玉上琢弥 源氏物語 訳注 (1964)

2017.12.11

 私の手元に、古い角川文庫版の第一巻があります。 冒頭の解説が面白いので、少し紹介します。

 

 「源氏物語」は、女のために女が書いた女の世界の物語である。

(中略)

 物語は、絵を見る姫に、女房が語って聞かせるものであった、と思う。

(中略)

 「源氏物語」のすべては、女房の語り口である。

(中略)

 そして聞く姫は、そばにいて読みあげる女房の声を、筆記編集者たる女房の声と聞き、語り伝えた古女房の声と聞き、やがては作中世界の人物の声とも聞き、いつか作中世界に自己を投入し、読みあげる女房の声を光る源氏の声と聞きなし、膝の前に広げる絵を見入って、いつしか光る源氏の語り合う女君と自分を思いなし、物語の世界に生きるようになるのである。

 こうして作者は、理想とする男君女君の生き方を、姫に教えこむことに成功するのである。

 作者は、物語の世界の人物に、己の理想を具現化する。己の、というより、女房たちの、と言ったほうがよいであろう。

「源氏物語」は、作者紫式部が、その仕える一条天皇彰子中宮の女房たちの理想を、具現化してみせたのだ、と思う。

 物語は、姫に読まれる前に、女房たちの選択眼に及第しなくてはならないから、物語の内容は、女房たちの趣味、標準に外れてはならないのである。

 「源氏物語」に書かれた世界は、後世ながく理想の世界と見られてきたので、平安時代の現実世界もあの通りと思う人もあったのだが、実は、女の胸に描く夢の世界であったに過ぎず、さらにくわしく言えば、彰子中宮に仕える女房集団の理想とする所であったのだ、と考えるほうが正しいであろう。

それをこのように具現化し、文字に残したのは紫式部である。

(中略)

 物語は事実談であるというたてまえをとる。「源氏物語」の最初の帝(のちの読者は桐壺の帝と呼ぶ)は醍醐天皇(897-930在位)を思わせる節々がある。

延喜天暦の治と称された醍醐天皇とその皇子村上天皇(946-967在位)のころを「源氏物語」は舞台として選んだようである。

美術史上藤原時代と呼ばれる日本的文化の新時期はこの時代に始まり、作者の時代一条天皇(986-1011在位)ころを最盛期とする。

「源氏物語」は一種の時代小説であるけれども、昭和の今で言えば明治の文明開化期を舞台にするに似て、服装も習俗も、そのも一つ前の時代ほど離れてはいず、今の時代そのままではないという感じがある。

ただし作中人物の感情は一条天皇の御代、藤原道長のもとに政権が安定したころの人々の感情そのものであったであろう。

何よりも美を重しとし、美的生活を理想とし、醜をきらい老をいみ、武断を棄てて柔軟なまでに躊躇し続ける、みな宮廷女流の心情を基に、芸術化したものであったと思う。

 いっさいが女の目で見られる。政治家の葛藤も女性関係の結果として理解する。

味方のする事はなんでも立派で、敵党は敵であるが故に、ただそれだけで、すべて悪である。

これは当代の実人生を反映したものであろう。

 

 

    

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