鳥居忱 箱根八里 (1901)

2026.10.29

  唱歌『箱根八里』作曲瀧廉太郎 作詞鳥居忱(とりい まこと、1853-1917)は、
明治34年(1901年)に、「中学唱歌」で発表されました。

有名な曲ですが、詩文の意味がよく理解されていないので、解説します。

一番 昔の箱根 往時の箱根

●箱根(はこね)の 山(やま)は 天下(てんか)の険(けん)
  箱根の山は、天下の難所

●函谷関(かんこくかん)も、ものならず
 
長安の函谷関さえ、くらべものにならない

  萬丈(ばんじょう)の山(やま) 千仞(せんじん)の谷(たに)
  高さ萬丈(33000m)の山、深さ千仞(2000m)の谷があって、
  前(まえ)に聳(そび)へ 後方(しりえ)に支(さそ)う
  前方に山がそびえたち、後方に谷が支えている
  雲(くも)は山(やま)を巡(めぐ)り 霧(きり)は谷(たに)を閉(と)ざす
  雲は、山を巡って流れ、霧は、谷を閉ざしている
  昼(ひる)猶(なお)闇(くら)き 杉(すぎ)の並木(なみき)
  昼でも暗い、杉の並木

  羊腸(よおちょう)の小徑(しょうけい)は 苔(こけ)滑(なめ)らか
  羊の腸のように曲がりくねった小道には、苔が生えて滑らかだ
  一夫(いっぷ)関(かん)に當(あた)るや 萬夫(ばんぷ)も開(ひら)くなし
  一人の兵士が、関を守れば、万人の兵士でも、関を開くことはできない
●天下(てんか)に旅(たび)する 剛毅(ごうき)の武士(もののふ)
  天下を旅する豪気の武士よ
●大刀(だいとう)腰(こし)に足駄(あしだ)がけ
  大刀を腰に、高下駄をはいて

●八里(はちり)の岩根(いわね)踏(ふ)みならす
  岩だらけの八里の道を、高下駄を鳴らして進む
●かくこそありしか 往時(おうじ)の 武士(もののふ)
  このようであった、昔の武士は

二番 いまの箱根 近時の箱根

●箱根(はこね)の山(やま)は 天下(てんか)の岨(そ)
 
箱根の山は、天下の絶壁

●蜀(しょく)の桟道(さんどう) 數(かず)ならず  
  蜀の桟道(絶壁に張り付くよう棚のように作られた道)も、物の数ではない
  萬丈(ばんじょう)の山(やま) 千仞(せんじん)の谷(たに)
  高さ萬丈(33000m)の山、深さ千仞(2000m)の谷が、
  前(まえ)に聳(そび)へ 後方(しりえ)に支(さそ)う
  山は前方にそびえたち、谷は後方に支える
  雲(くも)は山(やま)を巡(めぐ)り 霧(きり)は谷(たに)を閉(と)ざす
  雲は、山にかかって流れ、霧は、谷を閉ざしている
  昼(ひる)猶(なほ)闇(くら)き 杉(すぎ)の並木(なみき)
  昼でも暗い、杉の並木

  羊腸(よおちょう)の小徑(しょうけい)は苔(こけ)滑(なめ)らか
  羊の腸のように曲がりくねった小道には、苔が生えて滑らかだ
  一夫(いっぷ)関(かん)に當(あた)るや 萬夫(ばんぷ)も開(ひら)くなし
  一人の兵士が、関を守れば、万人の兵士でも、関を開くことはできない
●山野(さんや)に狩(か)りする剛毅(ごうき)の ますらお
  山や野で狩りする豪気の丈夫たちは
●猟銃(りょうじゅう)肩(かた)に草鞋(わらじ)がけ
  猟銃を肩にかけ、草鞋をはき

●八里(はちり)の岩根(いわね)踏(ふ)み破(やぶ)る
  岩だらけの八里の道を、踏破する

●かくこそありけれ 近時(きんじ)の ますらお
  このようであったなあ、最近の男たちは

4行目の歌詞 前(まえ)に聳(そび)へ 後方(しりえ)に支(さそ)う の支(さそ)うですが、

  本来の古語は、支(ささ)ふ で、その現代仮名遣いは、支(ささ)うです。

支(ささ)える は、現代語です。

支う を 支(さそ)う と読むのは、文法違反かもしれません。 

一番の最後の文 かくこそありしか 往時(おうじ)の 武士(もののふ) と
二番の最後の文 かくこそありけれ 近時(きんじ)の ますらお
の意味の違いに関してですが、

「こそ」に対する係り結びで、過去の助動詞「き」と「けり」が、
現代人には語感のない「已然形」になるので、難解です。

こそを抜くと、「往時の武士は、かくありき、近時の丈夫は、かくありけり」で、
「き」は、直接過去/体験過去、「けり」は、間接過去/詠嘆ですので、

昔の武士は、こんなに強かった、だからこそ、近時の丈夫もこんなに強かったたんだなあ、
という意味となると思われます。

 

ご意見等がありましたら、think0298hp(@マーク)gmail.com におよせいただければ、幸いです。

ホームページアドレス: https://think0298.stars.ne.jp