万葉集 現代語訳 

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2016.11.4

 万葉集には、四千五百余首の歌が残されています。私達、日本人の古典として、今後も末永く読み続けていきたいのですが、

残念ながら、これらの古い歌は、読んでもわかりにくいものにますますなっていきます。

 また、万葉集は、歌だけでなく、漢文で書かれた文章や漢詩の部分もかなりあります。

 そこで、わかりやすいものから、一つずつとりあげて、現代語直訳をしていきたいと思います。 ゆっくりと。

 

1.巻1 63  山上憶良

14.巻2 105-106 大伯皇女

15. 巻2 107 大津皇子

16. 巻2 108 石川郎女

17. 巻2 119-122 弓削皇子

2.巻3 337 山上憶良

3.巻5 793 雑歌   大伴旅人

4.巻5 794 雑歌 795-799 反歌   山上憶良

5.巻5 800 雑歌 801 反歌   山上憶良

6.巻5 802 雑歌 803 反歌   山上憶良

7.巻5 804 雑歌 805 反歌   山上憶良

8.巻5 806 807 太宰帥大伴卿の相聞の歌二首 大伴旅人

9.巻5 808-809 答歌二首 最初に大伴旅人に手紙を送った在京の某人

10.巻5 810-811 帥大伴卿 日本琴を贈る歌二首  大伴旅人

11.巻5 812 中衛大将藤原卿の報ふる歌一首

12.巻5 集歌 813-814 山上憶良、鎮懐石を詠む歌一首 并せて短歌

13. 巻5 892-893 山上憶良 貧窮問答の歌

 

1.巻1 63  山上憶良 (やまのうえのおくら) (660-733)

山上臣憶良在大唐時 憶本郷作歌
山上臣
(おみ)憶良大唐(もろこし)にある時、本郷(くに)を憶(おも)ひて作る歌

63
去来子等 早日本邊 大伴之御津乃濱松 待恋奴良武
いざ、子ども、早く 大和へ。大伴の御津の浜松 待ち恋ひぬらむ。
いざ子供達よ。早く日本に(帰りましょう)。大伴の御津の浜松が、私達を待ちこがれているでしょう。

説明 去来は、いざ と読みます。これは、陶淵明の漢詩「帰去来辞」(ききょらいのじ)の 冒頭

「帰去来兮」を、帰りなん、いざ と読み下すのと同様です。 

 子どもは、従者たちを親しんで呼んだものです。

 大伴の御津の浜松 の御津は、遣唐使船の出港した難波の港の名前で、このあたりを含めて古く

 大友氏の領地でした。浜辺の松が、待っていると擬人化して、語呂を合わせています。

 恋ひぬらむ は、動詞 恋ふ の連用形に、確述の意 (きっと〜だ) を表す助動詞 ぬ の終止形に、

  推量を表す助動詞 らむ が連なったもので、きっと恋しているでしょう の意味となります。

  

2.巻3 337 山上憶良 (やまのうえのおくら) (660-733)

山上憶良臣罷宴歌一首
山上憶良臣
(おみ)、(うたげ) を罷(まか)る歌一首

337
憶良等者 今者将罷  子将哭   其彼母毛   吾乎将待曽
憶良らは 今は罷らむ。子泣くらむ。それその母も 吾
(わ)を待つらむぞ。
憶良らは 今は退出しましょう。わが子が泣いておりましょう。その母も私を待っておりましょうぞ。

説明 憶良ら の ら は、複数の意味ではなく、A氏ら のように一つをあげて、同類のものをまとめて指す使い方です。

 私ら、君ら、あいつら、の も、同様です。

 私などは、というときの など も、私が複数なのではなく、私のような人の場合には、というような意味となります。

 罷らむ の らむ は、動詞  罷る の未然形に、意志・希望を表す助動詞 む が連なったもので、

 退出しましょうの意味となります。泣くらむ、待つらむ の らむ は、推量を表す助動詞です。

 最後の は、終助詞で、暖かいぞ、だめだぞ、のように強調したり、念を押したりの意味を持ちます。

  

2016.12.2

3.巻5 793 雑歌   大伴旅人

太宰帥大伴卿報凶問歌一首 | 太宰帥(そち)大伴卿 凶問に報(こた)ふる歌 一首
太宰の帥 大伴旅人卿が 訃報に応えた歌 一首

禍故重畳 凶問累集 | 禍故 重畳し 凶問 累集す
不幸がいくつも重なり 訃報が重なり集まります

永懐崩心之悲 獨流断腸之泣 | 永く 崩心之悲しびを懐き 獨り 断腸之泣を流す
ひたすら 心も崩壊するような悲しみを抱き 独り断腸の涙を流しています

但依兩君大助傾命纔継耳 | 但し 兩君の大助に依り 傾命 纔に継ぐのみ
但し両君の大いなる助けにより いくばくもない命をわづかに保つ

[筆不盡言 古今所歎] | [筆の言を盡さぬは 古今歎く所なり]
 筆では言いたいことを尽くせないのは、古今、嘆くところです

793
余能奈可波 牟奈之伎母乃等 志流等伎子 伊与余麻須万須 加奈之可利家理
世の中は  空しきものと  知る時し  いよよますます 悲しかりけり
世の中は、 空しいものと  知るときこそいよいよ益々  悲しかったことよ

      神亀五年六月ニ十三日   728年6月23日

  

4.巻5 794 雑歌 795-799 反歌   山上憶良

盖聞 | 盖(けだ)し聞く | けだし(おそらく)聞いています

四生起滅 方夢皆空 | 四生(ししやう)の起滅は、夢の皆空しきが方(ごと)
万物の生死は、夢が皆、空しいように

三界漂流 喩環不息 | 三界の漂流は、環(わ)の息(とど)まらぬが喩(ごと)
三界の漂流は、輪が繋がって終わることのないのに似ている

所以 | 所以に | ゆえんに

維摩大士 在手方丈 | 維摩大士は 方丈に在りて | 維摩大士は 方丈に在りて

有懐染疾之患 | 染疾(せんしつ)の患(うれ)へを懐(おも)ふこと有り
病気の患いを抱き

釋迦能仁 坐於雙林 | 釋迦能仁(しゃかのうにん)は、雙林に坐して
釋迦能仁は、沙羅双樹の林に坐して

無免泥ヲン之苦 | 泥ヲン(ないをん)の苦(く)を免(まぬが)るること無し
死滅の苦しみから免れることはできない

故知 | 故に知る | かくして

二聖至極 不能拂力負之尋至 | 二聖の至極なるも、力負(りきふ)の尋ね至るを拂(はら)ふこと能はず
二聖の至極なるも、死の魔手の訪れを払いのけることができず

三千世界 誰能逃黒闇之捜来 | 三千世界に、誰か能く黒闇(こくあん)の捜(たづ)ね来(きた)るを逃れむと
全世界に、誰が死神が尋ね来るのを逃れることができましょうや

二鼠競走 而度目之鳥旦飛 | 二鼠競ひ走りて、目を度(わた)る鳥旦(あさ)に飛び
昼と夜が競って進み、眼前を横切る鳥は朝に飛び

四蛇争侵 而過隙之駒夕走 | 四つの蛇争ひ侵して、隙(げき)を過ぐる駒夕(ゆふへ)に走る
地水火風の四大は、互いに争い侵し、隙間を通り過ぎる馬は夕べに走る

嗟乎痛哉 | 嗟乎(ああ)、痛(いたま)しき哉 | ああ痛ましいことよ

紅顏共三従長逝 | 紅顏は三従と共に 長(とこしへ)に逝(ゆ)き
美女の紅顔も、三従の徳と共に 長く去り

素質与四徳永滅 | 素質(そしつ)は四徳と共に 永(とこしへ)に滅ぶ
白い肌も四徳と共に、永く滅びる

何図 | 何ぞ図(はか)らむ | 思いもよらなかったことです

偕老違於要期 獨飛生於半路 | 偕老(かいらう)は要期(えうご)に違ひ、獨飛(どくひ)して半路に生きむことを
偕老の契りは、空しくも果たされず、独飛して人生の半分を生きることを

蘭室屏風徒張 断腸之哀弥痛 | 蘭室(らんしつ)の屏風は徒(いたづ)らに張りて、断腸の哀しび弥(いよいよ)痛く
かぐわしい部屋に、屏風がむなしく張られて、断腸の哀しみは、いよいよ痛く

枕頭明鏡空懸 染ヰン之涙逾落 | 枕頭の明鏡空しく懸りて、染ヰン(せんゐん)の涙逾(いよいよ)落つ
枕頭の明鏡は空しく掛かって、嘆きの涙がいよいよ溢れ落ちる

泉門一掩 無由再見 | 泉門一たび掩(と)ぢて、再(また)見るに由無し
黄泉の門が一度閉じて、再び妻を見るすべはない。

嗚呼哀哉 | 嗚呼、哀しき哉 | ああ哀しいかな

愛河波浪已先滅 | 愛河(あいか)の波浪は已(すで)に先(ま)ず滅(き)え
愛欲の川波は消えてしまって (妻は逝ってしまって)

苦海煩悩亦無結 | 苦海の煩悩も亦(また)結ぼほることなし
苦しみの海にうかぶ煩悩もまた結ぼれることはない

従来厭離此穢土 | 従来(もとより)、この穢土(ゑど)を厭離(えんり)す
昔から私は、この穢れた地上から逃れたいと思っていた

本願託生彼浄刹 | 本願(ほんがん)をもちて、生を彼(そ)の浄刹(じょうせつ)に託(よ)せむ
本願のとおりに生を浄土に寄せたい

日本挽歌一首 | 日本(やまと)の挽歌一首

集歌794
大王能 等保乃朝庭等 斯良農比 筑紫國尓 | 大王の 遠のみかどと しらぬひ 筑紫の国に
大君の遠い政庁の しらぬい筑紫の大宰府に

泣子那須 斯多比枳摩斯提 伊企陀尓母 伊摩陀夜周米受 | 泣く子なす慕ひ来まして 息だにも いまだ休めず
泣く子のように慕って来られて 一息さえ 入れる間もなく

年月母 伊摩他阿良祢婆 許々呂由母 於母波奴阿比陀尓 | 年月も いまだあらねば 心ゆも 思はぬ間に
年月も まだ経たぬうち 死なれるなど夢にも 思わない間に

宇知那ビ枳 許夜斯努礼 伊波牟須弊 世武須弊斯良尓
うち靡き  臥やしぬれ 言はむすべ 為むすべ知らに
ぐったりと 臥してしまわれたので 言うすべも 為すすべも知らずに

石木乎母 刀比佐氣斯良受 伊弊那良婆 迦多知波阿良牟乎
石木をも 問ひ放け知らず 家ならば  形はあらむを
石や木に 尋ねることもできない 家にいるなら 無事だったろうに

宇良賣斯企 伊毛乃美許等能  阿礼乎婆母 伊可尓世与等可
恨めしき  妹の命(みこと)の 我れをばも 如何にせよとか
恨めしい  妻の命は     この自分を どうせよというのか

尓保鳥能   布多利那良ビ為 加多良比斯 許々呂曽牟企弖 伊弊社可利伊摩須
鳰(にほ)鳥の 二人並び居(ゐ) 語らひし  心背きて    家離(さか)り座ます

鳰鳥のように 二人並んで語らった     その心に背いて 家を離れていることよ

反歌

集歌795
伊弊尓由伎弖 伊可尓可阿我世武 摩久良豆久 都摩夜左夫斯久  於母保由倍斯母
家に行きて  如何にか吾がせむ 枕付(つ)く 妻屋(つまや)寂しく思ほゆべしも
貴女の家に行って、どのように私はしましょうか。貴女が亡くなられ横になっている妻屋が寂しく思われるでしょう

集歌796
伴之伎与之 加久乃未可良尓 之多比己之 伊毛我己許呂乃 須別毛須別那左
はしきよし 如くのみからに 慕ひ来(こ)し妹が情(こころ)の術(すべ)もすべなさ
なんと悲しいことか、こんなにも命が短かったのか、慕ってやって来た妻の心のなんとも哀れなことよ

集歌797
久夜斯可母 可久斯良摩世婆 阿乎尓与斯 久奴知許等其等   美世摩斯母乃乎
悔しかも  かく知らませば あをによし 国内(くぬち)ことごと見せましものを
残念なことです、こうなると知っていたなら あおによし大和の国を、ことごとく、見せておくのだったのに。

集歌798
伊毛何美斯 阿布知乃波那波 知利奴倍斯 和何那久那美多 伊摩陀飛那久尓
妹が見し  楝(あふち)の花は散りぬべし 吾が泣く涙   いまだ干(ひ)なくに
妻が見た楝の花は散ってしまいそうだ、私の泣く涙はまだ乾かないのに。

集歌799
大野山 紀利多知和多流 和何那宜久 於伎蘇乃可是尓 紀利多知和多流
大野山 霧立ち渡る   吾が嘆く  沖瀟の風に   霧立ち渡る
大野の山に霧が立ち渡る。私の嘆きの溜息が風となり霧が立ち渡る。

 神龜五年七月廿一日 筑前國守山上憶良上    728年7月21日、筑前國守山上憶良 たてまつる

 

5.巻5 800 雑歌 801 反歌   山上憶良

令反或情歌一首并序 | 惑へる情(こころ)を反(かえ)さしむる歌一首併せて序
心の迷いを直させる歌一首 と 序

或有人 | 或るは人有り | 或る人がいます

知敬父母忘於侍養、不顧妻子、軽於脱履
父母を敬ふことを知りて、侍養(じやう)することを忘れ、妻子(めこ)を顧みずして、脱履(だつし)よりも軽みす
父母を敬ふことは知っているが、孝養することを忘れ、妻子を顧みず、脱ぎすてた履物よりも軽んじている

自称倍俗先生。意氣雖揚青雲之上、身體猶在塵俗之中。
自ら倍俗(ばいぞく)先生と称(なづ)く。意氣は青雲の上に揚るといへども、身體は猶(なほ)塵俗(ぢんぞく)の中に在り。
自ら倍俗先生と称す。意気は青雲の上に昇るといっても、身体はなお世の塵の中にいる

未験修行得道之聖、蓋是亡命山澤之民。
未だ得道に修行せる聖に験(しるしあらず、蓋しこれ山澤に亡命する民ならむか。
未だ仏道修行を積んだ聖者というべき証拠もまだなく、おそらく、山沢に亡命した民でしょうか。

所以指示三綱、更開五教、遣之以歌、令反其惑 
所以(このゆえ)に、三綱を指示し、更に五教を開(と)き、遣(おく)るに歌を以ちてして、その惑(まとひ)を反(かへ)さしむ。
そこで、三綱を示し、更に五教を説いて 歌を贈り その惑いを直させる

歌曰 | 歌に曰はく | 歌に言う

集歌800
父母乎 美礼婆多布斗斯 | 父母を 見れば尊(たふと)し | 父母を見れば尊いし

妻子見礼婆 米具斯宇都久志 | 妻子(めこ)見れば めぐし愛(うつく)し | 妻子を見ればいとしくかわいい

余能奈迦波 加久叙許等和理 | 世の中は かくぞ理(ことわり) | 世の中は こうあってあたりまえ

母騰利乃 可可良波志母与 | もち鳥の かからはしもよ | もち鳥のように離れずにかかりあいたいものだ

由久弊斯良祢婆 | 行方(ゆくへ)知らねば | 行方を知らないので(一寸先は闇)

宇既具都遠 奴伎都流其等久 | 穿沓(うげくつ)を 脱き棄(つ)るごとく | 穴のあいた沓を脱ぎ捨てるように

布美奴伎提 由久智布比等波 | 踏み脱きて 行くちふ人は  | (家族の絆を)振り切って行くという人は

伊波紀欲利 奈利提志比等迦 | 石木(いはき)より 生(な)り出し人か | 石や木から出てきた人なのか

奈何名能良佐祢 | 汝(な)が名告(の)らさね | あなたの名前を名乗りなさい

阿米弊由迦婆 奈何麻尓麻尓 | 天(あめ)へ行かば 汝(な)がまにまに | 天に行ったら勝手にすればよかろうが

都智奈良婆 大王伊摩周 | 地(つち)ならば 大王(おほきみ)います | 地上には大君がいらっしゃいます

許能提羅周 日月能斯多波 | この照らす 日月(ひつき)の下は | この照らしている日や月の下は

雨麻久毛能 牟迦夫周伎波美 | 天雲の 向伏(むかふ)す極(きは)み | 天雲のたなびく果てまで

多尓具久能 佐和多流伎波美 | 谷蟆(たにくぐ)の さ渡る極(きは)み | ひきがえるの這い回る地の果てまで

企許斯遠周 久尓能麻保良叙 | 聞(きこ)し食(め)す 国のまほらぞ | (大君の)治められる 秀れた国だ

可尓迦久尓 保志伎麻尓麻尓 斯可尓波阿羅慈迦
かにかくに 欲(ほ)しきまにまに 然(しか)にはあらじか

あれこれと 自分勝手に そうではないのか

反歌

集歌801
比佐迦多能 阿麻遅波等保斯  奈保奈保尓 伊弊尓可弊利提 奈利乎斯麻佐尓
ひさかたの 天道(あまぢ)は遠しなほなほに 家に帰りて   業(なり)を為(し)まさに
天への道は遠い。おとなしく家に帰って家業にお励みなさい。

 

6.巻5 802 雑歌 803 反歌   山上憶良

思子等歌一首并序 | 子等を思(しの)へる歌一首并せて序 | 子供らを思う歌一首と序

釋迦如来、金口正説 | 釋迦如来の、金口(こんく)に正に説きたまはく
釋迦如来が、貴い御言葉で正に説きなされたことには

等思衆生、如羅候羅 | 「等しく衆生を思ふことは、羅候羅(らごら)の如し」
「平等に衆生を思いやると云うことは、自分の子である羅候羅を思いやる気持ちと同じである」

又説、愛無過子 | 又説きたまはく「愛(うつくし)びは子に過ぎたるは無し」
又、説きなされたことには「愛は、子の愛より過ぎたものはありません」

至極太聖、尚有愛子之心 | 至極の太聖すら、尚(な)ほ子を愛(うつくし)ぶる心あり
至極の太聖人ですら、このように子を愛する心があります

況乎、世間蒼生、誰不愛子乎
況むや世間(よのなか)の蒼生(あをひとくさ)の、誰かは子を愛(うつくし)びざらめや
まして、この世の中の一般の人々の、誰が子を愛さないことがあるでしょうか。

集歌802
宇利婆 胡藤母意母保由 久利波米婆 麻斯提斯農波由
瓜食めば 子ども思ほゆ 栗食めば まして偲(しの)はゆ 
瓜を食べると子供が思い出される。栗を食べると、増して偲ばれる

伊豆久欲利 枳多利斯物能曽 麻奈迦比尓 母等奈可可利提 夜周伊斯奈佐農
何処(いづく)より 来(きた)りしものぞ 眼交(まなかひ)に もとな懸(かか)りて 安寝(やすい)し寝(な)さぬ
どこから来たものであろうか。眼前にむやみにチラついて安眠を寝させない

反歌

集歌803 
銀母 金母玉母 奈尓世武尓 麻佐礼留多可良 古尓斯迦米夜母
銀(しろがね)も金(くがね)も玉も何せむに勝(まさ)れる宝(たから)子に及(し)かめやも
銀も金も珠も、何になろうか どんなに優れた宝も 子に及ぼうか

説明 何せむに は、「何」+動詞「す」の未然形+推量の助動詞「む」の連体形+格助詞「に」 で、
   何のために、いや、何のためでもない、何になろうか の意

説明 しかめやも は、及ぶの意の動詞「及く」の未然形+推量の助動詞「む」の已然形+終助詞「やも」で
   及ぶだろうか、いや及ばない の意

  

2017.1.6

7.巻5 804 雑歌 805 反歌   山上憶良

哀世間難住歌一首并序 | 世間(よのなか)の住(とど)み難(かた)きを哀(かな)しぶる歌一首并せて序
世の中の留まり難いことを悲しむ歌一首、あわせて序

易集難排、八大辛苦 | 集(まること)易く排(はら)ふこと難きは、八大の辛苦にして
(人の身に)集まり易く追い払い難いのは、八大の辛苦であり

説明 八大辛苦とは、生苦、老苦、病苦、死苦、愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦、五陰盛苦(心の動きから起こる苦しみ)

難遂易盡、百年賞楽 | 遂ぐること難く、盡(つく)ること易きは、百年の賞楽なり
成し遂げること難く、簡単に尽きてしまうのは、人生百年の悦楽である

古人所歎、今亦及之。 | 古人の歎く所は、今亦これに及ぶ
古人の嘆いたこのようなことは、今もまたこれに同じである。

所以因作一章之歌、以撥二毛之歎。 | 所以(このゆえ)に因りて一章の歌を作りて、二毛の歎きを撥(はら)はむ。
このゆえによって、一章の歌を作って、白髪交じりの老いの嘆きを払い除けましょう。

説明 二毛の歎き は、白髪交じりの老いの嘆き のこと。

其歌曰 | 其の歌に曰(いは)く | その歌に言うには

集歌804
世間能 周弊奈伎物能波 年月波 奈何流々其等斯 | 世間(よのなか)の 術(すべ)なきものは 年月(としつき)は 流るる如し
世の中でなすすべのないことは、年月が流れるごとくに過ぎ行くことです

等利都々伎 意比久留母能波 毛々久佐尓 勢米余利伎多流
取り続き  追ひ来るものは 百種(ももくさ)に 迫(せ)め寄り来る
取り続いて追い来るものは、百のも苦しみの姿で攻め寄せてくる

説明 追い来るものは、八大辛苦のこと。

遠等メ良何 遠等メ佐備周等 | 娘子(をとめ)らが 娘子(をとめ)さびすと | 娘女たちが、娘女のようになって

説明 さびすと は、名詞について、のようであるという意の接尾辞「さぶ」が、動詞化して、上二段活用し、

   その未然形に、尊敬・親愛の意を表す助動詞「す」がつき、・・・。

可羅多麻乎 多母等尓麻可志 | 韓玉(からたま)を 手本(たもと)に巻(ま)かし | 韓玉を手首に巻いて

余知古良等 手多豆佐波利提 阿蘇比家武
同輩子(よちこ)らと 手携(たづさ)はりて 遊びけむ
同輩の仲間たちと、手を取り合って、遊んだでしょう

等伎能佐迦利乎 等々尾迦祢 | 時の盛りを 留(とど)みかね | その娘女時代の盛りを留めかねて

周具斯野利都礼  | 過ぐし遣(や)りつれ | 時が過ぎて行ってしまうのにつれて

美奈乃和多 迦具漏伎可美尓 | 蜷(みな)の腸(わた) か黒(ぐろ)き髪に | 蜷の腸のように真っ黒な髪に、

伊都乃麻可 斯毛乃布利家武 | 何時(いつ)の間(ま)か 霜の降りけむ | いつの間に霜が降りたのでしょうか

久礼奈為能 意母提乃宇倍尓 | 紅(くれなゐ)の 面(おもて)の上(うへ)に | 紅の顔の上に

伊豆久由可 斯和何伎多利斯 | 何処(いづく)ゆか 皺(しわ)が来(きた)りし | どこからか皺がやって来た

麻周羅遠乃 遠刀古佐備周等 | 大夫(ますらを)の 男子(をとこ)さびすと | 大夫が男子のようになって

都流伎多智 許志尓刀利波枳 | 剣太刀(つるぎたち) 腰に取り佩き | 剣や大刀を腰に帯びて

佐都由美乎 多尓伎利物知提 | 猟弓(さつゆみ)を 手(た)握り持ちて | 狩弓を手に握り持って

阿迦胡麻尓 志都久良宇知意伎 | 赤駒に 倭文(しつ)鞍うち置き | 赤駒に倭文の鞍を置き

波比能利提 阿蘇比阿留伎斯 | 這(は)ひ乗りて 遊び歩きし
よじのぼって、遊び歩きました (狩りをして回った)

余乃奈迦野 都祢尓阿利家留 | 世間(よのなか)や 常にありける
そんな人の世が、いつまでもありえたろうか

遠等メ良何 佐那周伊多斗乎 意斯比良伎 | 娘子(をとめ)らが さ寝(な)す板戸を 押し開き
娘女たちが寝ている板戸を押し開き

伊多度利与利提 | い辿(たど)り寄りて | 探り寄って

麻多麻提乃 多麻提佐斯迦閇 | 真玉手(またまて)の 玉手さし交(か)へ
玉のような美しい腕を差し交わして

佐祢斯欲能 伊久陀母阿羅祢婆 | さ寝(ね)し夜の 幾許(いくだ)もあらねば
寝た夜が、幾らもないのに

多都可豆恵 許志尓多何祢提 | 手束杖(たつかつゑ) 腰にたがねて | 手束の杖を、腰にあてがい

可由既婆 比等尓伊等波延 | か行けば 人に厭(いと)はえ | あちらに行けば、人に嫌がられ

可久由既婆 比等尓邇久麻延 | かく行けば 人に憎まえ | こちらに行けば、人に憎まれて

意余斯遠波 迦久能尾奈良志 | 老男(およしを)は 如(か)くのみならし
年老いた男というのはこうしたものらしい

多麻枳波流 伊能知遠志家騰 | たまきはる 命惜しけど | 魂が宿るこの命は惜しいけれども

世武周弊母奈新 | 為(せ)む術(すべ)も無し | どうしようもない

反歌

集歌805
等伎波奈周 迦久斯母何母等 意母閇騰母 余能許等奈礼婆 等登尾可祢都母
常磐(ときは)なす かくしもがもと 思へども 世の事なれば 留(とど)みかねつも
常盤のように変わることなくと思うのですが、人の世のことであるので、なに事も留め置くことは出来ません

神龜五年七月廿一日、於嘉摩郡撰定。筑前國守山上憶良
神亀5年7月21日、嘉摩郡に於いて撰定す。筑前国守山上憶良

8.巻5 806 807 太宰帥大伴卿の相聞の歌二首 大伴旅人

伏辱来書、具承芳旨 | 伏して来書を辱(かたじけ)なみし、具(つぶさ)に芳旨を承りぬ
伏して御便りをかたじけなく存じます。つぶさに御趣旨を承りました。

忽成隔漢之恋、復、傷抱梁之意 | 忽ちに漢(あまのかは)の隔(へだ)つる恋を成し、復(また)、梁(はし)を抱く意(こころ)を傷ましむ
忽ち、天の川を隔てた恋を抱き、また、梁を抱く心を痛ましく思います

説明 漢は、もともと水の無い河を意味し、天漢は、天の川を意味します。梁を抱く心とは、尾生という男が

    女と橋の下で逢う約束をしたが、女は来ず、川の水かさが増し、橋脚を抱いて死んだという故事を指します。

唯羨、去留無恙、遂待披雲耳 | 唯だ羨(ねが)はくは、去留(きょりゅう)に恙(つつみ)無く、遂に雲を披(ひら)くを待たまくのみ。
ただ願わくは、離れていても、無事で、その内に、お目にかかる日を待つのみです。

説明 去留は、去るものと留まるものが別れ別れになること。恙無しは、ツツガムシがいなくて無事なこと。

    雲を披く とは、雲を払いのけて青天を見ることで、貴人に会うことをを言います。

歌詞両首 大宰帥大伴卿

集歌806
多都能馬母 伊麻勿愛弖之可 阿遠尓与志 奈良乃美夜古尓 由吉帝己牟丹米
龍(たつ)の馬(ま)も今も得てしか青丹(あをに)よし奈良の都に行きて来むため
龍馬も今はほしいものです。青葉美しい奈良の都に戻って行って来るために。

集歌807
宇豆都仁波 安布余志勿奈子 奴婆多麻能 用流能伊昧仁越 都伎提美延許曽
現(うつつ)には逢ふよしも無し ぬばたまの 夜の夢にを継ぎて見えこそ
現実には逢う手段がありません。闇夜の夜の夢に、ずっと見えてほしいものです。

9.巻5 808-809 答歌二首 最初に大伴旅人に手紙を送った在京の某人

集歌808
多都乃麻乎 阿礼波毛等米牟 阿遠尓与志 奈良乃美夜古邇 許牟比等乃多仁
龍(たつ)の馬(ま)を 吾(あ)れは求めむ 青丹(あをに)よし奈良の都に来む人の為(たに)
龍馬を 私は探しましょう。青葉の美しい奈良の都に戻って来る人のために。

集歌809
多陀尓阿波須 阿良久毛於保久 志岐多閇乃 麻久良佐良受提 伊米尓之美延牟
直(ただ)に逢はず 在(あ)らくも多く 敷栲(しきたへ)の枕(まくら)去(さ)らずて 夢(いめ)にし見えむ
じかに逢わずに いる日数も多くなりました、敷栲の枕元を離れずに あなたの夢に見えましょう

10.巻5 810-811 帥大伴卿 日本琴を贈る歌二首  大伴旅人

大伴淡等謹状 | 大伴旅人謹状 | 大伴旅人の謹上する手紙

梧桐日本琴一面 對馬結石山孫枝
梧桐(ごとう)の日本(やまと)琴(こと)一面 対馬の結石(ゆふし)山の孫枝(ひこえ)
桐の和琴一面 対馬の結石山の(根本近くに生えた)小枝です

此琴夢化娘子曰 | 此の琴、夢(いめ)に娘子(をとめ)に化(な)りて曰はく | 此の琴、夢に、乙女に化けて言うことには

余託根遥嶋之崇巒蠻 晞韓九陽之休光
余(われ)、根を遥嶋(えうたう)の崇(とうと)き蠻(はずれ)に託(つ)け、韓(から)を九陽(くやう)の休(よ)き光に晞(ほ)す
自分は遥かな島の尊き外れの地に根をおろし、幹を美しい日の光にさらしていました

長帶烟霞逍遥山川之阿 遠望風波出入鴈木之間
長く烟霞を帶びて山川の阿(くま)に逍遥し、遠く風波を望みて鴈木(がんぼく)の間に出入す
長く霞に包まれ、山川の果てに遊び、遠く風波を望み、鴈木の間を出入りします

説明 鴈木の間に出入す は、荘子 山木篇の寓話で、伐られそうで伐られるでもない不安定な状態にあること

唯恐 百年之後空朽溝壑 | 唯(ただ)百年の後に、空しく溝壑(こうかく)に朽ちなむことを恐るるのみ
唯恐れています、百年の後に、空しく、谷底に朽ち果ててしまうことを

偶遭良匠散為小琴 | 偶(たまさか)に良き匠(たくみ)に遭ひて、散(き)られて小琴と為(な)る
図らずも良き工匠に遭遇して、伐られて小さい琴となりました

不顧質麁音少 恒希君子左琴
質の麁(あら)く音の少(すく)なきを顧みず、恒(つね)に君子の左琴(さきん)とあらむことを希(ねが)ふ
音質も粗く、音量も小さいのですが、ずっと君子の左琴となることを願っています

即歌曰 | 即ち歌ひて曰はく | そこで、次のように歌いました

集歌810
伊可尓安良武 日能等伎尓可母 許恵之良武 比等能比射乃倍 和我麻久良可武
如何(いか)にあらむ 日の時にかも 声知らむ 人の膝(ひざ)の上(へ) 吾(わ)が枕(まくら)かむ
いつどんな時になれば、私の音を聞き知って下さる お方の膝を 枕にできましょうか

僕報詩詠曰 | 僕(やつかれ)詩詠に報(こた)へて曰はく
私がそれに答えた歌

集歌811
許等々波奴 樹尓波安里等母 宇流波之吉 伎美我手奈礼能 許等尓之安流倍志
言(こと)問(と)はぬ樹にはありとも愛(うるは)しき君が手馴(たな)れの琴にしあるべし
ものを言わない木ではあっても、麗しいお方の愛用する琴に違いなかろう

琴娘子答曰 | 琴娘子の答へて曰はく | 琴の娘が答えて言うことには

「敬奉徳音 幸甚々々」 | 敬(つつし)みて徳音(とくいん)を奉(うけたま)はりぬ 幸甚(こうじん)々々
「謹んでご親切なお言葉を承りました。幸いです、幸いです」と。

片時覺 即感於夢言慨然不得止黙
片時にして覺(おどろ)き、即ち夢の言(こと)に感じ、慨然として止黙(もだ)あることを得ず
片時にして目が覚め、すぐに夢の中の言葉に感動し、嘆息して黙っておれません

故附公使聊以進御耳 (謹状不具)
故に、公使(おほやけつかひ)に附けて、聊(いささ)か進御(たてまつ)らくのみ。(謹みて状す。不具)
そこで公用の使いにことづけて、僅かではありますが、ともかくも差し上げたわけです。

天平元年十月七日附使進上 | 天平元年十月七日に使に附して進上す
謹通 中衛高明閤下 謹空 | 謹通 中衛高明閤下 謹空

 

11.巻5 812 中衛大将藤原卿の報ふる歌一首

跪承芳音、嘉懽交深 | 跪(ひざまづ)きて芳音を承り、嘉懽(かこん)交(こもごも)深し
謹んでお手紙を賜り、幸いと喜びが共に深く感激しております

乃、知龍門之恩、復厚蓬身之上 | 乃ち、龍門の恩の、復(また)蓬身(ほうしん)の上に厚きを知りぬ
すなわち、龍門の恩(琴をお送りくださったご恩)が、またさらに卑しい我が身の上に厚いことを知りました

戀望殊念、常心百倍 | 戀ひ望む殊念(しゅねん)、常の心の百倍なり
お目にかかりたい思い、常の心の百倍です

謹和白雲之什、以奏野鄙之歌。
謹みて白雲の什(じふ)に和(こた)へて、野鄙の歌を奏(まう)す。
謹んで、遥か白雲の立つ筑紫からのお歌に唱和して、拙い歌を奏します。

房前謹状 | 房前(ふさざき)謹みて状(まう)す。

説明 藤原房前は、不比等の第二子

集歌812
許等騰波奴 紀尓茂安理等毛 和何世古我 多那礼之美巨騰 都地尓意加米移母
言問(ことと)はぬ木にもありとも吾(わ)が背子が手馴(たな)れの御琴(みこと)土(つち)に置かめやも
ものを言わぬ、木でありましょうとも、あなたの愛用するお琴を、粗略にしましょうか

謹通 尊門 (記室) | 謹通 尊門 (記室)
十一月八日附還使大監 | 十一月八日に、還る使ひの大監に附す

 

12.巻5 集歌 813-814 山上憶良、鎮懐石を詠む歌一首 并せて短歌

筑前国怡土郡深江村子負原 臨海丘上有二石
筑前国怡土(いとの)郡(こほり)深江の村子負(こふ)の原に、海に臨める丘の上に、二つの石あり
筑前国怡土(いとの)郡 深江の村 子負(こふ)の原の、海に臨む丘の上に、二つの石がある

大者長一尺二寸六分 圍一尺八寸六分 重十八斤五兩
大きなるは長さ一尺二寸六分、囲(めぐり)一尺八寸六分、重さ十八斤五兩、
大きな方は長さ一尺二寸六分、周囲一尺八寸六分、重さ十八斤五兩で、

小者長一尺一寸 圍一尺八寸 重十六斤十兩
小しきは長さ一尺一寸、囲一尺八寸、重さ十六斤十兩
小さな方は長さ一尺一寸、周囲一尺八寸、重さ十六斤十兩です

並皆堕圓状如鷄子 其美好者不可勝論
並皆に楕圓にして、状(かたち)は鷄子(とりのこ)の如し。其の美好しきは、勝(あ)へて論(い)ふべからず
どちらも楕円で、形は鶏卵のようである。その見事さは、口で言い表すことはできない

所謂径尺璧是也 | 所謂(いわゆる)、径尺の璧(たま)、是なり
いわゆる径尺の璧(たま)とは、このことです

(或云 此二石者肥前國彼杵郡平敷之石 當占而取之) 
(或は云ふ、此の二つの石は肥前國彼(その)杵(きの)郡(こほり)平敷(ひらしき)の石なり、占(うら)に當りて取れりといふ。)
(一説に、この二つの石は肥前國彼杵(そのき)郡 平敷(ひらしき)の石で、占いに当たって取り寄せたものだといいます。)

去深江駅家二十許里近在路頭
深江の駅家(うまや)を去ること二十許(さと)里(はかり)にして、路の頭(ほとり)に近く在り
深江の駅家(うまや)を去ること二十里余り、道のそば近くにある

公私徃来 莫不下馬跪拜
公私の徃来に、馬より下りて跪拜(きはい)せずといふことなし
公用や私用で往来する際に、馬より下りて拝礼する習わしです

古老相傳曰 | 古老の相傳へて曰はく
古老の言い伝えるところでは

「徃者息長足日女命征討新羅國之時
「徃者(いにしへ)、息長足日女命(たらしめのみこと)、新羅の國を征討(ことむ)けたまひし時
「昔、神功皇后が新羅の国を征伐された時に

説明 日本書紀に、神功(じんぐう)皇后は、仲哀天皇と共に熊襲討伐に赴いたが、天皇が崩じたあと、

    熊襲を背後から支援していた新羅を攻めるために軍を進め、戦わずしてこれを従え、

    胎中の応神天皇が生まれそうになるも、帰還してのち、応神天皇を生んだとあります。

 用茲兩石挿著御袖之中以為鎮懐
 茲の兩つの石を用ちて、御袖の中に挿(さし)著(はさ)みて、鎮懐(しづめ)と為たまひき
 この二つの石を、御袖の中に挟んで、鎮懐となされました

 (實是御裳中矣) 所以行人敬拜此石
 (實(まこと)、これ御裳(みも)の中なり) 所以(かれ)、行く人、此の石を敬拜す」といへり
 (まことは、裳の中です) そこで、旅人が、この石を敬拜するのです」ということです

乃作歌曰 | 乃ち、歌を作りて曰はく
そこで、作った歌は

集歌813
可既麻久波 阿夜尓可斯故斯 | かけまくは あやに畏(かしこ)し
口に出すのは、むやみやたらに、恐れおおいが

多良志比メ 可尾能弥許等  | 足日女(たらしひめ) 神の命(みこと)
神功(じんぐう)皇后さまが

可良久尓遠 武氣多比良宜弖 | 韓国(からくに)を 向け平(たいら)げて
新羅の国を平定なさって

弥許々呂遠 斯豆迷多麻布等 | 御心(みこころ)を 鎮(しづ)め給ふと
御心を鎮められるため

伊刀良斯弖 伊波比多麻比斯 | い取らして 斎(いは)ひ給ひし
お手に取って、たいせつにお祭りになった

麻多麻奈須 布多都能伊斯乎 | 真(ま)珠(たま)なす 二つの石(いは)を
玉のような 二つの石を

世人尓 斯メ斯多麻比弖   | 世の人に 示し給ひて
世の人に、お示しになって

余呂豆余尓 伊比都具可祢等 | 万代(よろづよ)に 言ひ継ぐかねと
万代に、語り伝えよと

和多能曽許 意枳都布可延乃 | 海(わた)の底(そこ) 沖つ深江(ふかえ)の
海の底 沖つ深江の

宇奈可美乃 故布乃波良尓  | 海上(うなかみ)の 子負(こふ)の原に
海上の 子負の原に

美弖豆可良 意可志多麻比弖 | 御手(みて)づから 置かし給ひて
ご自身の手で お置きになって

可武奈何良 可武佐備伊麻須 | 神ながら 神さび坐(いま)す
神として 祭られている

久志美多麻 伊麻能遠都豆尓 多布刀伎呂可舞
奇(く)し御魂(みたま) 今の現(をつつ)に 貴(たふと)きろかむ
不可思議な精霊は 今もそのまま 尊くあることよ

集歌814
阿米都知能 等母尓比佐斯久 | 天地の共(とも)に久しく | 天と地が、共に久しく

伊比都夏等 許能久斯美多麻 志可志家良斯母
言ひ継げとこの奇(く)し御魂(みたま)敷(し)かしけらしも
言い継げと、この神秘的な御霊を置かれたのでしょう

右事傳言、那珂伊知郷蓑嶋人建部牛麻呂是也
右の事を傳へて言ふは、那珂の伊知(いち)の郷(さと)蓑嶋の人、建部牛麻呂、是なり

 

2017.2.3

13. 巻5 892-893 山上憶良 貧窮問答の歌

貧窮問答歌一首并短歌 | 貧窮(びんぐう)問答の歌一首 併せて短歌

892
風雑 雨布流欲乃 | 風雑(まじ)り 雨降る夜(よ)の | 風に交じって雨の降る夜で

雨雑 雪布流欲波 | 雨雑(まじ)り 雪降る夜(よ)は | 雨に交じって雪の降る夜は

為部母奈久 寒之安礼婆 | 術(すべ)もなく 寒くしあれば | 為す術もなく寒いので

堅塩乎 取都豆之呂比 | 堅塩(かたしお)を 取りつづしろひ | 塩のかたまりを、手に取って少しずつ食べ

糟湯酒 宇知須々呂比弖 | 糟湯酒(かすゆざけ) うち啜(すす)ろひて | 糟湯酒を、すすりすすりして

之叵夫可比 鼻毘之毘之尓 | 咳(しわぶ)かひ 鼻びしびしに | しきりに咳をし、鼻をぐすぐす鳴らし

説明 咳(しわぶ)かふ は、咳をする という動詞 咳く(しわぶく) に、繰り返しする という意味の助動詞
    がつづいて、しきりに咳をする という意味になります

志可登阿良農 比宜可伎撫而 | しかとあらぬ 髭かき撫でて | それほどにはない髭を撫でて

安礼乎於伎弖 人者安良自等 | 我(あれ)を除(お)きて 人はあらじと | 私をさしおいて人はいないだろうと

富己呂倍騰 寒之安礼婆 | 誇ろへど 寒くしあれば | 得意になっているけれど、寒いので

説明 誇ろふ は、自慢する、得意になる の意。誇る の未然形 誇ら に、反復継続の助動詞 ふ が付いた 誇らふ が変化したもの

麻被 引可賀布利 | 麻襖(あさぶすま) 引き被(かがふ)り | 麻の寝具を引きかぶり

布可多衣 安里能許等其等 | 布肩衣(ぬのかたぎぬ) 有りのことごと | 布の袖なし衣を有りったけことごとく

伎曾倍騰毛 寒夜須良乎 | 服襲(きそ)へども 寒き夜すらを | 重ね着するけれども、寒い夜を

説明 服襲ふ=着添ふ=重ねて着る

和礼欲利母 貧人乃 |  我よりも 貧しき人の | 私より貧しい人の

父母波 飢寒良牟 | 父母(ちちはは)は 飢ゑ寒(こ)ゆらむ | 父母は、飢えて凍えているでしょう

説明 寒(こ)ゆ=凍(こ)ゆ=凍(こご)ゆ  寒良牟を、寒からむ と読む説もあります

妻子等波 乞弖泣良牟 | 妻子(めこ)どもは 乞ふ乞ふ泣くらむ | 妻子どもは物を乞うて乞うて泣いているだろう

此時者 伊可尓之都々可 | 此の時は 如何にしつつか | こんな時は いかにしつつ

汝代者和多流 | 汝(な)が世は渡る |  汝は、世を渡るのか

天地者 比呂之等伊倍杼 | 天地(あめつち)は 広しといへど | 天地は広いと言うけれど

安我多米波 狭也奈里奴流 | 吾が為は 狭(さ)くやなりぬる | 私のためには 狭くなってしまった

日月波 安可之等伊倍騰 | 日月(ひつき)は 明(あか)しといへど | 太陽や月は、明るいと言えども

安我多米波 照哉多麻波奴 | 吾が為は 照りや給はむ | 私の為には 照ってくださらないのか

人皆可 吾耳也之可流 | 人皆か 吾のみや然る | 人は皆そうなのか 私のみがそうなのか

和久良婆尓 比等々波安流乎 | わくらばに 人とはあるを | 偶然に 人と生まれたのに

説明 わくらばに=邂逅に=偶然に、たまたま

比等奈美尓 安礼母作乎 | 人並に 吾も作るを | 人並みに 私も耕作するのに

綿毛奈伎 布可多衣乃 | 綿も無き 布肩衣の | 綿も無い 布の袖なし衣の

美留乃其等 和々氣佐我礼流 | 海松(みる)の如(ごと) わわけさがれる | 海松のように、破れて下がった

説明 海松(みる)は、浅い海の岩石に生じる濃緑色の海藻。わわくは、破れ乱れるの意。

可々布能尾 肩尓打懸 | かかふのみ 肩にうち懸け | ぼろ布のみを 肩にかけて

説明 かかふ は、ぼろ、ぼろきれ、ぼろ布

布勢伊保能 麻宜伊保乃内尓 | 伏廬(ふせいほ)の 曲廬(まげいほ)の内に | ひしゃげた小屋の曲がった小屋の中に

直土尓 藁解敷而 | 直土(ひたつち)に 藁(わら)解き敷きて | 地べたに、藁を解いて敷いて

父母波 枕乃可多尓 | 父母は 枕の方に | 父母は枕の方に

妻子等母波 足乃方尓 | 妻子(めこ)どもは 足の方(かた)に | 妻子たちは足の方に

囲居而 憂吟 | 囲(かく)み居て 憂へ吟(さまよ)ひ | 囲んですわって 嘆きうめいて

可麻度柔播 火気布伎多弖受 | 竃(かまど)には 火気(ほけ)ふき立てず | かまどには 火の気も立てず

許之伎尓波 久毛能須可伎弖 | 甑(こしき)には 蜘蛛の巣懸(か)きて | こしきには、蜘蛛の巣がかかって

説明 甑(こしき) は、米の蒸し器、今のせいろ。

飯炊 事毛和須礼提 | 飯(いひ)炊(かし)く 事も忘れて | 飯を炊くことも忘れて

奴延鳥乃 能杼与比居尓 | ぬえ鳥の のどよひ居るに | トラツグミのように細く弱々しい声を出しているときに

説明 ぬえ鳥 は、トラツグミで、のどよふ にかかる枕詞。 夜間に悲しげに泣きます。

    のどよふ=細く弱々しい声を出す

伊等乃伎提  短物乎 | いとのきて 短き物を | とりわけ短いものを

説明 いとのきて=とりわけ

端伎流等 云之如 | 端(はし)きると 云へるが如く | (さらにその)端を切ると(諺に)言うがごとく

楚取 五十戸良我許恵波 | 楚(しもと)取る 里長(さとおさ)が声は | 鞭を手に取った里長の声が

寝屋度麻弖 来立呼比奴 | 寝屋戸(ねやど)まで 来立ち呼ばひぬ | 寝屋の戸まで来立って呼ばわっている

可久婆可里 須部奈伎物能可 | 斯(か)くばかり 術無きものか | こんなに 為す術のないものか

世間乃道 | 世間(よのなか)の道 | 世の中の道というものは

893
世間乎  宇之等夜佐之等 於母倍杼母 飛立可祢都   鳥尓之安良祢婆
世の中を 憂しとやさしと 思へども  飛び立ちかねつ 鳥にしあらねば
世の中を 憂いとつらいと 思っても  飛び立ちかねています 鳥でないので

説明 やさし=恥し=つらい 動詞 痩す が、形容詞になったもので、身がやせ細るような耐え難い気持ちを表します。

   源氏物語のころから、優美という意味でつかわれ始めます。

   また、現代語のやさしいは、平易だ、わかりやすい、という意味を持ちますが、これは、近世以降のことであり、

   古代は、易(やす)し という言葉が、使われていました。

             山上憶良頓首謹上す

2021.02.02

 4年ほど、間があいてしまいましたが、Waley と、リービ英雄の万葉集を読み始めましたので、

こちらも、再開します。

14.巻2 105-106 大伯皇女(おほくのひめみこ)

105
大津皇子 竊下 於伊勢神宮 上来時、大伯皇女御作歌二首
大津皇子、竊(ひそか)に伊勢神宮に下りて、上り来る時に、大伯皇女の御作歌二首

吾勢枯乎 倭邊遺登 佐夜深而 鷄鳴露尓 吾立所霑之
吾が背子を 大和へ遣(や)ると さ夜ふけて 暁露(あかときつゆ)に吾れ立ち濡れし
あの人を、大和へ見送ろうと 夜もふけて、暁の露に、私は立ち濡れてしまった

説明 いとしい人を大和へ送る晩、二人の夜はふけて、あなたを見送る私は、夜露に立ち濡れましたの意

106 
二人行杼 去過難寸 秋山乎 如何君之 獨越武
二人行けど 去(ゆ)き過ぎ難き 秋山を如何にか君が 独り越ゆらむ
二人で行っても往き過ぎるのが難しい秋山を、どんなにして貴方は一人で越えて往くのでしょうか。

15. 巻2 107 大津皇子

大津皇子贈石川郎女御謌一首
大津皇子の石川郎女に贈れる御歌一首

107
足日木乃 山之四付二 妹待跡 吾立所沾 山之四附二
あしひきの山のしづくに妹待つと吾立ち沾(ぬ)れぬ山のしづくに
(あしひきの)山のしずくで貴女を待って 私は立ち濡れてしまったのよ 山のしずくで

16. 巻2 108 石川郎女(いしかわのいらつめ)

石川郎女奉和謌一首
石川郎女が和(こた)へ奉(たてまつ)る歌一首

108
吾乎待跡 君之沾計武 足日木能 山之四附二 成益物乎
吾を待つと君が沾(ぬ)れけむあしひきの山のしづくに成らましものを
私を待って貴方が濡れたという(あしひきの)山のしずくになれたらよかったのに

17. 巻2 119-122 弓削皇子

弓削皇子思紀皇女御歌四首
弓削皇子、紀皇女(きのひめみこ)を思ふ御歌四首

119
芳野河 逝瀬之早見 須臾毛 不通事無 有巨勢流香問
吉野川 行く瀬の早みしましくも淀むことなくありこせぬかも
吉野川の早瀬のように、しばらまの間でも、淀むことなくあってくれないものか。

説明 しましくも は、しばらくの間でも の意。

   ありこせぬかも の こせ は、動詞「こす」の未然形。
   こす は、〜してくれ、してほしい の意。

120
吾妹兒尓 恋乍不有者 秋芽之 咲而散去流 花尓有猿尾
我妹子(わぎもこ)に恋ひつつあらずは秋萩の咲きて散りぬる花にあらましを
貴女に恋焦がれつつあり続けるよりも、秋萩の咲いてすぐ散ってしまう花でありたいものよ。

説明 恋ひつつあらずは は、本居宣長によれば、恋いつつあらんよりは の意

121
暮去者 塩満来奈武 住吉乃 浅鹿乃浦尓 玉藻苅手名
夕さらば潮満ち来なむ住吉(すみのえ)の浅香(あさか)の浦に玉藻(たまも)刈りてな
夕方がくれば潮が満ちて来るでしょう。住吉の浅香の浦で玉藻を刈りましょうよ。

説明 刈りてな は、刈りましょう の意。玉藻を刈る とは、皇女をわがものにする の意。

122
大船之 泊流登麻里能 絶多日二 物念痩奴 人能兒故尓
大船の泊(は)つる泊(とま)りのたゆたひに物思ひ痩(や)せぬ人の児故(ゆえ)に
大舟が停泊して泊まっているときの揺れのように、物思いに揺れて痩せてしまった。人妻故に。

説明 人の児故に は、紀皇女は、石田王の妻などであったのではないかと考えられます。

 

 

 

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