キュリー夫人伝 エーブ・キュリー (1958) 

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2019.6.27 更新 2026.01.28

 キュリー夫人伝は、私の、少年時代の愛読書でした。

 この本は、キュリー夫人の次女のエーブが、キュリー夫人が死んだ1934年から3年たった1937年

彼女の偉大な母の伝記を表し、各国語に訳されて、世界中で愛された本です。

 英語訳は、1937年でしたが、日本語訳も、1938年で、1947年と1958年に改版が出版されました。

私が読んだのは、1958年の改版で、新カナ使いになったものでした。

 出版社は、白水社で、翻訳は、川口篤、河盛好蔵、杉捷夫、本田喜代治の共訳でした。

 この本は、1988年に新装版が出版されましたので、私も、入手しました。、

2006年に、同じ白水社から、河野万里子さんによる新訳が発行されました。

 

 私は、川口さん達の翻訳の文体を、こよなく愛したのですが、河野さんの翻訳は、更に、口語化されています。

 何か所か、比較してみたいと思います。

 まず、出だしです。

(英文)
 The life of Marie Curie contains progidies in such number that one should like to tell her story like a legend.

(川口訳)
 マリー・キュリーの生涯は波乱をきわめ、多くのエピソードに富んでいるので、なにか伝記でもかたるように彼女の一生をかたりたい気持にかられる。

(河野訳)
マリー・キュリーの生涯には、ドラマチックなできごとやめぐりあわせが数かずあったため、ひとつの伝説のように、その一生を語ってみたくなる。

(ChatGPT訳)
 マリー・キュリーの生涯には、伝説として語りたくなるほど、数多くの驚くべき出来事が含まれている。

 ChatGPTの翻訳は、such that の構文どおりには訳していませんね。

第2章の終わり

(英文)
She was proud but she was not resigned.  And when she knelt in the Catholic church where she was used to going with her mother, she experienced the secret stir of revolt within her.

She no longer invoked with the same love that God who had unjustly inflicted such terrible blows, who had slain what was gay or fanciful or sweet around her.

(川口訳)
彼女には自尊心がある。運命に屈従する女ではない。かつて母といっしょにいったカトリック教会にいままたひざまずくとき、彼女の心のおくにはひそかに反抗心がもえていることに気がつく。

彼女はもう、不当にも彼女に恐ろしい不幸をもたらし、彼女の周囲から陽気と空想となごやかな空気とを奪ってしまった神にたいして、以前のような愛をもって祈ることができない。

(河野訳)
だが誇り高く、人生をあきらめはしなかった。かつては母と来たカトリック教会で、ひとりひざまずくと、むしろ鈍い怒りがわき上がるのを感じた。

いわれなくつらい仕打ちを次つぎもたらし、周囲から明るさもなごやかさも、楽しい空想の世界もうばった神に対して、以前と同じ愛を感じながら祈ることは、彼女にはもうできなかった。

(ChatGPT訳)
文語体寄りの古典調でまとめて訳すと:
彼女は誇り高き人であったが、しかし運命に甘んずる女ではなかった。
そして、かつて母とともに通い慣れたカトリック教会に跪くとき、彼女の胸の奥には、ひそやかな反抗のざわめきが生じたのである。

もはや彼女は、不当にかくも苛烈な打撃を与え、彼女の周囲にあった朗らかさや夢想、そして優しさをことごとく打ち砕いたその神を、以前と同じ愛をもって呼び求めることはなかった。

少し語調を変えて、より硬くすると:
彼女は誇りを有していたが、運命に身を委ねることをよしとはしなかった。母とともに通いしカトリック教会にひざまずくとき、彼女の内奥には密かな反逆の気配が芽生えた。

かくも不条理なる打撃を加え、彼女の周囲にあった明るさや幻想や甘美なるものを殺ぎ去った神を、もはや同じ愛情をもって祈り呼ぶことはなかった。

 

第8章 パリ の中の一節

(英文)
That pianist was half-srtarved and charming. He was in love, nervous, happy, unhappy.
He was to be a virtuoso of genius and, one day, prime minister of a Poland reconstructed and set free.
His name was Ignace Paderewski.

(川口訳)
このピアニストはいつもおなかをすかせていたが、非常に魅惑的だった。不幸のようで、幸福そうで、神経質で、愛情にあふれていた。
かれはのちに天才的な大演奏家になる人である。解放され、たてなおされたポーランドの大統領になる人である。
かれはその名をイグナス・パデレフスキーという。

(河野訳)
ほんとうに彼は、なにもかも飢えていて、しかも魅力あふれるピアニストだった。恋に落ちていて、神経質で、不幸で、幸福だった。
この後、彼は天才的な大演奏家になって活躍する。さらにポーランドが解放され、共和国となったあかつきには、初代首相に選ばれたのである。
彼こそ、イグナツィ・パデレフスキその人であった。

(ChatGPT訳)
そのピアニストは、半ば飢えに苦しみながらも、人を惹きつける魅力を備えていた。
恋に落ち、神経質であり、幸福であると同時に不幸でもあった。
彼はやがて天才的な名ヴィルトゥオーゾとなり、さらにいつの日か、再建され解放されたポーランドの首相となる運命にあった。
その名は、イグナツィ・パデレフスキである。

 私が、今回、昔読んだ、キュリー夫人伝 を取り上げたのは、新しい翻訳を再び読もうと思ったわけではなく、

若い人達に、この名作を、英語で読む機会を、与えてあげようと思ったからです。

 Madame Curie (キュリー夫人伝 の英語版) は、1937年出版の結構古い本なのですが、

著者のエーヴ・キュリーは、1904年12月6日生まれですが、死亡が、2007年10月22日と、

つい最近まで、驚異的に長生きしました。

従って、死後70年間という著作権保護期間が終了するのは、随分先の話です。

  また、翻訳者のVincent Sheeanは、1899年12月5日生、1975年 3月16日死亡なので。、

著作権保護期間が終了するまで、まだ、あります。

   

 しかし、インターネット・アーカイブ (Internet Archive) (https://archive.org/) というサイトで、

Madame Curie のテキストを、手に入れることが可能です。

 インターネット・アーカイブのこのような活動が、どう評価されているかよくわからなかったのですが、

国立国会図書館のサイトで、この活動が紹介されているのを知りました。

     http://warp.da.ndl.go.jp/contents/reccommend/world_wa/world_wa02.html

 著作物であっても、翻訳などのために、部分的に引用されるのは許されていると思いますので、

Madame Curie の翻訳も、少しずつ、ゆっくり進めていくことにしました。

 今は、まだ、作業中ですので、今しばらく、お待ちください。

2026.01.28

 2019年に、キュリー夫人伝の翻訳を始めて、中断していましたが、私の人生が終わる前に完成させたく、再開することにしました。

 現代は、AIが驚異的に発達し、外国語はかなり正確に訳してくれるので、各人の翻訳技術の必要性はかなり下がりましたが、語学学習において、原文を原文のまま理解したいという要望は存続します。
 従って、原文に忠実な直訳的な翻訳の必要性は、まだ残っていると思います。

 上記のの2019年の文章に、翻訳の比較がありますので、ChatGPTの翻訳もくわえておきます。 

 ChatGPTの長文読解力を確認するために、いくつか例文を選び、テストしてみましょう。

Every day the child went with her mother and sisters to the Chapel of Our Lady, a strange and ravishing church whose square tower and main body, all stairs of red stone worn away by the centuries, twisted crookedly up the crest which overlooked the river.

 直訳方式だと、以下のような翻訳になります。

毎日、その子は、行きました|母と姉妹たちと一緒に|聖母礼拝堂に|、
それは、不思議な魅惑的な教会で、その四角い塔と本堂は、みな赤い石の階段で|何世紀にも渡り朽ち果てた|、河を見おろす頂点に向けてらせんを巻いていた。

 ChatGPT の翻訳は、以下の通りです。

その子は毎日、母や姉妹たちとともに聖母礼拝堂へ通った。
それは、どこか異様でありながら人を魅了する教会で、世紀の歳月にすり減った赤い石の階段をまとった四角い塔と本堂とが、川を見下ろす稜線の上へ、ねじれるように歪んで立ち上がっていた。

 crest を、稜線と訳したようですが、頂点の方がいいと思います。AIさんは、意味がわからずに

翻訳しているはずなのですが、意味が通っているのは、素晴らしいですね!

 もう一つ。

The Vistula, spreading enormously before them, did not seem to be in good humour.
Its yellowish water swept round the sandbanks which formed pale islets in the middle of the riverand beat against the irregular shore encumbered with floating baths and rafts for washing clothes.

 直訳方式だと、以下のような翻訳になります。

The Vistula, spreading enormously before them, did not seem to be in good humour.
ビスチュラ川は、彼らのまえに膨大に広がり、いい気分であるようには見えませんでした。
Its yellowish water swept round the sandbanks which formed pale islets in the middle of the river
その黄ばんだ水は、 流れ|砂防を取り巻いて|川の真ん中で淡い小島を形成する|、
and beat against the irregular shore encumbered with floating baths and rafts for washing clothes.
叩く|でこぼこした川岸を| 邪魔されて|浮き桶や筏に|衣類の洗濯のための|。

 ChatGPT の翻訳は、以下の通りです。

眼前に大きく広がるヴィスワ川は、どうにも機嫌がよいとは思われなかった。
その黄ばんだ水は、川の中央に淡い小島を形づくる砂州のまわりをうねりながら流れ、洗濯用の筏や浮き風呂で雑然とした不規則な岸辺を、激しく打ちつけていた。

 AIの長文読解能力は、かなり高くなりましたね。感心します。

 

 さて、直訳的翻訳を行うために、原文も表示しますので、著作権の切れた古い文章を使っていることもあると思うのですが、

もとの英文は、かなり文語的で、文章として固さを感じます。

もとの英文を読むよりも、日本語訳を読むほうが、かなりわかりやすいと思います。

 同じことが、日本の古典の英語訳を読むときにも、起きているのではないかと思います。

源氏物語を原文で読むのは、日本人でもかなり困難な作業ですが、

源氏物語を、ウェイリーやサイデンスタッカーの翻訳で読むことは、

現代語訳で読んでいるわけですから、かなり読みやすくなっているのです。

 エーブ・キュリーがフランス語で書き、同じ年に英訳された文章を、

そのまま味読するためにも、直訳作業は、貫徹しようと考えています。

 

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