Bradyみかこ他 そろそろ左派は経済を語ろう (2018)

2023.03.17

 ブレイディみかこさん、松尾匡さん、北田暁大さんの三人による鼎談です。

 ブレイディみかこ(Brady Mikako、1965年6月7日 - )さんについて、詳しく説明すると、福岡県福岡市生まれで、家は貧乏な土建屋でした。周りもそんな感じだったから、中学まではあまり気にならなかったそうです。

 中学は、ヤンキー校に通いますが、高校は、エリート進学校の福岡県立修猷館(しゅうゆうかん)高等学校に進みました。
親は、「バスの定期代がかかるから、自転車でいける近所の高校へいけ」と反対したのですが、
中学校が、「うちのヤンキー校から進学校にいける子はあまりいないので、受験させてほしい」と援護してくれたそうです。

 親は、「バス代がかかるから駄目だ」と譲りませんでしたが、バス代はバイトで稼ぐことで、許しを得ました。
しかし、高校はバイト禁止で、すぐにバレて、定期代のためにバイトしていると弁明するのですが、
担任は、「嘘つくな。遊ぶお金ほしさにやってんだろ。いまどきそんな家庭があるわけない」と信じてもらえなかったとのことです。

 そこから、本気でグレて、授業をさぼり、バンドばっかりの生活になりました。ブリティッシュ・ロックを聴いて、労働者階級である自分を誇りに思う人たちがいると知ったそうです。

 授業もまったく聞かず、先生に「やる気がないなら出ていけ」と言われて、出て行ったことも。
試験も、嫌いな科目は白紙。現国の答案用紙の裏に、バンドの詞や、UKロックの歌を聴いて思うこととか、大杉栄についてのミニ論文とか、を書くと、それを読んだ現国の先生が、「この子は二年、三年は自分が担任に持つ」「お前は教室が嫌いだったら、図書館にいって本を読んでろ」っと言ってくれ、その先生のおかげで卒業できたようなものだそうです。

 先生は、何度も何度も自宅にも足を運んでくれて、「お前は大学に入ってたくさん本を読んで文章を書け」と言ってくれていたのですが、本当にグレちゃっていて、受験勉強なんてしたくなく、高校を卒業して、昼も夜も働いて、水商売で貯めたお金で1984年、英国に行き、ビザが切れると帰って来ては、またお金をためて英国にいくということを繰り返しました。

「自分は日本社会でうまく生きていくのは無理」と最終決断し、今度は、もう帰ってこないかも、という意志的な予感をもって
1996年、31歳のときに、語学留学性として英国に渡り、ブライトンに住みました。

 ロンドンの日本の新聞社の支局で働いたり、翻訳の仕事をしたりで食いつなぎます。
アイルランドの移民二世の男性と、ロンドンで結婚。職業は大型トラックの運転手さんで、家族で公営住宅に住みました。

2006年、みかこさんが41歳のときに息子さんを出産。ケン君です。2007年、保育士見習いを始めました。
保育士の資格を取得し、失業者や、低所得者が無料で子どもを預けられる託児所で働きました。

 松尾匡(まつお・ただす)さんは、経済学者で、立命館経済学部教授、専門は理論経済学です。

 北田暁大(きただ・あきひろ) 社会学者、東京大学大学院情報学環教授。専門は、理論社会学・メディア史

 鼎談は、みかこさんが、日本に戻って来た日に行われたようで、羽田空港から乗った電車で感じた印象から始まります。

14頁
●ブレイディ

 なんか、帰国するたびに、ますます社会が委縮していっているような気がしますね。特に若い人たちがものすごく、元気がなくなっているように感じます。
●松尾
 そうですね。「失われた20年」の長期不況の影響によって、若い世代は小さなころからずっと雇用が不安定な時代を見て育ってきましたからねぇ。小泉改革以降、雇用も流動化してますから、職を失う恐怖もあってつい委縮してしまうんじゃないでしょうか。
●北田
 いまの若者以上に、30代後半〜40代半ばの元若者であるロストジェネレーションの状況は悲惨ですよ。(中略)
 ところが、いまの若者やロストジェネレーションよりも経済的に豊かな時代に育った年長世代の左派の間では、なぜか相も変わらず脱成長論が人気なんですよね。脱成長論というのは、「いまの先進国の低成長率は、これまでひたすらに拡大・成長を続けてきた資本主義の限界を示しているんだ」というような考え方のことです。「地球環境やエネルギー問題、少子高齢化などの趨勢を考えると、もうこれ以上の経済成長は見込めない。これからは、ひたすら利潤を追求するような「経済成長モデル」を前提にするのはやめて、成長をしなくてもかまわない「成熟社会」の新しい社会モデルを模索しよう」という風に言われています。
●ブレイディ
 脱成長論って日本で妙に人気ありますよね。欧州の左派で「経済成長はもういらない」なんて言う人たちはあんまりいないので、すごく不思議な感じがします。(中略)
 欧州では「経済成長はもういらない」というような主張では庶民の支持は得られないし、国会中継とかを見ていても、誰でも「経済成長をまずしながら」とか「経済成長を促進しながら」と言っています。むしろ左派ほど、「健全な成長(Healthy Growth)の必要性を唱えるのが普通なんです。景気が良いほうがいいなんていうのは当たり前の話だと思うんですけど、なんで日本の左派は経済成長を求めることを悪事のように思っているんだろう?(中略)
 日本の左派は、なんだか経済の話をすることを「汚いこと」だと思っているように気がします。
●北田
 わたしは日本の問題は、「左翼が下部構造(マルクス主義の用語で、社会の土台である経済のこと)を忘れているということじゃないかと思っています。(中略)
 経済的な下部構造の問題よりも、上部構造(下部構造に規定される法や政治、文化などの次元のこと)の問題、例えば、文化の問題やマイノリティ、ジェンダーなどのアイデンティティの問題、に焦点を当てがちなんですけど、いつのまにか「大事なのは経済だけじゃない」というのが変質して、「経済は大事じゃない」ということになってしまったように思えます。(中略)
 一応左派の間でも「富の分配」の問題は議論されているんです。でも、なぜかそれが「成長」の問題とは切り離されて考えられてしまっている。
●松尾
 日本では再分配と経済成長が、まるで対立するものであるかのように思われている気がします。(中略)
 経済成長というと、大企業がウハウハ儲かるというイメージを持たれているのかもしれませんが、たとえば、福祉サービスに使うお金が世の中でどんどん増えて、失業者が福祉労働者として雇われていくことでも経済成長はするんですよね。

 本の帯にも印刷されていますが、日本のリベラル・左派の躓きの石は、「経済」という下部構造の忘却にあった というのが、この鼎談の基調となっています。

62頁
●ブレイディ
 最近、わたしの11歳の息子が連れ合いに「レフトとリベラルってどう違うの?」って訊いていたんですよ。そうしたら連れ合いが「リベラルは自由や平等や人権を訴える金持ち。レフトは自由と平等と人権を求める貧乏人」って説明していて(笑い)、なんて極端な言葉なんだと思って聞いていたら、彼は「だからリベラルは規制緩和や民営化をするんだ」と言っていました。
 英国の場合、かつて保守党(Conservative Party)と自由党(Liberal Party)の二大政党だったのが、労働者の声を代弁する政党が求められて保守党(Conservative Party)と労働党(Labour Party)という構図に変わっていったという歴史もあって、(中略)
英国では、リベラルというと政治が介入しない自由な経済活動や市場を信じる人、という印象が強いんですね。
だから左派の人びとは「リベラル」という言葉に必しもいいイメージを持っていなくて、(中略)
英国では「リベラル」と「レフト」というのは明確に違うんですよね。
●北田
 そもそも、ヨーロッパではリベラルという言葉には、経済的な自由主義という意味合いが強いですからね。日本で言われるリベラルというのは、それとは違って基本的にはアメリカ的な意味合いなんじゃないかと思います。アメリカでは共和党と民主党の対立があって、1930年代にニューディール政策を推し進めた民主党の路線が「リベラル」と呼ばれてきました。

 みかこさんは、イギリスで生活していて、欧州でのリベラルの主張をよく知っているだけに、日本のリベラル左派が、経済を主張しないことに違和感を抱いておられます。

 さて、現代のアメリカは、民主党(Democratic Party)がリベラル左派の立場で、東海岸や西海岸の州を基盤にしていて、共和党(Republican Party)が、保守で、米国の中部や南部の州を基盤にしているような感じなのですが、

歴史を振り返ると、北部のリンカーンが作った政党が共和党で、奴隷制存続を主知ようする南部の政党が自由党でしたので、現在は、真逆の立場になったかのようです。複雑な歴史を理解しておく必要がありそうですね。

 

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