小松英雄 古典再入門 (2006) 

2017.3.2  更新2017.3.3

 本書は、『土左日記』を入りぐちにして という副題がついています。

著者は、最初 「をむなもしてみむ」 をタイトルにしようと考えたのですが、出版社の編集者に反対されたそうです。

 土左日記は、本来、仮名文のテキストなので、

をとこもすなる日記といふものをゝむなもしてみむとてするなり」とあるのを

 「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり」 と表記し、

 男も書くと聞いている日記というものを女のわたしも書いてみよう という意味であると説明されるのですが、

本来は、「をむなもし」という言葉をうめこんで、仮名文字で書こうという意味を表しているのだそうです。

 

 また、古典の読書の道案内になるべき注釈者や古語辞典の在り方について、

著者は、徒然草を例に、以下の説明をします。

徒然草 第52段   赤字は、小松さんではなく、このホームページの著者による翻訳です

仁和寺にある法師、年よるまで石清水を拝まざりければ、
仁和寺にいる法師が、年をとるまで石清水八幡宮を参拝したことがなかったので、

心憂くおぼえて、ある時、思ひ立ちて、ただひとり、徒歩(かち)より詣でけり、
情けなく思って、ある時、思い立って、ただひとり、徒歩で詣でたのでした、

極楽寺、高良などを拝みて、かばかりかと心得て帰りにけり、
極楽寺や高良などを拝み、これだけかと思い込んで帰ったのでした、

さて、傍(かたへ)の人にあひて、年ごろ思ひつること果たし侍りぬ、
さて、仲間に会って、「長年、思ってきたことを、果たしました、

聞きしにも過ぎて尊くこそおはしけれ、
聞いていたよりも勝って、尊くあらせられましたことよ、

そも、参りたる人ごとに山へ登りしは何事かありけむ、
それにしても、参拝に来た人ごとに、山に登ったのは何事かあったのでしょうか、

ゆかしかりしかど、神へ参るこそ本意なれと思ひて山までは見ず、
知りたかったけれど、神社に参拝することこそ本来の目的なのだと思って、山までは見ませんでした 」

とぞ言ひける、 と言ったのです、

少しの事にも、先達(せんだち)はあらまほしきことなり
些細な事にも、案内役はあってほしいものです。

 

 著者は、これまでの注釈書には、肝心の「法師」について、仏教語で、仏法によく通じて、その教えの師となる者

というような説明しかなかったと指摘して、こう解説します。 引用は、青字太文字 で示します。

 

徒然草には、僧職にある人物を指す語として、法師のほかに、上人、聖、僧などが用いられています。

現代語でも、先生・教員・教師、警官・巡査、おまわりさん・おまわり・デカ、などは、

それぞれ同一の対象をさす語ですが、どのようにさすかに違いがあります。

「徒然草」の時期に、法師と僧とでは、大きな違いが認められます。

それは、平安時代から中世にかけて、僧職にある人たちが、「法の師」とよぶに値する人たちと、

いいかげんな人たちとに二極分化し、僧と法師とによび分けられるようになっていたからです。

 徒然草に出てくる法師は、僧侶としての地位が低く、社会的モラルもたいへん低い、分別に欠ける僧侶で、

現代語の「クソ坊主」の「坊主」と同じように、軽侮を込めてそのようによばれています。

(中略)

 徒然草が世に出た当時の読者なら、「仁和寺にある法師」という書き始めのフレーズだけで、

いいかげんな僧侶が、社会常識に反する間抜けな行動をする話だと予期したはずです。

 

 法師という言葉は、兼好法師とか、三蔵法師とか、一寸法師などでも使われるので、常に、悪い意味で使われるわけではないのですが、

徒然草の第二段に、法師ばかりうらやましからぬものはあらじ 法師ぐらい、うらやましくないものはあるまい 

という使い方がされているので、悪い意味でも使われることは確かだと思います。

 

 著者は、ある個所で、徒然草の作者を兼好法師とよびならわしていることは、その意味でいささか問題があるかもしれません 

と、述べてしまっているのですが、これは、法師は、いい意味でも使われるのだということを、見逃してしまっているのかもしれません。

 

 また、徒然草の一番詳しい解説書である、安良岡康作さんの徒然草全注釈、上下二巻、角川書店の安良岡さんの解説

想像をほしいままにすれば、仁和寺から男山まで四里もの道を歩いたことで、この老僧はかなり疲労していたのであろう。

それが、山上の八幡宮への登山をおっくうがらせ、人に尋ねることもせずに終った原因をなしていたかと思われる。

に対して、著者が

当否を論じるに値しないお茶飲み話レヴェルの想像で、山に登らなかった理由を説明できると考えているのは、

この逸話を紹介した兼好の真意を理解していないからです。

と、手厳しいのですが、解説する人は、時代考証の知識ももっていないと、案内を間違えてしまうこともあるという、良い教訓だと思います。

 

 

         

ホームページアドレス: http://www.geocities.jp/think_leisurely/

 


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