角田光代 源氏物語 中 (2018)  

2019.9.6

  源氏物語 中 には、玉鬘(たまかずら)から、幻(まぼろし) までの、20帖が含まれています。

 巻末に、訳者あとがき と、藤原克己さんの解題、池澤夏樹さんの解説 があります。

 訳者あとがき には、人間を描く と、タイトルがついています。

2か所、引用します。

「玉鬘」から「真木柱(まきばしら)」まで、この玉鬘の姫君の運命を中心に物語は進む。

現代語に訳すという読み方をしながら、物語が違う位相へ向かっているという印象を受けた。

何よりも意外だったのは、この姫君が、執拗な光君の誘惑に決してなびかないことである。

どころか、彼女は、壮年になっても未だ輝くばかりにうつくしい光君を、ほとんど嫌悪している。

上巻では、光君の身にそんなことは起こらなかった。

空蝉が、たった一度の情事のあと、光君につれなくし続けたのとはちょっと違う。

そして三十代半ばの光君は、この姫君に対して強引な行動に出ることはしない。

なんとかならないかと、ただずっと思い詰め、どうせ自分のものにできないのならほかの男と縁づかせて、そこへ通おうか、とまで考える。

そうして冷泉帝へ入内させようと、きっぱりというよりは、ぐずくずと決意する。

 

 この中巻(「玉鬘」)のあたりから、作者は「人」を描きはじめた、という印象を私は強く持つ。

位相が変わった、と思う理由の一つである。

感情の描き方の複雑さとリアリティ、その比喩の巧みさに私は何度も息をのんだ。

そうして気付いたのである。

この作者は、負の感情、弱さや迷いや苦しみを書くときに、筆がずば抜けて生き生きしている、と。

人間らしさイコール負の感情、と私が思い込んでいたのではない、と気づく。

すれ違う思いだとわかり合えない苦しみとか、とけない誤解の重さとか、そうした負部門を書くとき、

紫式部の筆は、千年もの時間などへいちゃらで飛び超えるくらいの、それこそ輝きを持つからだ。

まさにこの作者自身が、悩み苦しんでいる姿こそ人間の本質だと(書きながら)思ったのではないか。

 さて、光君もついにいなくなってしまった。

その後の世界を、紫式部はどんなふうに描くのだろう。

またあらたな位相へと向かうのか。もうしばらく、おつきあい願えたらうれしいです。

 

解題 藤原克己

●本冊の内容概観

●六条院

●玉鬘の登場

●光源氏と玉鬘

●第一部の大団円 (藤裏葉巻)

●苦の世界・第二部の始発

●夜深き鶏の声

●紫の上と明石の御方

●紫の上の寂寥と不安

●第二部のその後

●紫の上の死と源氏の哀傷

 

 

 

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