門田隆将 死の淵を見た男 (2016)

2023.09.14 

 福島原発事故は、大惨事を覚悟しなければいけない事件でしたが、危機一髪避けることができました。決死隊まで覚悟して戦った東京電力の技術者たちの奮闘は、この小説で後の世に残ることになりました。門田さんは、海外メディアから、取材で「なぜ日本人はあそこにとどまれたのか」「日本人は、死が怖くないのか」という質問を数多く受けたそうです。

 しかし、原発反対を標榜する朝日新聞は、それを許さず、2014年5月20日の朝刊に、「所長命令に違反、原発撤退」「福島第一、所員の9割」という見出しの特ダネを報じました。朝日の思惑通り、外国誌は、「日本人も逃げていた」「これは、"第二のセウォル号事件"だ」とまで書きました。

 1号機の爆発などで、最悪の事態が予想されるようになった3月15日、吉田所長は、指示を飛ばしました。

334頁
「各班は、最小人数を残して退避!」
 大きな声だった。吉田は、ついに各班に必要最低限の人数を残しての「退避」を命じたのである。
(中略)
「(残るべき)必要な人間は班長が指名すること」
 吉田は、さらにそう指示した。指揮官である吉田所長が、ついに「退避」を命じたことに、伊沢はこの時、独特の感情を抱いている。
「吉田さんはある意味、ほっとしているかもしれない」
 ふと、伊沢はそう感じたのだ。
「この時点で技術系の人間ではない人たちを含めて免震重要棟には大勢の人(注=700人以上)が残っていました。吉田さんは、技術系以外の人は早く退避させたかったと思います。しかし、外の汚染が進んでいましたから免震重要棟から外に出すことができなくなっていたんです。でもこの時、もうそんなことを言っていられない状況が生まれたわけですから、最小限の人間を覗いて、2F(福岡第二原発)への退避を吉田さんが命じたんです。・・・・・」

348頁
 600人あまりが退避して、免震重要棟に残ったのは「69人」だった。海外メディアによって、のちに"フクシマ50"と呼ばれた彼らは、そんな過酷な環境の中で、目の前にある「やらなければならないこと」に黙々と立ち向かった。

 しかし、当時は、混乱の中での作業であったため、吉田所長が、このとき、福岡第二原発に退避せよと命じたかどうか、厳密には、記録が残っていません。

 吉田さん自身、
「本当は私、2F(福島第二)に行けと言っていないんですよ。福島第一の近辺で、所内にかかわらず、線量が低いようなところに1回退避して次の指示を待てと言ったつもりなんです」
とも、言っていました。

 そこで、朝日新聞は、残った69人ではなく、退避した600人あまりの方に着目し、吉田所長は、福島第一の近辺で待機せよと命令したのに、所員の9割は、所長命令に違反して 原発撤退し、福島第二原発に退避したと報じたのです。

 朝日新聞の担当者は、あくまで、所員の9割が所長命令に違反して原発から撤退したという主張で戦うつもりだったのですが、彼らに予期しない出来事が起きてしまいました。

 この時、朝日新聞は、もう一つの吉田問題を抱えていました。慰安婦報道検証で、吉田清治氏の証言がウソであることを認めたのです。2014年8月に、池上彰さんにコラム「池上彰の新聞ななめ読み」で慰安婦報道検証について書いてもらうことにしたのですが、「朝日新聞は過去の慰安婦報道を謝罪するべきだ」という内容の原稿が届きました。木村伊量社長は、「こんな原稿載せるなら社長を辞める」と、受け入れなかったため、池上さんとの交渉がなされたのですが、池上さんは、「連載は打ち切らせてください」と主張します。しかし、池上さんのコラムを掲載しなかったことが、外部にもれ、週刊新潮と週刊文春が察知したことから、朝日バッシングが始まりました。

 朝日新聞は、2014年9月11日、木村伊量社長らが謝罪会見を開いたのですが、謝罪対象は、東京電力福島第ー原発事故をめぐる報道で、「『命令違反で撤退』との表現を取り消す。読者や東電関係者に深くおわびを申し上げる」と謝罪し、社内改革後に進退を判断するというものでした。

 朝日新聞の担当者は、今でも、誤報でないと主張していますが、社長に裏切られて、誤報となってしまいました。

 朝日新聞は、いまでも、吉田調書 というサイト
http://www.asahi.com/special/yoshida_report/
で、朝日新聞の意見を公開していますが、
第1章 原発は誰が止めるか 第1節 フクシマ・フィフティの真相 の冒頭は

暴走する原発を止める責務はいったい誰が負っているのか。その人間はいよいよ原発が破裂しそうになったときは逃げてもよいのか。原発の挙動を知ることができない都道府県知事任せで住民はうまく避難できるのか。そもそも人間に暴走を始めた原発を止める能力はあるのか。事故収束作業における自らの行動、判断を反省も交えて語った福島第一原発の事故時の所長、吉田昌郎。吉田の言葉を知ると、ことの真相を知ろうとせず、大事なことを決めず、再び原発を動かそうとすることがいかに大きな過ちであるかに気付く。

という内容です。朝日新聞は、内部委員会の指摘を受けた箇所の報道内容を修正しましたが、上記の文章の「その人間はいよいよ原発が破裂しそうになったときは逃げてもよいのか。」という箇所は、生き残りました。

朝日新聞の原発反対の主張に、福島事故を利用しようという目論見は、成功しているようです。

原発反対論者は、原発に反対することだけが、自分の仕事と思っているようですが、現実に、原発は存在し、稼働していて、原発の危険性は現存しています。稼働している原発の安全性を、より高めて、福島事故が二度と起こらないようにすることが、必要です。原発反対派が、原発の安全性を高めるための原発推進派の活動を否定し邪魔することがないよう、切に、願っています。

 

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