安野光雅編著 青春の文語体 筑摩書房 2003年

2015.7.18

 安野光雅さんは、2002年に、「絵本 即興詩人」を出版し、その中で、読者に、是非、鴎外の原作を読んでくださいと懇願しています。

 それに続けて、文語体の魅力をさらに力説するために、2003年に本書が出版されました。本人は、冒頭で、以下のように語っています。

(ここから)
 わたしは、鴎外訳の「即興詩人」に傾倒している。でもこの本を読む人が少なくなった。

”文語体”の魅力を伝える本を編めば、わたしの、信奉する「即興詩人」を読む人も出てくるかもしれない。
と、わたしはひそかに考えた。

ところが、漠然と本を調べていて、それまで、あまり考えて見なかったことに気付いたのだ。
(中略) 
一葉が「かれ尾花」を書いたのは二十のときであり、白秋も、啄木も、朔太郎も藤村も詩人はおおむね二十そこそこだが、
たとえば高山樗牛も二十四くらいで既に、作家として認知されている。
(中略)
文学は年齢ではないが、思うに文語文は、その文章の気負うところ、志の高さ、訴える気概などにおいて、青春の文学なのである。
(中略)
今の青年が、「文語文」を知らずにいたらどうなるか、どうにもなりはしない。知らなくても、楽しく生きていける。
ただ、一生「本当の恋をしらず」に終わるだけである。
(ここまで)

 最後が、捨て台詞になってしまっています。

2015.7.18にuploadした版では、以下に森鴎外の即興詩人について書いたのですが、安野さんの本とは関係ないので、
森鴎外 即興詩人のペーシをつくり、そちらに移しました。

2015.12.3

 安野光雅が、青春の文語体として最初にとりあげた文語は、島崎藤村の有名な詩です。

 安野さんは、現代語訳をつけてくれないので、私が作ってみました。
意味がとおりやすいように、訳しすぎたところがあり、邪魔かもしれませんが、勘弁してください。

 もとの歌は、もっと自由に解釈していいと思います。

初恋  若菜集

まだあげ初めし前髪の
現代語直訳 まだ髪あげを始めたばかりの前髪が

説明 昔、女性が12-13歳になったときに、おかっぱから前髪をあげた髪型に変えるのだそうです。

林檎のもとに見えしとき
現代語直訳 林檎の木のしたに見えたとき

前にさしたる花櫛の
現代語直訳 前髪にさした花櫛の

花ある君と思ひけり
現代語直訳 花のあるあなたと思いました

やさしく白き手をのべて
現代語直訳 やさしく白い手をのばして

林檎をわれにあたへしは
現代語直訳 林檎をわたしに与えてくれたのは

薄紅の秋の実に
現代語直訳 薄紅色の秋の実 林檎に

人こひ初めしはじめなり
現代語直訳 人を恋し始めた初めです

わがこころなきためいきの
現代語直訳 私の心無い溜息が

その髪の毛にかかるとき
現代語直訳 あなたのその髪の毛にかかるとき

たのしき恋の盃を
現代語直訳 楽しい恋の盃を

君が情に酌みしかな
現代語直訳 あなたへの情愛に飲んだのです

林檎畠の樹の下に
現代語直訳 林檎畑の樹の下に

おのづからなる細道は
現代語直訳 自然にできたこの細道は

誰が踏みそめしかたみぞと
現代語直訳 誰が最初に踏んでできた跡なのかと

問ひたまうこそこひしけれ
現代語直訳 あなたが問うて下さったことが恋しいのです

 

小諸なる古城のほとり  落梅集

小諸なる古城のほとり
現代語直訳 小諸にある古城のほとりで

雲白く遊子悲しむ
現代語直訳 雲は白く、遊子が悲しむ

説明 遊子(いうし、ゆうし)とは、家を離れて他郷にある旅人のこと

緑なす繁縷(はこべ)は萌えず
現代語訳 緑色をなすはこべの若芽は育っておらず

若草もしくによしなし
現代語訳 若草も敷き詰めたように広がってはいない

しろがねの衾の岡辺
現代語直訳 白銀のふとんのような丘のまわり

日に溶けて淡雪流る
現代語直訳 日の光に溶けて淡雪が流れる

あたたかき光はあれど
現代語直訳 暖かい日の光はあるけれど

野に満つる香も知らず
現代語直訳 野に満ちる香はない

浅くのみ春は霞みて
現代語直訳 春は浅くのみ霞んでいて

麦の色はつかに青し
現代語直訳 麦の色はかすかに青い

説明 「はつかに」は形容動詞「はつかなり」の連用形で、ほのか、かすかなことを示します

旅人の群れはいくつか
現代語直訳 旅人の群れがいくつか

畠中の道を急ぎぬ
現代語直訳 畑の中の道を急いだ

暮れ行けば浅間も見えず
現代語直訳 暮れていったので浅間山は見えず

歌哀し佐久の草笛
現代語直訳 佐久の草笛のかなでる歌が哀しい

千曲川いざよふ波の
現代語直訳 千曲川をただよう波の

岸近き宿にのぼりつ
現代語直訳 川岸に近い宿に上がりました

濁り酒濁れる飲みて
現代語直訳 濁り酒の濁ったのを飲んで

草枕しばし慰む
現代語直訳 草枕の宿で、しばし心が晴れる

説明 「草枕」は、旅で草を編んで作った枕のことで、わびしい野宿や仮の宿や、さらには旅先で寝ることを意味します。
    「慰む」は、こころが晴れて楽しくなることを意味します。

 

千曲川旅情の歌

昨日またかくてありけり
現代語直訳 昨日もまた、こんなふうでありました

今日もまたかくてありなむ
現代語直訳 今日もまた、こんなふうであるでしょう

この命なにを齷齪(あくせく)
現代語直訳 この命、何をあくせく

明日をのみ思ひわづらふ
現代語直訳 明日のことだけを思い悩むのか

いくたびか栄枯の夢の
現代語直訳 いくたびかの栄枯の夢が

消え残る谷に下りて
現代語直訳 消え残っている谷におりて

河波のいざよふ見れば
現代語直訳 川の波が漂うのを見ると

砂まじり水巻き帰る
現代語直訳 砂がまじり、水が巻いて帰る

嗚呼古城なにをか語り
現代語直訳 ああ、古城は、何を語り

岸の波なにをか答ふ
現代語直訳 岸の波は何を答えるのか

過(いに)し世を静かに思へ
現代語直訳 過ぎた過去をしずかに思いなさい

百年(ももとせ)もきのうのごとし
現代語直訳 百年も昨日のようです

千曲川柳霞みて
現代語直訳 千曲川の岸の柳が霞んでいて

春浅く水流れたり
現代語直訳 春は浅く、川の水が流れています

ただひとり岩をめぐりて
現代語直訳 ただ独りで、岩を巡って

この岸に愁を繋ぐ
現代語直訳 この川岸に憂いを繋ぎ留めます

2015.12.4

 続いて、小学唱歌です。こちらは、わかりやすいので、原文のみ示します。

春の小川 作詞 高野辰之

一 春の小川は さらさら流る。
  岸のすみれや れんげの花に、
  すがたやさしく 色うつくしく
  咲けよ咲けよと ささやく如く。

二 春の小川は さらさら流る。
  蝦やめだかや 小鮒の群れに、
  今日も一日 ひなたに出でて
  遊べ遊べと ささやく如く。

三 春の小川は、さらさら流る。
  歌の上手よ いとしき子ども、
  声をそろえて 小川の歌を
  歌え歌えと ささやく如く。

 昭和17年になって、文語体が好ましくないとの理由で

さらさら流る が さらさら行くよ

ささやく如く が ささやきながら

に改変されたそうです。

「ささやく如く」は、ささやくように という意味ですが、ながら のほうが歌いやすいと判断されたのでしょうか。

 

         

ホームページアドレス: http://www.geocities.jp/think_leisurely/


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