岡本隆司 歴史で読む中国の不可解 (2018) |
2019.8.16
岡本隆司 (1965年12月生) さんは、歴史学者で、中国近代史を研究されていますが、
週刊東洋経済に依頼されて、「中国はなぜ傲慢なのか」「独裁を産む構造−皇帝から共産党へ」
などの記事を書いたりしていたのを、日経新聞社の編集者に依頼されて、とりまとめ、
日経プレミアシリーズという新書になったのが、この本です。
著者は、学生時代、歴史学は、ビジネスとは最も縁遠いはずだと、何となく思っていたそうですが、
それから三十年、ビジネスに役立たなければ、学問とはいわない風潮になりました。
近年、中国の大国化が進み、中国を知りたいという要望から、
浮世に縁遠かったはずの歴史屋が、ビジネス誌などへの寄稿を依頼され、
歴史家なら、現在の中国を知ることも重要であると考えて、全力で執筆されたそうです。
序章 「この国はなぜ傲慢なのか」 は、中国の中華思想、上から目線の唯我独尊の論理について語ります。
中国の知識人を支配してきた儒教思想が、この中華思想の一因であると指摘します。
儒教の基本的な立場は自分本位、まず自分という存在を大事にする。
人情からすれば、ごく常識的な考え方だといってよい。
人間も生物である以上、まずわが身の生存のことを考える。
「衣食たって礼節を知る」という、何やら意味ありげな、高尚な言い回しながら、内容は何ということもない。
自分の「衣食」も乏しいのに、他人に対する「礼節」などかまっていられないのは、あたりまえである。
このように自分が第一、そのうえではじめて、他人との関係がある。
(中略)
かくて儒教は、自分を中心とする人間関係を基本に成り立った思想・規範である。
いかにいかめしく難解にうつっても、元来はごく平凡、常識的な教えで、およそ超越的なところはない。
第3.1章 独裁を産む構造 では、中国と日本の政治形態の基本的な違いについて語られます。
日本は天皇、中国は皇帝。主権者のありようは、いずれもかわらなかった。
けれども、前者は、武門の幕府政治を生み出し、江戸時代にはそれが殆ど官僚組織にみまがうような形に変化した。
中国では、早くから文人エリートを科挙の試験で選抜して、任官させる官僚制度が発達した。
いずれも主権者の指導権を限定し、負担を軽減するしくみになっている。
日本ではそのシステムが、シンボル・権威を担当するトップと、パワー・実務を担う組織を分かつ方向でできあがった。
それに対し、中国は、そうした形態のシステムになったことがない。
岐路は最高位に君臨する権威が、軍事と決裁の実権を手放せるかどうかにある。
中国ではそれを失った皇帝・王朝は存続し得ず、武力に勝る政権が代って君臨統治した。
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