牧野成一 日本語を翻訳するということ (2018) |
2019.8.18
図書館で、この本を見つけ、久しぶりに、日本語と英語の違いについて考えました。
第7章は、「受動文の多い日本語、能動文の多い英語」というタイトルです。
最初にびっくりする事が紹介されます。
言語の類型論で有名なアンナ・シェヴィエルスカ(1955-2011)は、受動態(受け身形)に関して、373の言語を調べたところ、
162(43%)の言語には受動態があったが、残りの211(57%)の言語には受動態がなかったという報告をしています。p.119
(中略)
英語にも能動態と受動態の区別はありますが、日本語のように頻繁に受動態を使うことをしません。
英語圏では受動態のような間接表現を嫌う傾向がかなり強いようです。
p.127の英語は能動の声を選ぶでは、
[a] あのね、今朝、高校生がね、隣の子を公園でいじめているのを見たよ。
[b] あのね、今朝見たんだけど、隣の子がね、公園で高校生にいじめられていたよ。
の二つの言い方で、英語の母語話者は、[a]を選び、日本人は、[b]を選ぶのだそうです。
その後、日本の文学作品で、受動態で書かれている文章を、能動態で翻訳されている例がいくつか紹介されています。
少し、私なりに、考察しますと、日本語で、自然な文章では、例えば、
あのね、今朝ね、公園にね、隣の子がいてね、高校生にいじめられてるのを、見たよ。
となり、今朝ね、公園にね と状況設定され、話者も聴き手も、現場に時空間移動し、隣の子がいて、
高校生にいじめられているのを、現在形で見て、話者は、見たよ と戻って来て、報告を終えます。
しかし、英語では、この語順のまま翻訳できず、例えば、
You know what? I found our neighbour's kid in the park, and a high school student was bullying him.
のように、SVOの語順が、守られ、話者は、現場ではなく、今ここにいるので、すべて、過去形で語られます。
また、p.121の受動態の作り方 で、チョムスキーの方法による日本語の受動態の分析法が紹介されます。
牧野さんは、二つ例を示されていますが、一つ目は、「スリが僕の財布を取った」という他動詞の能動文の場合です。
受動文の主語を、僕は とし、能動文を、以下のようにはめ込みます。
S1[僕は S2[スリが僕の財布をtor] -rareta]
次に、変換規則により、「スリが」を「スリに」に変え、僕は と 僕の が重複するので省略して、
僕はスリに財布をとられた という受動文ができあがり、主観的な感情の声をあらわすことができます。
二つ目の例は、「ガールフレンドが飼っていたかわいい猫が死んだ」という自動詞の場合で、
これを、ガールフレンドの感情の声を表す受動文にするには、
S1[ガールフレンドは S2[ガールフレンドが飼っていたかわいい猫が shin-] rare-ta]
に、同様に変換規則をあてて、
「ガールフレンドは、飼っていた猫に死なれた」 という受動文が得られます。
p.124に、自発自動詞は、、受動態に使えない とあります。
自発自動詞の例は、以下のとおりです。自発自動詞に対応する他動詞を( )内に示します。
開く(開ける)、現れる(現す)、売れる(売る)、聞こえる(聞く) 見える(見る)、見つかる(見つける)などです。
日本でよく使われる例に、富士山が見える。があります。
p.135 で、英語にも、自発動詞があることが紹介されています。seem とか appear です。
p.138で、池上嘉彦さんの説を紹介します。
日本語は「する」に代表される人為動詞よりも、「なる」に代表される自発動詞を好む言語・文化で、
英語は「なる」よりも「する」を好む言語・文化ということになるでしょう。
さらに、受動態、自発態とでてきましたが、もう一つ可能形についての話が続きます。
[a] トムは日本語が話せます。
[b] トムは日本語を話せます。
です。[b] は、トムは日本語を話すことができます とおなじで、普通の可能形で、
英語に翻訳すると、どちらも、Tom can speak Japanese. となり、違いを表す事はできません。
牧野さんは、が-可能形 は、自発性の意味をもっているが、意味の違いは英訳できないと説明されます。
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