瀬戸内寂聴 源氏物語 全1冊 (2001) |
2020.4.24
新型コロナ対策の自宅待機のおかげて、源氏物語の読書がはかどっています。
しかし、源氏物語は、登場人物の家族関係が複雑で、記憶力の悪い年寄りには、
誰が誰の子なのか、すぐに、分からなくなり、頁を戻る必要があります。
そんな時に、瀬戸内さんの、この全一冊本が役に立ちます。
もともと、講談社の少年少女古典文学館シリーズの、源氏物語上下2巻として、1992-93年に刊行されたものを、
2001年に単行本として出版したのですが、2005年に、文庫化されました。私は、文庫本版を持っています。
少年少女向けのわかりやすい語り口なので、有難く、読んでいます。
例えば、源氏物語の最後は、結構、複雑な終わり方をしていて、読者をキョトンとさせます。
わかりやすく書かれている瀬戸内さんの、10巻本でも、最後は、こうです。
まだかまだかと薫の大将は小君の帰りをお待ちでしたのに、
こんな要領を得ないまま帰ってきましたので、おもしろくないお気持ちになり、
なまじ手紙など持たせてやらねばよかったと、あれこれ気をお廻しになって、
女君を、誰か男が隠し住まわせているのかと、あらゆる想像をめぐらせ、
御自分がかつて宇治に女君を囲い、心にもかけない状態で見捨てておおきになった経験から
そうお考えになったとか、そう本には書いてあるようでございます。
全一冊本では、こうなります。
薫は、浮舟の返事の手紙も持たずしおしおと帰ってきた小君の話を聞き、がっかりしました。
そんなにかたくなに自分をさけるところを見ると、もしかしたら、
もうだれかほかの男にこっそり世話になっているのかもしれないなど、つまらない想像までするのでした。
だれも浮舟のほんとうの心のなかはわからないのです。
かわいそうな浮舟は、これからどうなっていくのでしょう。
ここまで、書き下してくれていると、後から読み返しても、すぐにストーリーを思い出すことができるのです。
この本には、訳者の瀬戸内さんは、何も書いていません。解説は、酒井順子さんです。
その出だしを少し引用します。
初めて源氏物語を読んだ時、もやもやとした霧の向こう側で、登場人物達が
何やらうごめいているのを眺めているような気分になったものです。
舞台は平安、登場人物は多数、物語は長くてストーリーは複雑。
それを理解するだけでも精一杯なのであり、とても一人一人の人物に焦点を当てるような余裕は、無かった。
酒井さんは、源氏物語は、読んだり、やめたり、何度も読み返したりする本であり、
読み返すたびに、歳をとった分だけ、読み方も変化し、見えるものが違ってくるのだとおっしゃいます。
もう1ヶ所、紹介します。
私はかねてより、なぜ紫式部はこのような物語を書くことが可能だったのか、疑問に思っていたのでした。
モテまくるのをよいことに、多くの女性を苦しめつつ生きる、光源氏。
紫式部が仕えていた中宮彰子の父親であり、時の摂政であり、
紫式部にもちょっかいを出していた藤原道長が源氏のモデルという説もありますが、
彼女は何のために、ここまで男性の理屈にのっとって主人公を動かしたのかが、私にはよくわからなかった。
それは彼女にとっても、苦痛を伴う作業であったのではないか・・・・?と。
しかし紫式部が源氏物語によって描こうとしたのは、もしかすると光源氏のことではなかったのかもしれません。
彼女が本当に描きたかったのは、光源氏のスターっぷりよりも、それぞれの女達のこと。
光源氏が主役ということになっているけれど、
彼は「女」という生きものを詳細に描くためにどうしても必要だった狂言回し、でもあるのではないか。
多分、酒井さんのおっしゃるとおりだと思います。
紫式部は、源氏物語を、当時の一般の人々や、後世の人々のために書いたのではなく、
宮中で仕える女房たちのために書きました。
読者の中には、姫君や、男の貴族たちもいました。
源氏物語で描かれている出来事は、紫式部の創作というよりも、彼女たちの現実の世界でした。
紫式部は、そういう世界で生きている、姫君や、女房達の心理を深く描きだしたのです。
貴族社会で、姫君たちの仕事は、力のある男性貴族と契って、子供を産むことでした。
一対一の恋愛ではなく、一夫多妻の世界でした。子供を産んで、役割を果たした姫君だけでなく、
子供を産めなかった姫君もいました。姫君に仕える女房達は、連帯責任です。
そういう世界のことを描いた物語であるということを、理解して読まないと、
光源氏は、レイプマンだというような意見が生まれてしまうのだと思います。
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