伊勢物語 原文+対訳 

2020.11.6

 

一 初冠(うひかぶり、うひかうぶり)

むかし、男初冠して、奈良の京春日の里に、しるよしして、狩りに往にけり。
昔、男が(元服の)初冠して、奈良の都、春日の里に、領地を持つ縁があって、狩りに行ったのでした。

説明 春日の里 は、現在の奈良市春日山の西南麓、奈良公園の辺り

説明 しるよし の しる は、領有する、よし は、ゆかり

その里に、いとなまめいたる女はらから住みけり。
その里に、とても艶めかしい女姉妹が、住んでいたのでした。

この男かいまみてけり。 この男は、垣根越しに覗き見たのでした。

思ほえず、ふる里にいとはしたなくてありければ、心地まどひにけり。
思いのほか、こんな古い里に似つかわしくないほど(美しかった)でしたので、心が迷い惑ったのでした。

説明 はしたなし の、はした(端)は、端数、半端なこと、半端な人 の意で、

    なし は、形容詞の語幹に付いて、程度がはなはだしいこと、そのような状態にあることを表します。

    こころなし のように、ない を意味する なし ではありません。

男の、着たりける狩衣の裾を切りて、歌を書きてやる。
(男は)自分の着ていた狩衣の裾を切って、歌を書いて(姉妹に)送りました。

その男、信夫摺の狩衣をなむ着たりける。
その男は、信夫摺り模様の狩衣を着ていたのでした。

説明 信夫摺り は、忍草の茎や葉で摺り染めたもので、ねじれ模様が特徴

春日野の若紫のすりごろもしのぶの乱れ かぎりしられず
春日野の若紫色に摺り染めたこの狩衣の信夫摺り模様のように、私のしのぶ心の乱れは、かぎりを知りません

説明 若紫 は、若い紫草。紫草の根から、紫色の染料がとれます。

となむ おひつきて言ひやりける。
と、大人びた風に詠み、贈ったのでした。

説明 おひつく は、追ひつく と考えられるが、意味が通らないので、老いづく と解し、老い慣れた、老成した の意と解釈することもあり、そちらをとりました。

ついでおもしろきことともや思ひけむ。
そして、面白いことだと思ったのでしょう。

陸奥のしのぶもぢ 摺り誰ゆゑに乱れそめにし 我ならなくにといふ歌の心ばへなり。
「陸奥の信夫の捩摺(もぢずり)模様は、誰のせいで乱れ始めたのか、私(のせい)ではない、(すべてあなたのせいなのに)」という歌の意趣なのです。

説明 この歌は、百人一首の河原左大臣(源融)の歌です。

説明 我ならなくに は、私ではないのになあ の意。

    なくに は、ないのに、ないのだから、ないのになあ、ないのだなあ の意。

昔人は、かくいちはやき みやびをなむしける。
昔の人は、こんなふうに、いちはやい(いちずな)風雅をしたのでした。

 

二 西の京

むかし、男ありけり。 昔、男がいました。

奈良の京ははなれ、この京は人の家まだ定まらざりける時に、西の京に女ありけり。
奈良の都は遠く離れ、京の都は、まだ人家が定着していなかった時に、西の京に女がいました。

その女、世人にはまされりけり。 その女は、世間の人よりは優れていました。

その人、かたちよりは心なむまさりたりける。 その女は、姿かたちよりは、心がすぐれていました。

ひとりのみもあらざりけらし。 独り身ではなかったようです。

それをかのまめ男、うち物語らひて、  それを、かのまめ男が、物語して(情事を交わして)

かへり来て、いかが思ひけむ、 帰ってきて、どう思ったのでしょうか

時は三月(やよひ)のついたち、雨そほふるにやりける。
時は、三月一日、雨がしとしと降る時に、歌を詠んで贈ったのでした。

おきもせず寝もせで夜を明かしては春のものとてながめくらしつ
(昨晩は)起きてもいず眠りもしないで夜を明かしました。春の習いとして長雨が降っていて、それをながめながら、私は一日を暮らしてしまいました。

 

三 ひじき藻

むかし、男ありけり。 昔、男がいました。

懸想(けそう)じける女のもとに、ひじき藻といふものをやるとて、
懸想した(恋慕った)女の所に、ひじき藻というものをあげようとして、歌を贈った。

思ひあらば むぐらの宿に 寝もしなむ ひじきものには 袖をしつつも
私への思いがおありでしたら、葎のしげる荒れた家で、共寝をいたしましょう。(差し上げました)ひじき藻のように、引き敷く物としては、衣の袖をしきましょう

二条の后の、まだ帝にも仕うまつりたまはで、ただ人にておはしましける時のことなり。
二条の后(藤原高子)が、まだ清和天皇に、お仕えする前で、普通の身分の人であられた時のことです。

 

四 西の対(たい)

むかし、東の五条に、大后(おおきさい)の宮おはしましける西の対(たい)に、すむ人ありけり。
昔、東の五条に、大后の宮(仁明天皇の后順子)がおられた邸の西の対に住む人が、おりました。

説明 この住む人は、二条の妃と呼ばれた清和天皇尿女御高子を暗示します。

それを、本意(ほい)にはあらで、心ざしふかかりける人、ゆきとぶらひけるを、
その人を、本意ではありませんが、深く慕っていた人が、訪れていたのですが、

正月(むつき)の十日ばかりのほどに、ほかにかくれにけり。
その人は、正月十日あたりに、よそに姿を隠してしまいました。

あり所は聞けど、人のいき通ふべき所にもあらざりけりば、なほ憂しと思ひつつなむありける。
居場所はわかりましたが、普通の人が行き通える場所ではなかったので、(男は)憂鬱な気持ちで過ごしていました。

またの年の正月に、梅の花ざかりに、去年(こぞ)を恋ひていきて、立ちて見、ゐて見、見れど、去年に似るべくもあらず。
翌年の正月に、梅の花ざらりの時に、去年を恋しく思って(西の対に)行って、立って見たり、座って見たりして、みましたが、去年とは何も似ていません。

うち泣きて、あばらなる板敷に、月のかたぶくまでふせりて、去年を思ひいでてよめる。
泣いて、あばら家の板敷に、月が西の空に傾くまで臥せって、去年を思い出して詠みました。

月やあらぬ春やむかしの春ならぬわが身ひとつはもとの身にして
月は昔の月ではないのか。春は昔の春ではないのか。我が身一つのみは、もとの身なのに。

とよみて、夜(よ)のほのぼのと明くるに、泣く泣くかへりけり。
と詠んで、夜がほのぼのと明けるころに、泣く泣く帰ったのでした。

 

五 関守

むかし、男ありけり。東の五条わたりに、いと忍びていきけり。
昔、男がいました。東の五条のあちりに、人目を忍んで行きました。

みそかなる所なれば、かどよりもえ入らで、わらはべの踏みあけたるついひぢの崩れより通ひけり。
こっそりした所なので、門から入ることはできず、童子が踏み開けた築地の崩れから通ったのでした。

説明 密(みそ)かなり は、こっそり、ひそかに、人目を避ける様子。

人しげくもあらねど、たび重なりければ、あるじ聞きつけて、
(この屋敷は)人が頻繁にくるところではないが、(男の通いが)重なったので、主人は聞きつけて、

その通ひ路に、夜ごとに人をすゑて守らせければ、
その通路に、毎夜、番人を置いて守らせたので、

いけどもえあはでかへりける。  (男は)行っても、会わずに帰ることになりました。

さてよめる。  そこで、詠みます。

人しれぬわが通ひ路の関守はよひよひごとにうちも寝ななむ
人知れぬ私の通い道の関守は、毎夜毎夜寝入ってくれればよいのにな

とよめりければ、いといたう心やみけり。 と詠んだので、(女は)ひどく心をいためたのでした。

あるじ許してけり。  主人は、許可したのでした。

二条の后に忍びて参りけるを、世の聞えありければ、兄(せうと)たちの守らせたまひけるとぞ。
二条の后 (入内前の清和天皇女御高子)のもとに忍んできたのを、世間の評判がたったので、兄達が、お守りになったのだと聞いております。

 

六 芥川

むかし、男ありけり。 昔、男がいました。

女のえ得(う)まじかりけるを、年を経てよばひわたりけるを、
女が手に入るはずもなかったのを、年月をかけて、求婚しつづけていたのを、

からうじて盗みいでて、いと暗きに来けり。
(女を)かろうじて盗み出して、非常に暗い中をやってきました。

説明 呼(よ)ばふ は、言い寄る、求婚する の意。

芥川といふ河を率(ゐ)ていきければ、 芥川という川を引率して行きましたが

草の上に置きたりける露を、「かれは何ぞ」となむ男に問ひける。
草の上におりた露を指して、女は、「あれは何か?」と男に問いました。

ゆく先おほく、夜もふけにければ、鬼ある所ともしらで、
(まだ)行く先は遠く、夜も更けてしまったので、鬼がいる場所ともしらず

神さへいといみじう鳴り、雨もいたう降りければ、
雷さえとてもひどく鳴り、雨もひどく降ったので、

あばらなる倉に、女をば奥におし入れて、 あばら屋の倉に、女を奥におしいれて

男、弓、胡簗(やなぐひ)を負ひて戸口にをり、 男は、弓矢を背負って戸口にたち、

説明 胡簗 は、矢をさして背中に背負う器具

はや夜も明けなむと思ひつつゐたりけるに、 はやく夜が明けてくれと思いつついましたが、

鬼はや一口に食ひてけり。 鬼は、たちまち一口にて女を食べてしまったのでした。

「あなや」といひければ、神鳴るさわぎに、え聞かざりけり。
(女は) 「あれ」と言ったのですが、雷が鳴る騒がしさに、聞くことができなかったのでした。

やうやう夜も明けゆくに、見れば率(ゐ)て来し女もなし。
ようやく夜が明けていったので、見ると率いて来た女はいない。

足ずりをして泣けどもかひなし。 (男は) 地団駄を踏んで泣きましたが、どうしようもありません。

白玉か 何ぞと人の 問ひし時 つゆとこたへて 消えなましものを
(あれは) 白玉ですか 何ですか と貴女が問うた時に 露だと答えて 消えてしまったらよかったものを

説明 消えなましものを は、消え+完了の助動詞「ぬ」の未然形+まし(だったらよかったのに)+ものを で、消えてしまったらよかったものを の意

これは二条の后の、いとこの女御の御もとに、仕うまつるやうにてゐたまへりけるを、
これは二条の后(藤原高子)が、(かつて) 従妹の女御にお仕えするようにしていらっしゃったのを

かたちのいとめでたくおはしければ、盗みて負ひていでたりけるを、
(二条の后の)姿形がとても美しくていらしたので、(男が) 盗んで背負って飛び出したのを

御兄(せうと)、堀川の大臣(おとど)、太郎国経の大納言、まだ下瓩砲董
兄君の堀川の大臣(藤原基経(もとつね))と長男の国経の大納言(藤原基経の兄)が、まだ身分が低く

内裏(うち)へ参りたまふに、いみじう泣く人あるを聞きつけて、
内裏に参上なされたときに、たいそう泣いている人がいるのを聞きつけて

とどめてとりかへしたまうてけり。 引き止めて、取り返されたのでした。

それをかく鬼とはいふなりけり。 それをこのように鬼の仕業と言ったのでした。

まだいと若うて、后のただにおはしける時とかや。
まだとてもお若くて、二条の后(藤原高子)が、ただの人(入内前)でいらした時のことであったとか。

 

七 かへる浪

むかし、男ありけり。 昔、男がいました。

京にありわびてあづまにいきけるに、 京の都に住む気力がなくなり、東国に行きましたが、

伊勢、尾張のあはひの海づらをゆくに、浪のいと白くたつを見て、
伊勢と尾張の間の海岸を行く時に、波がとても白くたっているのを見て

いとどしく 過ぎゆく方の 恋しきに うらやましくも かへる浪かな
ただでさえ 過ぎ去ってゆく(都の)方が 恋しいのに うらやましいのは もどってゆく波であるなあ

となむよめりける。 と詠んだのでした。

 

八 浅間の獄(たけ)

むかし、男ありけり。 昔、男がいました。

京やすみ憂かりけむ、あづまの方にゆきて、すみ所もとむとて、
京が住みづらかったのでしょう、東の方に行って、住む所を求めようとして

友とする人、ひとりふたりしてゆきけり。 友とする人が、一人二人で、行ったのでした。

信濃の国、浅間の嶽に煙の立つを見て、 信濃の国の、浅間の嶽に煙が立つのを見て

信濃なる あさまのたけに 立つけぶり をちこち人の 見やはとがめぬ
信濃にある浅間の嶽に立つ煙を、遠くの人も近くの人も 見て気に掛けないことなどありましょうや

説明 とがむ は、〈襪瓩襦↓注意を向ける、気にかける、怪しむ

説明 やは は、反語の係助詞。

 

 

 

     

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