石川啄木 悲しき玩具 原文 現代語訳 対比

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2018.7.1 更新2018.7.9 2022.08.30

 「悲しき玩具」は、明治45年、啄木の死の二ヵ月後に出版されました。

明治43年に出版された「一握の砂」から、 2年しかたっていないのですが、「悲しき玩具」のほうは、かなり読みやすくなっています。

訳をつけなくてもいいものがほとんどなのですが、念のため、現代語訳をつけました。

 語順を入れ替えると、意味がわかりやすくなる場合は、詩の形を無視して、あえて語順をいれかえたところがあります。

 

001
呼吸
すれば、胸の中にて鳴る音あり。 凩よりもさびしきその音!
いきすれば むねのうちにて なるおとあり こがらしよりも さびしきそのおと
息をすれば、胸の内で鳴る音がある。 その音は木枯らしよりもさびしい!

002
眼閉づれど、心にうかぶ何もなし。 さびしくも、また、眼をあけるかな。
めとづれど こころにうかぶ なにもなし さびしくもまた めをあけるかな
眼を閉じても、何も心に浮かばない。さびしいことだが、再び、眼をあけるのだ。

003
途中にてふと気が変り、つとめ先を休みて、今日も、河岸
をさまよへり。
とちゅうにて ふときがかわり つとめさきを やすみてきょうも かしをさまよえり
途中でふと気が変わり、勤め先を休んで、今日も、川岸をさまよいました。

004
咽喉がかわき、まだ起きてゐる果物屋を探しに行きぬ。秋の夜ふけに。
のどがかわき まだおきている くだものやを さがしにゆきぬ あきのよふけに
喉が渇いて、まだ起きている果物屋を探しに行きました。秋の夜更けなのに。

005
遊びに出て子供かへらず、取り出して走らせて見る玩具
(おもちや)の機関車。
あそびにでて こどもかえらず とりだして はしらせてみせる おもちゃのきかんしゃ 
子供が遊びに出かけて帰らない。玩具の機関車を取り出して走らせてみる。

006
本を買ひたし、本を買ひたしと、あてつけのつもりではなけれど、妻に言ひてみる。
ほんをかいたし ほんをかいたしと あてつけの つまりではなけれど つまにいうてみる
本を買いたい、本を買いたいと、あてつけのつもりではないけれど、妻に言ってみる。

007
旅を思ふ夫の心!叱り、泣く、妻子
の心!朝の食卓!
たびをおもう おっとのこころ しかりなく つまこのこころ あさのしょくたく
旅を思う夫の心! 叱って泣く、妻と子の心! ああ、朝の食卓!

008
家を出て五町ばかりは、用のある人のごとくに 歩いてみたれど――
いえをでて ごちょうばかりは ようのある ひとのごとくに あるいてみたれど 
家から出かけて500m程は、用事のある人のように歩いてみたけれど――

009
痛む歯をおさへつつ、日が赤赤と、冬の靄
の中にのぼるを見たり。
いたむはを おさえつつ ひがあかあかと ふゆのもやのなかに のぼるをみたり
痛む歯を押さえながら、太陽が赤々と、冬の靄の中に昇るのを見ました。

010
いつまでも歩いてゐねばならぬごとき 思ひ湧き来ぬ、深夜の町町。
いつまでも あるいていねば ならぬごとき おもいわききぬ しんやのまちまち
いつまでも歩いていなければならないような思いが湧いて来ました、深夜の町々。

011
なつかしき冬の朝かな。湯をのめば、湯気がやはらかに、顔にかかれり。
なつかしき ふゆのあさかな ゆをのめば ゆげがやわらかに かおにかかれり
なつかしい冬の朝だなあ。さ湯を飲むと、湯気がやわらかく顔にかかりました。

012
何となく、今朝は少しく、わが心明るきごとし。手の爪を切る。
なんとなく けさはすこしく わがこころ あかるきごとし てのつめをきる
何となく今朝は少し私の心は明るいようだ。手の爪を切る。

013
うっとりと
 本の挿絵に眺め入り、煙草の煙吹きかけてみる。
うっとりと ほんのさしえに ながめいり たばこのけむり ふきかけてみる
うっとりと本の挿絵に眺め入って、タバコの煙を吹きかけてみる。

014
途中にて乗換の電車なくなりしに、泣かうかと思ひき。雨も降りてゐき。
とちゅうにて のりかえのでんしゃ なくなりしに なこうかとおもいき あめもふりてゐき
途中で乗り換えの電車がなくなったのに、泣こうかと思った、雨も降っていた。

015
二晩おきに、夜
の一時頃に切通の坂を上りしも ―― めなればかな。
ふたばんおきに よのいちじごろに きりどおしの さかをのぼりしも つとめなればかな
二晩おきに、夜中の一時頃に切通の坂を上ったのも ―― 仕事勤めだからかな。

説明 湯島の切通坂に、この句の歌碑が建っているそうです。夜勤帰りに、夜中の坂を上るときの心情です。

016
しっとりと
 酒のかをりにひたりたる 脳の重みを感じて帰る。
しっとりと さけのかおりに ひたりたる のうのおもみを かんじてかえる
しっとりと酒の香りに浸っている脳の重みを感じて帰る。

017
今日もまた酒のめるかな!酒のめば
 胸のむかつく癖を知りつつ。
きょうもまた さけのめるかな さけのめば むねのむかつく くせをしりつつ
今日もまたお酒を飲んだなあ! お酒を飲むと胸がむかつく癖を知りながらも。

018
何事か今我つぶやけり。かく思ひ、目をうちつぶり、酔ひを味はふ。
なにごとか いまわれつぶやけり かくおもい めをうちつぶり よいをあじわう
今私は何事かをつぶやいた。こう思って、眼をつむり、酔いを味わう。

019
すっきりと酔ひのさめたる心地よさよ!夜中に起きて、墨を磨るかな。
すっきりと よいのさめたる ここちよさ よなかにおきて すみをするかな
すっきりと酔いがさめた心地よさよ! 夜中に起きて、墨をするかな。

020
真夜中の出窓に出でて、欄干の霜に
 手先を冷やしけるかな。
まよなかの でまどにいでて らんかんの しもでてあしを ひやしけるかな
真夜中に出窓にでて、手すりの霜で、手先を冷やしたんだよ。

021
どうなりと勝手になれといふごとき
 わがこのごろを ひとり恐るる。
どうなりと かってになれと いうごとき わがこのごろを ひとりおそるる
どうなりと勝手になれというように、私のこの頃を、ひとり恐れる。

022
手も足もはなればなれにあるごとき
 ものうき寝覚!かなしき寝覚!
てもあしも はなればなれに あるごとき ものうきねざめ かなしきねざめ
手も足も離れ離れになっているような、もの憂い寝覚め!かなしい寝覚め!

023
朝な朝な
 撫でてかなしむ、下にして寝た方の腿のかろきしびれを。
あさなあさな なでてかなしむ したにして ねたほうのももの かろきしびれを
毎朝、下にして寝た方の腿の軽いしびれを、撫でて悲しむ。

024
曠野
ゆく汽車のごとくに、このなやみ、ときどき我の心を通る。
あらのゆく きしゃのごとくに このなやみ ときどきわれの こころをとおる
荒野を行く汽車のように、この悩みが、時々、私の心を通る。

025
みすぼらしき郷里の新聞ひろげつつ、誤植ひろへり。今朝のかなしみ。
みすぼらしき くにのしんぶん ひろげつつ ごしょくひろえり けさのかなしみ
みすぼらしい故郷の新聞を広げながら、誤植を拾いました。今朝の悲しみです。

026
誰か我を
 思ふ存分叱りつくる人あれと思ふ。何の心ぞ。
たれかわれを おもうぞんぶん しかりつくる ひとあれとおもう なんのこころぞ
誰が、私を思う存分叱りつける人がいてくれと思う。どういう心だ。

027
何がなく
 初恋人のおくつきに詣づるごとし。郊外に来ぬ。
なにがなく はつこいびとの おくつきに もうずるごとし こうがいにきぬ
何となく、初恋の人のお墓に参るようだ。郊外にきました。

説明 おくつき は、お墓のことで、漢字は 奥津城です。

028
なつかしき
 故郷にかへる思ひあり、久し振りにて汽車に乗りしに。
なつかしき こきょうにかえる おもいあり ひさしぶりにて きしゃにのりしに
なつかしい故郷に帰る思いがしました、久しぶりに汽車に乗ったときに。

029
新しき明日の来たるを信ずといふ
 自分の言葉に 嘘はなけれど――
あたらしき あすのきたるを しんずという じぶんのことばに うそはなけれど
新しい明日が来たのを信じるという、自分の言葉に嘘はないのだが。

030
考へれば、ほんとに欲しと思ふこと有るやうで無し。煙管をみがく。
かんがえれば ほんとにほしと おもうこと あるようでなし きせるをみがく
考えると、本当に欲しいと思う事が、有るようで無い。キセルを磨く。

031
今日ひょいと山が恋しくて
 山に来ぬ。去年腰掛し石をさがすかな。
きょうひょいと やまがこいしくて やまにきぬ きょねんこしかけし いしをさがすかな
今日ひょいと山が恋しくて、山に来ました。去年腰かけた石をさがしましたよ。

032
朝寝して新聞読む間なかりしを
 負債のごとく 今日も感ずる。
あさねして しんぶんよむま なかりしを ふさいのごとく きょうもかんずる
朝寝坊して新聞を読む時間がなかったのを、負債のように、今日も感じる。

033
よごれたる手をみる ――
 ちゃうど この頃の自分の心に対ふがごとし。
よごれたる てをみる ちょうど このごろの じぶんのこころに むかうがごとし
よごれた手をみる ―― 丁度も、最近の自分の心に向かうように。

034
よごれたる手を洗ひし時の
 かすかなる満足が 今日の満足なりき。
よごれたる てをあらいしときの かすかなる まんぞくが きょうの まんぞくなりき
汚れた手を洗った時のかすかな満足が、今日の満足でした。

035
年明けてゆるめる心!うっとりと
 来し方をすべて忘れしごとし。
としあけて ゆるめるこころ うっとりと こしかたをすべて わすれしごとし
年が明けて緩んだ心! うっとりとして、過去をすべた忘れたように。

036
昨日まで朝から晩まで張りつめし
 あのこころもち 忘れじと思へど。
きのうまで あさからばんまで はりつめし あのこころもち わすれじとおもえど
昨日まで、朝から晩まで張りつめていた あの心持を、忘れまいとは思っても。

037
戸の面には羽子突く音す。笑う声す。去年の正月にかへれるごとし。
とのもには はねつくおとす わらうこえす きょねんのしょうがつに かえれるごとし
戸の外に羽根を突く音がする。去年の正月に帰った気分だ。

038
何となく、今年はよい事あるごとし。元日の朝、晴れて風無し。
なんとなく ことしはよいこと あるごとし がんたんのあさ はれてかぜなし
何となく、今年はよい事があるようだ。元旦の朝は、晴れていて風がない。

039
腹の底より欠伸もよほし
 ながながと欠伸してみぬ、今年の元日。
はらのそこより あくびもよおし ながながと あくびしてみぬ ことしのがんたん
お腹の底からあくびをおよおして、ながながとあくびをしてみた。今年の元旦に。

040
いつの年も、似たよな歌を二つ三つ
 年賀の文に書いてよこす友。
いつのとしも にたよなうたを ふたつみつ ねんがのふみに かいてよこすとも
毎年、似たような歌を二つ三つ、年賀の手紙に書いてよこす友達よ。

041
正月の四日になりて
 あの人の 年に一度の葉書も来にけり。
しょうがつの よっかになりて あのひとの ねんにいちどの はがきもきにけり
正月の四日になって、あの人の、年に一度の葉書も来ましたことよ。

042
世におこなひがたき事のみ考へる
 われの頭よ!今年もしかるか。
よにおこない がたきことのみ かんがえる わがあたまよ ことしもしかるか
この世で行い難い事のみ考える私の頭よ! 今年もそうか。

043
人がみな
 同じ方角に向いて行く。それを横より見てゐる心。
ひとがみな おなじほうがくに むいていく それをよこより みているこころ
人がみんな同じ方角に向かってゆく。それを横から見ている私の心。

044
いつまでか、この見飽きたる懸額を
 このまま懸けておくことやらむ。
いつまでか このみあきたる かけがくを このままかけて おくことやらむ
いつまでだろう、この見飽きた懸額を、このまま懸けておくことになるんだろうか。

説明 やらむ は、にやあらむ が変化したもので、〜だろうか、ではなかろうか の意。

045
ぢりぢりと、蝋燭の燃えつくるごとく、夜となりたる大晦日かな。
ぢりぢりと ろうそくの もえつくるごとく よるとなりたる おおみそかかな
蝋燭がじりじりと燃え尽きるように、大晦日も夜になったしまったことよ。

046
青塗の瀬戸の火鉢によりかかり、眼閉ぢ、眼をあけ、時を惜しめり。
あおぬりの せとのひばちに よりかかり めとじめをあけ ときをおしめり
青塗りの瀬戸の火鉢によりかかって、眼を閉じて、眼を開けて、時間を惜しんだことよ。

047
何となく明日はよき事あるごとく
 思ふ心を 叱りて眠る。
なんとなく あすはよきこと あるごとく おもうこころを しかりてねむる
何となく明日はいい事があるように思う心を、叱って眠る。

048
過ぎゆける一年のつかれ出でしものか、元日といふに
 うとうと眠し。
すぎゆける いちねんのつかれ でしものか がんじつというに うとうとねむし
過ぎて行った一年の疲れが出たんだろうか、元旦だというのに、うとうと眠い。

049
それとなく
 その由るところ悲しまる、 元日の午後の眠たき心。
それとなく そのよるところ かなしまる がんじつのごごの ねむたきこころ
それとなく、それが依って立つところが悲しくなる、元旦の午後の眠たい私の心。

050
ぢっとして、蜜柑のつゆに染まりたる爪を見つむる
 心もとなさ!
ぢっとして みかんのつゆに そまりたる つめをみつむる こころもとなさ
じっとして、ミカンのつゆに染まった爪を見つめている私の心もとなさよ!

051
手を打ちて
 眠気の返事きくまでの そのもどかしさに似たるもどかしさ!
てをうちて ねむけのへんじ きくまでの そのもどかしさに にたるもどかしさ
手を打って、眠気の返事を聞くまでの、そのもどかしさに似ているもどかしさよ!

説明 眠気の返事 とは、目の前で手をバチンと打たれて、眠気から正気にかえるさまを指すと解釈します。

052
やみがたき用を忘れ来ぬ ――
 途中にて口に入れたる ゼムのためなりし。
やみがたき ようをわすれきぬ とちゅうにて くちにいれたる ゼムのためなりし
止みがたい用事を忘れてきた ―― 途中で口に入れたゼムのためだった。

明 止みがたい の、止む は自動詞なので、止みがたい心 抑えきれない心 のような使い方をするのですが、

   ここでは、止むをえない用事 のような意味で使われているのではないかと、思います。

   ゼム は、口中清涼剤です。漱石の自転車日記にも、「余はポケットからゼムを出して呑んだ。」とあります。

053
すっぽりと蒲団をかぶり、足をちぢめ、舌を出してみぬ、誰にともなしに。
すっぽりと ふとんをかぶり あしをちぢめ したをだしてみぬ たれにともなしに
すっぽりと布団をかぶり、脚を縮めて、舌を出してみた、誰にということなしに。

054
いつしかに正月も過ぎて、わが生活が
 またもとの道にはまり来れり。
いつしかに しょうがつもすぎて わがくらしが またもとのみちに はまりきたれり
いつしか正月も過ぎて、私の暮らしは、また、もとの道にはまってきましたことよ。

055
神様と議論して泣きし ――
 あの夢よ!四日ばかりも前の朝なりし。
かみさまと ぎろんしてなきし あのゆめよ よっかばかりも まえのあさなりし
あの夢で、神様と議論して泣きました ―― 四日ばかり前の朝でした。

056
家にかへる時間となるを、ただ一つの待つことにして、今日も働けり。
いえにかえる じかんとなるを ただひとつの まつことにして きょうもはたらけり
家に帰る時間となることを、ただ一つの待つことにして、今日も働きました。

057
いろいろの人の思はく
 はかりかねて、今日もおとなしく暮らしたるかな。
いろいろの ひとのおもわく はかりかねて きょうもおとなしく くらしたるかな
色々の人の思惑をはかりかねて、今日もおとなしく暮らしたのだなあ。

058
おれが若しこの新聞の主筆ならば、やらむ ―― と思ひし
 いろいろの事!
おれがもし このしんぶんの しゅひつならば やらむとおもいし いろいろのこと
私がもしこの新聞の主筆であれば、やろう ―― と思った色々の事!

059
石狩の空知郡の
 牧場のお嫁さんより送り来し バタかな。
いしかりの そらちごおりの ぼくじょうの およめさんより おくりきしバタかな
石狩の空知郡の牧場のお嫁さんから送って来たバターかな。

060
外套の襟に頤(あご)を埋め、夜ふけに立どまりて聞く。よく似た声かな。
がいとうの えりにあごをうづめ よふけに たちどまりてきく よくにたこえかな
外套の襟にあごを埋めて、夜更けに立ち止まって聞く。よく似た声だなあ。

061
Yといふ符牒、古日記の処処にあり ――
 Yとはあの人の事なりしかな。
Yというふちょう ふるにっきの しょしょにあり Yとはあのひとの ことなりしかな
Yという記号が、古日記の所々にある ―― Yとはあの人の事だったかな。

062
百姓の多くは酒をやめしといふ。もっと困らば、何をやめるらむ。
ひゃくしょうの おおくはさけを やめしという もっとこまらば なにをやめるらむ
百姓の多くは酒を止めたという。もっと困れば、何を止めるのだろう。

063
目さまして直ぐの心よ!年よりの家出の記事にも
 涙出でたり。
めをさまして すぐのこころよ としよりの いえでのきじにも なみだいでたり
目を覚まして真っすぐの心よ! お年よりの家出の記事にも、涙がでました。

064
人とともに事をはかるに
 適せざる、わが性格を思ふ寝覚かな。
ひととともに ことをはかるに てきせざる わがせいかくを おもうねざめかな
人と一緒に、事を計ったのに、適していない私の性格を思う寝覚めかな。

065
何となく、案外に多き気もせらる、自分と同じこと思ふ人。
なにとなく あんがいにおおき きもせらる じぶんとおなじ ことをおもうひと
何となく、案外に多いのではないかと言う気がする、自分と同じことを思う人が。

066
自分よりも年若き人に、半日も気焔を吐きて、つかれし心!
じぶんよりも としわかきひとに はんにちも きえんをはいて つかれしこころ
自分よりも年が若い人に、半日のあいだも気焔を吐いて、疲れた心よ!

067
珍らしく、今日は、議会を罵りつつ涙出でたり。うれしと思ふ。
めずらしく きょうはぎかいを ののしりつつ なみだいでたり うれしとおもう
珍しく、今日は、議会を罵りながら涙が出たよ。うれしいと思う。

068
ひと晩に咲かせてみむと、梅の鉢を火に焙りしが、咲かざりしかな。
ひとばんに さかせてみむと うめのはちを ひにあぶりしが さかざりしかな
一晩で、咲かせてみようと、梅の鉢を火にあぶりましたが、咲かなかったことよ。

069
あやまちて茶碗をこはし、物をこはす気持のよさを、今朝も思へる。
あやまちて ちゃわんをこわし ものをこわす きもちのよさを けさもおもえる
誤って茶碗を壊し、物を壊す気持ちの良さを、今朝も思いました。

070
猫の耳を引っぱりてみて、にゃと啼けば、びっくりして喜ぶ子供の顔かな。
ねこのみみを ひっぱりてみて にゃとなけば びっくりしてよろこぶ こどものかおかな
猫の耳を引っ張ってみて、ニャーとないて、びっくりして喜ぶ子供の顔かな。

071
何故かうかとなさけなくなり、弱い心を何度も叱り、金かりに行く。
なぜこうかと なさけなくなり よわいこころを なんどもしかり かねかりにいく
何故こうなのかと情けなくなり、弱い心を何度も叱って、金を借りに行く。

072
待てど待てど、来る筈の人の来ぬ日なりき、机の位置を此処に変へしは。
まてどまてど くるはずのひと こぬひなりき つくえのいちを ここにかえしは
待てども待てども、来るはずの人が来ない日でした、机の位置をここに変えたのは。

073
古新聞!おやここにおれの歌の事を賞めて書いてあり、二三行なれど。
ふるしんぶん おやここに おれのうたのことを ほめてかいてあり にさんぎょなれど
古新聞!おやここにおれの歌の事を褒めて書いている、二三行だけど。

074
引越しの朝の足もとに落ちてゐぬ、女の写真!忘れゐし写真!
ひっこしの あさのあしもとに おちてゐぬ おんなのしゃしん わすれゐししゃしん
引っ越しの朝の足元に、落ちていた、女の写真が!忘れていた写真が!

説明 落ちてゐぬ、が、落ちていたり とどう違うのかについては、よく分かりません。

075
その頃は気もつかざりし
 仮名ちがひの多きことかな、昔の恋文!
そのころは きもつかざりし かなちがいの おおきことかな むかしのこいぶみ
その頃は気もつきませんでした、仮名の間違いの多い事かな、昔の恋文には!

076
八年前の
 今のわが妻の手紙の束!何処に蔵ひしかと気にかかるかな。
はちねんぜんの いまのわがつまの てがみのたば どこにしまいしかと きにかかるかな
八年前の、今のわが妻の手紙の束! どこにしまったかと気にかかるかな。

077
眠られぬ癖のかなしさよ!すこしでも
 眠気がさせば、うろたへて寝る。
ねむられぬ くせのかなしさよ すこしでも ねむけがさせば うろたえてねる
眠れない癖の悲しい事よ!少しでも眠気がさせば、うろたえて寝る。

078
笑ふにも笑はれざりき ――
 長いこと捜したナイフの 手の中にありしに。
わらうにも わらわれざりき ながいこと さがしたナイフの てのなかにありしに
笑うにも笑えませんでした ―― 長いこと探したナイフが、手のなかにあったことに。

079
この四五年、空を仰ぐといふことが一度もなかりき。かうもなるものか?
このしごねん そらをあおぐと いうことが いちどもなかりき こうもなるものか
この四五年、空を仰ぎ見るということが一度もなかった。こうもなるものか?

080
原稿紙にでなくては
 字を書かぬものと、かたく信ずる我が児のあどけなさ!
げんこうしに でなくては じを かかぬものと かたくしんずる わがこのあどけなさ
原稿紙にでなくては、字を書かないものと、かたく信じている我が子のあどけなさよ!

081
どうかかうか、今月も無事に暮らしたりと、外
に欲もなき 晦日の晩かな。
どうかこうか こんげつもぶしに くらしたりと ほかによくもなき みそかのばんかな
どうにかこうか、今月も無事に暮らしたと、他に欲もない 月末の夜かな。

082
あの頃はよく嘘を言ひき。平気にてよく嘘を言ひき。汗が出づるかな。
あのころは よくうそをいいき へいきにて よくうそをいいき あせがいづるかな
あの頃はよく嘘を言った、平気でよく嘘を言った。汗がでるかな。

083
古手紙よ!あの男とも、五年前は、かほど親しく交はりしかな。
こてがみよ あのおとことも ごねんまえは かほどしたしく まじわりしかな
古手紙よ!あの男とも、五年前は、こんなに親しく交わったんだなあ。

084
名は何と言ひけむ。姓は鈴木なりき。今はどうして何処にゐるらむ。
なはなにと いいけむ せいは すずきなりき いまはどうして いずこにゐるらむ
名は何と言っただろう。姓は鈴木でした。今は何処にどうしているだろう。

085
生れたといふ葉書みて、ひとしきり、顔をはれやかにしてゐたるかな。
うまれたという はがきみて ひとしきり かおをはれやかに してゐたるかな
生れたと言う葉書を見て、ひとしきり、顔をはれやかにしていたなあ。

086
そうれみろ、あの人も子をこしらへたと、何か気の済む心地にて寝る。
そうれみろ、あのひともこを こしらえたと なにかきのすむ ここちにてねる
そうれみろ、あの人も子供をこしらえたと、何か気が済む心地にて寝る。

087
『石川はふびんな奴だ。』
 ときにかう自分で言ひて、かなしみてみる。
いしかわは ふびんなやつだ ときにこう じぶんでいいて かなしみてみる
『石川は不憫なやつだ』 時に自分でこう言って、悲しんでみる。

088
ドア推してひと足出れば、病人の目にはてもなき
 長廊下かな。
ドアおして ひとあしでれば びょうにんの めにはてもなき ながろうかかな
ドアを押して一足出れば、病人の目には果てもない長廊下かな。

089
重い荷を下したやうな、気持なりき、この寝台の上に来ていねしとき。
おもいにを おろしたような きもちなりき このしんだいの うえにきていねしとき
重い荷を下ろしたような気持ちでした、この寝台の上に来て寝たときに。

090
そんならば生命が欲しくないのかと、医者に言はれて、だまりし心!
そんならば いのちがほしく ないのかと いしゃにいわれて だまりしこころ
それならば命が欲しくはないのかと、医者に言われて、黙った心!

091
真夜中にふと目がさめて、わけもなく泣きたくなりて、蒲団をかぶれる。
まよなかに ふとめがさめて わけもなく なきたくなりて ふとんをかぶれる
真夜中にふと目がさめて、わけもなく泣きたくなって、布団をかぶる。

092
話しかけて返事のなきに
 よく見れば、泣いてゐたりき、隣の患者。
はなしかけて へんじのなきに よくみれば ないてゐたりき となりのかんじゃ
話し掛けて返事がないので、よく見れば、泣いていました、隣の患者は。

093
病室の窓にもたれて、久しぶりに巡査を見たりと、よろこべるかな。
びょうしつの まどにもたれて ひさしぶりに じゅんさをみたりと よろこべるかな
病室の窓にもたれて、久しぶりに巡査を見たと、喜べました。

094
晴れし日のかなしみの一つ!病室の窓にもたれて
 煙草を味ふ。
はれしひの かなしみのひとつ びょうしつの まどにもたれて タバコをあじわう
晴れた日の悲しみの一つ! 病室の窓にもたれて、タバコを味わう。

095
夜おそく何処やらの室の騒がしきは
 人や死にたらむと、息をひそむる。
よるおそく どこやらのへやの さわがしきは ひとやしにたらむと いきをひそむる
夜遅くにどこやらの部屋が騒がしいのは、人が死んだのであろうと、息をひそめる。

096
脉をとる看護婦の手の、あたたかき日あり、つめたく堅き日もあり。
みゃくをとる かんごふのての あたたかき ひあり つめたく かたきひもあり
脈をとる看護婦の手が、暖かい日もあり、冷たく固い日もある。

097
病院に入りて初めての夜といふに、すぐ寝入りしが、物足らぬかな。
びょういんに いりてはじめての よというに すぐねいりしが ものたらぬかな
病院に入って初めての夜だというのに、すぐ寝入ったのは、物足らないかな。

098
何となく自分をえらい人のやうに
 思ひてゐたりき。子供なりしかな。
なにとなく じぶんをえらい ひとのように おもってゐたりき こどもなりしかな
何となく自分をえらい人のように、思っていました。子供だったかな。

099
ふくれたる腹を撫でつつ、病院の寝台に、ひとり、かなしみてあり。
ふくれたる はらをなでつつ びょういんの ねだいにひとり かなしみてあり
ふくれたお腹を撫でながら、病院の寝台に、ひとり、悲しんでいました。

100
目さませば、からだ痛くて
 動かれず。泣きたくなりて、夜明くるを待つ。
めさませば からだいたくて うごかれず なきたくなりて よあくるをまつ
目を覚ますと、体が痛くて、動くことができない。泣きたくなって、夜が明けるのを待つ。

101
びっしょりと寝汗出てゐる
 あけがたの まだ覚めやらぬ重きかなしみ。
びっしょりと ねあせでてゐる あけがたの まださめやらぬ おもきかなしみ
びっしょりと寝汗が出ている 明け方の まだ覚めやらぬ重い悲しみ。

102
ぼんやりとした悲しみが、夜となれば、寝台の上にそっと来て乗る。
ぼんやりとした かなしみが よとなれば ねだいのうえに そっときてのる
ぼんやりとした悲しみが、夜となれば、寝台の上にそっと来て乗る。

103
病院の窓によりつつ、いろいろの人の
 元気に歩くを眺む。
びょういんの まどによりつつ いろいろの ひとのげんきに あるくをながむ
病院の窓によりながら、色々の人が、元気に歩くのを眺める。

104
もうお前の心底をよく見届けたと、夢に母来て
 泣いてゆきしかな。
もうおまえの しんていをよく みとどけたと ゆめにははきて ないてゆきしかな
もうお前の心底をよく見届けたと、母が夢に出て来て、泣いて行ったのだなあ。

105
思ふこと盗みきかるる如くにて、つと胸を引きぬ ――
 聴診器より。
おもうこと ぬすみきかるる ごとくにて つとむねをひきぬ ちょうしんきより
私の思うことを聞かれるようなので、つと胸を引きました ―― 聴診器から。

106
看護婦の徹夜するまで、わが病ひ、わるくなれとも、ひそかに願へる。
かんごふの てつやするまで わがやまい わるくなれとも ひそかにねがえる
看護婦が徹夜するまで、私の病が悪くなれとも、ひそかに願っている。

説明 願へる の「る」は、完了の助動詞「り」の已然形と解釈しした。

   自発の助動詞「る」は、動詞の未然形につくので、願はる だと、自然に願う、願わざるをえない の意となります。

107
病院に来て、妻や子をいつくしむ
 まことの我にかへりけるかな。
びょういんにきて つまやこを いつくしむ まことのわれに かえりけるかな
病院に来て、妻や子をいつくしむ、誠の私に帰ったのかな。

108
もう嘘をいはじと思ひき ――
 それは今朝 ―― 今また一つ嘘をいへるかな。
もううそを いわじとおもいき それはけさ いままたひとつ うそをいへるかな
もう嘘は言うまいと思った ―― それは今朝のこと ―― 今また一つ嘘を言ったんだなあ。

109
何となく、自分を嘘のかたまりの如く思ひて、目をばつぶれる。
なにとなく じぶんをうその かたまりの ごとくおもって めをばつぶれる
何となく、自分を嘘のかたまりのように思って、目をつむった。

110
今までのことを
 みな嘘にしてみれど、心すこしも慰まざりき。
いままでの ことをみな うそにしてみれど こころすこしも なぐさまざりき
今迄のことを、みな嘘にしてみたが、心は少しも慰まなかった。

111
軍人になると言ひ出して、父母に
 苦労させたる昔の我かな。
ぐんじんに なるといいだして ちちははに くろうさせたる むかしのわれかな
軍人になると言い出して、父母に、苦労させた昔の我かな。

112
うっとりとなりて、剣をさげ、馬にのれる己が姿を
 胸に描ける。
うっとりとなりて けんをさげ うまにのれる おのがすがたを むねにえがける
うっとりとなって、剣をさげ、馬に乗っている自分の姿を、胸に描いた。

説明 描ける は、描く の已然形+完了の助動詞「り」の已然形 との解釈でいいのか、検討中です。

113
藤沢といふ代議士を
 弟のごとく思ひて、泣いてやりしかな。
ふじさわという だいぎしを おとうとの ごとくおもって ないてやりしかな 
藤沢という代議士を 弟のように思って 泣いてやったんだなあ。

114
何か一つ
 大いなる悪事しておいて、知らぬ顔してゐたき気持かな。
なにかひとつ おおいなるあくじ しておいて しらぬかおして ゐたききもちかな
何か一つ 大きな悪事をしておいて 知らぬ顔していたい気持ちかな。

115
ぢっとして寝ていらっしゃいと
 子供にでもいふがごとくに 医者のいふ日かな。
ぢっとして ねていらっしゃいと こどもにでも いうがごとくに いしゃのいうひかな
じっとして寝ていらっしゃいと 子供にでも言うように 医者が言うこの日かな。

116
氷嚢の下より
 まなこ光らせて、 寝られぬ夜は人をにくめる。
ひょうのうの したよりまなこ ひからせて ねられぬよるは ひとをにくめる
氷嚢の下から 眼を光らせて 寝られない夜は人を憎みました。

117
春の雪みだれて降るを
  熱のある目に かなしくも眺め入りたる。
はるのゆき みだれてふるを ねつのある めに かなしくも ながめいりたる
春の雪が乱れて降るのを 熱のある目で 悲しくも眺め入りました

118
人間のその最大のかなしみが これかと
 ふっと目をばつぶれる。
にんげんの そのさいだいの かなしみが これかとふっと めをばつぶれる
人間のその最大の悲しみが これなのかと ふっと目をつぶりました。

119
廻診の医者の遅さよ!痛みある胸に手をおきて
 かたく眼をとづ。
かいしんの いしゃのおそさよ いたみある むねにてをおきて かたくめをとづ
回診の医者の遅い事よ! 痛みがある胸に手を置いて 固く目を閉じる。

120
医者の顔色をぢっと見し外に
 何も見ざりき ―― 胸の痛み募る日。
いしゃのかお いろをじっと みしほかに なにもみざりき むねのいたみつのるひ 
医者の顔色をじっと見たほかに 何も見なかった ―― 胸の痛みがつのる日に。

121
病みてあれば心も弱るらむ!さまざまの
 泣きたきことが胸にあつまる。
やみてあれば こころもよわるらむ さまざまの なきたきことが むねにあつまる
病んでいれば心も弱るだろう! 様々の泣きたいことが胸に集まる。

122
寝つつ読む本の重さに
 つかれたる 手を休めては、物を思へり。
ねつつよむ ほんのおもさに つかれたる てをやすめては ものをおもえり
寝ながら読む本の重さに 疲れた手を休めては、物を思いました。

123
今日はなぜか、二度も、三度も、金側の時計を一つ欲しと思へり。
きょうはなぜか にどもさんども きんがわの とけいをひとつ ほしとおもえり
今日は何故か、二度も三度も、金の時計を一つ欲しいと思いました。

124
いつか是非、出さんと思ふ本のこと、表紙のことなど、妻に語れる。
いつかぜひ ださんとおもう ほんのこと ひょうしのことなど つまにかたれる
いつか是非、出そうと思う本のこと、表紙のことなどを、妻に語りました。

125
胸いたみ、春の霙
の降る日なり。 薬に噎せて、伏して眼をとづ。
むねいたみ はるのみぞれのふるひなり くすりにむせて ふしてめをとづ
胸が痛み、春のみぞれの降る日です。薬にむせて、伏して目を閉じる。

126
あたらしきサラドの色の うれしさに、箸をとりあげて見は見つれども ――
あたらしき サラドのいろの うれしさに はしをとりあげて みはみつれども
新しいサラダの色の 嬉しさに、箸をとりあげて、見る事は見たけれど ――

127
子を叱る、あはれ、この心よ。 熱高き日の癖とのみ
  妻よ、思ふな。
こをしかる あわれこのこころよ ねつたかき ひのくせとのみ つまよおもうな
子を叱る、この心の哀れさよ。熱の高い日の癖だけとは 妻よ、思うな。

128
運命の来て乗れるかと うたがひぬ ――
 蒲団の重き夜半の寝覚めに。
うんめいの きてのれるかと うたがいぬ ふとんのおもさ よわのねざめに
運命が来て乗れるのかと 疑いました ―― 布団が重たい夜中の目覚めに。

129
たへがたき渇き覚ゆれど、手をのべて
  林檎とるだにものうき日かな。
たえがたき かわきおぼゆれど てをのべて りんごとるだに ものうきひかな
耐え難い渇きを覚えたけれど、手を伸ばして 林檎をとるだけでも物憂い日かな。

130
氷嚢のとけて温めば、おのづから目がさめ来り、からだ痛める。
ひょうのうの とけてぬくめば おのづから めがさめきたり からだいためる
氷嚢が融けて温まれば、自然と目が覚めてきて、体を痛める。

131
いま、夢に閑古鳥を聞けり。 閑古鳥を忘れざりしが
 かなしくあるかな。
いまゆめに かんこどりをきけり かんこどりを わすれざりしが かなしくあるかな
いま、夢に閑古鳥を聞きました。閑古鳥を忘れなかったことが、悲しいことです。

132
ふるさとを出でて五年、病をえて、かの閑古鳥を夢にきけるかな。
ふるさとを いでていつとせ やまいをえて かのかんこどりを ゆめにきけるかな
故郷を出て五年、病気になって、あの閑古鳥を夢に聞きましたことよ。

133
閑古鳥 ―― 渋民村
の山荘をめぐる林の あかつきなつかし。
かんこどり しぶたみむらの さんそうを めぐるはやしの あかつきなつかし
閑古鳥 ―― 渋民村の山荘を囲む林の 夜明けがなつかしい。

134
ふるさとの寺の畔
の ひばの木の いただきに来て啼きし閑古鳥!
ふるさとの てらのほとりの ひばのきの いただきにきて なきしかんこどり
故郷の寺のほとりの ひばの木の 頂に来て鳴いた閑古鳥!

135
脈をとる手のふるひこそ
 かなしけれ ―― 医者に叱られし若き看護婦!
みゃくをとる てのふるいこそ かなしけれ いしゃにしかられし わかきかんごふ
脈をとる手の震えこそ、悲しいものよ ―― 医者に叱られた若い看護婦!

136
いつとなく記憶に残りぬ ――
 Fといふ看護婦の手の つめたさなども。
いつとなく きおくにのこりぬ Fという かんごふのての つめたさなども
いつとなく記憶に残りました ―― Fという看護婦の手の冷たさなども。

137
はづれまで一度ゆきたしと 思ひゐし
 かの病院の長廊下かな。
はづれまで いちどゆきたしと おもいゐし かのびょういんの ながろうかかな
端っこまで一度行きたいと思っていました あの病院の長廊下かな。

138
起きてみて、また直ぐ寝たくなる時の 力なき眼に愛でしチュリップ!
おきてみて またすぐねたく なるときの ちからなきめに めでしチューリップ
起きてみて、また直ぐ寝たくなる時の、力ない目でチューリップをいつくしむ!

139
堅く握るだけの力も無くなりし
 やせし我が手の いとほしさかな。
かたくにぎる だけのちからも なくなりし やせしわがての いとおしさかな
堅く握るだけの力もなくなりました 痩せた我が手の いとおしさかな。

140
わが病の その因るところ深く且つ遠きを思ふ。 目をとぢて思ふ。
わがやまいの そのよるところ ふかくかつ とおきをおもう めをとじておもう
私の病の その因る所が深くかつ遠いことを思う。目を閉じて思う。

141
かなしくも、 病いゆるを願はざる心我に在り。何の心ぞ。
かなしくも やまいいゆるを ねがわざる こころわれにあり なんのこころぞ
悲しくも、病が癒えることを願わない心が私の中にある。何の心ぞ。

142
新しきからだを欲しと思ひけり、 手術の傷の 痕を撫でつつ。
あたらしき からだをほしと おもいけり しゅじゅつのきずの あとをなでつつ
新しい体を欲しいと思いました、手術の傷の痕を撫でながら。

143
薬のむことを忘るるを、それとなく、たのしみに思ふ長病かな。
くすりのむことを わするるを それとなく たのしみにおもう ながやまいかな
薬を飲むことを忘れることを、それとなく、楽しみに思う長病かな。

144
ボロオヂンといふ露西亜名が、何故ともなく、幾度も思ひ出さるる日なり。
ボロオヂンという ロシアなが なぜともなく いくどもおもい ださるるひなり 
ボロオヂンというロシアの名前が、理由もなく、何度も思い出される日です。

説明 ボロオヂンは、ロシアの革命家クロポトキンの変名で、啄木は彼の著作を愛読しました。

145
いつとなく我にあゆみ寄り、手を握り、またいつとなく去りゆく人人!
いつとなく われにあゆみより てをにぎり またいつとなく さりゆくひとびと
いつとなく私に歩み寄り、手を握り、またいつとなく去ってゆく人々よ!

146
友も妻もかなしと思ふらし ―― 病みても猶、革命のこと口に絶たねば。
とももつまも かなしとおもうらし やみてもなお かくめいのこと くちにたたねば
友も妻も悲しいと思うらしい ―― 病んでも猶、革命のことを口から絶たないので。

147
やや遠きものに思ひし
 テロリストの悲しき心も ―― 近づく日のあり。
ややとおき ものにおもいし テロリストの かなしきこころも ちかづくひのあり
やや遠いものに思ったテロリストの悲しい心も ―― 近づく日がある。

148
かかる目に すでに幾度び会へることぞ!成るがままに成れと今は思ふなり。
かかるめに すでにいくたび あえることぞ なるがままになれと いまはおもうなり
こんな目に すでに何度も会ったことよ! 成るがままに成れと今は思うのです。

149
月に三十円もあれば、田舎にては、楽に暮せると ―― ひょっと思へる。
つきにさんじゅうえんもあれば いなかにては らくにくらせると ひょっとおもえる
月に三十円もあれば 田舎では楽に暮らせると ―― ひょっと思いました。

150
今日もまた胸に痛みあり。 死ぬならば、ふるさとに行きて死なむと思ふ。
きょうもまた むねにいたみあり しぬならば ふるさとにゆきて しなむとおもう
今日もまた胸に痛みがある。死ぬのならば、故郷に行って死のうと思う。

151
いつしかに夏となれりけり。 やみあがりの目にこころよき
  雨の明るさ!
いつしかに なつとなれりけり やみあがりの めにこころよき あめのあかるさ
いつのまにか夏となりました。病み上がりの目に心地がいい 明るい雨よ!

152
病みて四月 ―― そのときどきに変りたる
 くすりの味もなつかしきかな。
やみてしがつ    そのときどきに かわりたる くすりのあじも なつかしきかな
病んで四ヶ月 ―― その時々に変わりました薬の味がなつかしいこと。

153
病みて四月 ―― その間にも、猶、目に見えて、わが子の背丈のびしかなしみ。
やみてしがつ   そのまにも なおめにみえて わがこのせたけ のびしかなしみ
病んで四ヶ月 ―― その間にも、なお、目に見えて、我が子の背丈が伸びたことの悲しみ。

154
すこやかに、背丈のびゆく子を見つつ、われの日毎にさびしきは何ぞ。
すこやかに せたけのびゆく こをみつつ われのひごとに さびしきはなぞ
すこやかに背丈が伸びてゆく子を見ながら、私の日ごとの淋しさは何だ。

155
まくら辺に子を坐らせて、まじまじとその顔を見れば、逃げてゆきしかな。
まくらべに こをすわらせて まじまじと そのかおをみれば にげてゆきしかな
枕のほとりに子を座らせて、まじまじとその顔を見ると、逃げて行きましたことよ。

156
いつも子を うるさきものに思ひゐし間に、その子、五歳になれり。
いつもこを うるさきものに おもいゐし あいだに そのこ ごさいになれり
いつも子がうるさいものと思っていた間に、その子は、五歳になりました。

157
その親にも、親の親にも似るなかれ ―― かく汝が父は思へるぞ、子よ。
そのおやにも おやのおやにも にるなかれ かくながちちは おもえるぞ こよ
親にも、親の親にも似てはいけない ―― このようにお前の父は思いますよ、我が子よ。

158
かなしきは、(われもしかりき) 叱れども、打てども泣かぬ児の心なる。
かなしきは われもしかりき しかれども うてどもなかぬ このこころなる
悲しいのは、(私もそうでした) 叱っても叩いても泣かない子供の心ですよ。

159
「労働者」「革命」などといふ言葉を 聞きおぼえたる 五歳の子かな。
ろうどうしゃ かくめいなどと いうことばを ききおぼえたる ごさいのこかな
「労働者」「革命」などという言葉を 聞きおぼえた 五歳の子かな。

160
時として、あらん限りの声を出し、唱歌をうたふ子をほめてみる。
ときとして あらんかぎりの こえをだし しょうかをうたう こをほめてみる
時たまに、ありったけの声を出し、唱歌を歌う子を褒めてみる。

161
何思ひけむ ――
 玩具をすてておとなしく、わが側に来て子の坐りたる。
なにおもいけむ おもちゃをすてて おとなしく わがそばにきて このすわりたる
何を思ったのか ―― 玩具を捨てておとなしく、私の傍に来て子供が座りました。

162
お菓子貰ふ時も忘れて、二階より、 町の往来を眺むる子かな。
おかしもらう ときもわすれて にかいより まちのゆききを ながむるこかな
お菓子を貰う時も忘れて、二階から、町の往来を眺める我が子かな。

163
新しきインクの匂ひ、目に沁むもかなしや。 いつか庭の青めり。
あたらしき インクのにおい めにしむも かなしやいつか にわのあおめり
新しいインクのにおいが目に染みるのも悲しいことです。いつか庭も青くなりました。

164
ひとところ、畳を見つめてありし間の
 その思ひを、妻よ、語れといふか。
ひとところ たたみをみつめて ありしまの そのおもいをつまよ かたれというか
一か所、畳を見つめていたときの、その思いを、妻よ、語れというのか。

165
あの年のゆく春のころ、眼をやみてかけし黒眼鏡 ―― こはしやしにけむ。
あのとしの ゆくはるのころ めをやみて かけしくろめがね こわしやしにけむ
あの年のさりゆく春の頃、眼を病んでかけた黒メガネ ―― 壊してしまっただろうか。

説明 こはしやしにけむ の文法を検討中です。壊しにけむ に、係り助詞の や が入り、補助動詞 す が入ったのかなと思っています。

166
薬のむことを忘れて、ひさしぶりに、母に叱られしをうれしと思へる。
くすりのむ ことをわすれて ひさしぶりに ははにしかられしを うれしとおもえる
薬を飲むことを忘れて、久しぶりに、母に叱られたことをうれしいと思った。

167
枕辺の障子あけさせて、空を見る癖もつけるかな ―― 長き病に。
まくらべの しょうじあけさせて そらをみる くせもつけるかな ながきやまいに
枕の傍の障子をあけさせて、空を見る癖もつけたのだなあ ―― 長い病で。

168
おとなしき家畜のごとき 心となる、熱やや高き日のたよりなさ。
おとなしき かちくのごとき こころとなる ねつややたかき ひのたよりなさ
おとなしい家畜のような心となる、熱がやや高い日のたよりなさよ。

169 何か、かう、書いてみたくなりて、ペンを取りぬ ―― 花活の花あたらしき朝。
なにかこう かいてみたくなりて ペンをとりぬ はないけのはな あたらしきあさ
なにか、こう、書いてみたくなって、ペンを取った ―― 花瓶の花が新しい朝。

170
放たれし女のごとく、わが妻の振舞ふ日なり。 ダリヤを見入る。
はなたれし おんなのごとく わがつまの ふるまうひなり ダリヤをみいる
放たれた女のように我妻が振舞う日です。ダリヤを見入る。

171
あてもなき金などを待つ思ひかな。 寝つ起きつして、 今日も暮したり。
あてもなき かねなどをまつ おもいかな ねつおきつして きょうもくらしたり
あてのない金などを待つ思いかな。寝たり起きたりして、今日も暮らした。

172
何もかもいやになりゆく
 この気持よ。 思ひ出しては煙草を吸ふなり。
なにもかも いやになりゆく このきもちよ おもいだしては たばこをすうなり
何もかも嫌になっていく、この気持ちよ。思い出してはタバコを吸うのです。

173
或る市にゐし頃の事として、友の語る
 恋がたりに嘘の交じるかなしさ。
あるまちに ゐしころのこととして とものかたる こいがたりにうその まじるかなしさ
或る町にいた頃の事として、友が語る恋物語に嘘が混じる悲しさよ。

174
ひさしぶりに、ふと声を出して笑ひてみぬ ―― 蝿の両手を揉むが可笑しさに。
ひさしぶりに ふとこえをだして わらいてみぬ はえのりょうてを もむがおかしさに
久しぶりに、ふと、声を出して笑ってみた ―― ハエが両手を揉む姿のおかしさに。

175
胸いたむ日のかなしみも、かをりよき煙草の如く、 棄てがたきかな。
むねいたむ ひのかなしみも かをりよき タバコのごとく すてがたきかな
胸が痛む日の悲しみも、香りのいいタバコのように、棄てがたいかな。

176
何か一つ騒ぎを起してみたかりし、先刻の我を いとしと思へる。
なにかひとつ さわぎをおこして みたかりし さっきのわれを いとしとおもえる
何か一つ騒ぎを起こしてみたかった先刻の私を、いとしいと思った。

177
五歳になる子に、何故ともなく、ソニヤといふ露西亜名をつけて、呼びてはよろこぶ。
ごさいになるこに なぜともなく ソニヤという ロシアなをつけて、よびてはよろこぶ
五歳ににる子に、何故ともなく、ソニアというロシア名をつけて、呼んでは喜ぶ。

説明 ソニアは、ドストエフスキーの「罪と罰」に出てくるソーニャのことという説と、
   女性革命家ソフィア・ペロフスカヤではなかろうかという説があります。

   *

説明 土岐哀果が病の床にいる啄木から預かったノートには、一頁に四首ずつで50頁ほどありましたが、
   この箇所が空欄となっていたため、一首分空けてあるのだそうです。

178
解けがたき
 不和のあひだに身を処して、ひとりかなしく今日も怒れり。
とけがたき ふわのあいだに みをしょして ひとりかなしく きょうもおこれり
解決の難しい不和の間に身を処して、独り悲しく今日も怒った。

179
猫を飼はば、その猫がまた争の種となるらむ、かなしきわが家。
ねこをかわば そのねこがまた あらそいの たねとなるらむ かなしきわがや
猫を飼えば、その猫がまた争いの種となるだろう、悲しい我が家。

180
俺ひとり下宿屋にやりてくれぬかと、 今日もあやふく、 いひ出でしかな。
おれひとり げしゅくやにやりて くれぬかと きょうもあやうく いいいでしかな
俺だけを下宿屋に遣ってくれないかと、今日もあやうく、いい出したかな。

説明 あやうく は、現代では、あやうく間に合った という言い方の場合は、実際 間に合った ことになりますし、

   あやうく乗り過ごすところだった という言い方の場合は、実際は、乗り過ごしませんでした。

   啄木は、言い出してしまったのでしょうか、それとも、あやうく言い出すところだったのでしょうか。

181
ある日、ふと、やまひを忘れ、牛の啼く真似をしてみぬ、―― 妻子の留守に。
あるひふと やまいをわすれ うしのなく まねをしてみぬ つまこのるすに
ある日、ふと、病を忘れ、牛の啼く真似をしてみた ―― 妻と子の留守の間に。

182
かなしきは我が父! 今日も新聞を読みあきて、 庭に小蟻と遊べり。
かなしきは わがちち きょうも しんぶんを よみあきて にわに こありとあそべり 
悲しいのは私の父! 今日も新聞を読みあきて、庭で小蟻と遊んでいた。

183
ただ一人の
 をとこの子なる我はかく育てり。 父母もかなしかるらむ。
ただひとりの おとこのこなる われはかく そだてり ふぼも かなしかるせむ
ただ一人の男の子の私は、こう育った。父も母も悲しかったでしょう。

184
茶まで断ちて、わが平復を祈りたまふ
  母の今日また何か怒れる。
ちゃまでたちて わがへいふくを いのりたまう ははのきょうまた なにかいかれる
茶まで断って私の回復を祈りたまう母が、今日また何か怒っている。

185
今日ひょっと近所の子等と遊びたくなり、呼べど来らず。 こころむづかし。
きょうひょっと きんじょのこらと あそびたくなり よべどきたらず こころむづかし
今日ひょっと近所の子等と遊びたくなり、呼ぶが来ない。人のこころは難しい。

186
やまひ癒えず、死なず、日毎にこころのみ険しくなれる七八月かな。
やまいいえず しなず ひごとに こころのみ けわしくなれる ななやつきかな
病は癒えない、死なない、日ごとに心のみ険しくなる七八月かな。

187
買ひおきし
 薬つきたる朝に来し 友のなさけの為替のかなしさ。
かいおきし くすりつきたる あさにきし とものなさけの かわせのかなしさ
買い置きした薬がつきた朝に来た、友の情けの為替の悲しさよ。

188
児を叱れば、泣いて、寝入りぬ。 口すこしあけし寝顔にさはりてみるかな。
こをしかれば ないてねいりぬ くちすこし あけしねがおに さわりてみるかな
子を叱ると、泣いて、寝入った。口を少し開けた寝顔にさわってみるかな。

189
何がなしに
 肺が小さくなれる如く思ひて起きぬ ―― 秋近き朝。
なにがなしに はいがちいさく なれるごとく おもっておきぬ あきちかきあさ
何となく、肺が小さくなったように思って起きた ―― 秋が近い朝。

190
秋近し! 電燈の球のぬくもりの さはれば指の皮膚に親しき。
あきちかし でんとうのたまの ぬくもりの さわればゆびの ひふにしたしき
秋が近い!電灯の球のぬくもりに さわると指の皮膚に親しい。

191
ひる寝せし児の枕辺に
 人形を買ひ来てかざり、ひとり楽しむ。
ひるねせし このまくらべに にんぎょうを かいきてかざり ひとりたのしむ
ひる寝した子の枕辺に 人形を買って来てかざり、一人楽しむ。

192
クリストを人なりといへば、 妹の眼がかなしくも、 われをあはれむ。
クリストを ひとなりといえば いもうとの めがかなしくも われをあわれむ
キリストは人間であると言うと、妹の眼が悲しくも、私をあわれむ。

193
縁先にまくら出させて、ひさしぶりに、ゆふべの空にしたしめるかな。
えんさきに まくらださせて ひさしぶりに ゆうべのそらに したしめるかな
縁先に枕を出させて、久しぶりに、夕方の空に親しめるかな。

194 
庭のそとを白き犬ゆけり。 ふりむきて、 犬を飼はむと妻にはかれる。
にわのそとを しろきいぬゆけり ふりむきて いぬをかわむと つまにはかれる
庭の外を白い犬が行った。振り向いて、犬を飼おうと妻に諮った。

2016.01.08

 新潮文庫の「一握の砂・悲しき玩具」を買いました。

 「悲しき玩具」のあとがきを、土岐哀果が書いています。いくつかの文章を抜き書いて紹介します。

石川は遂に死んだ。それは明治45年4月13日の午前9時30分であった。

その四五日前のことである。金がもう無い、歌集を出すやうにしてくれ、とのことであった。

で、すぐさま東雲堂へ行つて、やっと話がまとまつた。

石川は非常によろこんだ。氷嚢の下から、どんよりした目を光らせて、いくたびもうなづいた。

やがて、枕もとにゐた夫人の節子さんに、「おい、そこのノートをとつてくれ、 その陰気な、」とすこし上を向いた。

ひどく痩せたなアと、その時僕はおもつた。

石川は、灰色のラシヤ紙の表紙をつけた中版のノートをうけとつて、ところどころ披いたが、

「さうか。では、万事よろしくたのむ。」と言つて、それを僕に渡した。

それから石川は、全快したら、これこれのことをすると、苦しさうに、しかし、笑ひながら語つた。

かへりがけに、石川は、襖を閉めかけた僕を「おい」と呼びとめた。

立つたまま「何だい」と訊くと、「おいこれからも、たのむぞ」と言つた。

これが僕の石川に物をいはれた最後であつた。

石川は死ぬ、さうは思つていたが、いよいよ死んで、あとの事を僕がするとなると、実に変な気がする。

表題は、あの時、何とするか訊いておけばよかつたのであるが、あの寝姿を前にして、全快後の計画を話されてはもう、そんなことを訊けなかった。

 文庫本末の解説は、同郷の無二の親友、金田一京助が書いています。悲しき玩具に関する部分を一箇所だけ紹介します。

 第一歌集に比較をすると、いよいよ一家の風が、あざやかに出て、すっきりしたものが多くなって来た。

「痛む歯をおさへつつ、日が赤赤と、冬の靄の中にのぼるを見たり。」は、まだ誰もここまでは来なかったと斎藤茂吉翁の評した歌である。

 やがて病に倒れるので、この集には病気の歌が多く、啄木の死を外遊中で知らなかった与謝野寛氏夫妻が、帰朝して、

どうしても啄木が死んだと思えなかったが、この歌集を読むに及んで、なるほど死んだかなあと、悲しくも合点が行ったと歎かれた。

 それにもかかわらず屈託知らずの啄木には、明るい歌も間間に出て来る。

 

 

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