クリック DNAに魂はあるか 驚異の仮説 (1995) 

2020.5.5

 この本は、Francis CrickThe Astonishing Hypothesis - The Scientific Search fror the Soul (1994) の翻訳です。

フランシス・クリック (1916-2004) は、1953年に、ワトソンと共著で、DNAの二重ラセン構造を解明た論文を発表し、

1962年度にノーベル生理医学賞を受賞しましたが、

1990年頃から、クリストフ・コッホと共同で、なぜ脳から意識が生じるかという問題の研究を開始しました。

 そして、ある驚異の仮説に思い至り、素早く発表したのが、この本です。

 英語の章タイトルと、日本語訳は、の以下の通りです。

1 Introduction  人間に魂はあるか

2 The general Nature of Comsciousness  意識とは何か

3 Seeing  見えることの不思議

4 The Psychology of Vision  視覚の心理

5 Attention and Memory  注意と記憶

6 The Perceptual Moment: Theories of Vision  見える瞬間:資格の理論

7 The Human Brain in Outline   人の脳のアウトライン

8 The Neuron  ニューロンの素顔

9 Types of Experiment  実験の方法

10 The Primate Visual System - Initial Stages  霊長類の視覚システム

11 The Visual Cortex of Primates  霊長類の視皮質

12 Brain Damage  傷ついた脳

13 Neural Networks  コンピュータで脳を語れるか

14 Visual Awareness  視覚的知覚

15 Some Experiments  いくつかの実験

16 Mainly Speculation  主として推測

17 Oscillations and Processing Units  意識再構築

18 Dr. Crick's Sunday Morning Service  クリック博士の日曜礼拝

  Preface (前書き) に、クリックの考え方が述べられているのですが、クリックの口調がわかるように、

元の英語と、その日本語対訳を示します。

This book is about the mystery of consciousness - how to explain it in scientific terms.
この本が関わるのは、意識の神秘です。それをいかにして科学の言葉で説明するかです。

I do not suggest a crisp solution to the problem.
私は、この問題に関して、鮮明な解答を提示するわけではありません。

I wish I could, but at the present time this seems far too difficult.
そうしたいのですが、現時点では、これは余りに難しいようです。

Of course some philosophers are under the delusion they have already solved the mystery,
勿論、哲学者の何人かは、その神秘はすでに解決したという妄想をもっていますが、

but to me their explanations do not have the ring of scientific truth.
私にとっては、彼らの説明は、科学的真理の響きがしない。

What I have tried to do here is to sketch the general nature of consciousness and to make some tentative suggestions about how to study it experimentally.
私が、この本でしようとしたことは、意識の一般的な性質を描き出し、それを実験的に研究する方法を試験的に提示することです。

I am proposing a particular research strategy, not a fully developed theory.
私は、ある特別の研究方針を提案しますが、完全に開発された理論ではありません。

What I want to know is exactly what is going on in my brain when I see something.
私が知りたいのは、私が何かを見ているときに、実際、私の脳の中で何が起こっているのかということです。

  Some readers will find this approach disappointing since,
 何人かの読者は、このやり方に失望するでしょう、

as a matter of tactics, it deliberately leaves out many aspects of consciousness they would hear discussed - in aprticular, how one should define it.
戦術問題として、このやり方は、意図的に、意識の諸問題を置き去りにするからです。彼らが聞きたいこと、特に、意識をどう定義するかというような問題を。

You do not win battles by debating exactly what is meant by the word battle.
貴方は、戦いには勝てません、戦いという言葉が何を意味するかを厳密に議論することによっては。

You need to have good troops, good weapons, a good strategy, and then hit the enemy hard.
貴方は、良い軍隊と、良い武器と、良い戦略を持つ必要があります、それで、敵をこっぴどくやっつけるのです。

The same applies to solving a difficult scientific problem.
同じことが、難しい科学の問題を解くときにもあてはまります。

(中略)

  I have tried to avoid distortions of fact, although in biology this is not easy, if only because of the great variety of Nature.
 私は、事実の歪曲は避けるように努めました、生物学においてこれはそんなに簡単なことではありませんが、たとえ、自然が非常に多様性をもつからという理由であっても。

Distortions of viewpoint I cannot execuse so easily.
見方の歪曲も、私が簡単には許容できないことです。

Consciousness is a subject about which there is little consensus, even as to what the problem is.
意識は、殆どコンセンサスの無い主題です、何が問題であるかに関してすら。

Without a few initial prejudices one cannot get anywhere.
最初に少しの先入観なくして、人はどこにもたどり着けません。

It will be clear to the reader that I am not at the moment enthusiastic about the views of functionalists, behaviorists, and some physicists, mathematicians, and philosophers.
読者にはすぐに明らかになりますが、私は、現時点で、機能主義者や、行動主義者や、一部の物理学者や数学者や哲学者の見解に熱烈ではありません。

Tomorrow I may see (or be persuaded of ) errors in my present thinking, but today I have to do the best I can.
明日には、私は、私の現在の考えの誤りを悟る(もしくは悟らされる)かもしれませんが、今は、できるだけのことをしなければなりません。

 さて、クリックは、その「驚異の仮説」が何であるかを、第一章の冒頭に、公開します。

 The Astonishing Hypothesis is that "You", your joys and your sorrows, your memories and your ambitions, your sense of personal identity and free will, are in fact no more than the behavior of a vast assembly of nerve cells and their associated molecules.
 驚異の仮説とは、「あなた」、貴方の喜びや悲しみ、記憶や欲望、人格アイデンティティ感覚、自由意志、のすべて、は、神経細胞と関連する分子の広大な集合の振る舞い以上の何物でもないということです。

 翻訳には、訳されていないのですが、原著には、用語集があって、そこには、驚異の仮説のもう少し厳密な定義がなされています。

The hypothesis that a person's mental activities are entirely due to the behavior of nerves cells, glial cells, and the atoms, ions, and molecules that make them up and influence them.
仮説|人の精神活動は、完全に依拠するという|神経細胞や、グリア細胞や、それらを構築し、影響を与える原子、イオン、分子の振る舞いに|

 また、驚異の仮説の意味が伝わっていないことを恐れて、最終章では、次のようにコメントしています。

 There are, of course, educated people who believe that the Astonishing Hypothesis is so plausible that it should not be called astonishing.
 勿論、「驚異の仮説」は、極めて妥当なので、驚異のなどと呼ばれるべきではないとおっしゃる学識のある人達もいます。

I have touched on this briefly in the first chapter.
このことについては、第一章で、簡単に触れておきました。

I suspect that such people have often not seen the full implications of the hypothesis.
私は思います、そういう方々は、しばしば、この仮説の完全な意味合いが見えてはいらっしゃらないのではないでしょうか。

I myself find it difficult at times to avoid the idea of a homunculus.
私自身、ホムンクルスのアイデアを避けてとおることができなくなることが詩は字でした。

One slips into it so easily.  人は、いとも簡単に、このアイデアに陥ってしまいます。

The Astonoshing Hypotheisi stated that all aspects of the brain's behavior are due to the activities of neurons.
驚異の仮説は、脳の挙動のすべての側面は、ニューロンの活動に依拠すると言っています。

It will not do to explain all the various complex stages of visual processing in terms of neurons and then carelessly assume that some aspect of the act of seeing does not need an explanation because it is what "I" do naturally.
驚異の仮説は、のではありません|視覚過程のすべての複雑なステージをニューロンで説明しながらも、うかつにも、見るという行為のいくつかの局面は、それは私が自然に行っていることだから、説明の必要はないと見做している|

For example, you cannot be aware of a defect in your brain unless there are neurons whose firing symbolizes that defect.
例えば、あなたは、あなたの脳の欠陥を知ることはできません|その欠陥を象徴して発火するニューロンが存在しないかぎり|。

There is no separate "I" who can recognize the defect independent of neural firing.
別個の「私」は存在しません|ニューロンの発火とは独立してその欠陥を認識できる|。

In the same way, you do not normally know where something is happening in your brain because there are no neurons in your brain whose firing symbolized where they or any other neurons in your brain are situated.
同様に、あなたは、通常、あなたの脳の中のどこで何かが起きているのかはわかりません、何故なら、自分自身や他のニューロンが脳の中のどこに位置しているかを象徴して発火するニューロンは、あなたの脳の中に存在しないからです。

 この本では、今や大成功を収めているニューラルネットの話も、結構掘り下げて、語られています。

かくもすみやかに、本質に迫ることができたのは、コッホとの共同研究ができたことも貢献していると思います。 

 

 

     

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