象は鼻が長い  形容詞節論

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2015.2.11

「象は鼻が長い。」という文の構造について、昔から議論が交わされています。

「象は」と「鼻が」という二つの主語相当の句の役割を、文法的にどのように説明すべきかについて意見が集約していません。

「象は」が主語で、「鼻が長い」が述部で、述部の中に主語、述語を含む文章があるので、複文であると通常は説明されています。

これに対し、それでは構造の説明が不十分である。「象は」は、主語ではないと説明する人たちもいます。

 私は、「象は」ではじめた文章は、「何々です」という述部を想定した文章なので、「象は」は、主語だと思っています。

「象は鼻が長い動物です。」と、「動物」という名詞を追加してみましょう。

このとき、「象は動物です。」という主文において、「象は」は、主語の役割を果たしています。

「鼻が長い」という文は、「動物」を説明する形容詞節です。

 ですから、以下のように考えればいいのではないでしょうか。

象は大きい。     述部は、形容詞
象は大きい動物です。 述部は、形容詞+名詞
象は鼻が長い動物です 述部は、形容詞節+名詞
象は鼻が長い     述部は、形容詞節

この説は、一般に認められるかどうか、まだわかりません。

象は鼻が長い という複文を英文に訳すときは、通常、一つの文章に縮約して

Elephants have long noses 象は長い鼻をもつ

もしくは

Elephants’ noses are long 象の鼻は長い

と翻訳されます。

象は鼻が長い という文章の意味にもっと近い翻訳はできないでしょうか。

(1) 「鼻が長い」の形容詞化

(1-1) 象は大きい    The elephant is big.
(1-2) 象は体が大きい  The elephant is big in body size. 
            or The elephant is big with respect to body size.
            or The elephant is body-big.
(1-3) 象は耳が大きい The elephant is big in ear size. 
            or The elephant is with respect to ear size.
            or The elephant is ear-big.

 これらがOKであれば、

象は鼻が長い    Elephants are long in nose size.

(2) 「鼻が長い」の形容詞節化

象は鼻が長い動物です。 Elephant is an animal whose nose is long.

 英語では、形容詞節は、関係代名詞を用います。この例文で、an animalを消すと

Elephant is whose nose is long.

となりますが、多分、英語としては、不自然でしょう。

英語に、以下のような言い回しがあります。

The situation is such that prices are expensive. 状況は物価が高い。
He is such that senses cannot perceive Him. 「彼」は、五感で感知できません。
His strength was such that he was equal to the labor. 
 彼の力は、その仕事に適している
Djokovic's popularity is such that even the Americans are beginning to love him.
 ジョコビッチの人気は、アメリカ人すら彼を愛し始めている。

従って、次の候補は、

  Elephants are such that their noses are long.

これで意味がとおるのであれば、日本語の文章の意味にかなり近いと思います。

 

2015.2.28

 日本語には主語がないという説があります。主語が省略できるという意味なら、異論はないのですが、主語は存在しないと主張する根拠は、まだ私は理解できていません。

 月本洋さんの「日本語は論理的である」 (2009) という本のなかに、「象は鼻が長い」にからめた記述がありますので、少し長めに引用して、紹介します。

==============================ここから

「象は鼻が長い」の主語はどれか

 日本語は必ずしも主語を必要としない。そこに強いて主語−述語という枠組みで日本語の文章を見ると、どのようになるだろうか。具体的な例文で考えてみよう。

 「象は鼻が長い」の文では、主語はどれになるのだろうか?

① 「象は」も「鼻が」も主語
② 「象は」は総主語、「鼻が」が主語、「長い」は述語
③ 「象は」が主語、「鼻が長い」が述語

 このように、主語強要言語でない日本語に、英語の主語−述語を(無理やり)当てはめると、このように三通りもの解釈が可能になってしまう。そこで、次のような説が出てくるわけである。

④ 主語はない。「象は」は主題、「象が」は主格補語、「長い」が述語

(中略)

 主語−述語という主述関係は、ヨーロッパ人のくせなのであり、われわれ日本人には日本人のくせがあるというのである。

 その日本人の「くせ」について、三上以降は寺村秀夫らの日本語文法研究者が研究してきた。彼らによれば、そのくせとは、「主題−解説」という題述関係(後述)である。主語なし派の文法を「基礎日本語文法」(益岡1992)から紹介しよう。

1. 文の組み立ては、複雑かつ多様なものであるが、その骨格をなすものは、「述語」、「補足語」、「修飾語」、「主題」という4つの要素である。

(中略)

5. (略) 一般に、「Xは〜述語」の形の文は、Xに関する何らかの陳述である、と言うことができる。このような、「Xは」の形で文の陳述の対象を表す要素を、「主題」と呼ぶ。主題の有無に基づいて、「次郎は仕事で忙しい」のような有題文と、「太郎が重い荷物を軽々と運んだ」のような無題文が区別される。

(中略)

(無題文) 象が荷物を運んだ。

 この例文では、動詞「運んだ」が述語、「象が」と「荷物を」が補語である。「象が」は主格補語で、「荷物を」は目的格補語である。「象が」は、主語ではなく補語の一つとなり、「荷物を」と同格になる。

 だから、日本語では、「運んだ」という事態がもつとも重要であり、「誰が」運んだかは、「何を」運んだかと同格で、「運んだ」の次に重要なのであり、「誰が」に他の「何を」などより一段上の重要性はない。しかしながら、英語では、「何を」より「誰が」のほうが重要なのである。

 日本語の文では、まず補語かいくつか並び、最後に述語が来る。すなわち次のとおりである。

  補語 + 補語 + ・・・・・・・・ + 述語

 これが文の基本的な組み立てとなる。述語は文のもっとも中心的な語で、補語は述語で記述される事態に情報を付加する語である。補語の数は文ごとで異なる。補語は追加できるし、省略もできる。

(中略)

 次に、主題のある有題文を説明しよう。

 日本語には、補語+述語だけでは分析できない文が存在する。すなわち、日本語には、主題+解説でなければ分析できない文がある。先ほどの「象は鼻が長い」の「象は」は主題であり、主語ではない。 (略)

 「象が荷物を家に運んだ」の「象が」は主語で、「象は荷物を家に運んだ」の「象は」は主語ではなく主題である。「象が」と「象は」の違いについては諸説ある。たとえば、「象が」の「象」は未知で、「象は」の「象」は既知である、という意見がある。また、安土桃山時代に日本に来たヨーロッパ人は、「は」と「が」を The と A のように理解したようである。たしかに、「象は」には「その象」という感じがあり、「象が」には「ある象」という感じがある。

 外国人向けの日本語教育では、後述するように、「は」の場合には大事なものは「は」の後にきて、「が」の場合には大事なものは「が」の前に来る、と説明されることが多いようである。「は」と「が」(の区別)は、日本語の文法研究の中心的主題であったし、現在でも中心的主題の一つである。

==============================ここまで

 いかがでしょうか。この説明を面白いと思われるかたは、是非、原典をあたってください。私にとっては、補語という概念を拡張して、主語を主格補語といいかえただけのような気がしますし、補語+述語でも分析できないので、主題という概念を持ち出して、分析を放棄しているのではないかという疑念が頭をよぎります。

 

2015.3.12

 webをサーフィンしていて、以下のサイトにめぐり合いました。

アルビーのインドネシア語講座
入門講座【主語の話(二重主語構文)】
http://www.geocities.jp/lakilaki_indonesia/kuliah/pemula/052.html

 インドネシア語でも、二重主語構文が許されるそうです。

Gajah hidungnya panjang. 
Gajah     象は      大主語 
hidungnya  鼻が/は   小主語
panjang     長い      述語

 しかし、大主語、小主語 と名づけても、その働きは、いまいちわかりません。

 鼻が長い は、形容詞節で、英語では、関係代名詞で記述されます。

象は鼻が長い動物です。 Elephant is an animal whose nose is long.

日本語では、動物 を省略して
象は鼻が長い。 といえるのですが、
英語では、うまく説明できないのが難点です。

 なお、同じページで、「君は僕が守る。」 も二重主語文としていますが、これは間違いです。

 「君は」は「守る」の目的語です。

 日本語の副助詞「は」は、格助詞「が」に置き換わって、主語を表すこともできますが、格助詞「を」に置き換わって目的格になることもできますし、その他、いろんな助詞について主題の提示の役割をはたします。

君を僕が守る。     君は僕が守る。
東京に行きません。  東京には行きません。

 詳しくは、私の 「は」と「が」の使い方 というページを参照してください。
http://www.geocities.jp/think_leisurely/wa_ga.html

 

2015.9.27

 町田健さんの「まちがいだらけの日本語文法」(講談社現代新書, 2002) の5.1節 「太郎は平泳ぎが上手だ」の主語は何か の中で、「平泳ぎが上手だ」は形容詞と同じ という説が展開されているのを発見しました。

 「Xが〜だ」という形で一つの形容詞として働いている表現は、「背が高い」、「気が強い」、「身が軽い」、「腰が低い」など、日本語にはたくさんあると説明されています。

 また、ある表現が一つの形容詞として働いているかどうかは、その表現が「程度の差」を許すかどうかという基準で考えることができる。「太郎は次郎より背が高い」「太郎は次郎より平泳ぎが上手だ」という言い方ができることから、一つの形容詞として働いていると考えることが出来るとおっしゃっています。

 「Xが〜だ」という形で一つの形容詞として働いているという説明は、私の「Xが〜だ」は形容詞節であるという説明とまったく同じことなので、私は、ほっとしています。

 これからは、自信を持って、形容詞節理論を説明していきたいと考えています。

 町田健さんの「まちがいだらけの日本語文法」は、ほかにも多くの問題点を指摘されていて、興味深い本ですので、新しくページを作って解説する予定でいます。

  

2015.11.26

 図書館で借りた丸尾誠さんの「ピンポイント中国語文法」(NHK出版, 2015) に、象の鼻のことが解説されていましたので、紹介します。

 次の例は述語の部分が「主語+述語」となっていることから中国語文法では「主述述語文」と呼ばれるものです。

  大象  象子     長

  主語1     述語1

             主語2   述語2

ここでは文頭に置かれた主語"大象 "(「大主語」と呼ばれます。

「小主語」は、"象子"です。)は、「象について言えば・・・」といったニュアンスで用いられています。

このように「主述述語文」は「主題]+その説明」という関係で捉えることができます。

 

2020.3.1

 最近、韓国語の勉強を始めました。

 韓国語は、漢字語を結構沢山使っていて、漢字表記にすると、日本人には、結構意味が分かるのだそうです。

 漢字語は、日本統治時代に、韓国語になった物が多く、日本製の漢語が多いため、

漢字表記にすると、日本の影響を受けたことがあからさまになってしまうため、

独立後、漢字表記をやめて、ハングル表記だけの言語にしたのだという説を聞いたことがあります。

 

 さて、韓国語には、助詞の「は (은, 는)」と「が (가)」がありますので、象は鼻が長い は、韓国語でも表現できます。

 코끼리는 코가 긴。  코끼리(象) 는(は) 코(鼻) 가(が) 긴(長い)。 

 従って、

 象は鼻が長い  象が鼻は長い  象は鼻は長い  象が鼻は長い

は、すべて、韓国語に翻訳できます。

 更に、

 鼻は象が長い  鼻が象は長い  鼻は象は長い  鼻が象が長い

も、そのまま韓国語に訳すことができます。

 韓国語でも、日本語と同じ意味が表現されるのか、いつか、韓国の方に訊いてみたいと思います。

 

 韓国では、漢字語は、日本で言う音読みで、使っています。

 日本では、鼻 を 「はな」 と読む、訓読みが発達しましたが、韓国では、訓読みは使いませんでした。

 漢字語を漢字表記にするだけでなく、韓国語本来の単語も、対応する漢字に置き換えると、

日本人には、ますます、分かりやすくなると思います。

 今、そういった観点から、韓国語の日本語への翻訳問題を考えようとしています。

 

 

     

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