本居宣長 紫文要領 巻下 |
2019.7.27
●答えて云はく、前にもいへるごとく、人情の深くかかること、好色にまさるはなし。
答えて言うことには、前にも言ったように、人情に深くかかわることでは、好色にまさるものはない。
さればその筋につきては人の心深く感じて、物の哀れを知ること何よりもまされり。
●右『紫文要領』上下二巻は、年ごろ丸(まろ)が心に思ひよりて、
右『紫文要領』上下二巻は、数年来私が心に思ひよせて、
この物語をくり返し心を潜めて読みつつ考へ出だせるところにして、
この物語を繰り返し、心を沈潜させて読みながら考え出したことなので、
まつたく師伝の趣きにあらず。 全く師から伝えられた趣旨ではない。
また諸抄の説と雲泥の差なり。 また註釈書の説とは雲泥の差である。
見む人あやしむことなかれ。 見るひとはそのことを怪しむことのないように。
よくよく心をつけて物語の本意を味ひ、この草子と引き合せ考へて、丸がいふところの是非を定むべし。
よくよく用心して物語の本意を味わい、この草子と較べ合わせて考え、私が言うところの是非を決めてほしい。
必ず人をもて言を棄つることなかれ。 必ず(書いた)人をもって、その言説を棄てることのないように。
かつまた文章・書きざまはなはだみだりなり。 かつまた、文章も書き方も甚だ乱れている。
草稿なるがゆゑにかへりみざるゆゑなり。 草稿であるからして(体裁を)顧みていないためである。
重ねて繕写するを待つべし。 重ねて、清書するのを待ってほしい。
これまた言をもて人を棄つることなからんことを仰ぐ。
これまた、文章をもって書いた人を棄てることがないことをお願いする。
時に宝暦13年6月7日 舜庵
時は1763年6月7日 舜庵(宣長の号)
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