイトルがついていますが、親鸞に関するものと、能に関するものが多いので、本のタイトルとなりました。

能は、連載19回、親鸞再考は、連載18回です。

 その能に関する部分の出だしが面白いので、少し、引用します。

 もし私があまり人のもたない能力をもっているとすれば、それは憑依の能力であろう。

若き日、聖徳太子や柿本人麻呂の霊が私に乗り移って『隠された十字架-法隆寺論』や『水底の歌-柿本人麻呂論』などの著書を書かしめた。

しかし不思議に、本を書き終わるとその霊は私から去っていくのである。

 その後、学長などの繁忙な職の間は、霊が乗り移ることはなかったようですが、公職を離れて後、また、憑依が始まったそうです。

 老齢の私に最初に乗り移ったのは円空の霊である。(中略)

また昨年(2006年)の5月ごろ、観阿弥や世阿弥などの霊が私に乗り移ったのである。

彼らの霊は円空の霊よりはるかに難解で、容易にその正体が把握できない。 (中略)

 世阿弥の霊が私に乗り移ったとすれば、ありがたいことである。

私の学問は「梅原日本学」といわれたが、日本学といっても主に日本古代についての学問である。

中世について私はほとんど語ってこなかった。

中世についての研究がないとすれば、私の日本学は重大な欠陥をもつ。

 中国史家の内藤湖南は、室町時代以前の日本は真の日本ではないと言った。

この説を桑原武夫氏及び司馬遼太郎氏は認めていたが、それでは私の古代研究は日本研究ではないということになるので、私はその説に賛成することはできなかった。

しかし最近、この内藤湖南説にはもっともな点があると思うようになった。

 日本の中世、特に室町時代は文化的にみても実に豊饒な時代である。

それは、古代日本の文化を継承しながらそれを近世及び現代に伝える新しい文化を創造した時代である。

この時代の代表的文化が能楽と茶道であるとすれば、かつて古代が私に乗り移ってきたように、今、中世が私に乗り移ってきたことになる。

 古代が乗り移ったとき、私はまだ若かった。

中世が今、私に乗り移ったとすれば、果たして私の心身がそれを受け止めることに耐えられるかどうか心配である。

しかし今度も、観阿弥や世阿弥の霊が必ず私を守ってくれるに違いないと呑気に構えているのである。

 (中略)

 『源氏物語』は日本が生んだすばらしい芸術として評価が高いが、私は能もまた世界に誇るべきすばらしい芸術であると思う。

『源氏物語』はやはり貴族の物語である。

しかし能には庶民、しかもそれまでの日本社会の中でもっとも抑圧された人間が登場するのである。

不思議なことには能のシテの多くは貴族や武士であるものの、日本人の大多数をなしたと思われる農民はほとんど登場せず、

木こり、草刈り、炭焼き、塩汲みなどが活躍する。

そしてたとえば「藤戸」にせよ「恋重荷」にせよ、権力ある人間の犠牲になった卑賎な人間の悲しみが実によく描かれている。

人間世界から放逐された人間は鬼になるしか仕方がないのであろうが、「山姥」にせよ「鵺」(ぬえ)にせよ、

世の迫害に耐えかねて鬼となった人間ならざるものに世阿弥は深い同情の涙を注いでいるのである。

 聖徳太子(574-622)によって始められた日本仏教を民衆の底辺にまで及ぼしたのが行基(668-749)であるように、

紫式部(978-1016)によって大成された日本の優美な文学を庶民のものとし、

抑圧された人間の喜び悲しみをみごとに表現したのが世阿弥(1363-1443)などの能作者であった。

『源氏物語』が日本の生んだすばらしい文学として世界に顕彰されるべきであるとすれば、

貴族文化の教養、品格を採り入れつつもみごとな庶民の芸術を作った世阿弥などの能もまた世界に誇るべき芸術として顕彰されねばならないと私は思う。

 この後、17回の連載が続きます。

 また、「梅原猛の授業 能を観る」(2012)、梅原猛他監修の「能を読む」シリーズ1〜5、「うつぼ舟」シリーズ1〜5 など、その多作ぶりには、感服です。

 136頁に、「次のスーパー歌舞伎」と題した回があります。

スーパー歌舞伎「ヤマトタケル」の観客動員数が、百万を超えたのですが、

猿之助さんから、世阿弥の人生をスーパー歌舞伎にして欲しいと頼まれたそうです。

 そこで、スーパー歌舞伎「世阿弥(うつぼ舟)」を構想中で、今年中には、猿之助さんにみせたいと書かれているので、

少しネットで調べたところ、舞台作品としては、スーパー能「世阿弥」となったようです。

 また、角川学芸出版の、うつぼ舟 シリーズ全5巻 としても出版されました。

 

 親鸞再考の内容については、別に出版なさった本の方で、紹介する予定です。

 

 

    

ホームページアドレス: http://www.geocities.jp/think_leisurely/

 


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