古今集の解釈

2017.3.31

 

1.仮名序 抜粋

(1) 和歌とは何か

 やまとうたは、ひとのこころをたねとして、よろづのことのはとぞなれりける。
 やまと歌は、 人の心を種として、    よろづの言の葉とぞ なれりける。
 和歌は、人の心を種として、よろずの言葉となりました。

説明 「ひとのこころ」の「ひと」は、よろづに対応して、ひとつの意味を掛けてていて、一つの心を種として という意味を含みます。

   「よろづのことのは」とは、様々な言葉 という意味だけではなく、万人の言葉 という意味も、含むと思われます。

世中にある人、こと、わざ、しげきものなれば、心におもふことを、見るもの、きくものにつけて、いひいだせるなり。
世の中にある人、事、業、繁きものなれば、心に思ふこと、見るもの、聞くものにつけて、言ひいだせるなり。
この世にある人は、事も業も沢山あるものなので、心に思うことを、見るものや聞くものに託して、表現したのです。

説明 「生きとし生ける」は、ありとあらゆる、ありとある、ありとしある、と同じ用法。

花になくうぐひす、水にすむかはづのこゑをきけば、いきとしいけるもの、いづれかうたをよまざりける。
花に鳴く鶯、水に住む蛙の声を聞けば、生きとし生けるもの、何れか歌を詠まざりける
花に鳴く鶯や、水に住む蛙の声を聞けば、生きているものすべて、誰が歌を詠まないことがありましょうか。

ちからをもいれずして、あめつちをうごかし、めに見えぬおに神をもあはれとおもはせ、
力をも入れずして、天地(あめつち)を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思わせ、
格別力も入れないで、天地の神々を動かし、目に見えない鬼神をもしみじみと感動させ、

をとこをむなのなかをもやはらげ、たけきもののふの心をもなぐさむるは、うたなり。
男女の中をも和らげ、猛きもののふの心をもなぐさむるは、歌なり。
男女の仲を和らげ、勇敢な武士の心をも慰めるものは、歌です。

(2) 和歌の起源

このうた、あめつちのひらけはじまりける時より、いできにけり。
この歌、天地の開け始まりける時より、いできにけり。
この歌というものは、天地が開け始まったときから、出てきました。

しかあれども、世につたはることは、ひさかたのあめにしては、したてるひめにはじまり
しかあれども、世に伝はることは、ひさかたの天(あめ)にしては、下照姫に始まり
けれども、世の中に伝わっていることは、天上にあっては、下照姫から始まり

あらかねのつちにては、すさのをのみことよりぞ、おこりける。
あらがねの土にては、須佐之男命よりぞ、起こりける。
地上にあっては、須佐之男の命から、起こりました。

ちはやぶる神世には、うたのもじもさだまらず、すなほにして、事の心わきがたかりけらし。
ちはやぶる神世には、歌の文字も定まらず、すなほにして、事の心 分きがたかりけらし。
神世には、歌の文字数も定まってはいなく、素直(素朴)にして、事の意味が、分かり難かったらしい。

ひとの世となりて、すさのをのみことよりぞ、みそもじあまりひともじはよみける。
人の世となって、須佐之男命よりぞ、三十文字余り一文字は読みける。
人の世となって、須佐之男の命より、三十文字余り一文字は読むようになった。

かくてぞ、花をめで、とりをうらやみ、かすみをあはれび、つゆをかなしぶ心、ことばおほく、さまざまになりにける。
かくてぞ、花を愛で、鳥を羨み、霞を哀れび、露を悲しぶ心、言葉多く、様々になりける。
このようにして、花を愛で、鳥を羨み、霞をしみじみと思い、露を愛する、心や言葉が多く、様々になりました。

とほき所も、いでたつあしもとよりはじまりて、年月をわたり、たかき山も、ふもとのちりひぢよりなりて、
遠き所も、出で立つ足もとより始まりて、年月を渡り、高き山も、ふもとの塵泥(ひぢ)よりなりて、
遠いところも、出立する足元から始まって、年月を経過し、高い山も、ふもとの塵や泥からなって、

あまぐもたなびくまでおひのぼれるごとくに、このうたも、かくのごとくなるべし。
天雲たなびくまで、生ひ上れるごとくに、この歌も、かくのごとくなるべし
天雲がたなびくまで高く、成長し上昇するごとくに、この歌というものも、かくのごとくなるでしょう。

(3) 万葉集の成立

いにしへより、かくつたはるうちにも、ならの御時よりぞ、ひろまりにける。
古より、かく伝はるうちにも、奈良の御時よりぞ、広まりける。
古より、かく伝はるなかでも、奈良の天皇の御時から、広まりました。

かのおほむ世や、うたの心をしろしめしたりけむ。
かの御世や、歌の心を、しろしめしたり。
かの御世(の帝)は、歌の心を、ご存じであらせました。

かのおほむ時に、おほきみつのくらゐ、かきのもとの人まろなむ、うたのひじりなりける。
かの御時に、おほき三つの位、柿本人麻呂なむ、歌の聖なりける。
かの御時に、正三位、柿本人麻呂は、歌の聖でした。

説明 柿本人麻呂は、おそらく六位以下であったと考えられています。

これは、きみもひとも、身をあはせたりといふなるべし。
これは、君も人も、身を合はせたりといふなるべし。
これは、君も人も、身を合はせていたということでしょう。

秋のゆふべ、龍田河にながるるもみぢをば、みかどのおほむめには、にしきと見たまひ、
秋の夕、竜田川に流るる紅葉をば、帝の御目には、錦と見たまひ、
秋の夕方、竜田川に流れる紅葉をば、帝の御目には、錦とご覧になり、

春のあした、よしのの山のさくらは、人まろが心には、くもかとのみなむおぼえける。
春の朝、吉野の山の桜は、人麻呂が心には、雲かとのみなむ覚えける。
春の朝、吉野の山の桜は、人麻呂の心には、雲ではないかと思われました。

又、山のべのあかひとといふ人ありけり。うたにあやしく、たへなりけり。
又、山辺赤人といふ人ありけり。歌にあやしく、妙なりけり。
又、山辺赤人という人がいました。歌に絶妙でした。

人まろはあかひとがかみにたたむことかたく、あか人は人まろがしもにたたむことかたくなむありける。
人麻呂は赤人が上に立たむこと難く、赤人は人麻呂が下に立たむこと難くなむありける。
人麻呂は赤人の上に立つとしたら、それは難しく、赤人は人麻呂の下に立つとしたら、それは難しくありました。

説明 「立たむ」の「む」は、仮定・婉曲を表し、立つとしたら、それは難しい のような訳となります。

この人々をおきて、又すぐれたる人も、くれ竹の世々にきこえ、かたいとのよりよりにたえずぞありける。
この人々をおきて、又優れたる人も、呉竹の世々に聞こえ、かた糸のよりよりに絶えずぞありける。
この人々をおいて、また優れた人も、世々に聞こえ、折々に絶えないのでした。

これよりさきのうたをあつめてなむ、万えふしふとなづけられたりける。
これより先の歌を集めてなむ、万葉集と名付けられたりける。
これ以前の歌を集めて、万葉集と名付けられました。

(4) 六歌仙

ちかき世に、その名きこえたる人は、すなはち、僧正遍昭は、うたのさまはえたれども、まことすくなし。
近き世に、その名聞こえたる人は、すなはち、僧正遍昭は、歌の様は得たれども、まこと少なし。
近い世に、その名が聞こえている人としては、すなわち、僧正遍昭は、歌の様は得ているけれども、真実は少ない。

たとへば、ゑにかけるをうなを見て、いたづらに心をうごかすがごとし。
例へば、絵に描ける女を見て、いたづらに心を動かすがごとし。
例えば、絵に描いた女を見て、無駄に心を動かすようなものだ。

ありはらのなりひらは、その心あまりて、ことばたらず。しぼめる花の、いろなくて、にほひのこれるがごとし。
在原業平は、その心あまりて、言葉足らず。萎める花の、色なくて、匂ひ残れるがごとし。
在原業平は、その心が余って、言葉が足りない。萎んだ花が、色がなくて、匂いが残っているようなものだ。

宇治山のそうきせんは、ことばかすかにして、はじめ、をはり、たしかならず。
宇治山の僧喜撰は、言葉かすかにして、初め、終はり、確かならず。
宇治山の僧喜撰は、言葉が幽かであって、初めと終わりがはっきりしない。

説明 「幽か」は、弱々しい、ひっそりしている、みすぼらしい 等の負の意味と、奥深い、幽玄である、という正の意味があり、ここでは、訳しません。

いはば、秋の月を見るに、あかつきのくもにあへるがごとし。
言はば、秋の月を見るに、暁の雲に会へるがごとし。
言わば、秋の月を見るに、暁の雲に会ったようなものだ。

説明 「秋の月」は、清らかなのに対し、「暁の雲」は、もっともやもやしたものだ、というような意味合いでしょうか。

よめるうた、おほくきこえねば、かれこれをかよはして、よくしらず。
詠める歌、多く聞こえねば、かれこれを通はして、よく知らず。
詠んだ歌が、たくさん聞こえてこないので、あれこれを比較して、よく知りません。

をののこまちは、いにしへのそとほりひめの流なり。
小野小町は、古の衣通姫の流なり。
小野小町は、古の衣通姫の流れの人です。

説明 衣通姫は、允恭天皇の妃で、その麗しい色が衣を通して輝くことからこう呼ばれる。

あはれなるやうにて、つよからず。いはば、よきをうなの、なやめる所あるににたり。
あはれなるやうにて、強からず。いはば、よき女の、悩める所あるに似たり。
しみじみと心打たれるようであって、強くない。いわば、良い女が、悩んでいるところがあるのに似ている。

つよからぬは、をうなのうたなればなるべし。
強からぬは、女の歌なればなるべし。
強くないのは、女の歌だからでしょう。

おほとものくろぬしは、そのさま、いやし。いはば、たきぎおへる山人の、花のかげにやすめるがごとし。
大伴黒主は、その様、卑し。云はば、たき木負へる山人の、花の陰に休めるがごとし。
大伴黒主は、歌の様が、卑しい。言わば、たき木を負った山人が、花の陰に休んでいるようなものだ。

このほかの人々、その名きこゆる、野辺におふるかづらの、はひひろごり、
このほかの人々、その名聞こゆる、野辺に生ふる葛の、はひ広ごり、
このほかの人々で、その名の聞こえる人達は、野辺に生える葛がの、はい広がって、

はやしにしげきこのはのごとくにおほかれど、うたとのみ思ひて、そのさましらぬなるべし。
林に繁き木の葉のごとくに多かれど、歌とのみ思ひて、その様知らぬなるべし。
林に繁っている木の葉のように多いけれど、(自分で)歌と思うだけで、歌のの様は知らないのでしょう。

(5) 古今和歌集の撰進

かかるに、いま、すべらぎのあめのしたしろしめすこと、よつの時ここのかへりになむなりぬる。
かかるに、今、天皇(すべらぎ)の天の下しろしめすこと、四つの時九かへりになむなりぬる。
かくあるうちに、今、(醍醐)天皇の天下を治められること、四季が九回になりました。

あまねきおほむうつくしみのなみ、やしまのほかまでながれ、
あまねき御うつくしみの波、八州のほかまで流れ、
広くゆきわたる御慈愛の波が、八州(日本全国)の外まで流れ、

ひろきおほむめぐみのかげ、つくば山のふもとよりもしげくおはしまして、
広き御恵の蔭、筑波山の麓よりも繁くおはしまして、
広いお恵みの庇護は、筑波山の麓よりも茂っていらっしゃるので、

よろづのまつりごとをきこしめすいとま、もろもろのことをすてたまはぬあまりに、
よろづの政を聞こしめすいとま、もろもろのことを捨てたまはぬあまりに、
すべての政を執り行われるひまに、もろもろのことをお捨てにならない結果、

いにしへのことをもわすれじ、ふりにしことをもおこしたまふとて、
古のことをも忘れじ、ふりにしことをも興し給ふとて、
昔のことをも忘れまい、古くなったことをも再興し給うというわけで

いまも見そなはし、のちの世にもつたはれとて、延喜五年四月十八日に、
今も見そなはし、後の世にも伝はれとて、延喜五年四月十八日に、
今もご覧あそばされ、後の世にも伝われとて、延喜五年四月十八日に、

大内記きのとものり、御書のところのあづかりきのつらゆき、さきのかひのさう官おほしかうちのみつね、
大内記紀友則、御書所預紀貫之、前甲斐少目凡河内躬恒
大内記の紀友則、御書所預の紀貫之、前甲斐少目の凡河内躬恒

右衛門の府生みぶのただみねらにおほせられて、万えふしふにいらぬふるきうた、みづからのをも、たてまつらしめ給ひてなむ。
右衛門の府生壬生忠岑らに仰せられて、万葉集に入らぬ古き歌、自らのをも、奉らしめ給ひてなむ。
右衛門の府生の壬生忠岑らに仰せになって、万葉集に入っていない古い歌、自らのをも、奉らせなさいました。

それがなかに、むめをかざすよりはじめて、ほととぎすをきき、もみぢををり、雪を見るにいたるまで、
それが中に、梅をかざすより始めて、ほととぎすを聞き、紅葉を折り、雪を見るに至るまで、
その中に、梅をかざすを始めとして、ほととぎすを聞き、紅葉を折り、雪を見るに至るまで、

又、つる、かめにつけて、きみをおもひ、人をもいはひ、秋はぎ、夏草を見て、つまをこひ、あふさか山にいたりて、たむけをいのり、
又、鶴・亀につけて、君を思ひ、人をも祝ひ、秋萩、夏草を見て、妻を恋ひ、逢坂山に至りて手向けを祈り、
又、鶴・亀に託して、君を思ひ、人をも祝い、秋萩、夏草を見て、妻を恋い、逢坂山に至って手向けの神を祈り、

あるは、春夏秋冬にもいらぬ、くさぐさのうたをなむ、えらばせたまひける。
あるは、春夏秋冬にも入らぬ、くさぐさの歌をなむ、選ばせたまひける。
あるいは、春夏秋冬にも入らぬ、いろいろな歌を、選ばせになりました。

すべて、千うた、はたまき。名づけてこきむわかしふといふ。
すべて千歌二十巻。名付けて古今和歌集と言ふ。
全部で千歌二十巻。名付けて古今和歌集と言う。

かく、このたび、あつめえらばれて、山した水のたえず、はまのまさごのかずおほくつもりぬれば、
かく、このたび、集め選ばれて、山下水の絶えず、浜の真砂の数多くつもりぬれば、
このように、このたび、集め選ばれて、絶えることなく多くつもったので、

いまは、あすかがはのせになる、うらみもきこえず、さざれいしのいはほとなる、よろこびのみぞあるべき。
今は、飛鳥川の瀬になる、うらみも聞こえず、さざれ石の巌となる、喜びのみぞあるべき。
今は、飛鳥川の淵が瀬になるごとく推移するうらみも聞こえず、さざれ石の巌となる喜びのみがあるでしょう。

説明 世の中は何か常なる飛鳥川 きのふの淵ぞ今日は瀬になる

    わが君は千代に八千代にさざれ石のいはほとなりて苔のむすまで

(6) 撰者としての感慨

それ、まくらことば、春の花にほひすくなくして、むなしき名のみ秋の夜のながきをかこてれば、
それ、まくらことば、春の花にほひ少なくして、むなしき名のみ秋の夜の長きをかこてれば、

かつは人のみみにおそり、かつはうたの心にはぢおもへど、たなびくくものたちゐ、なくしかのおきふしは、
かつは人の耳におそり、かつは歌の心に恥ぢ思へど、たなびく雲の立ち居、鳴く鹿の起き伏しは、

つらゆきらがこの世におなじくむまれて、このことの時にあへるをなむ、よろこびぬる。
貫之らがこの世に同じく生まれて、この事の時に会へるをなむ、喜びぬる。
貫之らがこの世に同じく生まれて、この事の時に会えることを、喜んでおります。

人まろなくなりにたれど、うたのこと、とどまれるかな。
人麻呂なくなりにたれど、歌のこと、とどまれるかな。

たとひ時うつり、ことさり、たのしび、かなしびゆきかふとも、
たとひ時移り、事去り、楽しび、悲しび行きかふとも、

このうたのもじあるをや。あをやぎのいとたえず、まつのはのちりうせずして、
この歌の文字あるをや。青柳の糸絶えず、松の葉の散りうせずして、

まさきのかづら、ながくつたはり、とりのあと、ひさしくとどまれらば、うたのさまをしり、ことの心をえたらむ人は、
まさきのかづら、長く伝はり、鳥の跡、久しくとどまれらば、歌のさまを知り、事の心を得たらむ人は、

おほぞらの月を見るがごとくに、いにしへをあふぎて、いまをこひざらめかも。
大空の月を見るがごとくに、古を仰ぎて、今を恋ざらめかも。

 

2.春上・一   ふる年に春立ちける日よめる   在原元方

ふるとしに はるたちけるひ よめる
古年に   春立ちける日  詠める
旧年中に  立春になった日に詠んだ歌

としのうちに はるはきにけり ひととせを こそとやいはむ ことしとやいはむ
年の内に   春は来にけり  一年を   去年(こぞ)とや言はむ今年とや言はむ
年内に春は来てしまいました  この一年を 去年と言いましょうか今年と言いましょうか

説明 立春は、春分と冬至の中間で、春の始まりですが、太陽暦の2月4日頃です。

   太陰暦である旧暦の正月と近いので、1年の始まりの気分もあります。

   ところが、立春と旧正月は、微妙に前後し、旧正月の前に、立春を迎えることを、年内立春と呼びます。

   旧暦の12月に、立春を迎えたときに、この1年のことを、去年と呼ぼうか、今年と呼ぼうかと詠った歌なので、

   なにを、屁理屈をこねているんだと、批判をうけた歌でもあります。

   ちょっと待ってください。あなたが、大学受験生で、3月に、見事に合格したとします。

   高校を卒業し、大学に入学するまでの期間、私を、高校生とや言はむ、大学生とや言はむ、

   と歌に詠ったとしたとき、あなたの気分は、大学生です。

   この歌も、待ち望んだ春がやってきたので、まだ12月なのですが、気分は、1月なのです。

   この1年のことは、去年、旧年 と呼びたい という心を表した歌だととらえましょう。

 

3.賀・343  題しらず    読人しらず

わが君は 千代に八千代に さざれ石の いはほとなりて 苔のむすまで
わが君は 千代に八千代に 細れ石の  巌となりて   苔のむすまで
わが君は 千代に八千代に 細れ石が  巌となって、  苔がむすまで

  

         

ホームページアドレス: http://www.geocities.jp/think_leisurely/

 


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