大塚ひかり 面白いほどよくわかる源氏物語 (2001) 

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2020.4.7

 日本文芸社のこの面白いほどよくわかるシリーズは、「学校で教えない教科書」というキャッチ・フレーズがついていますが、

この大塚さんの本は、まさにその通りです。

謎5 清少納言と紫式部は道長のセックスライバルだった?

謎6 紫式部は藤原道長の愛人だった?

謎27 光源氏は伊予介の妻・空蝉と性交渉したか?

謎28 紫式部はなぜ光源氏をレイプマンにしたか? 

謎31 性道徳観念の強い「空蝉」のモデルは紫式部自身か?

というような文言が、臆面もなくでてきます。

 女性ならではの問題設定で、男性の学者先生には、テーマにし難い題材です。

 

 光源氏は伊予介の妻・空蝉と性交渉したか?

に関する、大塚さんの解答は、

した。間違いなく、確実にした。先に答をいうと、そういうことになる。

です。

 しかし、ここで問題になるのは、空蝉のモデルが、紫式部であることです。

謎31 性道徳観念の強い「空蝉」のモデルは紫式部自身か?

に対する、大塚さんの解答は、こうです。

 空蝉のモデルは紫式部といわれる。主な理由は五つ。

 第一に設定。親ほどの年齢の受領の後妻になって、自分と同世代の継子がいて、未亡人になる。

そんな空蝉の人生は、紫式部のそれとぴたりと重なる。

 第二に住居。空蝉が身を寄せていた紀伊守の家は「中川のあたり」と『源氏』に書いてあるが、

中川には紫式部の住まいがあった。

 第三に空蝉の扱い。空蝉はたった一度のセックスで、光源氏にとって「忘れられない女」になり、

夫の死後は継子の求婚を逃れて出家。光源氏の屋敷に迎えられる。

光源氏の妻でも妾でも娘でもないのに迎えられたのは空蝉だけで、

他の女君達が光源氏との性愛関係に苦しむのを尻目に、

生活の心配もなく、仏道三昧の暮らしを貫いている。(中略)

 第四に思想。(中略) 『源氏』は当時の物語にしては性道徳の意識が強い。(中略)

そんな『源氏』の思想を最も強く担うのが空蝉で、相手がいくら光源氏でも、

夫ある身でセックスすることに躊躇と嫌悪を感じている。

 第五に容貌。空蝉は末摘花、花散里と並ぶ『源氏』の三大ブスだ。(中略)

このへんのさじ加減が、紫式部の自画像といわれるゆえんだ。

 

 さて、源氏物語の第二帖 「帚木」では、光源氏が方違えのために立ち寄った紀伊守邸で、はめをはずし、

若奥様の空蝉と一夜を過ごすくだりが、結構、ながながと語られます。

 光源氏の振る舞いに空蝉が恨み言を言い、光源氏が言葉を返しても、むせび泣くのですが

暁の鶏が鳴き、人々が起き出したので、別れざるを得ず、光源氏は、

つれなきを 恨みもはてぬ しののめに とりあへぬまで 驚かすらむ

つれないあなたを恨みたりないうちに朝になり、鳥までが、とりあえずも鳴いて私を驚かしているのだろう

と歌い、空蝉は返して歌います

身の憂さを 嘆くにあかで あくる夜は とり重ねてぞ 音(ね)も泣かれける

我が身のつらさを嘆きたりないうちに 夜があけて 鳥の声に重ねて 今一度 声も無く泣けてくる

 

 大塚ひかりさん訳の源氏物語の「ひかりナビ」には、以下の説明があります。110頁

 万事につけ,紀伊守邸での源氏一行の振る舞いは傍若無人。

ミカドの子で左大臣家の婿である源氏にとって受領階級は、門から屋敷まで、

一度も牛車から降りることなく入れる気楽な対象。

その身分意識を克明に描く紫式部自身、受領階級で、この手の大貴族の差別意識に

悩まされていたのでしょうか、紀伊守の困惑を描くことも忘れません。

大貴族は受領の財力をあてにしますが、受領も大貴族に取り入れば良い任国にありつけるのですから、

両者はもちつもたれつ、利用しあっていたのです。

 

 さて、物語は、空蝉と光源氏ですが、これに非常によく対応する現実があります。

空蝉が越前守の父藤原為時の娘、紫式部で、光源氏が、左大臣家の藤原道長です。

 道長が、左大臣源雅信家に入り婿になったときは、目立たない存在でしたが、

二人の兄が急逝したことから、急速に、道長の時代となってゆきます。

 現実の左大臣家は、土御門殿であり、紫式部の家は、そのすぐそばにありました。

三田誠広さんの言うように、紫式部は、若い頃から、土御門殿に出入りし、そこに仕える女房たちのために

源氏物語を書き始めたとすれば、帚木に書かれていることがどういうことなのか当然詮索されたと思います。

 

 紫式部は、紫式部日記の初めの方に、道長との関係を、以下のように赤裸々に語っています。

 早朝に紫式部が渡殿から庭園を眺めていると、道長が近づいてきて、二人は和歌を交わします。

渡殿に寝たる夜、戸をたたく人ありと聞けど、おそろしさに、音もせで明かしたるつとめて、

   夜もすがら水鶏(くいな)よりけになくなくぞ 真木(まき)の戸ぐちに たたきわびつる

返し ただならじとばかりたたく水鶏(くいな)ゆへ あけてはいかにくやしからまし

渡殿の部屋で寝ていた夜、戸を叩く人がいると聞いたけれど、おそろしさに、返事もせず夜を明かしたその翌朝、

一晩中、クイナよりも一層鳴きましたよ、真木の戸口で、叩きあぐねましたよ

返歌 ただごとではないとばかりに叩くクイナなので、開けたらさぞ後悔したことでしょう

 道長が、夜、紫式部を訪ねたことがあることを、はっきりと書き残したのです。

 

 帚木に続く第三帖 「空蝉」では、その後の光源氏の誘いをなんとか免れる空蝉の姿が描かれますが、

最後に、光源氏の歌

空蝉の身をかへてける木の下に なほ人がらのなつかしきかな

蝉が姿を変えて殻を残して去った木の下に、薄着を残して去って行ったあなたの人柄がなつかしい

に対し、空蝉は、こう歌います。

空蝉の羽におく露の木がくれて しのびしのびに濡るる袖かな

空蝉の羽に置く露が、木隠れに隠れるように、忍ぶ忍び涙に濡れている私の袖ですこと

 こういう男と女の関係を、学問の場では、正面切ってとりあげることが難しいかもしれません。

大塚さんや、三田さんのように、はっきりと話してくれたほうが、真実に近いと思われます。

 

2020.4.20

 さて、大塚さんの 謎37は、「輝く日の宮」はあったのか です。

桐壺」で、藤壺が登場したあと、藤壺の馴れ初めが描かれた「輝く日の宮」という巻があったはずと古来から言われています。

大塚さんも、この説に賛成で、巻の名前は、ダイレクトに「藤壺」か、最終巻「夢浮橋」に呼応して「夢通路」ではどうだろうと語ります。

六条御息所との関係の始まりについて描かれた巻も、存在したに違いありません。

 さて、ここで大塚さんは、源氏物語が、a系のメインストーリーと、b系のサブストーリーに分けられるという説を紹介します。

a系は、(1)桐壺、 (5)若紫、 (7)紅葉賀、(8)花宴、(9)葵、(10)賢木、(11)花散里、(12)須磨、(13)明石、(14)澪標、(17)絵合、(18)松風、(19)薄雲、(20)朝顔、(21)少女、(32)梅枝、(33)藤裏葉と続く17帖からなるメインストーリーです。

a系に対する読者の反響に応えて作られたのが、b系です。

b系は、(2)帚木、(3)空蝉、(4)夕顔と、(6)末摘花と、(15)蓬生、(17)関屋と、(22)玉鬘、(23)初音、(24)胡蝶、(25)蛍、(26)常夏、(27)篝火、(28)野分、(29)行幸、(30)藤袴、(31)真木柱 からなるサブストーリー群です。

 大塚さんは、このようにわかりやすくまとめたのは大野晋・丸谷才一の『光る源氏の物語』だと紹介されます。

 図書館で、この本を借りてきました。この説は、昭和14年に阿部秋生さんが言い出して、

それを武田宗俊さんが明確にまとめたのだそうです。それを、大野さんが、ある本で紹介し、

それを丸谷さんが読んで興味を持ち、a系の17巻を通して読んでみたところ、

9割6-7分まではすらりと読めたけれど、少しだけ問題があった。

朝顔の姫君が突如として出てくる.六条御息所との最初の関係がよくわからない。藤壺との関係がなんだか釈然としない。

これには、すでに回答があって、「帚木」の前に、「かかやく日の宮」という巻があり、

そこに3人のことが書いてあっただろう、ということなのです

このことは、本居宣長がすでに気づいていて、『手枕(たまくら)』という短編も作られたそうなのですが、

あまり出来はよくないそうです。

この対談本のあとがきで、大野さんが、このように語られていますので、紹介します。

 『源氏物語』とはじめて付き合う方も本書をお読みになるだけで、物語の肝腎なところは分って頂けるでしょう。

しかし、私の希望を申してよければ、本書を読まれるときに、まず谷崎潤一郎さんの現代語訳でなり、ともかく最初に執筆された十七帖(私のいうa系)をまず読み通してみて頂きたい。

するとそこに実にすっきりした『源氏物語』があることにきっとびっくりなさるでしょう。

そして次にb系・・・・と進んで下さると、きっと『源氏物語』の全体像がくっきりと見えてくるでしょう。

そこへこの対談が参加すると、お互いが響き合うようになるだろうなどと、私は思っているのですが。

 

 

 

     

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