蓮の道 仏教エッセイ

2019.7.13

●成道会  2010/12/8(水) 午後 9:38

今日は、12月8日です。

年長者の方々にとっては、日本が真珠湾を奇襲攻撃した日。
ビートルズのファンにとっては、ジョン・レノンがファンに銃殺された日。
そして、仏教徒にとっては、「成道会」と言って、お釈迦さまが悟りを開かれた日として有名です。

約2500年前のインド北部、カピラヴァストゥ、現在では、ネパール領とも言われるこの地で、スッドーダナ王の息子として誕生したのが後に悟りを開いてブッダと呼ばれる様になるゴゥタマ・シッダルタです。
王は何不自由なくシッダッタ王子を育てました。快楽の日々を送ったのです。

16歳の時、シッダルタ王子は、美女として有名だったヤショダラ姫と結婚し、いつ、王位を継いでもよい状態になっていたのですが、子供の頃から多感だったシッダルタは、宗教の師であるバラモン教の僧侶の説法に納得がいかず、世の生老病死の苦を憂いて、苦を断つ出家者の在り方に魅力を感じていました。
悩み続け、十数年が過ぎ、ヤショダラとの間に一子ラーフラが出来た時、遂に出家の決意を固め、12月8日の夜半に城を抜け出しました。

出家し、髪の毛を剃り、身に付けた衣服、装飾品をけらいに渡すときたない服を身にまとい、けらいを愛馬とともに城に帰し、自身は師を求めて旅に出ました。

シッダルタの出会った師は、アーラーラ・カーラーマ師とウッダカラーマ・プッタ師で、瞑想による修行を中心にしていました。
シッダルタは師の元で修行を続けましたが、自分の求める道では無いとして師の元を去り、苦行の道に入りました。

シッダルタの選んだ苦行は、極端な減食でした。一日に胡麻一麻・米一粒しか食べないという絶食に近い修行でした。
この一麻一米をなんと6年間も続けたというのですから壮絶です。

この修行は、禁欲を保つことが出来るけれど、心身を極度に衰弱させるだけで根本的な苦の解決には至らないと結論を出したシッダルタは、苦行を捨てました。

ネーランジャナー河で、沐浴しているところに現れた村娘スジャーターより、乳粥を布施されました。この乳粥の布施は、シッダルタの命を助けたと同時にシッダルタが苦行を捨てる機になりました。

出家前の快楽的な日々を捨て、そして、今度は苦行の日々を捨てたのです。
この楽にも苦にも偏らない立場を「中道」といいます。

シッダルタは、ガヤー村のピッパラの樹の下に結跏趺坐し、中道の立場で49日間の瞑想に入りました。
そして、ついに12月8日の未明に大悟しました。これが、成道です。

2500年前の12月8日。明けの明星を見て、悟りを開いたと言われているシッダルタ。
この日を境に、悟りを得た者の意で、「ゴゥタマ・ブッダ」と名乗ることになります。ブッダ(仏陀)とは、「目覚めた者」という意味です。

シッダルタがブッダになっていなければ、当然ながら、現在の仏教はありません。実に有難い日です。

合掌

●三車火宅のたとえ

ある所に、大金持ちの長者がいました。財富を多く持ち、奴隷たちと共に暮らしていました。
長者の屋敷は広大ですが、出入り口は一つだけでした。長者には、たくさんの子供たちがいました。

ある時、屋敷が火事になりました。中にいた長者の子供たちは、遊びに夢中になっており、火事に気づいていません。
長者が声をかけ、説得しても外に出ようとはしませんでした。
長者は、手押し車を使い、自分の力で無理にでも救いだそうと考えますが、それでは間に合わないと感じ、何とか速やかに救いだす方法はないかと思案しました。

そこで、一計を案じ、長者は、子供たちが欲しがっていた「羊の車」「鹿の車」「牛の車」が、外にあるから取りにおいで、と誘いました。
三車があると聞いた子供達は、先を争うように外に出ました。子供たちを救うことの出来た長者は、三車以上に貴重な大白牛車を子供たちに与えました。

お釈迦さまは、説法を続けました。
「舎利弗よ。長者は仏であり、子供たちが衆生です。火宅が苦しみに満ちたこの世界であり、羊車・鹿車・牛車の三車が、声聞・縁覚・菩薩の三乗方便の教え、大白牛車が一仏乗の教えです」

「この三界は、まるで火宅の様です。人々は苦しみに満ちており、常に生老病死の苦にさらされています。
如来は、すでに三界の火宅を離れ、煩悩を捨てて静かであり、安らかに過ごしています」

「今、この三界は、全て仏の世界です。その中の衆生は、ことごとく仏の子です。この世界は、苦悩が多いのですが、ただ私一人のみが、よく救うことが出来ます」

「私は衆生を救うため、教えを説くのですが、衆生は、信じることも、受け入れることもしません。
様々な欲に染まることによって、執着が深くなり、苦の世界に生きることとなっています。
そこで私は、声聞・縁覚・菩薩の三乗を説き、世界が苦で満ちていることを明らかにし、執着を捨てて安楽の道に入るように導きました。
この子供たちが、決断すれば、智慧を得、六神通を具足し、徳の高い菩薩となりえます」

「舎利弗よ。無智の者にこの教えを説いてはいけません。
六波羅蜜を真に実践する者に、この妙法蓮華経を説いてください」

合掌

●日本の仏教     2010/12/22(水) 午前 8:54

初期仏教の勉強をしていて、最初に感じたことは、葬式や先祖供養との関連のなさです。日本の仏教では、お坊さんの仕事は、お葬式や法事などですが、釈尊の仏教には、そういう死に関する儀礼儀式は出てきません。仏教とは、死者への関わりではなく、生きている人々を対象とした宗教だったようです。

もう一度、声を大にして言っておきます。
仏教は死人のためのものではありません。

釈尊は、生きている人のために教えを説いたのです。日本では、お坊さんは葬式請負人のようですが、お坊さんは、元々、「仏道を修行する人」のことを言いました。

日本の仏教は、和式仏教です。日本的です。別名、葬式仏教とも呼ばれています。日本の長い歴史の中で、その様に変貌したのですから、今現在、働いているお坊さんにケチをつけてもしかたがありません。でも、もう少しだけ、お坊さんの本分を発揮して、説法などをして頂ければ、日本人は、ここまで自分本位になっていなかったかも知れません。もちろん、それはお坊さんだけのせいではありませんが。

初期仏教の場合、死者の弔いは、出家者の役目ではありませんでした。釈尊のお葬式だって、出家の仏弟子は関わっていません。

葬式まどでお坊さんが、「みゃ〜みゃ〜」読んでいるお経だって、本来は生きている人のために書かれたものであって、死者への呪文ではありません。

戒名は、読んで字のごとく、「戒めの名前」です。つまり、仏教徒になり戒めを守ることを決意した者に与えられる名前です。仏弟子になった者が頂く名前です。もちろん、生きている人に与えるものであって、死者に与える名前ではありません。

仏教は、生きている人々のための教えです。仏教を学ぶのであれば、葬式仏教のことは、きれいさっぱり忘れて下さい。死者のことを、「ほとけ」などと呼ぶと教えの意味が全く分からなくなります。これまでの仏教の一般常識は、なかったことにし、新たな気持ちで、このブログを読んで頂けると非常に有難いです。

合掌

●漢音と呉音     2010/12/26(日) 午前 5:02

仏教の経典を読んでいると通常とは異なる漢字の読みに困惑します。

日本語における漢字の読みは、訓読みと音読みとがあります。訓読みは、古い日本語の「やまとことば」を漢字に当てたものです。日本読みって感じです。音読みは、漢字の字音の読み方です。当然ながら、日本以外では、漢字を訓読みすることはありません。

音読みは複雑です。中国では、漢字一字に対し、字音は一音なのに、日本に渡った字音は、呉音・漢音・唐音(宋音・唐宋音)・慣用音などがあります。呉音・漢音・唐音の違いは、中国語の方言のようなものでしょう。

日常で使う漢字は、漢音で読むことが多いのですが、実は仏教経典を日本で読む場合は呉音が多いのです。そもそも日本に漢字が入った時は、呉音だったのですが、後に遣唐使によって漢音が入ってきました。その時、国としては、漢音で音読みを統一しようとしたのですが、呉音に慣れていた仏教徒たちは、頑固として呉音を使いました。よって、仏教語は今でも呉音です。

合掌

●仏教の歴史 1     2010/12/26(日) 午前 5:22

今回から数回にわたって、仏教の歴史をかいつまんでご説明します。仏教の歴史を知る事は、複雑化した仏教教義を理解することに大いに役に立つと思えるからです。

最初にアウトラインを説明すると仏教は、インドで始まり、中国を経て、日本に入ってきました。

 インド→中央アジア→中国→日本

仏教は、現在のインド北部、ガンジス川の流域で起こりました。紀元前5世紀頃のことです。釈迦族のゴータマという一族が小さな国を作っていました。その国の王子として生まれたゴータマ・シッダルタが仏教の開祖です。ゴータマ・シッダルタは、29歳で出家し、35歳で悟り、その後、80歳になるまで、人々に自分の悟った教えを説いて歩きました。

ゴータマ・シッダルタは、真理に目覚めましたので仏陀(ブッダ)"buddha" と呼ばれました。仏陀とは、真理に目覚めた者という意味です。釈迦族の聖者という意味から、釈迦牟尼(しゃかむに)、釈迦牟尼世尊、釈尊、世尊などとも呼ばれます。日本では、お釈迦さまという呼び方が一般的です。

釈尊の在世の頃の仏教と滅後しばらくの仏教を、初期仏教・原始仏教・根本仏教といいます。それぞれの言葉は、厳密にいえば定義が違っていますが、ほとんど同じ意味ですので、ここでは初期仏教と呼ぶことにします。

釈尊が亡くなられた直後、長老の摩訶迦葉(まかかしょう)が、釈尊の教えの保守のために結集(けつじゅう)を行いました。結集とは、仏弟子が集って、釈尊の教えを確認し合い編纂することです。第一回の結集は、マガダ国首都の王舎城郊外に五百人の高弟子が集い、摩訶迦葉を座長として行われました。教えの責任者として阿難(あなん)が選ばれ、戒律の責任者として優波離(うばり)が選ばれました。

阿難は、釈尊の侍者でしたので、いつも釈尊のお世話をしていましたから、どんな時も釈尊の近くにいました。よって、釈尊の説法を最も聴いたのが阿難です。そのことから、多聞第一だと言われました。多聞第一だったので、教え(経)の編纂の責任者になったのです。まず、阿難は、「私はこのように聞きました」(如是我聞)と、嘘偽りなく釈尊の言葉を伝えることを宣言しました。そして、自分の聞いた通りをみんなに伝え、そのことに異議がなければ全員で記憶し、暗唱しました。こうして編纂された内容が、後に文字として綴られて経典になりました。

釈尊が亡くなられて100年ほどして、二度目の結集が行われました。この時、戒律の解釈の違いから教団は二つに分かれました。保守的な上座部と進歩的な大衆部の二つです。この最初の分裂のことを「根本分裂」といいます。

この頃、マガダの王であったアショーカ大王が、インドを統一しました。そして、仏教に帰依し、仏教の思想によって国を治めはじめました。これにより、仏教は国教となりましたので、出家修行者たちは大いに援助されました。衣食住が国から支給され、さらに荘園が授けられたのです。それまでの宗教だったバラモン教は一気に廃れて、喰うことに困ったバラモンたちの多くは、仏教に帰依するふりをして仏教寺院に入り込むようになったといいます。

アショーカ大王は、八カ所の仏塔に安置されていた仏舎利(釈尊の遺骨)を掘り出して、小さく砕き、その一粒一粒をインド中に分散して、それぞれを仏塔を建てて安置しました。国中に仏塔が建てられ、在家信者による仏塔信仰が始まりました。それに伴って、出家者が各地を拠点にして僧伽(共同体)をつくりましたので、結果的に多くの部派が起こりました。このことから、この頃の仏教は、部派仏教と呼ばれます。

上座部は大いに発展し、インドの東の国へと伝わっていき、現在でも、タイや東南アジア、そして、インドの南のスリランカにて信仰されています。

上座部の中で一番発展したのが、説一切有部です。この部派は、在家に対して説教をすることがなく、寺院にこもって経典研究に没頭していました。在家の人たちの学びの縁は断たれていたのです。

仏塔を管理していた法師と呼ばれる人たちが、お参りに来た在家信者たちに釈尊のこと、釈尊の教えを説いて聞かせていましたが、それでは在家を仏道に導くことは出来ません。仏塔信仰というような、何らかの対象を信仰することは釈尊の教えに反していましたから、法師たちは在家を仏道に導くにはどうしたらいいのかを思案しました。

そこで、大衆部の出家者と手を組んで始めたのが大乗仏教です。「共に成仏しよう!」と教え、菩薩の道を示しました。出家も在家も修行によって聖者に成れると説いたのです。

大乗のリーダーたちは、「釈尊の教えに帰れ」と唱えました。説一切有部の説いた内容は、「有る」ということに執着していましたので、釈尊の説いた中道に反します。中道とは、有無の両辺に偏らないことですから、「有」に偏れば、それは釈尊の教えとは異なります。大乗のリーダーたちは、そのことを「空」という言葉によって打破しようとしました。空とは実体がないという教えです。有無への執着の否定とは、実体の否定に基づいていますから、空の理を説くことによって、説一切有部の過ちを正そうとしました。

そんな説一切有部の教義を否定したお経が、「般若経」です。大乗のリーダーたちは、非常に多くの般若経典を編纂して、説一切有部の論を打破し、人々に「無執着」の道を示しました。

大乗とは、大きな乗り物のことで多くの人々と共に救われようという教えです。説一切有部の人々は、自分のみの救われしか目指していないので、大乗仏教の人々は、彼らを小乗と言って卑下しました。よって、小乗仏教という名称は蔑称です。

人々を救う、という新しい仏教は大いに発展しました。大乗仏教は、中央アジアへと伝わり、やがて中国へ、そして、韓国を経て、日本へと渡りました。

インドで、仏教はバラモン教の後に起こったヒンドゥー教の一派のタントラ教と結びつき、密教へと発展することになります。密教は、チベットへ伝わり、後に中国、そして日本に伝わりました。

インドの仏教は、5世紀頃から、ヒンドゥー教帰依の王族によって弾圧され、後にイスラム教によって弾圧され、13世紀頃には、ほぼ壊滅しました。

合掌

●仏教の歴史-2     2010/12/26(日) 午前 5:37

インドで起こった大乗仏教は、中央アジアを経て中国に渡りました。インドと中国は、陸続きですが、ヒマラヤ山脈という巨大な壁が行き来を妨げています。なので直接には、文化は伝わらず、インドから中央アジアへと流れた文化がシルクロードを通って中国に渡っていました。

仏教が初めて中国に伝わったのは、後漢の頃だといいます。1世紀頃です。三国志の時代の直前です。だから、三国志の時代は、仏教は浸透し始めた時代です。

インドのサンスクリット語が、さかんに漢訳され始めたのは3世紀頃からで、漢訳者としては、
鳩摩羅什(くまらじゅう)や玄奘(げんしょう)が有名です。

鳩摩羅什は、『妙法蓮華経』の名訳で後世に名を残し、玄奘は、三蔵法師として日本でもよく知られています。例の孫悟空が大暴れする「西遊記」のお坊さんのモデルが玄奘です。物語では、孫悟空、猪八戒、沙悟浄をお供にして、天竺(インド)へと経典を求めて旅をします。同様に玄奘もインドへと旅をしています。もちろん、孫悟空などは創作ですが、玄奘が旅をしたのは本当のことです。

以前、テレビでやってましたが、中国〜中央アジア〜インドへの旅は、非常に困難だったらしいですね。高い山があり、死の砂漠があって、玄奘と同行した人々のほとんどは死んでしまったようです。玄奘は、インドにたどり着き、多くの経典を取得して中国へ帰りました。そして、自分が取得した経典を長い期間をかけて中国語に翻訳しました。玄奘の訳で有名なのが、『般若経』です。特に『般若心経』は、日本人の多くに知られています。

多くの経典が一気に翻訳され、中国では多数の宗派が起こりました。
経典それぞれは、主張する教義が異なり、それぞれの経典に共感したそれぞれの僧侶が、最高の経典を選んでその経典を拠り所とし、派を起したため、多くの宗派が起こったのです。

有名なところでは、天台宗、華厳宗、浄土宗、密教、禅宗などがあります。天台宗は妙法蓮華経、華厳宗は華厳経、浄土宗は浄土経、密教は大日経などを所依の経典としています。禅宗は、文字に依らない、として経典に依らない立場をとっています。

中国の仏教は、第二次世界大戦後、共和国になった時点で大きな弾圧・破壊を受け、ほぼ消滅しました。マルクス主義では、宗教は完全に否定されるものだったからです。

合掌

●仏教の歴史-3     2010/12/26(日) 午前 6:06

では、いよいよ日本の仏教の歴史に入ります。

仏教はインドで生まれ、中央アジアを経由して後漢の頃に中国に伝わり、その後、中国で多くの宗派が起こりました。その頃、日本に仏教が伝わりました。

仏教が、日本に輸入されたのは、飛鳥時代だと言われていますので6世紀のことです。神道が信仰されていた日本では、外来宗教の仏教は、すんなりと受け入れられず、賛成派と反対派に分かれました。結果として、仏教側が権力をとり、仏教が国家鎮護の道具になったのは、聖徳太子の活躍によります。聖徳太子は、法華経などの解釈本も出しています。

奈良時代。
南都六宗という6つの宗派が立ちました。三論宗・成実宗・法相宗・倶舎宗・律宗・華厳宗です。これらは、人々のための仏教ではなく、学問のための仏教でした。僧侶は、一つの宗派にしばられず、自由に宗派を回り、研究することが出来たといいます。

インドの仏教の初期では、出家が基本でしたが、大乗仏教になると、在家仏教が主となりました。中国で発展したのは大乗仏教です。元々儒教が浸透した国なので、家制度を軽くみる出家は忌み嫌われました。日本では、中国の流れをくんで、大乗仏教が広がりましたが、なぜか、出家制度が奨励されました。しかし、インドの出家とは、かなりイメージが異なり、どちらかというと、国家公務員的な扱いです。

聖武天皇は仏教に帰依された方で、天皇の位を息子に譲って出家され、全国に国分寺を建てて、その大本山として奈良に東大寺を建設し、さらに大仏を東大寺内に安置しました。また、当時の日本は、戒律に甘さがあったため、中国より鑑真和尚を招き、東大寺に戒壇を設けて、僧侶に戒を授けました。これが、日本における受戒の最初であり、聖武天皇も戒を受けています。ちなみに戒を受けた者がもらう名前を戒名と言います。

平安時代。
この時代になると僧侶たちが権力を持ち始め、政治にまで口を出す様になりました。そのことを鬱陶しく思った桓武天皇は、都を京都に移します(平安京)。そして、新しい仏教の風を吹かせようと、空海と最澄の二人の僧侶を中国(唐)に渡らせ、密教を学ばせました。

帰国後、空海は高野山で密教の真言宗を開き、最澄は比叡山にて天台宗を開きました。最澄の天台宗は、中国の天台宗とは異なり、法華経に加えて浄土経、密教も取り入れています。また、最澄は、鑑真が始めた東大寺の戒壇が小乗戒壇であったため、比叡山に大乗戒壇を設けました。

鎌倉時代。
それまでの日本の仏教は、学習・研究中心でしたが、この時代になり、やっと本来の大乗仏教としての「人々を救う」という慈悲の実践の宗派が始まりました。比叡山で学んだ僧侶たちが、救済の宗派を起し始めたのです。その代表は、「南無阿弥陀仏」の浄土真宗、「南無妙法蓮華経」の日蓮宗です。これらは、簡単に誰もが修行出来る仏教として大衆に大いに受け入れられました。また、この時代には、禅宗も中国から入ってきており、武士や貴族に信仰されました。

江戸時代。
徳川幕府は、仏教に対して寺院諸法度の令を出しました。仏教の勢力、軍事力を削ぐためです。また、キリシタン禁制を徹底するため、全ての国民に対して、どこかの寺院に属せという令を出しました。檀家制度の始まりです。檀家になることで、キリシタンではないと寺院より証明される制度です。

寺院諸法度では、新しい寺の建設や布教活動を禁止し、檀家制度によって寺に属する人々が、寺の運営費などを共同負担するようになり、僧侶たちの仕事は、人々の戸籍管理と葬式、法事が中心となりました。これまで、僧侶や位の高い者にのみ与えられていた戒名は、一般人にも与えられるようになりました。戒名は、修行上の名前であり、本来は仏教に帰依し、戒律を守ることを誓った者がもらうものですが、浄土教の思想から、死後、浄土で本格的に修行が始まるとして戒名は故人に対して与えられるようになり、それが、他の宗派にも影響して、日本では戒名とは死後の名前として定着しました。こうして、和式仏教は、葬式仏教へと変貌していきました。

明治時代。
大政奉還によって、政権は幕府から天皇へと返上されました。この時、政府は、神道を国の宗教として推し進めました。新興宗教としても神道系が次々と起こり、日本は、1300年ぶりに神道中心の国となりました。仏教寺院・仏像・経巻を廃棄し、僧尼など出家者や寺院が受けていた特権を廃しました。

昭和時代。
第二次世界大戦にて日本は敗れ、天皇は神ではなくなりました。このことで、神道も衰退しました。明治に仏教が廃れ、戦後、神道も廃れて、日本人から信仰心が消えていきました。信仰者だという自覚を持たず、熱心に修行をする者が減ったのです。

ただし、新興宗教の信者は増えました。戦後の貧病争の苦しみから脱するために、創価学会や立正佼成会などの新興宗教は、信者数を伸ばし、巨大な団体と成長しました。

新興宗教に信心していない多くの人々は、宗教活動をしているという自覚はないのだけど、正月は神社仏閣へと参り、キリスト教のお祭りであるクリスマスを年中行事の一つとして捉え、神社や教会で結婚式を挙げ、子供が出来たらお宮へと参り、お彼岸やお盆、葬式には、数珠を持って坊主のお経を聞いています。宗教活動の意識は無くても、宗教活動を行うという
不思議な国民となりました。

平成7年。
日本は、オウム真理教に振り回されました。非常に馬鹿げた集団殺人事件に依って、日本の宗教観、特に新興宗教に対する偏見は強大になったと言えます。

合掌

●進化     2011/1/22(土) 午後 1:47

私見を少々。

私は、成仏を進化だと捉えています。

つまり、人間は突然変異を起こし、新人類へと進化するものであり、その進化を成仏と言っているのではないでしょうか?

その進化の鍵となるものがチャクラとクンダリニーです。

この言葉は、近年は割と多く使われている様なので知っている方も多いと思います。

いずれ、これらについて語るつもりです。

合掌

●黄金律     2011/1/22(土) 午後 5:31

黄金律とは、黄金のルールということですので、内容が深遠で人生にとってこの上なく有益な教訓のことです。

黄金律と言えば、キリスト教の「マタイによる福音書」にあるこの言葉をさします。「すべて人にせられんと思うことは、人にもまたそのごとくせよ」。この言葉は、山上の説教の一節です。人にしてもらいたいと思うことは、何でも、あなたがたも人にしなさい、ということですね。

ここで疑問がわきます。自分がしてもらいたいことと、相手がしてもらいたいことって、はたして一致するのでしょうか?

私はクラシックが好きなので寝る前にはクラシックを聞きたい、と思っている人は、他者にもそれを施すのでしょうか? 人により好みは異なりますから、相手がクラシックを好まないこともあります。音楽ならまだいいけれど、食べものだと、拒否したくなるかも知れません。お酒の好きな人が、飲めない人に勧めて、相手を困らせている光景をよく目にします。人それぞれに好き嫌いがありますから、自分のして欲しいことをしてあげるというのは、合点がいきません。

キリスト教の黄金律が、この「為せ」というルールであるならば、欧米の人って、小さな親切・大きなお節介的なのでしょうか? しかし、黄金律と言えば、キリストのこの言葉が有名ですので、きっと深い意味があるのでしょう。

そこで、少し考えてみて、自分のアホさ加減を反省しました。「私は寝る前に好きな音楽を聞きたい」と思うのであれば、まず、最初にして欲しいことは、「あなたは、どのような音楽を好まれますか?」と、音楽の趣味を訊いて欲しいということです。お酒であれば、飲めるかどうかを最初に問うて欲しいものです。きっと、欧米の人ってコミュニケーションを大事にしているのでしょう。

ヒンドゥー教の黄金律というのは、「人が他人からしてもらいたくないと思ういかなることも他人にしてはいけない」ということです。

仏教の黄金律は、「自分が自分を一番可愛いと思っているように、他者もみな、そう思っています。だから、他者の自分を可愛いと思う心を害してはいけません」だそうです。

合掌

●お知らせ     2011/8/7(日) 午後 5:18

日々ありがとうございます。

これまで、この書庫は、「仏教」という名にしていましたが、
今日から、「仏教エッセイ」に変えました。

内容は、私の見聞・体験・感想などが中心になります。

「十二因縁の法門」をここで書いてきましたが、
「基本仏教」の書庫に移します。

合掌。

●霊魂-01 2011/8/16(火) 午後 11:42

心霊写真や心霊動画に興味のある方は多いようです。テレビ番組では、心霊をテーマにしたバラエティやドラマがよく放送されているし、インターネットの投稿サイトにもたくさんの心霊ネタが投稿されています。信じるか信じないかは人それぞれなのでしょうが、多くの方々の興味関心を集めているのは確かです。

心霊というと仏教に関係が深いように思われている傾向があります。お葬式や法事などに仏教が関わるし、悪霊退散として般若心経が読まれるからでしょうか? 水子供養、先祖供養など仏教と霊との関係は深そうです。

しかし、仏教と霊が結びついているのは、日本独特の仏教のようです。インドで起こった仏教では、霊魂の存在にはこだわっていません。

仏教では、無我を説きます。無我とは、「我が無い」ということで、我とは、「常一主宰」のものと定義されます。常とは常住、一とは単独、主宰とは支配することという意味です。

常住とは、変化せずに固定してあり続けること、単独とは、他に依らず、それのみで独立して存在するもの、支配とは、それが心や肉体を主導するということです。

仏教では、そういう我というものは、人にも、他の生命体にも、物にもないとして、「無我」を説きました。無我は、「実体がない」という意味で説かれます。通常、日本人の多くの人々が、自分の実体だとみるのは、「霊魂」だと思います。人には霊魂があり、霊魂は輪廻を繰り返しても変化せずにあり続け、他に依らず、霊魂のみで存在することができ、霊魂が、心や肉体を主導していると考えている日本人は多いと思います。

Yahoo辞書によれば、霊魂は次のように定義されていました。

「肉体と別に、それだけで一つの実体をもち、肉体から遊離したり、死後も存続することが可能と考えられている非物質的な存在」

無我を説く仏教は、霊魂をどう捉えているのでしょうか? 諸法無我といいますので、すべてのものの実体を否定する立場が仏教ですので、霊魂は無いと観ているのでしょうか?

霊魂の存在を否定するとしたら…

先祖供養って何なのでしょう?

お盆とか、彼岸って、

何のための行事なのでしょう?

法事とは?

戒名とは?

お墓とは?

日本仏教って、霊との結びつきが強い様ですが、霊の存在を否定するとしたら、土台から崩れそうです。日本仏教は、葬式仏教だと言われますが、霊がいないとするなら、仏教が葬式をするのは合点がいきません。

元々釈尊の仏教では、出家修行者が葬式をとり行いません。基本的には、生きている人に仏の道を説くのが仏教ですから、死後のことには関わっていませんでした。日本仏教が、葬式を行うのは、古神道との習合であり、江戸時代に檀家制度が始まったことによります。

合掌

●霊魂-02 無記     2011/8/17(水) 午前 11:12

釈尊に霊のことを尋ねると、「無記」だと答えられたそうです。無記とは、「答えを出さないこと」です。

霊の存在とか、死後の存在については、形而上学的なものです。形而上学的というのは、存在者を存在者たらしめている超越的な原理のことで、さらには神・世界・霊魂などを研究対象とする学問のことをいいます。釈尊は、形而上学的なものは観察の対象とはしませんでしたから、霊について質問されても、釈尊の答えは無記でした。判断を示さず沈黙を守りました。

霊の存在以外にも、世界の大きさは有限か無限か、世界が永遠であるか否か、などの質問に対しても無記でした。

霊については、「霊魂と身体は同じか?」「魂と身体は別物か?」という質問に対して、釈尊は無記だったと経典にあります。

霊があるとするバラモン教では、輪廻や業は、論理的です。肉体が死んでも霊は残り、他の肉体へと移ります。その新しい肉体における境遇は、前世の業によるとします。前世で善いことをしていれば、よい境遇に生まれ、悪いことをしていれば苦に満ちた境遇に生まれるというように説きました。

しかし、霊がなければ、何が輪廻するのか、何が業をつくるのかが説明できなくなります。仏教も輪廻と業を説く教えですので、霊がなければ矛盾してしまいます。

釈尊は、霊のあり方については、答えを出さずに無記としました。霊があるか、ないかに執着することよりも他にすることがいっぱいあるでしょう、ということです。

でも…

霊の存在は気になりますね。

合掌

●霊魂-03 霊能者     2011/8/18(木) 午前 0:35

霊魂があると主張する宗教では、肉体には宿っている霊魂があり、死ねば霊魂は肉体から離れ、新しい肉体へと移動するとされます。死んで肉体から離れた霊魂は、通常では見ることができませんが、特殊な能力を持つ者によって存在は確認され、会話さえも出来るといいます。

本当でしょうか? 本当に特殊な能力を持つ者、いわゆる霊能者は、霊と交信が出来るのでしょうか?

霊能者の中には、有名な人もいます。

麻原彰晃
江原啓之
大川隆法
織田無道
宜保愛子
福永法源
など

この方々が本物の霊能者かどうかは、私には分かりません。しかし、世間には多くの偽霊能者がいると言われます。「先祖の霊が地獄に墜ちている」「水子の霊のたたりです」などと言って、人々を脅して、お金を巻き上げる偽物にご注意ください。

合掌

●霊魂-04 霊能力     2011/8/18(木) 午前 9:03

昔、上岡龍太郎さんの番組で、霊能力について特集をやっていました。全国から霊能者を集め、本当に霊能力が存在するのかを検討する番組です。上岡龍太郎さんは完全否定派で、霊能者の能力の証明を悉く論破していました。伊集院さんとか東国原さんなどの反対派も参加しており、霊能者と激論を交わしていました。

上岡龍太郎さんは言います。

「霊能力があるのなら、今ここで実行して下さい」と。

でも、霊能者は能書きばかりで、これこそは霊能力だという力は誰も出せませんでした。悪霊を祓い、病気を治したという話をする霊能力がいましたが、ほとんどのパターンは、カウンセリング・セラピーかプラセボ効果の様に思えました。

霊の存在は、あるのか、ないのか不明です。その確実ではない内容で相手を怖がらせて金儲けをする輩は許せません。悪徳なのですから、注意を与えて禁止する必要があります。そもそも、医師免許なしで治療行為をすることは、不法医療行為にあたりますし、ただの壺を言葉巧みに売りつける霊感商法は詐欺行為です。

危ない新興宗教では、脅しによる勧誘を行います。先祖供養が出来ていないから、家族が不幸になる。お墓参りをしていないから、障りが起こる。水子の霊がとりついている。などと言って、勧誘を強引に勧めます。これらは、「祟り」という超自然的な現象がある、という前提での勧誘です。その前提は確定していませんから騙されてはいけません。

合掌

●性と仏教     2011/8/18(木) 午後 2:10

仏教に五戒があります。

 生物を殺さないこと

 盗まないこと

 うそをつかないこと

 邪まな性行為をしないこと

 酒を飲まないこと

この五つの戒めは、在家信者に対するものです。

男性出家僧には、250戒が授けられ、女性出家僧には、350戒が授けられます。

今回は、性について述べさせていただきます。

在家の五戒では、邪まな性行為をしないこととなっていますが、具体的には、夫婦間以外での性行為を禁じる戒めです。

つまり、浮気、不倫などを禁止します。

さらに、同性による性行為や幼少の者との性行為、動物との性行為、暴力を伴う性行為、変態的な性行為を禁じています。

出家僧においては、厳しい戒があります。

性行為そのものを禁止し、さらに自慰行為さえも禁止します。

不可抗力とも言える夢精は、戒めには入っていません。

さすがに、夢精を禁じることは無理でしょうから。

日本仏教では、明治時代に「僧侶の肉食妻帯蓄髪は勝手たるべきこと」と布告があり、僧侶たちはそれに従いました。

それまでも、インドや中国などに比べると戒律に対する意識の低かった日本仏教は、肉食妻帯の禁が解かれて、戒律を守るという意識がなくなった様です。

なので、現在のお坊さんは、牛や豚などを食し、結婚することにまったく抵抗がありません。

出家でさえそうなのですから、在家が戒を守るはずがなく、仏教系新興宗教団体では、不倫や浮気が当然の様に行われています。

(ある団体はトップの人からして破戒してます)

釈尊が、性行為を禁止したのには理由があります。

○性欲は、あらゆる妄想を引き、悪業をつくる行為へと発展する可能性が高いため。

○人は性に対する執着が強く、性によるトラブルが多いため。

○精神統一をする際に性欲は妨げになるため。

○禁欲により、執着心を断って自分自身をコントロールし、浄化させるため。

○性エネルギーの昇華のためいわゆるクンダリーニ覚醒のため。

クンダリーニ覚醒については、秘儀であり奥義ですのでここでは、あまり、ふれない様にします。

とは言っても、チャクラとかクンダリーニ覚醒の秘密は、現在では、既に秘密とは言い難いものがありますね。

オウム真理教とか、インターネットの影響でしょうか?

合掌。

●霊魂-05 妖怪について     2011/8/18(木) 午後 3:01

霊の話のついでに妖怪について語らせて頂きます。

主題とは、大きくそれますが・・・

妖怪といえば、水木しげる先生の「ゲゲゲの鬼太郎」が有名ですね。

一反木綿、ぬりかべ、ぬっぺっぽう、ぬらりひょん、のっぺらぼう、泥田坊、ひょうすべ、猫娘、河童、一つ目小僧、座敷童子、ダイダラボッチ、鬼など。

これらの妖怪の正体とは何でしょう?

それは、山奥に捨てられた障害者だという説があります。

昔は、障害者が生まれるとすぐに産婆さんなどが処分していましたが、中には育てられる子供もおり、幼年期になって、山とか、川に捨てられたといいます。

その中でたくましく育った者が、妖怪だとされたのでしょう。

鬼は、西洋人だともいいますね。

おじいさん、おばあさんが、山に捨てられていたともいいますので年寄りの妖怪の正体も想像できます。

この話には、確実なソースがあるわけではありませんが、妖怪の類の正体とは、こういうものなのかも知れません。

つづく。

合掌。

●龍樹の「二諦の区別」について     2011/8/21(日) 午後 6:49

(ある方へのコメントを記事にしました)

龍樹は、「中論」において、空について詳しく説いています。

特に、「空は縁起である」という宣言は、非常に重要な説だと思います。

さて、「二諦の区別」では、 諸仏の説法は二つの真理に依って行われます。

 世間人一般の理解としての真理(世俗諦)と、 最高の真実としての真理(勝義諦)とです。

 これら二種の真理の区別を知らない人々は、 仏陀の教えにある甚深の実義を知りません。

 言語習慣に依らないでは、最高の真実を 説くことは出来ません。

 最高の真実に従わなければ、涅槃は悟りえません。

龍樹の中論のテーマは空です。

よって、ここでも、空について説かれています。

すなわち、勝義諦とは、第一義空のことです。

空とは、「あらゆるものに実体がない」ということですが、その空によってこそ、すべての世間の言語・習行が仮のものとしてありうる、というのが世俗諦です。

ですから、この二つの真理というものは、一つの真理の裏と表というべきでしょう。

以上は、梶山雄一氏の言葉を借りましたが、私もまったく同意しています。

月をさす指が世俗諦であり、月が勝義諦です。

釈尊は、最高の真理である第一義空(諸法実相)を説く前に、四諦・八正道、十二因縁などを説かれました。

それらは、第一義空へと導くための方便の教えであり、龍樹は、それを世俗諦だとしています。

妙法蓮華経方便品では、世俗諦と勝義諦を方便と智慧という言葉で表しています。

 ○諸仏の智慧は甚深無量である。

 ○その智慧の門は難解難入である。

 ○それは、一切の修行者が、知る事のできない智慧である。

 ○仏は、非常に長い年月を掛け、無量の諸仏について教えを頂き、無量の修行を通して、その智慧を得た。

 ○舎利弗よ。

   仏は、その智慧を方便によって説いてきた。

   仏は、智慧も方便も身につけている。

方便とは、見聞覚知という六識の働きによって得る事の出来る情報のことで、言語による説法は、すべて方便であるとします。

合掌

●日本仏教の矛盾     2011/8/22(月) 午前 2:08

日本の仏教でも、仏教の思想を受け継いでいるからには無我や空を説きます。これらの思想は、実体の有無に執着しない教えですから、霊魂が有るという決めつけは仏教思想に反しています。霊魂の存在にこだわるのであれば、神道を選べばいいのに、仏教が葬式やお盆やお彼岸などに大いに関わるのはおかしなことです。

中有は49日。

つまり、49日が過ぎると次の肉体に転生するというのに、なぜ先祖供養が必要なのでしょう? 輪廻転生について、積極的に説いている教団が先祖供養を説くと矛盾します。先祖といわれる人のほとんどが転生済みなのですから、先祖供養をしても意味はありません。先祖に感謝し、想い出を偲ぶものであれば理解できますが、法事の内容はちょっと変です。

年忌など、意味あるのでしょうか? 完全に仏教思想から離れてますよね。おそらく神道の影響でしょう。永代供養なんて、いよいよ意味不明です。

戒名は無意味です。

本来の戒名とは、戒めを受けた時に頂く名前ですので、仏門に入った時に頂くものです。そもそも釈尊の仏教には戒名はありません。出家者も俗名で呼ばれます。戒名は、中国が発祥でしょう。だとしたら、元々なかったんだから不要かも知れません。必要だとすれば、必要な理由を聞きたいものです。

経典は、生きている人が学び、理解し、修習するものであり、死者のためにあげるものではありません。葬式などに参列するほとんどの人にとって、ほとんど意味の分からない読経をするのは理解できません。それに、死者のために読経しているのだと言い張ったって、経典の内容が死者に分かるのでしょうか?

経力によって、先祖霊に届き、理解させるのでしょうか?

だったら、生きている人に向かって経力を使い、経典の理解をさせて欲しいものです。

多くの方々が日本の仏教に違和感を感じています。そろそろ、本腰を入れて日本の仏教を考え直すときがきていると思えます。

合掌

●葬式を考える     2011/8/22(月) 午前 10:11

仏教が葬式を本格的に始めたのは、江戸時代に檀家制度ができてからです。

この時から、各家に仏壇が設けられ、朝夕に礼拝し、故人の命日にはお寺さんを呼んで、供養をしたのだと聞いています。

葬式、法事は、お坊さんの専売特許になりました。

戒名が普及したのも江戸時代で、この頃から、お金次第でいい戒名がもらえた様です。

明治になり、仏教を廃し、政府は神道を押しましたが、永い習慣によって、仏教=お葬式の概念は抜けず、平成になっても、いまだにお葬式はお坊さんの仕事です。

それは、現在にも残る檀家制度のせいでしょう。

檀家制度は、形骸化しています。

江戸幕府の宗教統制政策から生まれた制度ではありますが、現在、当然ながら、政策とはまったく関係なく、単に先祖のお墓の関係、年忌などの関係で、お寺と家が、なんとなく繋がっているだけです。

多くの方々は、仏教徒ではありません。

お葬式の時だけ、法事のときだけ、にわかに数珠を持ち、意味も分からず焼香します。

どこかで、そういう風習に抵抗を感じながらも、親戚の手前、ご近所や会社の手前、みんながやっているように、仏教式のお葬式をします。

何か変ですよね。

日本の仏教って・・・

合掌。

●先祖供養     2011/8/23(火) 午後 5:13

日本人の心には、先祖霊の供養が根付いていると思います。

お盆やお彼岸のお墓参りや、年忌の法要をきちんとしようとする背景には、少なからず先祖霊の供養をしようとする心があるからだと思います。

中には、親戚縁者の手前とか、見栄・体裁や帳面を消すための方もいますが、日本人の心に先祖供養の心は、受けつがれていると思います。

では、いつから受け継がれているかというと仏教が日本に伝来するずっと以前からです。

古神道。

日本に仏教や道教などの外来宗教が入って来るまでの日本の原始宗教の事を、一般的には古神道といいます。

その特徴は、自然崇拝・精霊崇拝であり、森羅万象のすべてに霊、霊魂が宿っているという考え方は、古神道の土台をなす考え方です。

あらゆるものを神と観る信仰で、八百万の神とも表現されます。

神は、信仰と畏怖の対象です。

古神道には、「祟り」という概念が土台にあり、怒れる神の現わした現象が、災いであると観ました。

人々は、神の祟りを畏れ、祭りを行いました。

・・・祭りを行楽と勘違いしている人が多い様ですが、

   祭りとは、「祀り」です。

自然崇拝・精霊崇拝の延長線上には、先祖霊の崇拝があります。

先祖霊の崇拝とは、死亡した先祖が、生きている者の人生に影響を与えていると考える信仰です。

分かりやすく言えば、「祟り」という考え方でしょう。

無残な死、不慮の死、非業の死をとげた者は、この世に未練を残し、関係者に祟るというものです。

このことから、先祖を供養し、家の安泰を願う信仰が日本人の根元にあります。

神道における葬儀の意義は、仏教の葬儀の意義とはまったく異なります。

仏教の葬儀は、故人の善き転生、成仏を願うものですが、神道においては、故人に家とか共同体の守護神になっていただこうというものです。

仏教が入って来る前の日本の宗教を見てきました。

日本人の心にあるのは、実際は神道信仰ではないでしょうか?

日本人の心に、先祖霊の供養があることは、古神道からの流れであることは間違いありません。

仏教が日本に入ってきて、仏教は日本に受け入れられました。

古神道にはない魅力が、仏教にあったのです。

それは、仏像であり、仏教の知的な教義であり、具体的な修行法であり、そして修行を共にする集団、布教をする僧侶の存在でした。

古神道には、偶像的なものはなく、教義はなく、修行はなく、布教もありませんでしたので、当時の貴族にとっては、先進的な宗教だと受けとめられたのでしょう。

・・・その頃から、外来のものを尊ぶ傾向が あったのかも知れませんね。

また、国家鎮護の力があるとされ、仏教は、国の上層部に大いに受け入れられました。

仏教は、日本中に広がり、平安時代には、神仏習合の思想が起こりました。

先祖霊の供養という概念のなかった仏教に神道の思想が入り込み、日本仏教独自のスタイルへと変化しました。


江戸時代。

檀家制度によって、お葬式、法事、お墓の関係はお寺の管轄となりました。

その時点で、神道の先祖霊の供養の思想は、仏教に吸収され、お坊さんは霊の専門家のように見られる様になりました。

この檀家制度による影響は多大であり、現在の葬式仏教の土台は、この制度によってつくられました。

すべてのものに霊がある、つまり、すべてのものに実体があるとする神道だから、当然として、死後も霊は滅することなくあり続けるとしました。

なので、先祖霊の供養の思想は、論理的に矛盾はありません。

しかし、すべてのものに実体がない、とする仏教では、肉体にも心にも実体がなく、当然ながら、死後も永遠に生き続ける霊などなくなので、先祖霊の供養の思想は、論理的に矛盾しています。

どう考えても、仏教が葬式に手を出したのは、間違いだと思います。

私は、先祖霊の供養を否定しているのではありません。

仏教が、先祖霊の供養をしていることに対して疑問を持っているのです。

合掌

●十二因縁の勉強会     2011/8/24(水) 午後 10:15

今日は、私の属する会にて仏教根本義セミナーを開きました。

と言っても、一教会の一支部での勉強会ですので、参加者は、私を含めて全12名です。

未熟ではありますが、私が講師をさせて頂いています。

月に一度開き、今回が五回目。

今日のテーマは、十二因縁の法門でした。

これまで、三宝帰依、三法印・四法印、縁起観、四諦の法門を勉強してきましたが今回の十二因縁の法門が一番難しいと思います。

 無明→行→識→名色→六処→触→受→

 愛→取→有→生→老死

この十二項目の中で、何の説明もなく理解できるのは、老死だけでしょう。

しかし、この老死でさえも、苦しみの代表だということは説明する必要があります。

難しい用語が十一も並んでいます。

この一つ一つの言葉の意味を理解するだけでもかなりの時間が必要だし、そういう説明は国語の授業みたいで教える方も学ぶ方も面白くありません・・・

でも、きちんと説明しないと理解できません。

時間は一時間です。

対象は、女性が多く、年長者ばかりです。

なので、入門的な内容が好まれますので今日は、言葉の説明は簡単にして、概略を説明し、実生活の中での十二因縁の活かし方を勉強しました。

次回は、「八正道」の予定です。

合掌。

●阿含経入門     2011/8/25(木) 午前 0:09

友松円諦先生の「阿含経入門」を読み始めました。

20年くらい前に購入して一度読み、そのまま本棚で眠っていました。

懐かしい。

阿含経は、釈尊の口伝に最も近いと言われ、根本仏教の核となる重要な経典です。

シンプルだけど味わいのある内容をしばらくは、楽しみたいと思います。

合掌。

●戒名     2011/8/27(土) 午後 8:52

戒名は、死者の名前ではありません。

日本仏教のお坊さん方は、このことを重々知っていながらも国民の誤解を解くことなく、むしろ、葬式仏教の必須アイテムとしてお金儲けの材料としています。

釈尊の仏教には、戒名はありませんでした。

教団に入会すると、三帰依と戒は受けますが、戒名という制度はありませんでした。

経典を呼んでも、舎利弗とか阿難というように出家前の名前がそのまま使われています。

釈尊自身は、ゴータマ・シッダルタという名からゴータマ・ブッダと名を変えましたが、これは、戒名ではなく、尊称だと思えます。

戒名は、中国で始まったのだと聞きます。

名前以外にその者を表す「号」の風習が古くから中国にあり、その号の風習が仏教に取り入れられ始まったのでしょう。

中国においては、仏教に入門した際に三帰依と戒を受け、戒名を受けました。

戒名を受けたならば、それまでの名前(俗名)は捨てました。

つまり、戒名とは仏門に入った証であり、決して死者の名前ではありませんでした。

日本においても、初期の戒名は、修行のための名前でした。

当然ながら、生前戒名でした。

それが、江戸時代の檀家制度あたりから一般的に死後に戒名を受ける様に変化しました。

それが現在も続いているわけです。

檀家制度とは、江戸幕府による政策で、寺院が檀家の葬祭供養を独占的に執り行なうことを条件に結ばれた、寺と檀家の関係をいいます。

江戸幕府は、キリスト教禁止令を出し、キリスト教徒の弾圧を行ったのですが、その一環として、国民全員に、特定の寺院の檀家になる様に命じました。

士農工商の身分に関係なく、全員が、お寺の檀家となり、檀家となったならば、その者が自分のところの檀家に間違いないという証明書をお寺が発行しました。

これによって、キリシタンをあぶりだそうとしたわけです。

檀家にならないのであれば、キリシタンのレッテルが貼られ、お上にひっ捉えられたのです。

この檀家制度の時、檀家には義務がありました。

お寺への定期的な参拝と年忌法要、お布施などは義務であり、それをしなければ、お寺は檀家としての証明書の発行を拒否し、檀家は社会的地位を失うことになりました。

檀家制度によって、日本国民は全員仏教徒になりました。

家には、仏壇を置く事も義務とされましたので家でもお寺でも、手を合わせる事が習慣となったのです。

檀家制度においては、よそのお寺の檀家を自分のお寺に勧誘することは禁止されていましたし、特に布教をしなくても、檀家によって安定収入を得ていたために、日本仏教から、本当の仏教は消えていきました。

明治になり、日本は、神道を国教的に捉えたため実質的には、仏教の檀家制度に対する政治的権力はなくなっています。

しかし、それまでのお寺と檀家の関係がすぐに立ち切れるわけはなく、現在でも、なんとなく続いています。

なんとなく・・・

檀家とは、檀をする家、檀とは布施のこと。

つまり、檀家とは、お寺に布施をする家。

檀家が布施をするかわりに、お寺は、葬式とか法要をしてあげようというものです。

お寺への布施は、会費的に納めるのではなく通常は、お葬式、戒名、法要などの際のお布施がそれに当たります。

まとめて納めるわけですから、かなり高い・・・

特に戒名は高い・・・

しかし、日本国民の多くは、檀家としての意識はありません。

お寺側の意識と国民の意識は完全にずれているのです。

もうそろそろ、日本仏教は、葬式仏教の汚名を返上するためにも大乗仏教の精神にのっとり、人を救い、世を立て直すことを実践した方がいいでしょう。

合掌

●漢字だらけの経典     2011/8/31(水) 午後 6:30

日本においては、きちんと仏教が学ばれていません。

「仏教って何でしょう?」
「仏教ってのは、あれだ、仏様の教えだ」
「じゃあ、どういう教えですか?」
「・・・ご先祖様に手を合わせろって感じ?」
「仏さまってどんな人?」
「そりゃ、死んだ人だろ?」
「お釈迦さまって、どんな人?」
「え?想像上の神様じゃないの?」

以上は、実際にあったやりとりです。

日本は、神道と仏教の国と言いますが、神道がどういうものなのか、仏教がどういうものなのかということには、あまり、興味・関心がありません。

例えば、「神道」は、何と読むのでしょう?

答えは、「しんとう」です。「しんどう」でも間違いではありませんが、一般的には、しんとうと読みます。

では、仏教の仏とは何でしょう?

答えは、仏陀です。梵語の "buddha" を音訳して、仏陀としました。

なので、仏陀という漢字自体には何の意味もありません。

日本には、カタカナがあり、外国語の音訳は、カタカナを用いるため大きな混乱はありませんが中国には、漢字しかないため、音訳も漢字を使います。

中国人にとっては、どうなのか分かりませんが、それをそのまま使う日本では、混乱が起こってしまいます。

仏陀とは音訳なので、日本人ならブッダとするべきなのでしょう。

ただ面白い事に、佛という漢字には意味があります。

弗は、「〜を超えたもの」の意味がありますので佛とは、人を超えた者の意味になります。

「ほとけ」とは、佛(ぶつ)の音が変化して、「ほと」になり、「ほと」に、目に見えるもの、という意味の「け」がくっついて、ほとけとなっています。

仏教の経典を開くと漢字だらけです。

漢字だけの漢文では、さっぱり意味が分からず、ひらがなまじりのお経でも辞書を片手に読まなければ意味不明です。

「阿耨多羅三藐三菩提」

などと書いてあっても、読み仮名がなければ読むことさえも出来ません。

そういう人が多いと思います。

目で見ても分からないのに耳で聞いて分かるはずがなく、法事などで行う読経は、何かの呪文の様な感じです。

キリスト教の聖書は、分かりやすいですね。

難しい言葉を使わず、誰にでも理解できる様な易しい言葉を使っています。

仏教が、分かりにくいのは、漢字だらけの経典のせいでもあるでしょう。

キリスト教の宣教師たちは、外国に渡るとその国の言葉を学習し、そして、聖書をその国の言葉にして発行し布教した様です。

仏教だって、梵語の経典を中国においては中国語に翻訳し、チベットにおいてはチベット語、モンゴルにおいてはモンゴル語に翻訳しているのになぜ、日本語の経典がないのでしょう?

日本人は日本語の経典を作り、その日本語の経典によって葬式や法事の読経をする方がいいでしょう。

そうすれば、参列者にも仏教の意味が分かると思います。

ただ、経典が死者の供養のためにあるのではないということもばれてしまいますが・・・。

合掌

●業と輪廻     2011/9/3(土) 午後 6:08

仏教が起こった頃のインドでは、バラモン教という宗教によって、人々は統治されていました。

いわゆるカースト制度です。

ご存知の様に、カースト制度とは、身分制度であり、人々を、バラモン、クシャトリア、ヴァイシャ、シュードラの四つに分ける制度です。

 バラモン・・・バラモン教の僧侶
 クシャトリア・・・王族、貴族、武士
 ヴァイシャ・・・平民
 シュードラ・・・奴隷

今から、3500年ほど昔に、ガンジス川流域一帯は、中東方向から来たアーリア人によって支配されました。

その時、カースト制度に基づいて社会は形成され、先住民たちは、奴隷階級に落とされました。

カースト制度は、厳格な制度であり、バラモンの子はバラモンとしてクシャトリアはクシャトリアとしてヴァイシャはヴァイシャとして、一生をおくる事が決められていました。

つまり、親のカーストが子に引き継がれたのです。

シュードラの身分の者が、努力次第でクシャトリアになる、などということは、論外のことだったのです。

結婚も同じ階級の者同士でしか出来ません。

人々の中には、身分のない者もいました。

つまり、カースト外の者たちです。

アチュートと呼ばれ、自らをダリットと呼びます。

英語では、アンタッチャブルといいますので、「不可触賎民」と訳されます。

不可触賎民たちは、身分がありませんので人間以下の者たちです。

カースト内の人々からは、激しく差別され、上位カーストの人達の目に触れるだけで酷い仕打ちを受けました。

人間扱いされていませんので、人間のルールは適用されません。

つまり、不可触賎民たちは、理由もなしに殴る蹴るの暴行を受けてもそれを訴えるすべがありませんでした。

だから、不可触賎民の女性たちは常にレイプの危険性を持って生きていました。

私は、15年ほど昔に、インドのバンガロールというところに行きました。

空港を出ると子供たちの群れが集まってきました。

物もらいの子供たちです。

集まってきた子供たちを見ていると異常なことに気づきます。

手のない子、足のない子、目のつぶれている子、舌のない子が多いのです。

一緒に旅に行った先輩が、「物もらいをするのに、同情を買いやすくするため、 親が子をこの様に傷つけるらしい・・・」

夜、バスで移動中、不思議な光景を見ました。

道路の端に布を引いて、家族で寝ている人がやたらと多いのです。

「家が持てないから、野宿するんだ・・・」先輩が教えてくれました。

インドのカースト制度は、50年以上前に廃止になったと聞いていましたが、まだ、残っているのが実情です。

不可触賎民たちは、家を持つことが許されず、仕事をすることも許されなかったため虐げられた一生を送っています。

現在でさえ、この様な酷い差別があるのですから今から、2500年前の釈尊の時代の差別はどんなだったのか、想像を絶します。

カースト差別、男女差別という差別社会の中で楽しく愉快に過ごすのは、ほんの一部の人であり、多くの人々は、苦しんだことでしょう。

カースト制度は、業と輪廻の思想によって支えられました。

つまり、今世のカーストは、前世の業によるという考えです。

前世で悪業を重ねた結果、今世ではこの身分になったのだから来世にもっといい身分として転生したいならば、今世は、頑張って善業を積みなさい、とバラモン達は人々に教えました。

業と輪廻の思想の土台には、アートマンがあるという考え方があります。

アートマンとは、日本人の感覚で言えば、霊魂の様なものでしょう。

業を持つ実体、輪廻する実体をバラモン教では、アートマンと言いました。

バラモン教の最終目的は、個であるアートマンと、宇宙であるブラフマンとの完全なる一致です。

しかし、そうなるためには、かなりの修行が必要であり、まずは、善業を積んで、少しでも上のカーストを目指そうと説いている様です。

人間の考え出した身分制度を取り入れて、宗教として説くのですから、いい加減な感じもします。

しかし、インドでは、バラモン教とカースト制度はうまくマッチしていて、社会は統治されていました。

以上の様に、釈尊が生まれた社会は、酷い差別社会だったわけです。

そのことを念頭に置かなければ、仏教を理解することはできません。

つづく。

合掌

●業と輪廻-2     2011/9/3(土) 午後 10:58

釈尊の宗教は、新興宗教です。

つまり、バラモン教という宗教に反発して生まれた新しい宗教が仏教です。

仏教が生まれた当時のインドでは、業と輪廻の思想は、ごく当然の思想として人々に受け入れられていました。

そして、業と輪廻の主であるアートマンの存在も当たり前すぎて、疑う余地のないものでした。

アートマンは、日本における霊魂の様な存在であり肉体が死んでも、それは残って次の肉体に宿り、永遠にあり続けるものだとされています。

人が何らかの行為をした時、その行為は必ず後のそのもののあり方に影響をします。

行為のことを業といい、業にしたがって果報が決定します。

この業と果報を表す言葉が、

 善因楽果

 悪因苦果

 自業自得

です。

通常、善因善果、悪因悪果といいますがバラモン教では、上記の言い方をしていました。

(仏教でも正しくは上記かな・・)

今世で、善因であれば、来世で楽なカーストに転生する、
今世で、悪因であれば、来世で苦のカーストに転生する、

自分の行為の結果は自分が受ける・・・

この教えは、実にシンプルであり、非常に分かりやすいものでした。

仏教では、アートマンを否定します。

それを、アナートマンといい、意訳して、「無我」としました。

無我とは、アートマンがないということです。

アートマンがない・・・という説は、非常にショッキングな言葉です。

我がなければ、何が業を持つのか?

我がなければ、何が輪廻するのか?

無我の説は、業と輪廻の説と矛盾を起こすため非常に理解しがたい教義であるとして、バラモンと対立しました。

つづく。

合掌

●池上彰の宗教がわかれば世界が見える     2011/9/16(金) 午後 9:27

以前から読みたかった本です。

先日の月曜日に本屋に寄ったので買いました。

840円、手頃な値段でよかった。

1000円を超えると貧乏な私は、少々迷ってしまいます。

一気に読みました。

さすがは、池上彰さん。

非常に読みやすかったですよ。

でも、物足りなかったなあ。

内容的には、宗教の教義を学ぶという感じではなく世界の宗教の概要、宗教と社会との関わりっぽい内容でした。

宗教の入門にはいいかもね。

では。

●現代語による般若心経     2011/9/21(水) 午後 10:16

般若心経

観世音菩薩さまは、大いなる智慧の完成のために、空と無相と無願の瞑想を行いました。

それは、すべてのものには実体がないこと、そのものに実体がないから、そのものを認識しないこと、そのものを認識しないから、そのものに執着しないことを深く瞑想する修行です。

この瞑想の修行を完成させることによって観世音菩薩さまは、一切の苦しみを取り除かれたのです。

シャーリプトラよ。よく、お聞きなさい。

形のあるものには、実体はありません。

実体がないから、仮に形あるものとして存在します。

形のあるものは、即ち実体のないものであり、実体のないものは、即ち形のあるものです。

この宇宙を構成する要素を観察すれば、形のあるものにも、形がないものにも、すべてのものには、実体はありません。

その様に深く瞑想をするのです。

シャーリプトラよ。

この様に一切の事物・現象には実体がなく、一切の事物・現象を認識することはなく、一切の事物・現象に執着することがないと深く瞑想をしなさい。

この瞑想によって、生じることはなく、滅することはなく、汚れたものはなく、浄らかなものはなく、増えることはなく、減ることはないと観ることができます。

それらは、認識し、執着するからあると観ているだけなのです。

これゆえに空の中にあれば、形のあるものというものはなく、形のないものはありません。

この瞑想を深めていけば、自分というものはなく、相手というものはなく、世界もなく、苦しみや悲しみもなく、しかも、安らぎや安らぎを得る道も智慧や智慧を得ることもありません。

なぜならば、実体を観ることがなく、認識をせず、執着することがなくなるからです。

菩薩は智慧の完成の修行によって、心にとどこおりがなく、とどこおりがないことによって、恐怖を感じる事がありません。

一切の誤った考え方から遠く離れているので、安穏の境地に入ることができます。

過去・現在・未来の諸仏は、智慧の完成によって最上最高の悟りを得ることが出来るのです。

ここに智慧の完成に至るための呪文があります。

瞑想の際に唱えなさい。

これは、最高の呪文であり、他に類を見ない呪文です。

よく、一切の苦を除き、真実であって虚妄ではありません。

では、最後に智慧の完成の呪文を説きましょう。

すなわち、その呪文とは次の様なものです。

「ギャーテイギャーテイ。ハラギャーテイ。ハラソウギャーテイ。ボウジソワカ。」

以上が般若心経です。

●頂きます〜ご馳走さま     2011/9/22(木) 午前 0:01

私たちは、色んな命を頂いています。

牛、豚、鶏、魚、野菜、穀物、果物・・・

それらの命を頂くから、「頂きます」とごあいさつ。

客人をもてなす時に、昔の人は馬を走らせて食材を集めました。

だから、「ご馳走さま」とごあいさつ。

今だって、食事が出来るまでには色んな方々が働いてます。

だから、「ご馳走さま」とごあいさつ。

日蓮宗の食前感謝の言葉

天の三光に身を温め、地の五穀に精神を養う、これみな本仏の慈悲なり。

たとえ一滴の水、一粒の米も功徳と辛苦によらざることなし。

われらこれによって心身の健康をまっとうし、仏祖の教法を守って四恩に報謝し、法師の浄行を達せしめたまえ。

南無妙法蓮華経。

●お経の現代語化-1     2011/9/22(木) 午後 5:37

ぎょくさんのブログでも話題になりましたが、仏教の経典って言うのは、実に分かりにくいですね。

漢字ばかりだし、しかも呉音で発音するのでいよいよ分かりません。

最初は、呉音が日本に入ってきたのですが江戸時代に漢音が主流になり、呉音が使われるのは、仏教関係と和歌などの文芸関係になりました。

江戸時代に幕府より、仏教も漢音にせよとお達しがあったらしいのですが、仏教界はそれを断固として否定した様です。

その結果、一つの漢字の音には、漢音、呉音、さらには唐音があり、加えて、訓読みもありますので非常に複雑です。

江戸時代に漢字の読み方を統一しておけば現代人も苦労せずにすんだのですが・・・

外人さんだって、日本語の漢字の読みには苦戦してるみたいだし。

でも今更、漢字の読み方について苦情を言っても仕方がありません。

ここでのテーマは、「お経の現代語化」です。

一般人が、お経と縁を持つのは、お葬式や法事の時だけです。

朝夕に読経するのは、お寺のお坊さんか、新興宗教の会員さんだけでしょう。

一般人が、経典の意味を知らないのは分かりますが、お寺のお坊さんや新興宗教の会員さん達は、経典の意味をきちんと把握しているのでしょうか?

もちろん、長年修行したお坊さんや教団の幹部さんなどは一字一句の意味を熟知して読経していると信じたいのですが末端のお坊さん、会員さんになるとかなり怪しいと思います。

日本国民のほとんどは、経典の意味も分からずお坊さんの読経を足をしびらせながら聞いているのが現実でしょう。

日本に本格的な仏教が展開しない大きな要因は経典にあると思います。

聖書の様に、誰にでも分かる様な経典を作成しその新経典で、お葬式・法事をしていただきたい。

多くの方々が、その様に思っているのですから日本の仏教界は、本腰を入れて取り組んで頂きたいものです。

合掌

●お経の現代語化-2     2011/9/22(木) 午後 6:35

[真読]
爾時世尊。従三昧安詳而起。告舎利弗。

にーじーせーそん。じゅうさんまい。あんじょうにーきー。ごうしゃりほつ。

[訓読]
爾の時に世尊、三昧より安詳として起って、舎利弗に告げたまわく。

[現代語訳]
その時に世尊は、瞑想を終え、静かに目をお開きになり、厳かな態度で舎利弗におっしゃいました。

これは、妙法蓮華経の方便品の最初の一文です。

お坊さんが読むのは、真読ですので、「にーじーせーそん・・・」と読み始めるわけです。

この呪文の様な言葉を聞いて、何をイメージできるでしょう?

漢字だらけの経典が渡され、目で追ってみても、「爾時世尊。従三昧安詳而起・・・」では、何が何だか、理解が出来ません。

脳が受け付けず、居眠りをしたくなるのが落ちです。

新興宗教では、真読で読経する会と訓読で読経する会があるようです。

創価学会などは真読で、霊友会系は訓読だと思います。

訓読だとどうでしょうか?

「爾の時に世尊、三昧より安詳として起って、舎利弗に告げたまわく。」

訓読とは、漢文を読み下したものであり、文語体です。

つまり、平安時代から使われている形式です。

なので、現代人にとっては、非常にとっつきにくいです。

真読にしろ、訓読にしろ、古文の得意な人じゃないと一般人には、抵抗のある文章ですね。

この訓読ばかりを読んで、経典の内容は把握できないと思います。

「その時に世尊は、瞑想を終え、静かに目をお開きになり、 厳かな態度で舎利弗におっしゃいました。」

現代語にしてみました。

これだと、意味が分かりますね。

合掌

●お経の現代語化-3     2011/9/22(木) 午後 7:22

経典とは、教科書のようなものです。

その教科書が、意味不明の漢字ばかりであったり、古い形式の文語体では、用をなしません。

せめて、新聞と同様に、中学生以上が理解できる内容でなければ教科書とはいえません。

お手本は聖書です。

キリスト教徒は、世界中に教えを広めましたが第一に彼らがしたことは、その民族の言語を学び聖書を翻訳することでした。

翻訳された聖書を配り、異教徒たちを導いたのです。

普通は、そうするでしょう。

中国人だって、梵語による経典をインドから持ち帰り、多くの人々の労力によって漢訳しています。

チベット人だって自国語の経典を持ち、モンゴル人も、ウイグル人も自国語の経典を持っています。

なのに日本人は、何故漢文なのでしょうか?

僧侶と貴族、武士だけが理解できればよく、人々はないがしろ、ということでしょうか?

大衆に広めようという意志はなかったのでしょうか?

つづく

合掌

●お経の現代語化-4     2011/9/22(木) 午後 8:15

キリスト教の聖書は、405年にラテン語に翻訳されたものを公式だとしてその後、約1000年は、他民族の言語に翻訳することは禁止されていました。

よって、ヘブライ語、ギリシャ語、ラテン語の聖書を他民族も使っていました。

16世紀に宗教革命が起こります。

そして、ルターが翻訳禁止であった聖書をドイツ語に翻訳しました。

印刷機の発明によって、翻訳された聖書は大衆に普及し、新興宗教であるプロテスタントは、各国の言語で聖書を翻訳しました。

その運動によって、キリスト教は民衆のものになりました。

日本語の聖書もあります。

初めに、神は天地を創造された。

地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。

神は言われた。

「光あれ。」

こうして、光があった。

神は光を見て、良しとされた。

神は光と闇を分け、

光を昼と呼び、闇を夜と呼ば れた。

夕べがあり、朝があった。第一の日である。

神は言われた。

「水の中に 大空あれ。水と水を分けよ。」

神は大空を造り、大空の下と大空の上に水を分けさせられた。

そのようになった。

以上は、旧約聖書の「創世記」の第一章です。

これだと、中学生にだって理解できますよね。

爾時世尊。従三昧安詳而起。告舎利弗。

とは、まったく違いますね。

つづく。

合掌

●お経の現代語化-5     2011/9/22(木) 午後 9:29

聖書は読みやすく、分かりやすく、しかも、俗書とは異なる聖なる書です。

経典は、読みにくく、意味不明ですが、呪文的であるため、神秘的であり、聖なる書のイメージはあります。

だとしたら、経典も聖なる書体にて読みやすく、分かりやすくすればいいのでは?

そうすると、読経のリズムが乱れると僧侶たちは言うかもしれません。

読経は、独特の発声方法があり、独特のリズムをもって唱えられるからです。

しかし、それは、儀式的な読経であり、教科書的な経典としての役割を無視しています。

僧侶たちは、二種の経典を持つことを提案します。

一つは、自分たちの儀礼儀式のための経典で、それは、呪術的なリズムを持った漢文でいいと思います。

もう一つは、大衆向けの経典です。

こちらは、中学生にでも分かる様な内容でしかも、聖なる書の文体を持つ経典です。

つづく。

合掌

●お経の現代語化-6     2011/9/24(土) 午前 0:43

仏教の経典は、漢字ばかりで訳が分からない・・・

じゃあ、現代語化しよう!

読みやすく分かりやすく、しかも、聖なる文体での経典を作ればいいじゃないか!

しかし・・・

ここで、一つ大きな問題があります。

経典を現代語化するとしたらどの経典を現代語化したらいいのでしょう?

仏教の経典は、非常に多いですね。

一説には、3000経があるといいますがこれらの経典のどれを現代語化すればいいのでしょう?

この点、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教などは一冊の聖書、コーランにまとめてあるので翻訳するのも、布教するのも効率的です。

それに比べて仏教は、数多すぎ・・・

つづく。

合掌

●お経の現代語化-7 last     2011/9/24(土) 午後 6:25

膨大な量の経典のどれを現代語化すればいいのでしょう?

仏教には、多くの宗派があります。

天台宗、浄土宗、浄土真宗、真言宗、日蓮宗、華厳宗、法相宗、禅宗、律宗などなど。

それぞれの宗派は、それぞれに所依の経典を持っていますので浄土三部経、法華三部経、華厳経、般若心経、大日三部経などの各経典を現代語化する必要があるかも知れません。

ただ、全文を現代語化する必要はなく、葬儀や法要の際に、参加者全員で読経する部分のみを訳せばいいと思います。

たとえば、法華経でいえば、「如来寿量品」の「自我偈」のみの現代語でいいのでは?

キリスト教では、一冊の聖書の中に旧約と新約が納められておりその分派である、正教、カトリック、プロテスタントは、共通の聖書を使っています。

ただ、解釈が異なるだけです。

仏教もこの様に宗派に関係なく

一冊の現代語の経典を持つことはできないのでしょうか?

仏教は、複雑です。

上座部仏教は、ベーシック・コースであり、大乗仏教は、アドバンス・コースの様なイメージがあります。

そして、大乗の各経典は、それぞれにテーマが異なります。

“娘齋弌ΑΑΑ峩」の思想の展開

維摩経・・・在家主義

2攜祁弌ΑΑ釈尊の悟りの内容を明らかにした経典

に_攘弌ΑΑ釈尊の悟りの内容を悟るための方法論

ゾ土経・・・仏陀の浄土について

涅槃経・・・仏性論

そう考えると一般人には、ベーシックの上座部仏教の経典である阿含経を伝えるのが一番いい様な気がします。

ただし、阿含経と言っても、これがまた多数の経典群なのでその中から、「法句経」などを選ぶのがよいでしょうね。

きょうしょうさんの様に宗派を超えて、参集者のために、法句経などの分かりやすい経典をみんなであげるということは、すごくいいことだと思います。

私が提案するのは、法句経などの初期経典を土台にし仏教教義の無我・無常・苦・空・縁起・業・輪廻などを分かりやすく説いてある新聖典の作成です。

この一冊にまとめた新聖典を、聖書のごとく日本人が学ぶことができたら、日本の仏教ももっと発展すると思います。

以上

合掌

●南無     2011/10/1(土) 午前 0:34

南無阿弥陀仏とは、阿弥陀仏に帰依すること、南無妙法蓮華経とは、妙法蓮華経に帰依することです。

南無とは、帰依のことですが、インドでは、「ナマス」と発音する様ですね。
インドの挨拶言葉の、「ナマス・テー」のナマスです。
ナマス・テーとは、「貴方に帰依します」の意味ですが、ただ、一般的には、「貴方に敬意を表します」
みたいな感じで使われている様です。
インドでは、「ナマス・テー」と言いながら、合掌をし、頭を少し垂れていますね。

「ナマス」の音を漢字に当てて、「南無」としています。
音訳なので、南無という漢字には、まったく意味がありません。
「南が無いとはどういうことか?」
などと考える必要はありません。

以上。

●南無阿弥陀仏     2011/10/1(土) 午前 11:10

如来である阿弥陀様に帰依するという意味です。
阿弥陀様と言えば、極楽浄土を受け持つ仏だといわれ、極楽は、西方向にあるとされます。
極楽を天国と勘違いして、極楽に行けば遊び放題だと思っている方がいますが、残念ながら、
極楽も娑婆と同様に修行のためにある世界です。

この世界は、娑婆世界です。
釈迦如来が受け持つ世界です。
この娑婆世界と極楽浄土は、どちらも、修行をするための場所なのですが、決定的に異なる点があります。
それは、娑婆世界は、苦しみがあり、苦しみを体験してそこから何かを気づき、学び、成長する場所なのですが、極楽には、苦しみがありません。
苦しみを体験することなく、如来の説法を聴き、瞑想をし、成長する場所です。
つまり、娑婆世界には、地獄・餓鬼・畜生の世界がありますが極楽には、それらの三悪道がないのです。
だから、極楽と呼ばれます。

極楽には、男女の区別もありません。
したがって、色情に振り回されることなく安心して修行が出来ます。

南無阿弥陀仏と唱えれば、臨終した時に、阿弥陀様が迎えに来て、極楽に連れて行ってくれるといいます。
それが、阿弥陀信仰です。

合掌

●ヨーガ     2011/10/1(土) 午前 11:41

日本では、「ヨガ」という言い方もしますが、本来の言い方は、「ヨーガ」です。
呼吸を整え、心を整え、そして色んなポーズをとり、心身の調整をします。

しかし、色々とポーズを変化させていくことばかりがヨーガではなく、ただ座るだけの、坐禅もヨーガの一つです。
ヨーガとは、すべての心身の調整の実践のことを差しますのでストレッチング的なもの、瞑想的なものも含まれます。
現代のインドでは、「体育」のことも、ヨーガと呼んでいますのでかなり、広い意味を持つ言葉の様です。

悟りを得るために、釈尊が行ったのが禅定でした。
禅定によって、心を安定させることを三昧といいます。
禅定によって、三昧に入るわけですね。

私も瞑想が好きで、一時期はまっていました。
ただ、この瞑想は、危険が伴うので慣れるまでは、絶対に一人ではしないほうがいいでしょう。
独自に行っても瞑想には入れないとは思いますが、
必ず、指導者の元で行った方がいいです。
特にネット上で見られるクンダリーニ・ヨーガなどは、心身共に破壊する危険があるので
絶対に個人ではしない方が賢明です。

座禅は、目を瞑るのではなく半眼で行いますので瞑想よりは、かなり危険性はありませんが、
最初は、きちんとしたお寺などで、やりかたを修得する方がいいと思います。

以上。

●南無阿弥陀仏-2     2011/10/1(土) 午後 4:47

南無阿弥陀仏。
南無とは、帰依・帰命であり、今風に訳せば、
「〜を拠り所に致します」「〜におまかせします」の様な意味です。
なので、南無阿弥陀仏とは、
「阿弥陀様を拠り所に致します」「阿弥陀様におまかせします」ということになります。

他力本願という言葉があります。
よく、「人まかせ」的な意味合いで使われていますが本来の意味は、そうではありません。
この「他」とは、阿弥陀仏のことをさします。
本願とは、阿弥陀仏が菩薩だった頃の願で、

 わたしが成仏するとき、
 すべての人々が、心から信じて、
 わたしの国 に生れたいと願い、
 わずか十回でも念仏して、
 もしわたしの国に生れることができないようなら、
 わたしは決して悟りを開きません 。

という願を主とした、全48の願のことです。
阿弥陀仏は、成仏をしたのですから、この願は、成就したものとされています。
よって、他力本願とは、阿弥陀仏の願による働きのことです。

親鸞上人は、
「心から信じて、わたしの国 に生れたいと願い、わずか十回でも念仏して・・・」
という一節を強調して取り上げ、
「南無阿弥陀仏を唱えたならばただちに救われる」という説を唱えました。

これは、おそらく親鸞上人の方便だと思います。
鎌倉時代の戦乱・飢饉の人々を救わんがために大安心を与えるために説かれたのでしょう。

合掌

●仏教 Q & A     2011/10/1(土) 午後 9:10

「仏教の開祖は誰ですか?」
「ゴータマ・シッダルタです。悟りを開いて仏陀と呼ばれる様になりました」

「仏教の起こりはいつごろですか?」
「紀元前5世紀頃です。今から、2500年くらい前です。」

「仏教はどこで起こりましたか?」
「シッダルタが生まれたのは、現在のネパールですが、 仏教の起こりは、インドだといわれています。」

「何をもって仏教の起こりと言うのですか?」
「仏陀が、鹿野苑(ろくやおん)で、五人の比丘に対して教えを説いたのが、仏教の起こりです。」

「仏教の目的は何ですか?」
「解脱であり、涅槃であり、悟りであり、智慧の完成であり、成仏です。」

「解脱とは何ですか?」
「煩悩の束縛から解き放たれて、自由の境地に到達することです。」

「涅槃とは何ですか?」
「一切の悩みや束縛から脱した、円満・安楽の境地のことです。」

「悟りとは何ですか?」
「絶対なる真理を会得することです。」

「智慧の完成とは何ですか?」
「絶対なる真理を会得することです。」

「成仏とは何ですか?」
「仏陀に成ることです。」

「解脱、涅槃、悟り、智慧の完成、成仏とは、異なる境地ですか?」
「すべて同じ境地です。」

「目的を達成するために何をしますか?」
「仏陀の教義を学び、実践します。」

「仏陀の教義とは何ですか?」
「仏教の旗印として、四法印があります。」

「四法印とは何ですか?」
「諸行無常、諸法無我、涅槃寂静、一切皆苦です。」

「諸行無常とは、どういう教えですか?」
「すべての現象は変化する、という教えです。」

「諸法無我とは、どういう教えですか?」
「すべてのものには、実体がない、という教えです。」

「実体がない、とはどういう意味ですか?」
「そのものに実体があると観るのは、錯覚であり、幻想であり、
 虚構であり、架空であり、想像の産物だということです。」

「私にも、実体がないのですか?」
「はい。実体はありません。実体と思えるものを捉えても
 それが、絶えず変化していることを観察できます。
 変化するものを実体とはいいません。」

「涅槃寂静とは何ですか?」
「無常・無我の真理を会得することによって達する事の出来る円満・安楽の境地のことです。」

「一切皆苦とは何ですか?」
「無常・無我の真理を知らなかったり、知っていても無視した場合、一切が苦であるということです。」

「四法印以外にも教義はありますか?」
「多くの教義があります。」

「いくつかの教義を紹介して下さい。」
「四諦の法門、縁起、業、輪廻、十二因縁、空、実相、八正道、六波羅蜜などがあります。」

「仏教の核となる教義は何ですか?」
「空と縁起です。」

「空とは何ですか?」
「すべてのものには、実体がないということです。」

「諸法無我と同じですか?」
「同じです。ただし、空の教義の方が無我よりも実体がないことを強調しています。」

「実体がないことを悟れば、安楽の境地に入れるのですか?」
「空を悟れば、安楽の境地に入れます。
 それは、解脱、涅槃、智慧、悟り、成仏と同じ境地です。」

「実体がないことを悟れば、なぜ安楽の境地に入れるのですか?」
「実体がなければ、そのものを認識できません。
 そのものを認識しなければ、そのものに執着することはありません。
 執着がなければ、欲求はなくなり、欲求がなくなれば行為はなくなります。
 行為がなくなれば、業がなくなり、業がなくなれば苦を生じません。」

「縁起とは何ですか?」
「縁によって起こるということです。」

「縁によって起こるとは、何が起こるのですか?」
「すべての現象・事物が、縁によって起こります。」

「縁がなければ、現象・事物は起こらないのですか?」
「はい。起こりません。すべては、因縁和合によって起こります。」

「仏教の実践とは何ですか?」
「八正道と六波羅蜜です。」

「八正道とは、どのような実践ですか?」
「正しく見ること、正しい行為をすること、そして続けることです。
 正見・正思・正語・正業・正命・正精進・正念・正定のことです。」

「六波羅蜜とは、どのような実践ですか?」
「他者との分かち合い、施しを通して、智慧を得る修行です。
 その際、戒律を守り、感情をコントロールし、無理せずに繰り返し、
 禅定にはいることを合わせて修行します。
 布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧のことです。」

「八正道と六波羅蜜は、何のために実践するのですか?」
「仏教の目的を達成するためです。
 それは、解脱、涅槃、智慧、悟り、成仏です。」

「八正道と六波羅蜜を実践すれば、何故目的を達成できるのですか?」
「八正道の正見とは、智慧の目で自他を観察することであり、
 他の、7つの道によって智慧を磨きます。
 六波羅蜜も智慧をもって布施をすることが必要であり、
 他の5つの修行によって智慧を完成させます。
 八正道も六波羅蜜も、智慧を会得するための修行です。」

「八正道・六波羅蜜の実践と、空・縁起の教義との関連は何ですか?」
「智慧とは、空・縁起の悟りです。」

合掌

●経典の中の霊について-1     2011/10/2(日) 午後 8:14

釈尊に死後の存在について質問しても、「無記」としました。
死後の存在だけでなく、世界は永遠であるか否か?
世界は有限であるか否か?
生命と身体は同一のものであるか否か?
人は死後存在するか否か?
という質問に対しては答えなかったのです。

釈尊が何も説かなかった理由については、
中部経典の中で、「毒矢のたとえ」という有名な譬え話にて答えられています。

 毒矢にいられ、苦しむ人を前にして、 医者が、患者の身分、階級、弓の種類、
 矢の種類などについて知られない間は治療しないとしたら、
 その人は死ぬことでしょう。
 世界が永遠であろうとなかろうと、 有限であろうとなかろうと、
 生命と身体が同一であろうとなかろうと、人が死後存在しようとしまいと、
 人は生まれ、老い、死に、嘆き、悲しみ、苦しみ、憂い、悩むのです。

仏陀の教えは、現実的に人を救うために説かれるのであり
救いとは関係のない形而上学的な問題については、
説く必要などないという立場だったのでしょう。

では、八万四千あるという経典には、
どこにも霊の存在は書かれていないのでしょうか?

実はいくつかの経典で、釈尊は霊について認めています。
私が読んだことのあるのは、雑阿含経の中の「好戦経」です。
この経典には、好戦であった者が、死後に霊となった時に激しい苦悩を受けることが説かれています。
短い経典ですので、次回、紹介いたしますが、この経典では、釈尊が、霊について説かないもう一つの理由も明かされています。

合掌

●経典の中の霊について-2     2011/10/2(日) 午後 11:10

雑阿含経 「好戦経」

このように私は聞きました。
ある時仏は、王舎城のカランダ竹園にとどまっておられました。

その時に、十大弟子の一人であり、
神通第一の聖者と呼ばれたモッガラーナ尊者と
ロクシュナ比丘が二人で托鉢に出掛けました。
 
托鉢をしている最中に、ある路上にて、
モッガラーナ尊者が意味深長な微笑を浮かべました。
そこで、ロクシュナ比丘は問いました。
「今なぜ、微笑されたのですか?」
モッガラーナ尊者は答えました。
「今は托鉢中なので、帰ってから、仏陀の御前でお話しましょう。」

托鉢を終え、帰ってきて、仏陀にご挨拶をし、
二人は仏陀の御前に座りました。
ロクシュナ比丘が先ほどのことを問いただしました。
「モッガラーナ尊者よ。
 あなたは、先ほど、私と托鉢中に、意味深長に微笑されました。
 なぜ、あの時に、あなたは意味深長に微笑されたのですか?」

モッガラーナ尊者は答えました。
「私はあの時、路上にて、一人の大きな男が
 空中に浮遊するのを見ました。
 皮がなく、肉団子のようになったそのものは、
 ふわふわと空中を歩いて行きました。
 カラス、トビ、クマタカ、ワシ、ヤカン、イヌなどの霊界のものが
 その男にまとわりつき、噛みついてその肉を食らい、
 その男は、あまりの苦痛から、声を出して泣き叫んでいました。
 私はその光景を見て思ったのです。
 なるほど、こういう人間は、こういう身体になって、
 こういう苦しみを味わうという報いを受けるのだな。
 そうだったのか・・・
 そう思って、私は思わず微笑したのです。」

仏は、諸々の弟子たちに向かっておっしゃいました。
「よろしい。
 さて、皆さん、仏道を修行し、真実を観る目を養い、
 智慧を会得した者は、この様な霊を見るのです。
 仏もまた、この様な霊を見るのですが、
 人々にその存在を説くことはありません。
 なぜならば、そのことを説いた時に信じない者が出るからです。
 如来の説く内容を信じない者は、智慧のない者であり、
 その業によって、地獄に落ちてしまうため、
 その者たちが地獄に落ちぬように、
 信じられないことを私は説きません。
 皆さん。モッガラーナの見た霊は、
 過去世の時、この王舎城において
 戦争を好んで楽しみ、多くの人々を刀剣にて傷つけました。
 すでに、数千年もの間、地獄に落ちて、無量の苦しみを受け、
 地獄の余罪によって、今は、この世界にて、
 霊体の身を得るも、続いてこのような苦を受けるのです。
 皆さん。モッガラーナの見たことは、
 真実にして間違いはありません。
 まさに、この事実を受けて心に刻んで下さい。」

仏がこの教えを説き終えた時、
諸々の弟子たちは、今聴いた教えを深くかみしめ、
歓喜して、その後の修行に活かしました。

合掌

●欲求と欲望     2011/10/11(火) 午前 10:45

欲求と欲望とは、違う意味があります。

欲求とは、
「強くほしがって求めること。」(yahoo辞典)

欲望とは、
「不足を感じてこれを満たそうと強く望むこと。また、その心。」(yahoo辞典)

yahoo辞典の説明は、どうもしっくりきません。
私は、欲求は必要欲であり、欲望は必要を超えた欲だと
理解してきましたが、どうなのでしょう?

yahoo辞典で、心理学用語として調べてみると、欲求とは、
「生活体に生理的・心理的な欠乏や不足が生じたとき、
 それを満たすための行動を起こそうとする緊張状態。要求。」
欲望については、心理学用語としてはみつかりませんでした。
手持ちのカウンセラー用語辞典を見てみましたが、
こちらにも、欲望の項目はありませんでした。

私としては、特に区別して、欲求と欲望という言葉を使う場合は、
基本的なものを欲求、煩悩の強いものを欲望として使う様にします。

合掌

●水子     2011/10/14(金) 午後 11:13

「知らないほうが幸せ」、というような話題の中で
日本人の年間死亡原因の第一位は
『癌』ではなく『中絶』・・・
というのがありますね。

これって、本当の様です。
癌で亡くなった人と人工中絶で死亡した胎児は
ほぼ、同数であり、中絶が第一位になる年もあった様で・・・
中絶で亡くなったのは約30万人です。

死産した子供、堕した胎児、
生まれて間もなく亡くなった新生児を
水子と呼びます。
もともとは、戒名の水子(すいじ)が世に広まって
水子(みずこ)というようになったのですから
水子がたたるという様な発想はないはずですが、
堕胎した女性は、水子の霊を畏れます。
そして、水子供養という独特な供養を行います。

新興宗教の中には、水子のたたりを強調し、
多額のお布施を要求して、水子供養をすすめるところもあります。
祟りと供養をセットにして、金儲けをするのは、
インチキ宗教にはありがちですので、お気を付け下さい。
もちろん、良心的な水子供養をする宗教もありますが・・・

必要なのは、水子を作らない心構えでしょう。
仏教では、受精した瞬間を誕生とみます。
なので、受精した瞬間から、人間ですので、
人口中絶は殺人です。
殺生をしたことになります。
軽々しい中絶は、決してすべきではありません。
水子が祟るという考えではなく、
殺人を犯したことの懺悔が必要です。

母体が危険な場合、レイプなどの問題もありますので、
中絶のすべてを懺悔せよというつもりはありません。

合掌

●和英対照仏教聖典     2011/10/15(土) 午後 10:18

ブック・オフで分かりやすい仏教書を手に入れました。
「和英対照仏教聖典」というタイトルの本で、定価は2100円、609ページです。
初版は、昭和50年です。
ホテルなどに置いてある本らしいのですが、私は、初めて見ました。

内容は、特定の経典の訳ではなく、仏教伝道協会という会が、あらゆる仏典から、仏教らしい教義を選び、文章を組み立てています。
聖書を意識した様なつくりです。

調べてみると、「仏教聖典」という書が出版され、それに英訳をつけたのが、この「和英対照仏教聖典」の様です。
入門としては、和文のみの「仏教聖典」の方がいいかも知れません。

まだ、最初の方しか読んでいませんので、読書後に感想を述べさせていただきます。

言い忘れましたが、この本はブック・オフで、105円でした。
お買い得すぎ〜。

以上

●ことわざ 「会うは別れの始め」     2011/11/3(木) 午後 10:35

「生者必滅。会者定離。」
(しょうじゃひつめつ。えしゃじょうり。)

生まれた者は必ず死に、出会った者とは離れるのが定めである、
というのが、この句の意味です。
大涅槃経という経典にある句です。

無常苦を表した言葉で、
無常とは、常ではないということですので、
変化しているから受ける苦だということです。
命ある者は必ず滅しますし、運命的な出会いであっても、
必ず別れはきます。
どんなに愛しあっていても、どちらかが死ねば
それで関係は断たれてしまいます。
やっと手に入れた物でも壊れれば終わりです。
生老病死の苦や、別れの苦は、
覚悟しておいた方がいいでしょう。

なお、この句の後半は、「会うは別れの始め」という
ことわざになっています。

合掌

●いろは歌     2011/11/3(木) 午後 11:08

「いろはにほへとちりぬるを・・・」
47文字すべての平仮名を使って、しかもダブることなく
作られている歌です。
七五調のいわゆる今様のスタイルなので
調子のよい歌になっています。
昔は、「いろは順」として使われていましたが
現在は、公用文には五十音順が使われるため
若い方は、知らないかも知れません。

 いろはにほへと ちりぬるを
 わかよたれそ つねならむ
 うゐのおくやま けふこえて
 あさきゆめみし ゑひもせす

いろは歌とは、タイトルの通りに歌ですので
きちんと内容には意味があります。
平仮名を漢字まじりにすると意味が見えてきます。

 色は匂へど 散りぬるを
 我が世誰ぞ 常ならん
 有為の奥山 けふ越えて
 浅き夢見じ 酔ひもせず

何となく意味は分かると思いますが、
仏教の教義である「無常観」を説いていますので
少し説明させて頂きます。

○色は匂へど 散りぬるを
色とは花のことで、ここでは桜の花のことをいいます。
桜の花は美しく咲き、芳しく匂いますが、
桜の花の命は短く、やがては散ってしまいます。

○我が世誰ぞ 常ならん
この世界において、永遠に変わらないものなど
何もないでしょう。
(無常観)

○有為の奥山 けふ越えて
この世界は、縁に依って生じ、滅しています。
この法則を知らなければ、道に迷い深い山で遭難するのと
同じことです。
そんな奥山を、私は今日、無常の真理を知って
抜け出すことが出来ました。

○浅き夢見じ 酔ひもせず
今後は、不確かなものに心をうばわれることなく、
一時的な誘惑にも負けず精進いたします。

これは、涅槃経の「無常偈」の日本語訳だと言われます。

 諸行無常。
 是生滅法。
 生滅滅已。
 寂滅為楽。

→諸行は無常である。これは生滅の法である。
  この生と滅とを超えたところに、真の大楽がある。

涅槃経の「無常偈」をただ訳すだけでなく、
47文字すべての平仮名を使って、しかもダブることなく、
七五調のいわゆる今様のスタイルにするとは、
この「いろは歌」の作者は、凄い方だと思います。
空海の作だという説もありましたが、
研究に依り、その説は今では否定されています。

合掌

●法華三部経通貫-1     2012/4/26(木) 午後 9:04

今回は、法華三部経の内容を凝縮してお伝えします。

◎無量義経

古来より、法華経の開経とされている重要な経典です。

○徳行品

 まず、菩薩と声聞の徳を讃え、
 次に大荘厳菩薩が、釈尊の完全円満な徳と衆生を救済する行を讃嘆します。

○説法品

 大荘厳菩薩が、
「これまでに数限りない教えをお聴きしてまいりましたが、
 菩薩が悟りを得るための、最も有効な修行をお教え下さい。」
 と質問をし、釈尊が、その答えとして無量義の教えを説かれました。

 人々を救い切るためには、慈悲の心によって、
 人々の機根(仏の教えを理解する素養や能力)・性格・欲望を
 知り分ける能力が必要です。
 人に応じて教え方が異なるために、無量の教えが展開されることになりますが
 その大本となる教えは、一つであると知ることが必要です。
 
 多くの教え(諸法)は、実相(真理)によってあり、
 実相は、諸法によって明らかにされると知ることが重要です。
 諸々の教えとは、方便の教えですので、
 菩薩は、方便力を具えることが大きな課題です。
 慈悲に依る方便力によって、人々を救い切り、
 その関わりの中でさらなる智慧を得て、ついには悟りへと到達できると
 釈尊は、大荘厳菩薩に説かれました。

○十功徳品

 無量義の教えを習得した者の功徳が、十段階で説かれています。
 最初の段階では、発菩提心が功徳であり、最終段階は、当然ながら成仏です。

●法華三部経通貫-2     2012/4/26(木) 午後 9:08

◎妙法蓮華経

○序品第一

 序章です。
 法華経幕開けの章です。
 釈尊は、無量義経という菩薩への教えを説かれた後、
 瞑想に入られ、その眉間より光を放って、
 あらゆる世界のありさまを照らし出しました。

 そこは、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天という
 苦しみの世界であり、衆生が苦悩するのを見ました。
 そこには、また、声聞・縁覚の者たちがいて、
 修行する姿が見えました。
 それぞれの世界に、菩薩がおり、仏がいて、
 衆生を救済しているのを見ました。

 そのありさまを見た聴聞衆たちは、
 この不思議な光景の意味を知りたくなり、
 聴聞衆を代表して、弥勒菩薩が文殊菩薩に問いました。
 文殊菩薩は、過去にもこのような体験をしたことがあると話し、
 「これから仏さまは、法華経という
  最高の教えを説かれるに違いありません。」
 と答えました。
 これから、これから説かれるであろう最高の教えを
 合掌をして待ちました。

○方便品第二

 釈尊は、瞑想を終えられると舎利弗に向かって言いました。
 「舎利弗よ。
  諸仏の智慧は難解です。
  その難解の教えをそのまま説かず、
  まずは、皆さんの機根(仏の教えを理解する素養や能力)を
  高めるために様々な方便の教えを説いてきました。
  つまり、私は、これまで、弟子たちの、
  機根・性格・欲望に応じて
  修行の道を、声聞道、縁覚道、菩薩道の三つに分けて
  導いてきたのです。
  これは、真実につながる方便です。
  真実の道は、成仏の道(一乗)のみであり、
  声聞道、縁覚道、菩薩道の三つの道(三乗)は、
  仮の教えだったのです。
  (これを開三顕一といいます)
  人は誰でも、修行次第で成仏できます。
  そして、諸仏は、一切衆生の成仏を
  援助するために世に出ているのです。」

 方便品では、難解の法とは、諸法実相であるとし、
 諸法実相を、十如是の法門として明かしています。

○譬諭品第三

 舎利弗は、開三顕一の説を聞き、人は誰でも成仏できると知り、
 非常に喜び、感じ取ったことを釈尊に発表しました。
 その発表を聞いた釈尊は、舎利弗の気づきが本物であると知り、
 舎利弗が未来世に成仏すると、予言をしました。
 この成仏の予言を授記といいます。
 さらに、釈尊は、舎利弗以外の者たちにも、
 開三顕一の説と誰もが仏に成れることを
 分かりやすく明かすため、譬え話にして教えを説きました。
 これが、「三車火宅の譬え」です。

 ある時、長者の大きな邸宅が火事になりました。
 中にいた子供たちは、遊びに夢中で火事に気づかず、
 外にいる長者が説得しても、外に出ようとしませんでした。
 そこで長者は、子供たちが欲しがっていたおもちゃのことを思い出し、
 「羊の車と鹿の車と牛車の三車が門の外にあるぞ」といって、
 子供たちを導き出しました。
 その後、助かった子供たちには、立派で荘厳な大白牛車を与えました。

 この物語の長者は仏で、火宅は苦しみの多い三界、
 子供たちは三界にいる一切の衆生、
 羊車・鹿車・牛車の三車とは、
 声聞・縁覚・菩薩(三乗)のために説いた方便の教えで、
 それらの人々の機根を三乗の方便教で調整し、
 その後に大白牛車である一乗の教えを与えることを表しています。

○信解品第四

 方便品での説法と舎利弗への授記と三車火宅の譬えによって、
 開三顕一の説を理解し、自分たちも成仏できることを納得した
 四大声聞たちが、自分たちの気づきを譬え話にして発表しました。
 それが、「長者窮子の譬え」です。

 ある長者の子供が幼い時に家出しました。
 彼は50年の間、他国を流浪して困窮したあげく、
 父の邸宅とは知らず、偶然にもその門前にたどりつきました。
 父親は、その窮子を見て、すぐにそれが息子だと確信し、
 召使いに連れてくるように命じました。
 召使いたちは、息子を捕えましたが、
 何も知らない息子は、捕えられるのが嫌で気絶してしまいました。
 無理やり連れてくることは良くないと判断した長者は、
 一度息子を放し、一計を案じ、別の召使いにみすぼらしい格好をさせて、
 「いい仕事があるから一緒にやらないか」と誘うよう命じ、
 ついに邸宅に連れて来ました。
 そして、その窮子を掃除夫として雇い、最初に一番汚い仕事を任せました。
 それは、便所の糞を綺麗にぬぐう仕事でした。
 窮子である息子は、熱心に仕事をこなしました。
 長者自身も、時には立派な着物を脱いで、
 身なりを低くして窮子と共に汗を流しました。
 やがて20年が経ち、臨終を前にした長者は、
 窮子に財産の管理を任せ、実の子であることを明かしました。

 この物語の長者とは仏で、窮子とは衆生です。                    
 仏の様々な化導によって、一切の衆生はみな仏の子であることを自覚し、
 成仏することができるということを表しています。
 なお長者窮子については、釈尊が語るのではなく、
 弟子の大迦葉が理解した内容を釈迦仏に伝える形をとっています。

○薬草諭品第五

 釈尊は、四大声聞たちの発表を聞いて喜びますが、
 仏と衆生との関係をさらに深く説明するために、
 「三草二木の譬え」を説きました。

 大雲が起こり雨が降り注がれると、
 すべての草木は、平等に潤いを与えられます。
 しかし、大地に生える草木は、
 それぞれの形に大小があって異なるため、
 平等に雨が降っても、吸収する能力はそれぞれに異なります。
 
 この説話の大雲とは仏で、雨とは教え、
 小草とは人間や天上の神々、中草とは声聞・縁覚の二乗、
 上草とは二乗の教えを通過した菩薩、
 小樹とは大乗の教えを理解した菩薩、
 大樹とは大乗の教えの奥義を理解した菩薩であり、
 それら衆生は、各自の機根に応じて一乗の教えを
 二にも三にも聞きますが、仏は大慈悲をもって、
 一味(一乗の異名)実相の教えを衆生に与え、
 利益で潤したことを譬えています。

 仏はいつも人々を成仏させようと働きかけているのだけれど
 衆生の機根・性格・欲望が十人十色なため、
 教えの受け方に違いが出るという内容です。

○授記品第六

 釈尊が、四大声聞に授記をします。
 授記とは、その人が未来世において必ずや成仏するであろう、
 という釈尊の予言です。
 授記の内容は、その人が成仏した時の名称(仏としての名称)、
 その仏が受け持つ国の名称、その仏のいる時代の名称などです。
 
 これまで成仏とは、釈尊の菩提樹下の悟りがイメージされてきましたが
 実は、一つの国(宇宙)を受け持つ教主となることだと明示されています。
 このことは、法華経の要の一つです。

○化城諭品第七

 前世からの仏と弟子たちとの関係を説き、
 成仏までの長い修行期間に対して不安を感じている者たちに対して、
 「化城宝処の譬え」を説いて力づける章です。

 宝のある場所に向かって、五百由旬という遥かな遠路を旅する
 多くの人々がいました。
 しかし、険しく厳しい道が続いたので、皆が疲れてしまい、三百由旬をすぎた処で、
 旅を断念しようとする動きが出てきました。
 その中に一人の大導師がおり、人々の疲れによるあきらめを知って、
 方便力をもって幻の城を化現させ、そこで人々を休息させて疲れを癒しました。
 人々がそこで満足しているのを見て、大導師はこれは仮の城であることを教えて、
 そして再び宝処に向かって出発し、ついに人々を真の宝処に導きました。

 この物語の大導師は仏で、旅をする人々は一切衆生、
 五百由旬の道のりは、仏道修行の厳しさや困難、化城は二乗の悟り、
 宝処は一乗の悟りであり、仏の化導によって声聞・縁覚の者が、
 その悟りに満足せずに仏道修行を続けて、
 一乗の境界に至らしめることを説いています。
 
 真実を悟る道は、非常に長く険しく、困難であり、
 ほとんどの人々は、中路にて、精進を怠るようになります。
 そこで、仏は方便力によって、その疲れを癒し、
 再び活力を持てるようにと、仮の教えを説いて人々を安楽の境地に高めます。
 人々が、再び真実を悟る道を目指そうとした時に、
 仮の教えから、真実であり、成仏の教えである一乗の教えへと
 仏は導くのだと、この譬えでは説かれています。

○五百弟子受記品第八

 富楼那をはじめとする沢山の高弟たちへ授記を与えます。

 ある貧乏な男が、金持ちの親友の家に招かれて、酒に酔い眠ってしまいました。
 親友は遠方へ出向く用事が出来たため、
 眠っている男を起こそうとしましたが起きませんでした。
 そこで彼の衣服の裏に高価で貴重な宝珠を縫い込んで出かけました。
 男はそれとは知らずに起き上がると、友人がいないことから、
 また元の貧乏な生活に戻り他国を流浪し、少しの収入で満足していました。
 時を経て再び親友と出会うと、親友から宝珠のことを聞かされ、
 はじめてそれに気づいた男は、ようやく宝珠を得ることができました。

 この物語の金持ちである親友とは仏で、貧乏な男は声聞であり、
 二乗の教えで悟ったと満足している声聞が、
 再び仏に見え、宝珠である真実一乗の教えをはじめて知ったことを表しています。

○授学無学人記品第九

 釈尊の侍者である阿難と釈尊の実子である羅ゴ羅、
 二千人の声聞の修行者へ授記をします。
 この授記によって、説法会に集ったほとんどの者が
 記を受けたことになります。

●法華三部経通貫-3     2012/4/26(木) 午後 9:09

○法師品第十

 菩薩とは、菩提心を起こした者のことです。
 これまでの説法や授記によって、聴聞衆のほぼ全員が菩提心を起こし、
 菩薩となりました。
 聴聞衆が開三顕一を覚り、菩薩の自覚を持ったことを知り、
 釈尊の説法は次の段階に上がります。

 釈尊は、成仏の修行方法を明らかにしました。
 仏に成る修行とは、法師の修行だというのです。
 法師とは、人のために仏法を説く人のことであり、
 その修行方法とは、受持・読・誦・解説・書写の五種法師の修行です。
 法華経を学び、心に受け、それを持ち続けることが「受持」です。
 法華経をよく読むことが「読」であり、
 暗記してすらすらと読むことが「誦」です。
 学んだ教えを人々に説き明かすことが「解説」であり、
 印刷技術のない頃に、他者のために法華経を書き写すのが「書写」です。

 この五種法師の修行をする者は、かつて10万億の仏を供養し、
 成仏の境界に達していながらも、人々を憐れむがゆえに、
 人間として転生してきた者たちです。
 仏陀の位にならず、自らが願って、人として生まれてきたのです。

 また、釈尊は、人々に法華経を説く時の心構えとして、
 慈悲の心と柔和忍辱の心を持ち、空の智慧で説くようにと教えました。
 
○見宝塔品第十一

 地中より、巨大な宝塔が現れ、虚空に浮遊し、内部より多宝如来が、
 「釈尊が今説いた教えは真実である」
 と声高らかに証明しました。
 多宝如来は、妙法蓮華経が説かれる場所に参上し、
 その教えが真実であると証明する仏です。

 その後、釈尊は、十方にて教えを説き広めている
 自分の分身仏をその塔の前に集め、娑婆国土を清浄にした後、
 宝塔の扉を開け、多宝如来と並んで宝塔内に座りました。

 塔とは、お墓です。
 お墓より、大音声がしたことが不思議でしたが、
 その内に、多宝如来という仏の全身がそのままに在ったことは、
 さらなる不思議です。
 しかも、生きて話しているということは、不思議の極みでした。
 仏陀は、死してまだ生きているということなのでしょうか?
 その謎は、もう少し後の章で明らかになります。

 その後、人々も仏の神通力によって空中に浮遊し、
 説法の場所は霊鷲山より、虚空へと変わりました。
 そして、釈尊は、人々に、
 「誰がこの法華経を広めますか?」
 と問いました。

○提婆達多品第十二

 提婆達多という悪人の成仏と竜宮に住む龍女の即身成仏を説いた章です。
 善知識になることの功徳が示されています。

○勧持品第十三

 見宝塔品での、
 「誰がこの法華経を広めますか?」という釈尊の問いに対して、
 菩薩や阿羅漢たちが殉教の誓いをします。
 二万の菩薩が此土の弘経の誓願をし、
 五百、八千の声聞衆が他土の弘経の誓願をします。

○安楽行品第十四

 勧持品で不惜身命の誓いを立てた人々の中の、
 初心の菩薩たちのために、安心して修行が出来る様にと、
 釈尊が、法師の心得、行動を丁寧に説かれます。
 それは、摂受の布教方法であり、迹門の流通のために必要な方法です。
 さらに、法華経が最高の教えである事を、
 「髻中明珠のたとえ」にして説かれました。

 転輪聖王(武力でなく仏法によって世界を治める理想の王)は、
 兵士に対してその手柄に従って、城や衣服、財宝などを与えていました。
 しかし髻(まげ)の中にある宝珠だけは、
 みだりに人に与えると諸人が驚き怪しむので容易に人に授与しませんでした。

 この物語の転輪聖王とは仏で、兵士たちは弟子、
 種々の手柄により与えられた宝とは、法華経以前の様々な教え、
 髻中の明珠とは法華経であることを表しています。

●法華三部経通貫-4     2012/4/26(木) 午後 9:12

○従地湧出品第十五

 他世界から集っていた菩薩たちが、
 「私たちにこの世界での広宣流布をさせて下さい」と申し出たところ、
 釈尊は、
 「それには及びません。その役割の者はすでにここにいるのです」
 と断りました。
 その時、地より無数の菩薩たちが、釈尊の前に現れました。
 その地湧の菩薩たちは、皆徳の高い相を具え、教化の力を持っていました。
 特にリーダー格の四大菩薩は、仏に近い存在でした。
 しかし、人々は、これほどの菩薩を一体誰が育成したのかが疑問になり、
 代表して弥勒菩薩が質問したところ、釈尊の答えは、
 「この大菩薩たちを教化したのは私です」
 という驚きの内容でした。
 無量ともいえる大菩薩たちを教化したのが、
 成道して四十余年の釈尊であるという答えを、
 にわかに信じることが出来ず、
 弥勒菩薩はその不思議の意味をさらに問いました。
 その答えとなるのが、如来寿量品です。

○如来寿量品第十六

 釈尊は、従地湧出品での弥勒菩薩の質問に対し、
 「これから語る内容を信じて理解して下さい」
 と何度も繰り返した後、
 「私の成仏は四十余年前ではなく、
  実は時間の概念を超越した遥かな昔のことです。
  私は、久遠の昔に成仏して以来、無量の人々を教化し続けてきました。」
 とおっしゃいました。

 そして、永遠不滅の本仏釈尊は、神通力により、
 肉体を持った仏となって生じ、この世界に現れ、入滅することを説かれました。
 如来の語る教えは、全て衆生を悟りに導くためです。
 様々な仏の名や教え、菩薩や聖人たちの名や教えを説き示し、
 様々な教化によって悟りに導きます。

 続いて、機根の低い人々を救うために、
 方便として入滅することを話され、
 そのことを、「良医治子のたとえ」にして説かれました。

 ある所に腕の立つ良医がおり、
 彼には百人余りの子供がいました。
 ある時、良医の留守中に子供たちが、
 誤って毒薬を飲んで苦しんでいました。
 そこへ帰った良医は、薬を調合して子供たちに与えましたが、
 半数の子供たちは毒気が軽減だったのか、
 父親の薬を素直に飲んで本心を取り戻しました。
 しかし、残りの子供たちは、それも毒だと思い、
 飲もうとしませんでした。
 そこで良医は一計を案じ、
 いったん外出して、使いの者を出し、
 父親が出先で死んだと告げさせました。 
 父の死を聞いた子供たちは、毒気も忘れ、嘆き悲しみ、
 大いに憂いて、父親が残してくれた良薬を飲んで
 病を治すことができました。
 子供たちの毒が消えたことを知った良医は、
 子供たちの元に戻り、子供たちは父を見ることができました。

 この物語の良医は仏で、病で苦しむ子供たちを衆生、
 良医が帰宅し病の子らを救う姿は、仏が一切衆生を救う姿、
 良医が死んだというのは方便で涅槃したことを表しています。

○分別功徳品第十七

 久遠実成の本仏について信解した者の功徳を、
 分別して浅深を定めて説いています。

○随喜功徳品第十八

 分別功徳品において説かれた功徳の内、
 最も重要である「初随喜の功徳」を詳しく説いています。
 つまり、久遠実成の本仏について聞き、
 喜んで妙法蓮華経に帰命する者の功徳がいかに広大であるかが
 説かれています。

○法師功徳品第十九

 法師の行による六根清浄の功徳が示された章です。

○常不軽菩薩品第二十

 遠い過去、威音王如来入滅後の像法の世に、
 常不軽と呼ばれた菩薩がいて、
 仏性礼拝行の功徳によって、六根清浄を得、さらに妙法蓮華経を得、
 最高の悟りに達した事が説かれています。

○如来神力品第二十一

 地湧の菩薩のリーダーである上行菩薩に付属(別付属)をします。
 そして、その付属のために、釈尊と諸仏が十大神力を示現します。
 付属とは、布教の役を託すことです。

○嘱累品第二十二

 付属の対象を全ての人々に広げます。
 人々が使命をよく受けたので、多宝如来と異世界の仏たち、
 菩薩たちにそれぞれの世界に戻る様にすすめ、
 その仏たちはこの間の出来事を大いに讃えました。

○薬王菩薩本事品第二十三

 説法の舞台は、再び霊鷲山に戻ります。
 本事とは、往時(過去)の所業のことであり、
 この章では、薬王菩薩の本事を示し、自己犠牲、献身的な実践こそが
 最大の供養であるということを説いています。

○妙音菩薩品第二十四

 東方の一切浄光荘厳国から、釈尊を供養し、法華経を聞くために
 霊鷲山に来訪した妙音菩薩について説いた章です。
 釈尊は、妙音菩薩が三十四種に身を変えて
 衆生を救う神通の力(普現色身三昧)を持つことを説きました。

○観世音菩薩普門品第二十五

 西方に住むという観世音菩薩のはたらきについて説かれています。
 それは、普く門を開き、相手に応じて姿を変えて示現し、
 衆生を救うという慈悲のはたらきです。

○陀羅尼品第二十六

 法華経を守護するため、薬王菩薩や勇施菩薩等が神呪を唱えます。

○妙荘厳王本事品第二十七

 妙荘厳王の過去の因縁の章です。
 仏道修行には、善知識の存在がいかに必要であるかを、
 妙荘厳王の昔話を通して説かれます。

○普賢菩薩勧発品第二十八

 東方の宝威徳仏の弟子である普賢菩薩が、
 法華経の説法を聞きに霊鷲山に往詣しましたが、
 説法がすでに終わっていたため、
 せめて肝要なところの再説をと釈尊にお願いしました。
 そこで釈尊は、四つの大事(四法成就)を述べられました。
 勧発とは、信心発起を勧めることで、
 古くよりこの章は、再演法華と呼ばれています。

●仏説観普賢菩薩行法経

 古来より、法華経の結経とされている重要な経典です。
 前半では、普賢菩薩を観る瞑想方法が紹介され、
 後半では、懺悔について説かれています。
 最高の懺悔とは、諸法の実相を観ることであり、
 法華三部経を貫く諸法実相論の締めくくりとなっています。
 
合掌

●仏のことば     2013/5/30(木) 午後 2:22

仏教の初期の経典には、アーガマ(阿含経)、ダンマパダ(法句経)、スッタニパータ(経集)などがあります。

今日からは、スッタニパータをご紹介していきます。
スッタニパータの漢訳の経典は日本には入ってきていませんので、中村元先生が訳した「ブッダのことば」を基にしてご紹介いたします。

スッタニパータ。

スッタとは「経典」の意味で、ニパータは「集める」のことですから、スッタニパータは、「経集」とも訳されています。よって、短い経典を集めたのがスッタニパータです。

仏教の経典のほとんどは、後の弟子たちによって造られたものです。もちろん、釈尊の教えを伝えていますが、弟子たちの考え方が盛られていて、純粋に釈尊の教えだという経典は少ないようです。

その数少ない釈尊の純粋な教えが、このスッタニパータにはあります。そっくりそのまま、釈尊の説いた内容を書き写した内容ではありませんが、比較的に一番釈尊の直の教えがスッタニパータには含まれています。

では、次回より、スッタニパータを「仏のことば」としてご紹介していきます。

合掌

●仏のことば-2     2013/5/31(金) 午後 0:26

 第一 蛇の章 「1. 蛇」

スッタニパータの最初は、「蛇の章」です。
この章には、12の短い経典が収められています。

 「蛇」
 「ダニヤ」
 「犀の角」
 「田を耕すバーラドヴァージャ」
 「チュンダ」
 「破滅」
 「賤しい人」
 「慈しみ」
 「雪山に住む者」
 「アーラヴァカという神霊」
 「勝利」
 「聖者」

まずは、「蛇」という経典から読んでいきましょう。

「蛇」には、「蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである」という言葉で結ぶ詩句が、全部で17句収められています。蛇がするりと古い皮から脱するように、迷いの世界から解脱しましょうという教えです。

合掌

●仏のことば-3 怒り     2013/5/31(金) 午後 0:57

 第一 蛇の章 「1. 蛇」

No.1
 蛇の毒が、身体のすみずみにひろがるのを薬で制するように、
 怒りが起こったのを制する修行者は、
 この世とかの世とをともに捨て去る。
 蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。

怒りを蛇の毒に譬えています。毒が身体中にひろがるように、怒りも身体中に広がり、その身を滅ぼすということでしょう。怒りが起こったのを制する修行者は、この世とかの世とをともに捨て去ると説かれています。

この経に出てくる修行者とは、「比丘」のことです。比丘とは出家修行者のことですから、解脱を目的に生きている人です。解脱とは、迷いの世界から脱して涅槃に入ることをいいます。

輪廻からの解脱だと理解していいと思いますが、輪廻というものにこだわると話がややこしくなりますから、「執着からの解放」だと観たほうがいいでしょうね。

私も怒りに関しては反省することが多いです。今年も一度、大きな怒りを感じました。怒りを感じると、毒に侵されるのと同じで、心が怒りで支配され、それが憎しみになったり、怨みになったりで大変です。この毒を一瞬の間に消せる薬があれば欲しいですね。

ここには、毒を制す薬の正体は明かされていませんが、このスッタニパータという経典が、その薬だということだと思います。

参考までにスッタニパータのパーリ語原典を最後に紹介します。

No.1
 Yo uppatitam vineti kodham,
 visatam sappavisamva osadhehi;
 So bhikkhu jahati oraparam,
 urago jinnamivattacam, puranam.

合掌

●仏のことば-4 愛欲     2013/6/1(土) 午前 7:38

 第一 蛇の章 「1. 蛇」

No.2
 池に生える蓮華を、水にもぐって折り取るように、
 すっかり愛欲を断ってしまった修行者は、
 この世とかの世とをともに捨て去る。
 蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。

インドには、蛇が非常に多いそうです。蛇が多いので、この経典でも身近な蛇を例に引いて教えを説いたのでしょう。それと同じように、蓮華もまた、インドの花と言われるだけあって、よく見られる花だそうです。私がインドに行った時も、沼に咲く白い蓮をたくさん見ました。白蓮は本当に美しい花です。

この詩には、蓮華が譬えに出てきます。
この譬えでは、「愛欲」を蓮の根として譬え、水上の蓮の華だけを取るのではなく、水に潜って根こそぎ蓮を取りましょうと言っています。つまり、愛欲を根こそぎ取りなさいと言っています。そうすれば、この世界とかの世界へのこだわりを捨てるということです。

すべての現象には原因があります。
すべての苦にも、もちろん原因があります。

苦しみの代表は、生老病死の苦、愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦、五蘊盛苦という四苦八苦でしょう。老化、老衰、病気、怪我、死亡、愛する者との別れ、憎い者との出会い、欲しくても得られない欲求不満、心身に執着することは、苦であると言われます。それは、「苦果」であり、「原因」を探れば「執着」だということが分かります

若さに執着するから老いることを否定して抵抗し、思うようにならないために苦を感じます。すべての苦は、何かに執着しているから起こるのです。愛別離苦は、相手といる時の自分が居心地よかったため、その居心地のよさに執着していれば、別れの時に苦を起こします。

このように表面に表れている苦の原因は、「執着」であり、さらにその根っこを探れば、「愛欲」だということが分かります。この愛欲とは、欲求の激しいものです。喉の渇いた人がものを欲しがるように、理性を忘れ、ものを欲しがることです。

衣食住などの必需品を分相応に欲し、ガツガツしないのであればいいのですが、「欲しい」という欲望が心を支配するのであれば、それは執着となり、苦となります。

「若さが欲しい」「美貌が欲しい」という欲求が強ければ、若さや美貌に執着して、老いたり醜く変化したら絶望を感じることでしょう。

この様に、苦を感じているのであれば、その原因を見究め、その原因を根こそぎ取り去れば苦は消えるということです。

 「愛欲」 → 執着 → 苦

よって、苦という表面上の「蓮華」だけを見て対処しても意味はなく、その根本を除けば、幸せになれるということです。

パーリ語では、この「愛欲」と訳されたところは、「ラーガ」 "raga" となっています。「ラーガ」とは、「貪り」のことです。

この教えは、出家修行者に向けて話されていますので、私たちのような凡夫が、煩悩を滅することはなかなか出来ませんが、知識として知っておいて、小さな実践でもしていけば、いいのではないかと思います。

> この世とかの世とをともに捨て去る。
> 蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。

此岸と彼岸とをともに捨てるということです。つまり、今生きているこの世界への執着もなくなり、死んでから行くであろう死後の世界への執着もなくなる境地です。その執着がなくなる様子を、「蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである」と表しています。

この後半の詩は、「1. 蛇」では、毎回繰り返し出てくる表現です。

No.2
 Yo ragamudacchida asesam,
 bhisapupphamva saroruham vigayha;
 So bhikkhu jahati oraparam,
 urago jinnamivattacam, puranam.

合掌

●大乗仏教の起こりについて     2014/7/2(水) 午前 10:26

インドの仏教は、初期仏教時代→部派仏教時代→大乗仏教時代というように、おおまかにいえば、三つの時代がありました。今回は、大乗仏教の起こりについてお伝えします。

釈尊が亡くなられて、約100年後に仏教教団は、上座部と大衆部の二つに分かれました。戒律についてのとらえ方の違いが原因だとされています。上座部は保守派で大衆部は革新派です。この最初の分裂を根本分裂といいます。

当時のインドはアショーカ大王によって統一され、アショーカ大王が仏教に帰依することによって、仏教が国教になりました。国によって援助がでるために、仏教は大いに栄え、出家者も増え、多くの部派が起こりました。その中で最も勢力があったのが、上座部仏教の『説一切有部』です。『説一切有部』は、衣食住の心配がなくなりましたので、寺にこもり、経典の研究に没頭しました。それによって出来たのがアビダルマです。

出家修行者たちは、遊行や托鉢の法話をしなくなりました。遊行とは、雨期以外の季節、各地を説法して歩くことで、托鉢の説法とは食事の布施を頂いた人に説法をすることです。こうして、在家信者たちとの関わりがなくなってしまいましたので、在家信者たちは、アショーカ大王によって建てられた仏塔を参拝し、供物をささげ、祈願をするという仏塔信仰をしていました。

仏塔とは、釈尊の遺骨を納めて供養をするために建てられた塔のことです。釈尊が亡くなられた時には、釈尊の遺骨は八つに分けられましたが、アショーカ大王によって小さく砕かれて、インド中に仏塔が建てられました。この仏塔信仰が後に大乗仏教が起こる大きな要因になります。

紀元前一世紀頃から、ギリシャとの貿易に成功した商人たちは、仏塔周辺に色んな施設を寄贈しました。宿舎や沐浴場、足洗い場などを作ることによって、在家信者たちの仏塔信仰はより盛んになりました。

その時に、仏塔管理者である法師と、大衆部出家者とが協力して、在家信者にも釈尊の教えを伝えようという運動が始まりました。在家信者は、仏塔に参り、供物を捧げ、祈願をするだけで、ほとんど仏教を学んでいません。法師が、簡単に釈尊伝や教えを話して聞かせましたが、仏教を学ぶほどではありませんでした。

釈尊は、「自燈明・法燈明」を臨終間際に説かれています。他を拠りどころにするのではなく、自分と教えを拠りどころにしなさいと教えられたのです。しかし、その頃の在家信者は仏塔を信仰し、教えを学んでいませんので、道を外れています.道に戻すのは自分たちの役割だと自覚して、大衆部出家者と法師たちは協力して、在家信者中心の仏教を起こしました。それが大乗仏教です。

この時、大乗仏教徒たちは、在家と関わらない上座部仏教徒たち、特に『説一切有部』を批判しました。個人の救われよりも、多くの救われを目指し、救われとは「成仏」であるとして、大乗仏教徒たちの修行の目的は、「共に成仏する」こととしました。成仏を目指しますので、自分たちを菩薩と称しました。そして、個人の解脱を求めて学習に没頭する説一切有部の人たちの仏教を「小乗仏教」と蔑称で呼びました。「小乗仏教」とは、「ヒナヤーナ」のことですから、日本語にすれば、「劣った乗り物」です。

大乗の菩薩たちは、『般若経』『法華経』『華厳経』『浄土三部経』などの新しい経典を編纂し、書写によって経典を広める活動をしました。仏塔においても、大乗の教えを説くようになりました。

大乗仏教の教義の核となるのは「空」です。これは、上座部仏教の研究結果であるアビダルマを根底から否定し、釈尊の教えに戻りましょうという呼びかけの教義です。説一切有部は、法には実体があるという論を唱えましたので、大乗の菩薩たちは、一切に実体はないという意味である「空」を唱えて論破しました。空は、釈尊の「縁起の理法」を基にしていますから、説一切有部の理論よりも上だったようです。

一切に執着をしないこと。自他の区別をしないこと。それが仏の教えですから、「与えること」「分かち合うこと」という慈悲の行為を勧めました。それが布施です。布施をはじめとする六波羅蜜の実践によって、共に成仏を目指したのが大乗仏教です。大乗仏教は、庶民も修行できる内容ですから、大衆に受けいれられて大いに広まりました。

合掌

●空について     2014/9/23(火) 午後 9:10

空とは、実体がないということですが、大乗仏教は実体がないということを主張したわけではありません。実体がないということを通して、如何なるものにも執着しないことを伝えています。無執着は釈尊の説かれたことですから、空は釈尊の思想に基づいています。

合掌

●開経偈     2014/11/7(金) 午後 1:21

 無上甚深微妙法(むじょうじんじんみみょうほう)
 百千万劫難遭遇(ひゃくせんまんごうなんそうぐう)
 我今見聞得受持(がこんけんもんとくじゅじ)
 願解如来真実義(がんげにょらいしんじつぎ)

この詩は、開経偈といいます。日本では、ほとんどの宗派で経典を読む前に唱えるようです。日蓮系では、この後にまだ文が続きます。私は、こちらの開経偈に魅力を感じます。

*日蓮系開経偈

無上甚深微妙の法は、百千万劫にも遭い奉ること難し。我今見聞し、受持することを得たり。願わくは如来の第一義を解せん。

至極の大乗、思議すべからず。見聞触知、皆菩提に近づく。能詮は報身、所詮は法身、色相の文字は、即ち是れ応身なり。無量の功徳、皆この経に集まれリ。是故に自在に冥に薫じ密に益す。有智無智罪を滅し善を生ず。若しは信、若しは謗、共に仏道を成ず。三世の諸仏、甚深の妙典なり。生々世々、値遇し頂戴せん。

*現代語訳

この上もなく深く最高な教えには、百千万劫という非常に長い時間の中においても出会う事は難しいものです。私は今、その教えに出会い、心にしっかりと受け止めることが出来ました。願わくは、如来のみが知るという絶対なる真理を悟りたいと存じます。

大乗の真理は、思考によって得られるものではありません。見ること、聞くこと、触れること、知ることが悟りへの道です。真理を明らかにするものは世に出た仏であり、明らかにされるのは絶対なる真理です。そして、文字として著された経典は、私たちに応じて現わされた仏の姿です。無量の功徳は、すべて、この妙法蓮華経に集結しています。このことから、すべてに通じることができますから、しだいに功徳を身につけ、密かに利益を得ることができます。智慧ある者も、智慧なき者も、罪を滅し、善根を生じさせます。

もしこの経を信じていたとしても、もし批難していていたとしても、誰もが仏道を歩む事が出来ます。妙法蓮華経は、現在・過去・未来の諸仏の非常に深い境地を顕された勝れた教えです。何度生まれ変わっても、この妙法蓮華経を求め、頂戴致しましょう。

合掌

●空について-2     2015/1/15(木) 午後 5:30

インドのサンスクリット語の「シューニャ」を中国で「空」と訳しました。「シューニャ」とは、「欠如」「空虚」という意味です。日本でも、ビン・箱などの中身が入っていない状態のことを「空」(から)といいますが、シューニャも同じような意味です。「空席」といえば、その席に人が坐っていないことをいうように、あると思われるものの欠如したことをシューニャといいます。

仏教では、多くの人々が、あると思っている実体の欠如のことを「空」と名付けています。ほとんどの人は、自分には実体があると思っているし、あらゆるものにも実体があると思っています。「私には実体がない」という考えを持っていないし、「私には実体がある」ということを疑ってもいません。そのような、人々があると思い込んでいる実体を否定した言葉が「空」です。

実体というのは、「本体・実質・正体」のような意味で使われます。自分の実体といえば、本当の自分というような感じでしょう。インドでは、古くから実体を観察することを重視していましたので、実体というものがどのようなものかについても思惟されていました。インド思想の実体とは、「そのものをそのものとして成らしめるもの」のことです。そこにリンゴがあれば、リンゴをリンゴとして成らしめるものが実体です。ただ、リンゴだけを観察するのではなく、リンゴの実体に注目してそのものを理解しようとしました。

そのものをそのものとして成らしめるのですから、実体とは、そのものの主体であり、常にあり、他に依らずにそれ自体であるものです。

実体とは、そのものの主体です。作るものであって、作られるものではありません。実体とは、作るもの、見るもの、聞くもの、知るものです。認識する者は実体であって、認識されるものを実体とはいいません。

実体とは、常にあるものです。昨日と今日とで変わるものを実体とはいいません。リンゴの実体は、常にリンゴをリンゴとして保持するものです。古代インドでは、業を作るもの、輪廻するもの、解脱するものを実体だとしましたので、実体とは、過去・現在・未来にわたって常住するものだと観ました。

実体とは、そのものの主体であり、常住するものですから、他のものに影響されずにそれ自体で存在するものです。他に依るのであれば、それは客体であり、他の影響を受ければ変化しますので、常住ではありません。

仏教以前のインドのリシと呼ばれる修行者(聖賢)たちは、そのような個の実体を「アートマン」と呼びました。アートマンとは、個の原理であり、主体であり、常住であり、自立したものだと説いています。リシたちの説くアートマンは、形而上学的な思想だといえます。

仏教では、アートマンを否定してアナートマンと言いました。アナートマンを中国で「非我」「無我」と訳しています。日本では、一般的に「無我」という言葉が使われます。無我という言葉で、個の実体を否定し、形而上学的な思想を否定しています。

無我という言葉では、「人には実体がない」と意味に取られることが多かったために、大乗仏教では、すべてのものの実体を否定して「空」という言葉を用いました。初期仏教時代から、空という言葉は使われていましたが、大乗仏教では「空」の思想によって、有無に執着する見方を悉く否定しました。

空の思想では、「実体がない」ことを論じますが、これは「無の思想」ではありません。仏教では、「有る」と「無い」の両辺に執着しません。深く学んでいけば、このことを理解できると思います。はじめは、「それは実体ではない」と観て、あらゆるものへの執着から離れることが勧められます。

合掌

●色即是空・空即是色について     2015/6/16(火) 午後 4:30

「色即是空・空即是色」

この言葉は、仏教をあまり知らない人にも知られている有名な言葉です。日本で最も読まれている『般若心経』にあることで馴染みがあるのでしょう。言葉はよく知られていますが、この言葉の意味はほとんど知られていません。意味不明のまま、まるで呪文のように読まれています。

「色即是空・空即是色」の色とは、物質的現象のことです。空とは、実体が無いことをいいます。よって、「色即是空・空即是色」とは、次のような意味です。

「物、それは実体がないものである。実体がないもの、それは物である」

これでは、何の意味なのかさっぱり分かりませんね。少し、言葉を補うと次のように表わすことができます。

「物、それは実体がないものである。実体がないものであるから、それは物として仮にある」

こう書けば少し意味が見えてくるかも知れません。

経典の中で最初に「色即是空・空即是色」という言葉が登場するのは、鳩摩羅什訳の『摩訶般若波羅蜜経』です。全27巻の経典の中で、数回、「色即是空・空即是色」という言葉が使われています。『摩訶般若波羅蜜経』は、玄奘訳の『大般若経』全600巻の中では、『二万五千頌般若経』というタイトルで訳されています。

『摩訶般若波羅蜜経』で、初めて「色即是空・空即是色」という言葉が出てくるのは、『奉鉢品第二』です。ここで説かれた内容をベースにして、空がどのようなものかが徐々に明かされていくのですから、ここを読まなくては『摩訶般若波羅蜜経』の理解は出来ないし、『般若心経』を解説しても、単に個人の感想・意見の類でしかありません。重要な内容ですので紹介いたします。

●三乗について     2015/11/11(水) 午後 9:01

法華経には、声聞・縁覚・菩薩という三種類の修行タイプが説かれています。

声聞とは、「声を聞く者」のことです。釈尊の時代には、仏弟子はみな釈尊の声を聞いて学んでいましたから、出家・在家・男・女の区別がなく、仏弟子のことを声聞と呼んでいました。釈尊の滅後、時代が進んでからは意味が変わり、男性の出家者のことを声聞と呼ぶようになっていました。

縁覚(辟支仏)とは、「縁に依って覚る者」のことです。釈尊の時代には、執着から物理的に離れるために出家が勧められ、出家して教団に入り、僧伽という小集団に属して共に修行しました。修行が進んだ者は僧伽からも離れ、人里を離れて山林に入り、独りで自然界の縁起を観じて覚りを目指しました。なので独覚と呼ばれていました。釈尊の滅後は、独りで修行をする者、グループをつくって山野にこもる修行者のことを縁覚と呼びました。法華経には、十二因縁の法を観じて覚りを目指す者のこととされます。

菩薩とは、「菩提を求める者」のことです。菩提というのは、悟りのことです。声聞や縁覚のように、自分一人の修行の完成を目指すのではなく、衆生と共に成仏を目指す者です。

合掌

●般若心経について     2015/11/12(木) 午後 1:08

大乗仏教の『般若経典群』のテーマは空です。『般若心経』も、空がテーマですが、空を悟るための瞑想に入るのに有効な呪文を明かしています。

人は、言葉(概念)に依って事物を認識していますが、真理は、概念を超えたものであり、言葉で表すことは不可能です。人は、あらゆるものに名前を付け、概念化し、多くの名前と概念の組み合わせで思考をしています。

通常の思考では捉えられないものが真理ですので、思考を止めて直観でそのものを捉える必要があります。それは、なかなか出来る事ではないため、『般若心経』では、直観に入るための呪文を説いています。

合掌

 

 

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