大塚ひかり全訳 源氏物語 (2008) 

2017.12.7

 大塚ひかりさんは、源氏物語の全訳の大作を、ちくま文庫への訳し下ろしオリジナルとして発表しました。

冒頭の「はじめに」に、著者は、この本の特徴を語っています。

 古典は、できれば原文を読んだほうがいい。

 全部とは言わない、一部だけでも原文を味わってほしい、そのリズムやことばの妙や時代背景をカラダで感じてほしい。

 そんな願いをこめて全訳した。なので、心がけたのは、原文重視の逐語訳、それでいて「分かる『源氏物語』」である。

 要するに、今まで自分が欲しかった全訳を目指したのである。

 そのために工夫したことが、ある。

 まず地の文の『敬語・謙譲語を抑える』。

 

 当時の人にとっては、敬語を使う事は当然ですし、敬語には、色んなレベルの敬語表現が発達しているのですが、

現代の私達にとっては、いちいち敬語を使う事は不自然ですし、現代語に無理やり訳しても、長ったらしいものになってしまいます。

著者の 『敬語・謙譲語を抑える』 という工夫は、ごもっともと思います。

 

 訳に当たっては、原文を音読し、訳文も音読しながら、原文のリズムを損なわないように心がけた。

物の怪なら物の怪、源氏なら源氏の役になりきって音読したが、そうすると面白いもので、作者がどこでノッているか、肌でわかる。

 文字数も、原文より極端に長くならないようにつとめた。

 が、主語の少ない『源氏物語』は、敬語で関係性を表し、動作の主体が分かる場合も多い。訳では主語を補った。

 しかし、逐語訳では、勢い、説明不足なところが出てくる。

 そこで第二の工夫として、

「物語へのナビゲーションとして<ひかりナビ>をもうける」ことにした。

 

 このナビには、結構助けられます。

 第一巻桐壺の37ページのナビは、こう始まります。

 母君と命婦の微妙にとげのある会話、味わって頂けたでしょうか。

母君は「娘は”よこさまなるようにて” ・・・異常な形で・・・ 死んでしまった、かえってミカドのご寵愛が恨めしいと、

帰参を急ぐ命婦に愚痴ります。

 命婦は、これに応酬しますが、これくらいのやり取りは、素直によんでいても、誰でもわかります。続けて、

母君も負けてはおらず、「あなたが来たせいで、ただでさえ涙にくれる毎日がますます露っぽくなった」と

あてつけがましい歌を放ちます。言葉は丁寧ですが、内容はかなり相手の傷つくツボをついています。

 原文は、

「いとどしく虫のね繁き浅茅生(あさぢふ)に露おき添ふる雲の上人  かごとも聞えつべくなむ」といはせ給ふ。

 大塚訳では、

「ただでさえ虫の音激しい草の宿に いっそう涙の種を増やす雲上人 そんな言いがかりも申し上げたくなりそうで」と、母君は召使を通じて命婦に伝えます。

 

 普通の註釈書には、雲の上人は勅使の命婦を指す くらいの説明しかありませんが、

母君が帰途にある命婦に、ありったけの嫌味な歌を送ったのだと解説されると、ああ、そうなんですかと、納得させられます。

 

 今は、私も、桐壺を訳しながら、大塚さんの訳も、ゆっくりと、読んでいますので、また、収穫がありましたら、順次、ご紹介します。

 

 

 

     

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