ブロンテ ジェーン・エア 大久保康雄訳 上下(1953,1954)

2023.10.11

「ジェーン・エア」の読み直しを始めました。
最初、リード家でのジェーンは、いじめられる弱い女の子ではなく、戦う強い女の子なのが印象的でした。

ジェーンの母親は、リード家の令嬢でしたが、周囲の反対を押し切って、貧しい牧師のエア氏と結婚します。ジェーンが生まれましたが、結婚1年に、チフスにかかって亡くなります。母も感染して相ついで亡くなりましたので、母の兄のリード氏が引き取りますが、そのリード氏も、すぐ亡くなってしまい、ジェーンには、リード氏の記憶がありません。

ジェーンは、リード氏の奥さんのセアラ・リード夫人と、3人の子ども、エリザ、ジョン、ジョージアナと生活しますが、生まれ持った反抗的な性格がわざわいして、うまくなじめず、戦いの日々がつづきます。

3頁
 エリザやジョンやジョージアナは、客間で、お母さんのまわりをとり巻いていた。母親は暖炉のそばのりソファにもたれ、かわいい子どもたちにとり囲まれて、いかにも幸福そうに見えた。夫人はわたしを仲間はずれにしていた。その言い分は、わたしを遠ざけておかなくてはならぬのは残念だけど、わたしがもっと愛想のよい、子どもらしい性格で、人をひきつける、はきはきしたところのある、いわば、もう少し気軽な、あっさりした、素直な子どもになろうと、本気で努力していることを、ベッシイ(保母)から聞くなり、彼女自身の目で見るなりしないかぎりは、不平を言わぬ快活な子どもだけが受ける特権を、わたしに与えるわけにはいかない、というのであった。
14頁
 わたしは途中ずっと反抗しつづけた。こんなことはわたしにしては初めてだったが、しかもそれはベッシイやアボツト(小間使い)がわたしに対して、ともすれば抱きがちであった悪い感じを、いっそう強めた出来事であった。事実、わたしは、いささかわれを忘れていた。というよりは、むしろ、フランス人の表現を借りるなら、気が変になっていた。わたしは、わずか一瞬の反逆のために、早くも奇怪きわまる処罰を受けなければならなくなったことをさとった。そして反逆を企てた奴隷のように、やけくそになったあげく、どんなことでもしかねないぞと決心した。
19頁
 わたしの血潮は、まだたぎり立っていた。反逆を起こした奴隷の気持ちが、はげしい気力で、なおもわたしを支えていた。あたりの恐ろしい光景にひるむ前に、さまざまな追想が奔流のようにわき出てくるのを、わたしは、せき止めようとせねばならなかった。
19頁
 なぜわたしは、みんなの気に入らないのだろう。いくら一生懸命気に入られようとつとめても、誰も、ちっともかわいがってくれないのは、いったい、なぜなのだろう? 強情っぱりで、わがままもののエリザは尊敬されていた。だだっ子で、ひどい意地悪で、口ばかり達者で、横柄なジョージアナは、どこへ行っても甘やかされていた。彼女の美しさや、薄桃色の頬や、金色の巻き毛が、誰の目にも喜びを与え、どんなあやまちをも、償うもののようであった。・・・・ 私はけっして過失を犯そうとはしなかった。どんな義務も果たそうと苦心した。それでも朝から昼まで、昼から夜まで、いたずら者だの、無精者だの、ひねくれ者だの、陰険だのと言われ通しだった。
21頁
 わたしはゲーツヘッド邸にはふさわしくない子どもだった。とるに足らぬ存在だった。リード夫人とも子どもたちとも、しっくりするところが、どこもなかった。この人たちがわたしを愛さなかったとすれば、同様にわたしの方でも彼らを愛しはしなかった。彼らのなかの誰とも共鳴することのできぬものを、彼らは愛情をもって待遇しなければならぬ義務はなかったのである。
58頁
 わたしは言わねばならぬ。あたしは頭から踏みつけにされた。はねかえしてやらねばならぬ。だが、どうやって?敵に復讐を加えるのに、わたしは、どんな力を持っていただろう?わたしは勇気をふるい起こし、ぶしつけなつぎの言葉に、それを集中した −
61頁
 復讐というものを、わたしは、初めて味わった。飲むときは、温かく、さわやかな香料入りぶどう酒のようであった。あと味は金気があって、舌を刺すような、まるで毒を飲んだような気分だった。みずから進んで夫人のもとに行き、許しを乞いたい気持ちでいっぱいだった。しかし、それは夫人をして二重の侮蔑をもってわたしをはねつけさせ、そのためわたしの生来の荒れやすい衝動を、ふたたび興奮させるであろうことを、なかば経験から、なかば本能的にわたしは知っていた。
 わたしだって、ひどい口をきくよりも、もっといい才能を働かせたかった。また陰鬱な憤りの感情よりももっと穏やかな感情をはぐくむものを見いだしたかった。

 ジェーンは、ローウッド女学院に移ることを決断します。女学院での生活は、貧乏で厳しいものでしたが、6年間は生徒として、2年間は教師として女学院に留まりました。

 そして、住み込みの家庭教師の仕事をソーンフィールドに見つけました。そこでロチェスターさんと出会い、新しい人生が始まりました。

 ジェーン・エアは、家庭教師の職を得て、ソーンフィールドに行き、その主人のロチェスターさんと恋に落ち、紆余曲折はありますが、結婚したので、シンデレラ物語と呼ばれることもありますが、ジェーン自身はそう思ってはいません。

 ジェーンは、ロチェスターさんと恋愛関係になりますが、著者のブロンテは、恋愛には嫉妬が必要と思っているようで、競争相手として、イングラム嬢を登場させ、ジェーンをさんざん焦らせたあと、ロチェスターさんが求婚します。

59頁
「そうです。わたしはイングラム嬢に求婚するふりをしたのです。というのは、わたしは、わたしがあなたに夢中になっているように、あなたもわたしに夢中にさせたかったからです。そして、この目的を促進させるためには、嫉妬こそわたしの呼びよせうる最良の同盟軍だと知っていたのです」
「ご立派ですこと! それでは、あなたという方は、まるで小さな − わたしの小指の先よりも大きくない方ですわ。そんなやり方をなさるなんて、たいへんな恥辱ですわ。汚らわしく不面目なことですわ。あなたは、イングラム嬢のお気持ちについては、ぜんぜんお考えにならなかったのですか?」

 81頁で、ロチェスターさんは、愛の歌を歌ってジェーンに捧げるのですが、その最後の歌詞が

いとしき人は固めのくちづけもて
われと生き、われと死なんと誓えり
われは得ぬ こよなき幸を
愛するごとく、愛さるわれは!

なので、歌い終わると、こんな会話が続きます。

85頁
「あなたは誰と結婚しようとしていらしったのですか!」
「かわいいジェーンから、そんな質問が出るとは奇妙だね」
「あら! わたしは、きわめて当然な、必要な質問だと思いますわ。あなたは、未来の妻はいっしょに死ぬものだとおっしゃいましたわね。そんな異教的なお考えを持って、どうなさるおつもりなのでしょう?わたしは、あなたといっしょに死ぬつもりは毛頭ございませんことよ − それだけは確実でございますわ」
(中略)
「わたしが、こんな自分本位の考え方をしたのを許してほしい。そして、そのしるしに、仲直りの接吻をしてくれませんか」
「いいえ、お断わりしたいと思いますわ」
 そこで彼はわたしを「強情者め」と言い、なお、こうつけ加えた。「ほかの女なら、こんなにほめたたえた歌を聞かされたら、骨の髄までとろけてしまうのに」
 わたしは、自分が生まれつき強情で − ほんとに火打ち石みたいに強情で − だから、あなたは、今後しばしば、その事実を発見するだろうと、きっぱり言いきった。また、そのうえ、わたしは今後4週間たたぬうちに、わたしの性格の粗野な点を、たくさんお目にかけることにきめているから、あなたが、どんなたいへんな契約をしたか、まだとり消す余裕のあるうちに十分考えてみる必要がある、とも言った。
「落ち着いて、もっと理性的な話し方をしたらどうですか?」
「およろしければ落ち着きましょう。でも理性的な話し方ということでしたら、わたしは、現に、そのようにしているつもりでございますわ」
87頁
 こんなふうにしてはじめた方法を、わたしは婚約期間中、非常な成功をあげながら、つづけていった。なるほど彼は、幾分不機嫌で、気むずかしくはなっていた。けれどもまた、総体的にいうと、彼は、ひどく面白がってもいたし、それに子羊のような従順や山鳩のような優しい感受性は、彼の横暴を、ますますつのらせる反面、彼の判断力を喜ばせることも、彼の常識を満足させることも、彼の好みに合うことすらも、ないにちがいないとわたしは知った。

 ジェーンは、ロチェスターさんからのプレゼントをかたくなに断り、対等な関係を維持しようと努めます。

 ロチェスターさんとの結婚は、彼に、妻がいたことが判明して、破談になります。

 ジェーンは、ロチェスターさんのもとを去りますが、去っている間に、妻が、屋敷に火をつけて大惨事がおこります。私としては、火事を許すような管理の仕方に、非常に不満ですが、同様の事件が実際にあったのかもしれませんね。

 ジェーンは、去ったあと、かなりさまよったあげく、牧師の家にたどりつくのですが、その牧師が、彼女の親戚だったという偶然には、いささか首をかしげます。もう少し、自然なお話には、できなかったのでしょうか。

 この本は、イギリスの当時の保守的な文学的伝統と社会的序式に対して、はげしい抗議と反逆を含んでいることから、いろんな意味で問題になったそうです。

 しかし、大きなストーリーだけでなく、この小説には、数多くの小さなエピソードが描かれていて、それらが、当時の人々の興味を引いたのだと思います。

 

  

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